15
・・・怪物はその身に五発の弾丸を浴びた。
肩口に三発、頬に一発、額に一発。
熱い弾丸は怪物の硬い皮膚に直進を阻まれ、ぱらぱらと地面に落ちる。
怪物の眼前に立つ少年は拳銃を構えたまま動かない。
恐らく怪物が死なないことに驚いているのだろう。怪物は拳銃弾程度では倒せなかった。
怪物にしてみれば怪我は負ったがこれは好機だ。
怪物は少年の未熟な筋肉を、柔らかい骨を、
丸い目玉を、蝋燭のように青白い肌を思い、舌なめずりをする。
「オオオオォォォッッ!!」
怪物は身をかがめ少年に狙いを定め、飛びついた―――
が、邪魔をされる。
金髪碧眼の少女に、だ。
彼女は少年に飛びつこうとした怪物を蹴り上げ投げ飛ばした。
巴投げと言う技だ。
怪物は後方に飛ばされ、かろうじて受身を取る。
「オオオオオオォォォォッッ!!」
怪物は大きく息を吸い、腹の底から声を発した。
怒りの咆哮をあげ、怪物は二人に突進する。
「やめなさい。」
怪物はどこからか聞こえてきたその言葉を聞いて動きを止めた。
怪物自身も何故自分が動きを止めたのか分からないようだ。
何故?何故なのか?自分に命令するのは誰か?
怪物は辺りを見回す。
すると怪物は一人の少女を見つける。金髪の少女とは別の日本人の少女だ。
その少女は怪物の目を見てもう一度言った。
「やめなさい。」
普通に考えればこんな年端のいかぬ幼い少女の発言に
熊のように大きな怪物が怯えるはずがない。
怪物はその少女を剛腕の一振りでなぎ倒そうとした。
しかし、腕が動かない。
怪物の生理が、本能が、遺伝子が怪物に命令する、
「この少女の言葉に従え」と。
怪物は少女の目を見返す。
怪物は悟った。
「王だ、彼女は王なのだ、
そして自分は王の怒りから逃れなければならないのだ」
目をそらすことを許さない少女の瞳が言う。
「消えて。」
怪物は去った。去って、姿を消した。
「姫榁、すごいよ!超能力であいつまで追い払えるなんて!」
「ふー、疲れたぁ・・・私もびっくりしてる。
ダメもとでやってみたけどまさか本当に何とかなるなんて・・・あ、」
「・・・」
姫榁はくたびれて座り込んでいる金髪の少女に話しかける。
「あなた、大丈夫?怪我とかは・・・」
姫榁は急に黙り込み、
何かとりつかれたように少女の目をじっと見つめ始める。
「姫榁?」
「・・・」
少女も姫榁の目をじっと見つめる。
数十秒くらいたって、姫榁は口を開いた。
「治、この人ゾンビだ。」
「はあ?」
「よくわかんないけど、ゾンビ。間違いない。」
姫榁はそう言って後ずさる。
「何言ってるんだ?姫榁。」
少女の方も驚いていた様子で話す。
「やはり・・・感染者か?いや、そんな馬鹿な・・・」
「どうしたの二人とも。とりあえず落ち着こうよ。」
僕は姫榁を座らせ、自分も二人の間に腰掛けた。
「・・・貴方は感染している。
感染者に噛まれただろう?」
「え?」
「しかし、非発症か・・・珍しいものだ。生来的なものか・・・」
感染?非発症?
「ねえ、何なの?感染とか噛まれたとかって・・・」
「ヒムロ・・・と言ったか。噛まれた傷を少し見せてもらいたい。」
姫榁はきょとんとした顔で右腕を少女の前に差し出す。
彼女が姫榁の袖をまくる。
「これって・・・歯型?傷になってるけど・・・」
「おじさんに・・・治のお父さんに噛まれたの。こんな傷つくってたら
治が心配すると思って隠していたんだけど・・・」
「やはり・・・」
「やはりって?
ちょっと、説明してよ。あなた、何を知ってるの?」
姫榁が少女に詰め寄る。
「分かった・・・私の知っている範囲で答えよう。」
突風が吹く。
遠い空の彼方から死人の唸りが聞こえる。辺りは静かだ。
「まず私の名だな。私はジャック。
ントラプ・スレテトスリア社執行部の特殊工作員だ。」




