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そのヘリコプターはやはり避難民の救助に来たものだった。
「助かったね。」
「まだ分かんないよ?もしかしたらヘリが撃墜されたりとかして・・・」
姫榁がふざけた調子で言う。
「そんな。映画じゃあるまいし・・・ん?何だあれ。」
「なに?UFO?」
「いや、何か走ってくる・・・」
何か人のようなものが猛スピードでグラウンドを縦断し、
真っ直ぐヘリに向かってきている。
目を凝らすとそれは男で、恐ろしい形相をしていた。
「何あれ?ゾンビ?」
「え?違うでしょ?」
ヘリの前に並ぶ人々も男の存在に気づき、不安がる。
「隊長、あれは・・・」
「何だ?ずいぶんと足の速い・・・」
次の瞬間、男は空高く跳躍したかと思うと
ヘリのプロペラの中心部分に剣のようなものを深々と突き立てる。
「!」
「!?」
プロペラがけたたましい音をたてて動きを止める。
人々が声を失う中、男は剣を引き抜き言った。
「ようよう紳士淑女の皆さん、このヘリで楽園にいけると思っていただろ?
でもざぁんねんでした、こいつは見ての通りぶっ壊れちまったぁ。」
「貴様!何だ!?降りて来い!」
大きな銃を構えた自衛隊の隊員たちが口々に男を怒鳴りつける。
「まあ、落ち着けって。あれを見てみろよ。」
男は怒声を無視してある方向を指さす。裏山付近の方だ。
「死人だ!死人の大群だ!」
「そんな、一体どこから!」
男の指差した先ではゾンビの群れが今にもグラウンドを囲むフェンスを破壊しようとしている。
「金網が倒れるぞ!」
「走れ、走れ!」
フェンスを倒しこちらににじり寄ってきているゾンビたちを見て
人々はパニックになり蜘蛛の子を散らすように逃げ惑う。
「すげえだろ?俺が連れてきたんだ・・・って人の話聞けよな、まったく。」
「避難民を校舎内へ誘導しろ!急げ!」
「了解!」
「おっと、させるかよ。」
男はヘリの上から飛び降り、その勢いで自衛隊員の一人を文字通り一刀両断する。
「貴様!」
「へへっ」
「この野郎!撃て!撃てぇ!」
自衛隊員たちの銃が火を噴く。が、男は倒れない。
「何だ!?剣で銃弾を・・・」
「そんな馬鹿な!」
それは言い表しがたい動きだった。
男は飛び交う銃弾を剣で叩き落しているのだ。
僕は男のその動きに思わず見いってしまう。
「何してるの!?治!早く逃げないと!」
姫榁が僕の腕を引く。
「あ?ああ、ごめん。」
「あのゾンビの数からして校舎はもう駄目ね。どこか別の場所に行かないと。」
「どこかって?」
「分かんない。」
姫榁は僕を駐輪所へ連れてきた。
「まさか自転車盗むの?」
「非常事態だからいいの!」
かなり近くからゾンビの声が聞こえてくる。ここも危険だ。
「・・・これもカギがかかってる。もうっ、急がなきゃいけないってのに。」
そうこうしているうちにゾンビが数体、駐輪所に進入してくる。
「もう駄目だ、姫榁!」
僕は無意識に駆け出した。後ろから姫榁がついてきていると思ったが、
彼女はまだ施錠されていない自転車を探していた。
「あ・・・」
一体のゾンビが姫榁に迫る。
「姫榁!」
しかし、そのゾンビは姫榁を目の前にして何故か立ち止まり、
そっぽを向いて駐輪所から立ち去っていく。
(あ、まただ、また不思議パワーで・・・)
「治!あった!自転車あった!」
「でも・・・」
ゾンビの壁が僕と姫榁の間に立ちはだかる。
絶望的だった。
「姫榁!超能力頼む!」
「超能力って何!?」
「ゾンビ追い払えるだろ!」
「だから前も言ったじゃん!やり方よく分かんないって!」
「じゃあ正門で落ち合おう!それでいい!?」
「分かった!」
僕は駐輪所から中庭を抜けてグラウンドへ向かおうとした。
だが、
「こいつは・・・」
中庭には廃ビルで僕を襲ったあの怪物がいた。
それも一体ではない。三体。
奴らは遠巻きにこちらを睨みつけてくる。
僕は後ずさり、振り向きざまに駆け出した。
目指すは校舎の中。僕は全力で走った。
(何であの熊もどきがいるんだ・・・)
僕は廊下を走り、一番正門に近い玄関へと向かった。
「はあ、はあ、くそ、何なんだよ、次から次へと、はあ、」
「よう少年、ランニングは楽しいか?」
「!」
曲がり角から人影が現れる。ヘリを壊し、自衛隊員と戦っていたあの男だ。
「なあ、みんなどこへ逃げようとしてるんだ?
学校の外はぜーんぶゾンビゲームの世界だってのによぉ。」
男はささやくような声で喋る。
僕はその耳障りな声に男の狂気を感じ取った。僕は恐怖を我慢し搾り出すような声で言った。
「・・・そこを通せ・・・」
僕は男の目を見た。男は濁った目をしている。
「てめえ、何だその目は、なんて綺麗な目ぇしてやがる。
そんな目じゃあ生き残れないぜ。」
男は口の端を吊り上げる。僕は嘆願する。
「・・・通してくれ・・・通してください。」
背後の廊下の奥から猛り狂ったかのような咆哮が聞こえてくる。あの怪物たちだ。
「勝手に行けよ。俺は通せんぼしてたわけじゃねーんだからよ・・・
お前が明日まで生き残るのに二千円賭けてやるよ。」
「・・・」
僕は黙って男の脇を走り抜ける。
「・・・さて、あと一分てところかな。」
そんな呟きが聞こえてきたような気がした。




