20
取調室の前で姫榁は僕を待っていた。
「遅かったじゃない。何してたの?」
姫榁は腕を組み、尋ねてくる。
「屋上で日向ぼっこ。気持ちよかったよ。ねえジャック。」
僕はその人に話を振る。
「え、ああ、そう・・・だな。」
「日向ぼっこって・・・のんきなモンね。ジャックまで一緒になって。」
「申し訳ない・・・」
ジャックの動揺している様を見て僕は思わず頬を緩ませる。
ジャックは一瞬僕の方を見て<さっきのこと>を思い出したのだろうか―――、
さっと顔を背ける。
僕はジャックの体を嘗め回すようにして眺める。
(この体の中を僕の子供たちがぐるぐる泳いでいるのか―――)
そう思うとあの熱い興奮が蘇ってきて、僕の肉体を悩ませる。
全く、世界がこんなになってるってのに僕って奴は―――
「ククク・・・」
「うわぁ、どうしたの治?いきなり笑い出して。」
「ああいやあ、その、なんでもないんだ。」
「?」
姫榁は何も気づいていない。鈍感だなあ。
「治と二人だけで話したいことがあるから
ジャックはちょっとここで待っててくれる?」
「・・・了解した。」
姫榁は僕を連れて取調室に入った。
「それで、話って?」
僕は椅子に座った。
「ジャックのこと。」
姫榁も椅子に座る。机を一つ挟んで僕たちは見つめあう。
「治はどう思う?
私ね、あの子のこと信用してないってわけじゃあないんだけど・・・」
何という偶然だろうか。
ジャックを襲った直後に姫榁からジャックについて
どう思うか聞かれるなんて。
「ジャックは僕の命の恩人だよ。二回も助けてもらってるしね。」
そう言ってみて気づいた。
―――僕って下衆だな、恩人を押し倒したなんて。
「それにかわいいし。日本語上手いし。」
―――芯の通った声、良い肉付き、良い歯並び。
僕は実にいい思いをした。
「・・・」
姫榁が難しい顔をする。何故だろう。
「まあ何にせよ、こんな状況だから今は助け合わないと。
ジャックも呼んで今日は何するか三人で考えよう。」
「・・・分かった。ジャック呼んでくる。」
姫榁は部屋を出た。
(姫榁には秘密にしておかないとな、ジャックとのことは。)
「オサム、話がある。来い。」
夜、僕たちは姫榁が眠り込んだのを見計らって
留置所を抜け、屋上に出た。
そこには月の眩しい、明るい夜の世界が広がっている。
「月が綺麗だな。」
ジャックが腰掛けた隣に僕も座る。
「・・・」
「羊雲が真っ白だ。」
「・・・そうだね。」
なかなか話を切り出さないのは
僕を精神的に追い詰めるためなのだろうか。
「どうしたんだオサム、元気がないな。喉でも渇いたか?」
自分の罪を自覚したか―――
そう言っているように聞こえる。
ジャックもなかなか陰湿だな。
「今日はヒムロの親の話を聞いたんだ。
何でも彼女、両親が二人とも海外で活躍している・・・」
「あのさ、ジャック。」
僕は立ち上がる。
「早く本題に入ってよ。
僕が許せないのは分かるけど、
こんな風に僕を追い詰めたって意味ないだろ!」
ジャックはきょとんとしている。
僕は怒鳴ったことを後悔した。何て言い返されるのだろう―――
「私は昨日の夜みたいにオサムとお喋りしたいだけだ。」
「え?」
「今日も付き合ってくれるのかと思って・・・
屋上の方が見渡しがいいからここに来たんだ。」
何を言ってるんだジャックは・・・
「朝のこと・・・」
「朝のこと?」
「朝僕がジャックをその・・・あれこれしたじゃないか。
そのことについて話があるからここに連れてきたんじゃないのか!?」
「そのことは・・・」
ジャックは何かを考え始める。
何だか僕がジャックを説教しているみたいだ。
「そのことは・・・何さ?」
「そのことはもういいだろう。
オサムは若気の至りであんなことをした、
私はそう思うことにしている・・・
私たちは協力しなければいけない立場にあるんだ、
こんなことでいちいち揉めてはいられない。」
そう言ってジャックは立ち上がる。留置所に戻る気なのだろうか。
僕はすかさず言った。
「それは・・・おかしいよ。謝らせてよ。」
途端、僕は体を突き飛ばされる。
「!?」
ジャックが僕を見下ろす。
「謝る?オサムが謝って私が許して終わり、
そういうことをオサムは望んでいるのか?」
「・・・」
やっぱり怒ってるんじゃないか―――
「謝って許してもらえてその上キレイさっぱり忘れてくれる、
そんな都合のいいことがあると思うか?
気にしていないフリはしてやる。だが許しはしない。」
そう言うと彼女は尻餅をついた僕の上にのしかかり
体を密着させる。
(何をする・・・?)
更にジャックは腕を僕の首に絡め、頭を引き寄せてくる。
息が当たる。むせ返りそうなくらいに甘い。
「・・・許さないというのは冗談だ。
泣いているのか?フフフ、可愛いなオサムは・・・」
鼻と鼻が当たりそうなくらい彼女は顔を近づけてきて・・・
「お楽しみ中のところ悪いんだけどよぉ。」
「!?」
僕たち以外に誰かいるようだ。
「まあ、子づくりよりかは大事な話をするんだ、聞いてくれよ、へへっ。」
そこに人がいる。
見覚えのある男が、僕たちを見下ろしている。
月を背負ったヒトゴロシ―――
エージェント・テルだ。




