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深林の奥に建つうらぶれた小さなビルディング。
窓のガラスはことごとく割れていて、正面玄関らしき入り口も扉が外れている。
壁はところどころ植物のツタに覆われている。
明らかに人が使っている気配はない。
僕はその建物の階数を数えてみる。どうやら5階建てのようだ。
(何の建物なんだろう?
こんなところにこんな建物があるなんて聞いたこともない・・・)
僕は無視して通り過ぎようと思ったが、
(ちょっと中を覗くだけなら・・・)
好奇心に負けて恐る恐る中へ足を踏み入れた。
「おじゃましまーす・・・」
中は窓から日が差し込んで仄暗く空気がひんやりとしている。床面がぼろぼろになっている。
(何もないな・・・空っぽだ。)
がらんどうの階層をしばらく奥に進むと真っ暗な階段が現れる。
まるで巨大な獣が口をぱっくりと開けているかのようだ。
(進んでみるか?)
一歩、僕は前進する。
(やっぱりやめよう。早くこの山から出よう。)
そう思い踵を返したその時だった。
振り返り視点を正面に定めると空っぽの屋内に影が一つたたずんでいるのが見える。
その影は僕を睨んでいる。
それは見たこともない動物だった。大きな熊のような猿だ。
形容しがたい、しかしまぎれもない怪物が、僕の目と鼻の先にいる。
僕は驚かない、いや驚けない。
「オオオオォォォォッッ!!」
怪物の咆哮。
僕の心臓が激しく脈動する。
(死ぬ、死ぬのか?僕・・・)
僕は一歩二歩と後退する。
怪物が僕をどうするかなんて、いちいち考えなくても分かる。
(回れ右で一気に後ろの階段を昇る、走る、駆け上がる・・・
いける、僕は冷静だ・・・!)
僕は怪物の目を見ながら後ろの段差に足をかける。
怪物は真っ黒な目で僕を見返してくる。
(まずは一気に振り返る―――!!)
僕は振り返った。
全力で足を踏み出す。
直後、怪物が唸りながら僕を追いかけてくる。
僕は思考も感情も振り捨ててひたすら逃げる。
「はあ、はあ、はあ、」
空っぽになった頭の中に怪物の声が響く。
走り、つまづきそうになり、駆け上がり、
気がつくと屋上にいた。
(追い詰められた―――?)
背後から怪物がじりじりとにじり寄ってくる。
大ピンチだ。
僕は辺りを見回す。
しかし、何もない。何も起こらない。
(ここまでか!?)
僕は怪物の目を見た。
体躯に比して小さな目だ。
怪物は跳んだ。そして僕を噛む。
僕は死ぬ―――