第1話 サンテリア学園
湊と奏はサンテリア学園に向けて出発した。荷物は今まで着ていた服とか異世界に来たときに持っていたカバンくらいで大して大きな荷物はない。
今まで世話になったマーズとの別れは簡単に済ませた。これは一時の別れで、そのうちマーズの方から学園に来るとのことだった。
ちなみに、湊は家を去る間際にマーズからこんな小言を言われていた。
「カナデのことはミナト、お主が守ってやるんだぞ」
言われなくても、元からそのつもりだ、と湊は答えた。その答えに満足したのかマーズは笑っていた。
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今、湊と奏が歩いてるのは森から出た町の街道だ。それなりに栄えているのか、道のあちこちには人がいる。異世界に来て、初めてのマーズ以外の人間だ。やはり、髪と目の色は違くて同じ色の人はいなかった。五大貴族ではない証拠だ。
湊たちが着ている服はマーズから渡されたものだ。
湊はあまり目立たないような服装に加え、髪の色を隠すために帽子を深くかぶっている。傍目から見れば、怪しい男にも見えなくもない。
奏は髪が長いため、全身をローブで覆い隠している。湊からからすれば、この世界とは無縁の魔法使いにも見えなくもなかった。ローブ自体は珍しいものではないのだが、需要がほとんどないため着る人は少ない。町で見かければ「あの人、ローブ着てる」程度である。
総じて言うと、2人は少し目立っている。黒髪黒目で目立つよりは断然マシであろう。
しかし、これは普通に歩いてたら話。
「に、兄さん…………無理ですぅ、死んじゃいますぅ……」
「大丈夫。視線と悪寒だけで死ぬような人はいないから。だから、頼む。泣き止んでくれ」
奏は湊の身体に抱き着いて泣いていた。それも大泣き。
ここに来て、奏の男性恐怖症が炸裂したのである。半年間も湊以外の男に会わなかったせいか、町に出て男を1人見かけた途端にこれである。さらに悪いことに、奏が急に泣き始めたために視線が急に集まってきてしまっている。もちろん、集まってきた視線の中には男性もいるわけで、男性の視線だけで泣いてしまう今の奏はもっと泣いてしまい、そこからまた注目を集めて…………という悪循環に陥ってしまっている。
別の意味で視線に集めることになってしまった2人だが、やはり、闇の一族で誤解されて注目されるよりはマシな方であろう。
湊は奏を泣き止ませるために必死に慰めるようと髪を撫でたりと色々とやっているのだが、一向に涙が止まる気配はない。
半年間のブランクは相当大きいらしい。
このままじゃ埒があかないと思った湊は思い切った行動に出ることにした。
「奏、そのローブ、脱げないようにちゃんと押さえてろよ」
「え?兄さん、それはどういう―――きゃあぁっ!?」
湊の腕が奏の腰に回された瞬間に、奏の身体がグイッと空中に引っ張っられた。湊が圧力起点で地面を蹴ったのだ。圧力を操作したことで湊の足と地面の間に力が生まれ、その力が湊たちの身体を空中へと押し上げたのだ。
とにもかくにも、さっきまで湊たちに注目していた人たちは空へ跳び上がるという予想外の行動に出られたために、一瞬だけ見失ってしまう。思わず目で追ってしまうが、ジャンプを繰り返したのか既に距離が離れていた。もちろん、追いかけようとする人などいない。
逆に、ちょっとした罪悪感に苛まされていた。
いくら少し珍しい格好をしているカップル、が理由は分からないが、彼氏が彼女を泣いているからと言って見すぎた。もう少し気を使って、見て見ぬ振りをすればよかった。あのカップルは、自分たちの視線に耐え切れなくなって能力まで使ってこの場を立ち去ったのだろう、と考えた。
半分外れて半分当たっているような考えが町の人たちを共通させ、互いに苦笑いしながら、そそくさと元の生活に戻るのであった。
さて、湊たちは能力を使って、駅の近くに来ていた。空から跳んできたために、ちょっと周りから視線を集めたが、そこは超能力の世界、すぐに視線は霧散した。
駅に来たのは、ここから走る電車に乗って、サンテリア学園まで行くためだ。何度か電車を乗り継ぎをしなければいけない。
もちろん、これはマーズから事前に聞いていたことだ。
「すいません、兄さん。私のせいで」
跳んでいる間に少しは泣き止んだのか、涙を目元で溜めている奏が謝ってきた。
「このくらい問題ないさ。それより、悪化した男性恐怖症の方をなんとかしてくれ」
「は、はい。頑張ります」
奏が両手で握り拳をつくって気合いを入れる。その様子に、湊は少し微笑みながら奏の頭に手を乗せて撫でてやった。それを、奏は目を細めて気持ち良さそうに受け入れていた。
しかし、この笑顔とは裏腹に、湊に抱き着ける大義名分である男性恐怖症を奏をあまりどうこうする気はない。とは言って、自分でも厄介なことだとは思ってる。だから、治ったらいいなー程度の気持ちだった。
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駅で走っているのは電車は『電気で走る車』の如く電気で動いている。超能力で雷や電気があるのだから、科学で証明されていてもおかしくはない。
湊の見解は、この世界の科学は地球の科学には追い付いてはいないが、それなりには進んでいる、というものだった。
湊たちはマーズから借りたお金で切符を買うと改札口に向かった。改札口には切符を通す機械などはなく駅員が立っていた。駅員に少し訝しい目で見られたが、問題なく改札口を通った。
そこからは、電車に乗り継ぎしながら目的地のサンテリア学園に向かう。
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電車を乗り継ぎした湊と奏は、無事にサンテリア学園に着いた。2人の目の前には大きな門がある。さらに、元の世界ではめったにいない門番までいた。
ちなみに、奏は門番が男のために必死になって湊にぺたりと抱き着いていた。
「サンテリア学園の編入生です。通させてもらえますか」
湊はそう言うと、門番2人がすごい疑うような表情をしてきた。
「そこを動くな。今、確認する」
お前らは信じられないと暗に言っているような口調に湊たちは眉をひそめた。第1印象は最悪だ。
門番の1人が備えつけられている電話でどこかにかける。
「………はい、分かりました」
門番が受話器を戻すと、こちらに来た。
「どうでしたか?」
「確認が取れた。今から迎えが来るから、そこにいてくれ、とのことだ」
とりあえずは、確認が取れた。これに湊たちはホッとする。これで編入の話はないなどと言われた日には、ここまでの旅路は何だったのか、ということになる。
数分して、1人の女性が来た。
眼鏡をかけた知的な女性だ。金髪に青い目をしている。
「マーズ様から紹介のあったサンテリア学園の編入生ですね。校長室に案内します、こちらへ」
女性が、マーズ様という言葉を言ったら門番2人が驚いたような表情をした。
女性はそれに構うこともなく、身体を翻して学園の方に歩いて行く。湊たちも慌ててそのあとを追った。
さて、サンテリア学園に入った湊たちだが、今はサンテリア学園の外装に驚かされていた。
「兄さん、城が6つもありますよ」
「すごいな。こんな光景そうそう見れるもんじゃないぞ」
奏が言った通り、湊たちの目には城とも呼べる建物が6つ映っていた。距離は離れているのに、目に見えるほどの大きさだった。
「あの6つの建物は、サンテリア学園の校舎です。6つもあるのは生徒たちを出身国ごとに分けるためです。校舎には名前がありまして、例えば火の国出身の生徒が集まる校舎は火の塔と呼ばれています」
軽くサンテリア学園について説明してもらいながら、湊たちは校長室があるサンテリア出身の生徒が集まる太陽の塔へと足を踏み入れた。