第92話:ヒーロー達のかつてない戦い(B)
「…………」
死んだ。
と、思った。
少なくとも気を失い、負けたのだと思った。
しかし、俺は無事だった。
目の前を白色の光線が通過する。
直撃する。が、しかし、痛みはない。
衝撃はない。苦痛も、破滅も、何もなかった。
轟く咆哮も、荒れ狂う豪風も、依然として俺を苛むが、一撃必殺と思われた破壊の光線を受けても俺は全く平気だった。
まばゆい光も徐々に途切れ、やがて放ち終わる。
「ぎゃぁああぁあぁぁ……?」
ジャバウォックは不可解な声を出して首を傾げた。
ぎょろついた両眼を動かして何かを探している。
(…………何だ? つーか、そもそも、何で無事なんだ、俺?)
ジャバウォックの奇行と自身の現状を不思議に思う。と同時に、背中に妙な重みがあることに気がついた。
ぐるりと振り向く。
桃さんが抱きついていた。
「………………」
(……なるほど)
彼女は、下に降りるよう無言で指示を出す。
それに従い降下する。
幸いにも怪獣ジャバウォックは『俺たちの』捜索に忙しいらしく、
強風の発生は弱めてくれていた。
(……しかし、本当に見えないんだな)
ゆっくりと降下しようと気をつけたが、そもそもジャバウォックが気づく様子はなかった。
(……これだけ気づかれないとか、長い間消えるのは危険かもな……)
逃げられたと判断されて、どこかにワープされる可能性もある。
「…………変身名《裏戦国絵巻》――SWITCH:OFF」
と、俺の気持ちを察したのか、そもそもそんな考えは想定済みだったか、
着地と同時に彼女は能力を止めた。
変身名《裏戦国絵巻》――世界から干渉されない能力。
その真骨頂を見せつけた桃さん。
倒れるように俺から離れる。
「……おっと」
桃さんの腕をつかみ身体を支える。
「大丈夫か、桃さん?」
「はい……ご無事で何よりです、新島様」
ようやくお助けできました……、と付け加えて彼女は俺のとなりに並んだ。
すぐさま俺に寄りかかる。
「……おい」
「……すみません、お身体お借りします」
そう言った彼女の身体は――想像以上に憔悴していた。
弱り切っていた。
(なんだよ、ボロボロじゃないか……)
何でだよ、能力で俺を助けてくれたんじゃないのか。
俺の疑問を察したのか桃さんは、
「……咆哮と突風。……この二つにやられました。まさか、空間そのものを攻撃してくるとは……」
「桃さん?」
「完全に私の弱点を突かれました。あの怪獣わかっています。戦い、慣れてます……」
……そう言って俺に身体を預ける彼女。
そこでようやく俺は、今の自分が超変身体で、今の状況を全身強化で耐えていることに気づいた。
「私は新島様ほど頑健なヒーローではありませんから、あの咆哮は、……結構きました」
そうつぶやく彼女の身体が、弱っているのは明白に伝わってきた。
(……桃さん)
ああ、そうか。
俺は得心した。
と、同時に自身の傲慢を理解した。
ジャバウォックのあの執拗な地割れ、強風、咆哮は、全て、俺の動きを封じるための技じゃない。
ジャバウォックは、俺のことなんて眼中にない。
目的は桃さん。
姿を消し、世界から干渉されない彼女を倒すためのものだ。
彼女自身を狙わないことで、逆説的に、彼女にダメージを与えたのだ。
(――当然、といえば、当然だ。俺と桃さん。この二人を天秤にかければ、先に倒すべき危険分子は桃さんだろう……)
俺たちを見続けてきた彼女。観測者である彼女の身体は、あまりにも脆く、儚い。
直接的な攻撃に、そう何度も耐えられるわけではない。
(彼女も、長くは戦えないと思っておいたほうがいい……)
無論、このまま桃さんにはサポートに徹してもらい、
隠れながら攻撃することも可能だろう。
しかし、隠れ続けるという行為は、あの怪獣ジャバウォック相手にはあまりにも危険だ。
どこかに行ってしまう。
ワープ、取り逃がしてしまう。
それは俺たちの本来の目的から外れる。
(本来の、目的……美月たちと合流する。……一緒にジャバウォックを倒す……)
ならば、隠れるという行為は、あまりし続けるべきじゃない。
「新島様……申し訳、ありません……」
桃さんの呼吸は荒い。
隠そうとしてるのだろうが、この距離だと嫌でもわかってしまう。
桃さんはこれ以上戦うのは危険だろうし、個人的にも戦わせたくない。
(……と、すれば、やはり『ああする』しかいないか……)
俺は一つの答えを考えた。
いや答え自体は以前からあった。
今は、踏ん切りがついた、という意味だ。答えを実行しようと決めた瞬間だった。
「――――桃さん、あんたに頼みたいことがある」
「……何でしょう」
聞き返す桃さんの顔を見る。
この選択はある意味で最後の手段だ。俺たちの戦ってきた意味、そのものを無碍にしてしまいそうな判断だ。
だが、――。
(雄牛さん……)
岩壁に寝かされている。意識はない。
(あゆ……)
同じく壁の隅で固まって動かない。意識はない。
(俺は……桃さんに、同じ目に遭って欲しくない)
彼女、せめて、彼女くらいは……。
息を鋭く吐き、桃さんを見つめる。
ジャバウォックはもうこちらの存在に気づいている。
時間はない。
手早く言った。
「桃さん。俺たちは負ける。このままじゃあ、間違いなく、あの化獣に倒される」
だから、と俺は続けた。だから、やるべきことがあると。懇願、をする。
「どうか、お願いだ。――――助けを呼んできて欲しい。誰でもいい。この第三層にいるヒーローなら誰でもいい。俺たち二人じゃあ、もう奴には勝てない」
他に託す、俺たちだけでは、この状況は救えない。
「あんたの能力なら逃げ出せる。頼む、――あの化獣を、倒せるヒーローを、探してくれっ」
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強いからヒーローじゃない。負けないからヒーローじゃない。
ここぞという時に、一人でも多くを救えるのが、ヒーローなんだ。
これを詭弁だと言う人もいるだろう。
しかし、逆に聞きたいが、この世に詭弁以外の何があるっていうんだ。
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しかし、逃走は困難だ。
俺たちはヒーロー番組の怪人のように上手に逃げられない。
「ぎゃぁあぁぁあぁぁ~?」
ジャバウォックは狂気的な笑みをとりもどしつつあった。
俺たちの負けそうだという雰囲気、オーラ、気配を察知したのだろう。
冷徹な顔が僅かに嗜虐的なものに戻った。
(――この変化が、この侮りが、俺たちにとってうまく転べがいいが……)
気力を振り絞り自分の足で立っている桃さんを見る。そっと耳元に語る。
「……準備はいいか桃さん。桃さんの能力があれば、この大広間から逃げられるはず。――奴は俺が引き付ける。焦らず落ちついて出口を目指してくれ」
「……承知しました、新島様」
意外にも、桃さんは俺の提案をすんなりと受け入れた。
今の自分にはできることが何もない。
足手まといになるよりは、やれることをやったほうがいい。
そんな風に思ったのかもしれない。
(個人的には一緒に戦ってくれたほうが、心強いんだけどな……)
俺たち二人だと時間稼ぎにはなっても、ジャバウォックの撃退はできない。
それこそ奇跡でも起きないと無理だ。
(奇跡を作るのも、まあ、悪くはないが……)
起きない奇跡を願うより、
今はより高い可能性に賭けたかった。
桃さんが外に逃げ、俺が時間を稼ぎ、他のヒーローを連れてくる。
(外に出れば、ヒーローを感知できる高柳君がいる。彼に頼みヒーローを探せば勝機はある。葉山たちが第三層に降りている可能性も高いし……)
無計画なわけではない。
それなりの考えはある。
ここで自滅するよりは十分現実的な策だった。
(問題は……桃さんがここから逃げられるかと。それと――)
俺は数十メートル先で堂々と存在する大怪獣を見る。
(その間、俺の体力がもつかってことだな……)
特に後者に関しては、もう気合でどうにかしろとしか言い様がない。
正直、この作戦は、現実的判断半分、桃さんを逃したい気持ち半分から生まれてる。
だから後のことはそんなに考えてない。
とにかく、必死に、決死に、生き残るだけだ。
「……それじゃあ、行くぞ、……桃さん」
「……承知しました」
ご武運を、と彼女は小さく付け加えた。
無力さに心が震えたのが声から伝わってきたが、俺は気づかない振りをした。
(――――さぁて、……行きますか)
俺たちは動き出した。
まず俺は再び超変身。全身を強化。湯水のごとく光を出して自身の身体を誇示する。
「――ッダッ!」
大地を蹴り、天井へと飛翔。
光り輝くヒーローを想起して、ジャバウォックの頭上を通過する。
「ギャァー……」
その様子をじっと眺めるジャバウォック。視線を進めればその先にあるものがわかるはずだ。すぐ気づくはずだ。そうだ。俺の向かう先には――ゴールがある。
(追ってこい化獣っ!)
目指す方向は広間の先。つまり、この最終層のゴールにあたる地点だ。
ジャバウォックは名目上このゴールを守っている怪獣だ。
ならば、空を飛び、ゴールに近づかんとする俺を“優先的”に倒す必要があるだろう。
「GYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA――ッッ!」
案の定、ジャバウォックの両顎が俺目掛けて開かれる。
鋭い咆哮とともに、空気の砲弾のような“何か”が飛ぶ。
それを俺は全力で避ける。
接近。回避。接近。回避。その度に天井に大穴ができる。避けているはずなのに、よほど攻撃範囲が広いのか、身体の節々から鈍痛が走る。
(っ……痛っっ……っ!)
鈍い痛みに速度が落ちそうになるのを俺は懸命に持ち堪える。
(で、でも、これで引きつけられたかな……?)
手筈によれば、桃さんはこの隙に出口へ向かってるはずだ。
今はもう姿を消しており、俺からも視認できない。
(……頼んだぞ)
そう祈り空を飛ぶ。しかし、ジャバウォックも甘くない。
俺たちの行動を読めない程度で、――最強は名乗れない。
奴の両顎――空気砲が唐突に方向を転化する。
「GYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA――ッッ!」
(――――ッッ!?)
ヤバイ……っ!
あいつ、出口の方へ向けやがった。
気づいたのか。俺たちの目的に。なんて鋭さ。化け物か。
空気の砲弾は空間を貫く。風よりも速く。出口の岩壁を崩落させる。
(けど、無駄だ……桃さんにはその手の攻撃は効かない……)
と、安堵していると、ジャバウォックは砲撃の角度を僅かにあがった。
空気の砲弾が直撃する。
――出口の天井に。
(マズイッ!?)
心臓が高鳴る。
ただでさえ地盤の隆起した出口が。逃げ道が狭くなった出口付近が――今の砲撃で完全に封鎖された。
大広間唯一の逃げ道が、今の砲撃で、それだけで簡単に消える。なくなる。
(桃さんは……)
次いで放たれるジャバウォックの咆哮。この世界を揺らす響きに、一つの影が視界の端に現れる。
その姿――。
見覚えのある彼女――。
(桃さんだっ!)
桃さんは逃げられなかった。
出口近くには到達できた。だが、その先に進めなかった。
能力が解除され、その姿があらわになる。
「…………っ!」
やばいっ!
どうする。動悸が早鳴る。
急いで、いや、この距離を、いけるか?彼女を、俺が、助けられるか?
「ぎゃるるるるるるぅ~~――――」
ジャバウォックの両顎に白い輝きが満ちる。
考えてる時間はない。
桃さんなら能力で回避も、いや、そんな余裕、今の彼女に、それなら、ならばっ、
(くそ……)
俺は反転する。
(くそ、くそくそくそくそぅ――――――ッッッ!)
もう、どうなっても構わない。
俺が逆走して駈け出した。
「うおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉおおぉおぉおぉおぉおおおぉ――っ!」
絶叫する。
せめて少しでも。ジャバウォックの意識がこちらに向くように。
俺に注目を集めるように。
桃さんの逃げる時間を作れるように。
あらん限りの大声でジャバウォックを威嚇する。
「GYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA――――ッ!」
しかし、俺の行動も意味を成さない。
ジャバウォックは虫をなぎ払うような軽い動作で右腕を振るった。
それだけで、たったそれだけで、俺の身体が引き戻される。
豪風が迫り吹き飛ばされる。
(――ぐっ、ぐぅッッ!?)
力が、強すぎて、前に進めない――っ!
ジャバウォックの輝きが満ちる。光線が放たれる。
もう駄目だ。
そう思った瞬間であった。
彼女の声が聞こえたのは――。
「――――変身名《不可侵領域》――発動……っ!」
白色の光線。それが、その速度が、僅かに――遅れる。
桃さんの身体が、宙を舞う。
蹴られたボールの様に、空を飛び、壁際まで舞い落ちる。
光線が迫る。
桃さんを蹴った彼女は、直ぐ様光線から離れる。
白色の光が地面に深い溝を作る。
「…………」
「…………」
「…………ぎゃ?」
「………………ふぅ」
俺、桃さん、ジャバウォック。
大広間にいる全員の視線が彼女に集まった。
彼女は――緑色の蛍光色に身をつつみ、火星人のような奇特なスーツを纏っていた。
戯けることもなく、真剣に、ジャバウォックを見据えて、ざっと地面を踏み、両拳を握り締め、
「1年Aクラス……君波紀美……変身名《不可侵領域》」
そう名乗った。
雄牛さんに寄って守られた彼女。最後の最後で間一髪で助けられた――彼女。
「誰も私の調和を崩せない。誰も私の完璧を崩せない。誰も私の閉塞を崩せない」
だから、怒りを明確に抱いて、
「私に触れるもの、全てを、この手で、――倒してやる」
怪獣ジャバウォックと向き合っていた。
破滅の中に輝く光。集い出すヒーロー。
次回「第93話:ヒーロー達のそれでも俺たちは戦った」をお楽しみ下さい。
掲載は5日~7日以内を予定しています。