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「姫榁、どうする?」
僕らは中学校へ向かう途中、ゾンビの群れに遭遇した。
一車線の狭い道の上に10体、すり抜けるのは難しそうだ。
「他の道を探そうか?」
僕がそう提案すると、姫榁は首を横に振った。
「・・・ちょっとやってみる。」
そう言うと彼女は落ち着いた様子でゾンビたちに向かって歩き出した。
「やってみるって・・・ちょっと、姫榁!」
僕は姫榁を引きとめようとしたが、
漂ってきた死臭を嗅いだ途端に吐き気を催し、苦しくなって動けなくなる。
(くそ!こんなときに・・・)
姫榁は一番手前のゾンビの目の前で立ち止まる。
彼女は完全に正気を失ったのだろうか。一体何をする気なのだろう。
(何やってるんだ姫榁は!・・・姫榁が襲われる、早く何とかしないと!)
ゾンビがもし姫榁の話の通りに人間を襲って食べるのだとしたら
今の姫榁がやっていることは自殺行為だ。
「姫榁!何やってんだ!逃げろ!」
僕は叫んだが、姫榁は動かない。そして何故かゾンビも動かない。
姫榁はゾンビの目を見ている。ゾンビも姫榁の目を見ている。
僕は何も起きないことに半ば困惑していた。
(襲われない?何で・・・)
姫榁は未だ無事だが僕は緊張のせいで時間を長く感じた。
悪寒が極限に達し、僕の口から汚物が地面にぶちまかれる。
手に汗がにじむ。寒い。立っていられない。
(ヘタレもいいとこだな・・・僕。)
気づくとそれは起こっていた。
(ゾンビが・・・道を開けていく?)
ゾンビたちが姫榁にそっぽを向いて向こうへ去っていくのだ。
僕は驚いたというより、戸惑った。
「え、え?何が起こってるんだ?」
僕は姫榁に駆け寄った。
「姫榁、何をしたんだ?何でゾンビたちは・・・」
「別に何も。さ、行きましょう。」
「え、でも・・・」
姫榁はさっさと先を進んでいく。
何が何だか訳が分からない。ゾンビは人を襲うんじゃあなかったのか?
何故姫榁は襲われなかった?
ゾンビたちは僕にもまるで関心が無いかのように去っていった。
姫榁は一体何をしたんだ?
「何してるの治。早く行きましょ?」
僕は姫榁の目を見て何故か怖くなった。
「姫榁、大丈夫?」
「は?何が?見てのとおりじゃん。」
「いや、すごい泣いてたし・・・」
「うん、もう平気だよ。いつまでも泣いてばかりいられないでしょ。」
彼女の変わり様に僕は不自然さを感じた。
(だけど今は・・・姫榁だけが頼りだ・・・大丈夫だ、姫榁は姫榁、
何も変わりやしない。そうに決まってる。)
僕は姫榁の背中を追った。