22
僕たちは警察署を後にした。
「~♪」
剣を片手でくるくると振り回し、鼻歌を歌いながら
エージェント・テルは先頭を歩く。
「私の目で操れないかな? あいつ。」
姫榁が小声でささやいてくる。
「姫榁の能力にはタイムロスがある。
悟られたら終わりだ。」
姫榁はうつむき舌を鳴らす。
そのせいで僕は一瞬はらはらしたが幸いにも
テルには聞こえなかったようだ。
「これはやはり罠だと思う。
だがヒムロとオサムは元々何の関係もない。
二人は逃げるべきだ。」
今度はジャックがささやく。
「そんなこと……できないよ。」
「傷ならもうなんともない。
不意をうてばかなりの時間は稼げる。」
「それってジャックを置いていけってことだろ?
馬鹿なこと言うな。」
「私など赤の他人だろう。」
「そんなこと……!」
「まさか一度抱いたくらいで私を友達にできたとでも?」
この科白は姫榁にもばっちりと聞こえたらしい。
「はっ!? ちょっと、ジャックそれどういうこと……」
まずい、姫榁の声が大きい……
「あ~あ、ベタなやり取りだぜ。<私を置いて先に行け>だなんてよぉ。
悪いがいちゃついてるヒマはねえぜ。俺は早く次の展開が見たいんだ。」
テルには最初から全部聞こえていたらしい。が、
果たして姫榁の目のことも聞こえていたのだろうか。
姫榁の目は切り札だ。それを知られてはまずい。
……それにしても<次の展開>ってなんだ?
四車線の広い道路に差し掛かった頃、
テルの鼻歌に熱が入る。
「~~♪ ~~~♪」
(何の歌だろう?)
僕たちの会話が途切れてからだいぶたつ。
テルの聴覚が思ったよりも鋭いのでうかつに発言できないのだ。
それに姫榁がずっと不機嫌そうで、もしテルがいなくても
とても会話が始まる空気ではない。
(月がきれいだなあ……)
聞こえてくるのは暗い、しかし力に満ちた旋律。
「~~♪」
「……」
(確か空港に行くんだっけ?)
町は灯り一つなく、死んだように静まり返っている。
建物の巨大な図体がひたすら不気味だ。
奇妙な角度に歪んだ月の影は僕を凝視して頭の上から離れない。
一帯は乾いた足音と鼻歌に支配される。
(気のせいだろうか? 物陰から視線を感じる。)
寒い――
「~♪……」
(鼻歌が止んだ?)
空港の建物が見えてきた辺りでテルが急に歩くのをやめ、剣を構えはじめる。
ジャックも立ち止まり、きょろきょろと周囲を見回す。
「何?」
姫榁が僕の服の袖を引く。
「オサム、ヒムロ、伏せて……来る。」
「来るって、何が……」
すると電柱の影から、停まっている自動車の影から、
建物の屋上から、路傍の植え込みから、
いたるところから黒い人影が飛び出す。
(こいつらはゾンビ……じゃない……?)
謎の集団は僕たちを遠巻きに包囲してじっとこちらを見てきている。
月明かりに照らし出された彼らの姿を見て僕はある推測を立てる。
(黒いスーツにテルやジャックのこの警戒ぶり……まさか、こいつらエージェント?)
「おぉ~、ヤンにアントン、ロミオにフランソワ! 久しぶりだなぁ!
どうだ!? 元気にしてたかぁ!?」
テルが大声を張り上げる。
テルがあげた人名は恐らく暗号名、
とするとやはりここにいる集団はエージェントなのだろう。
「まあ、俺にケンカ売りに来るくらいには元気か。
大方あいつの差し金だろっ?
とするとやっぱりあいつは俺を邪魔者だと思ってたのか。」
「どうしよう……うじゃうじゃいるじゃない。どうするの?」
姫榁は場の雰囲気に完全に呑まれて震えている。
「大丈夫だ、何とかなる。多分。」
僕は姫榁の前に立つ。
集団の一人が数歩前に出て何か聞き取れない言語で話し始める。
「こんばんわ、エージェント・テル。今日はいいお天気ですね。」
テルが何か、やはり外国語のような言葉で応える。
「ああ、散歩にはいい夜だぜ、エージェント・ヤコヴ。」
「散歩のついでに飛行機に乗るのですか? 空港に何の用です? クククククク。」
「俺は散歩しているなんて一言も言ってねえぜ? 散歩にはいい夜だと言っただけだ。」
「そうでしたね、確かにそうおっしゃいました。で、何の用で空港に?」
「飛行機で楽園に行くのさ!」
「そうですか……なら飛行機なんかよりもっといい方法がありますよ?」
喋っていた人物の手から何かが数本、光を放ちながら伸びる。
(あれは鉄爪?)
「私たちが天国に連れていって差し上げましょう!」
瞬間、その人物の姿が消える。いや、消えたように見えた。
「!!」
長い金属音。剣と爪の打ち合い。
と同時に周りの集団もテルめがけ人外の速度で突進する。
「僕たちは無視? これって……」
「好機だ!」
ジャックが僕と姫榁をそれぞれ脇に抱えて走り始める。
「わあぁ!」
「えっ、ええぇ!?」
「しばらく我慢しろ!」
「どこ行くのさ!?」
「ントラプ・スレテトスリアの日本支社だ!
そこへ行くためにまず空港へ向かう!」
「結局空港行くの!?」
テルと集団の喧騒はあっという間に小さくなり聞こえなくなっていった。




