21
「エージェント・テル!何故貴方がここに!?」
ジャックはとっさに身を起こし警棒を構える。
「オサムはヒムロを連れて警察署を出ろ!」
「で、でも……」
「急いで!」
「おぉい、待ってくれよ、まずは話を聞けって……」
黒い影が月明かりを裂きながらテルを襲う。
ジャックの突撃だ。
とても目に追える速さではない。
「おっとぉ!無許可で人を傷つけちゃあいけないんだぜ?知らねえのか?」
テルは身をよじって攻撃をかわしながら軽口を叩く。
「オサム!何をしている!早く行け!」
「……」
「おぅ、早く行って仲間を呼んでこいよ。急げよ……」
「はぁっ!!」
ジャックの問答無用の突進。
「ちっ、仕方ねえな……!」
テルの剣が一瞬見えなくなる。
キィ――――――――――――ン……
金属音が鳴り響き、
気づいたときにはジャックが地面に倒されていた。
(目も思考も追いつかない……!)
「あー、お前の得物向こうまで吹っ飛ばしちまったぜ……
下に落ちてったかな?わりいな、ジャック。」
「くっ、不覚……」
テルはジャックを踏みつけて剣の切っ先を彼女の喉に押し当てる。
「おーい、お若いの。おめーの仲間をここに集めろ。
話があるからよ。」
テルは僕に呼びかける。
あまりの展開の早さについていけないが、
ジャックが人質になっていることは確かだ。
「……」
「私のことは気にするな!逃げ……」
「静かにしてろよって。」
テルがジャックの胸に剣を突き立てる。鈍い音と共に鮮血が溢れ床に広がる。
「う……があぁぁぁっっっっ!!」
「ジャック!」
「無断で人を殺せば犯罪だけどよー、
これくらいじゃあこいつは死にやしねーよ。
さっさと仲間連れてこいよぉ、いるんだろ?連れてこいよぉ。」
テルは月の光にまみれてにっかりと笑みを浮かべている。
それは異様、いや、異形だった。
「姫榁、起きて!起きてよ!」
僕は姫榁の体を揺すったり頬を叩いたりした。
「ちょっと……何すんの!やめて!」
「起きろって!大変なんだ!」
「大変って何が……」
「いいから屋上に来て!」
眠たそうにしている姫榁の腕を引っ張って僕は屋上へと駆け出した。
テルは足でジャックを踏みつけたまま
剣を鏡代わりにして髪を撫で付けていた。
「何?」
姫榁は小さな声を上げる。
「何だよ全員で三人しかいねーのかてめーら。」
「何してるの?あんた……」
「あぁ?あー、これか。安心しろよ、ジャックたんは死なねーよ。
うるせえもんだから少し黙らせただけだよ、へへっ。」
「酷い……ジャックを放してよ!」
「俺の話が先だよ、へへへ……」
激昂する姫榁を抑えて僕は質問する。
「話って何?」
「おぉ、よくぞ聞いてくれた!おい、ジャック、起きろよ。
おめーにも関係のある話なんだからよ。」
テルは踏みつけていた足をどける。
ジャックは咳き込みながら鈍い動作でのそりと立ち上がる。
「さぁて、単刀直入に言おう。」
言いながらテルはジャックを蹴る。
「ジャック!」
「俺と空港に来い。」
僕と姫榁はよろめいたジャックの体を支える。
「んで飛行機に乗って楽園へ脱出。どうだ?悪くない話だろ?」
「すごい出血……傷を塞がないと。」
「傷は……いい……血は止まっている……」
ジャックは呻くように呟く。
「何で?何があったの!?」
姫榁は混乱しかかっている。
「それは……」
僕は言葉を濁す……
「ヒャッハーァァッッ!!」
唐突な奇声、そして轟音。
すぐ後ろの入り口のドアに大きな剣が深々と突き刺さる。
「お宅らは俺についてくる!これは決まりだぁ。
今すぐ出られるんだよな!?」
「……」
「……」
「……っ」
ジャックが酔っ払いのようにふらふらと立ち上がり、ドアに刺さった剣を引き抜く。
彼女は剣を両手で中段に構えるとテルに対峙した。
「おぉい、やめろよ、やめてくれよ、悪ノリが過ぎるんじゃねーのか、おい。」
剣先が大きく揺れている。力が篭っていないのが平凡な中学生の僕にも分かる。
「オサム、ヒムロ……走れ。三秒くらいなら時間を稼げる……」
「駄目、そんなの駄目!」
「オサム!ヒムロを連れて行け!」
僕はジャックを無視してテルの方に目をやる。
いつの間にか彼は間合いを完全に潰しジャックから剣を取り上げていた。
「――っ!」
「よっこらせ。」
テルはジャックを肩に担ぎ屋上の縁へと向かう。
「離せ、どこへ……」
「おーい、お二人さん。
それじゃあ俺とジャックは下の玄関で待ってるからな。アディオス!」
テルはジャックをおぶったまま屋上から身を投げる。
「!」
「!?」
場は静かになる。
「……」
「……」
音一つない。
「……姫榁、説明は後でするから……
今すぐ行かないと。」
「そうね。急ご。」
僕らはテルを追った。
「……おっ、見っけ。
ジャックぅ、ほら、お前の持ってた警棒だぜ?真っ二つになってやがる。
え?どうでもいい?あぁそうかよ。
それにしてもおめー、おめーがあんなことするなんてなぁ?
あんなケツの青いガキが好みなのかぁ?
なあ、俺じゃ駄目か?
クカカカカカッ、冗談だっ。
俺だってお前になんか興味はない。俺は女にも、本当は金にだって関心がないんだ。
俺の趣味は世界を燃やすこと。俺は永遠のテロリストだぁ。ヒヒヒ。」
三点リーダに決まりがあるなんて知らなかった……




