第6話 川岸
奏にとって痛恨のミスだった。
今まで着替えを忘れることはなかった。やはり、あの夢心地のせいで色々と思考が止まってしまっていたらしい。
「うーん………」
目の前には、今まで着ていた汗くさい服。これをまた着て、家に戻って着替えを取ってくるのは気が引けるに加え、水浴びした意味がない。
だからと言って、このまま手を拱ていては状況は何も変わらない。
奏は決意した。
川から上がり、脱いだ服を手に取る。
「奏、着替え持ってきた」
「うきゃあぁっ!?」
突然の声に反射的に手に持っていた服を捨てて、川の中に飛び込むと同時に声がした方向へ超能力による莫大な力を放出する。意識せずに身体が勝手にしたことだった。
声をかけた本人の湊は自分に向かってくる力に動じもせずに右手を前に出し同様の力で力を相殺させた。そして、2つの力が衝突した場所を中心に衝撃が波のように広がり、木々の枝や葉を揺らした。川で流れる水も飛び散らせる。
湊は後ろの木の影にまた隠れる。声をかけた場所はここからであって、さっき相殺させた所ではない。奏が力を放出させたのを木の影から気付いて、辺りに被害が及ばないように前に出ただけのこと。また木の影に隠れたのは、奏を怖がらせるからである。湊に対して悪寒も何も起きない奏だが今の状態の奏は例え湊でも恐怖の対象となる。奏が無意識に力を放ったのも恐怖を排除しようとする自然なことだった。
ちなみに、奏が放出した力は大木を一瞬で吹き飛ばすほどの威力を誇っていた。
「奏、大丈夫か?」
木の影にいる湊は川の中にいる奏へ声をかける。
「だ、大丈夫です。いきなり声をかけないで下さい。ビックリしたんですから」
「こうでもしないと、お前の男性恐怖症は治らないだろ」
無茶な考えである。
女が裸の状態であるところへ男の声が聞こえてきたら、誰だって驚くだろう。
「だからって、いきなり声をかけないで下さい。つい、能力を使ってしまったじゃないですか」
「だったら、どうすればよかったんだ?声をかけないと、こっちに気付いてもらえないだろ。まさか、いきなり目の前に現れるか?」
「………私を泣かす気ですか?」
「まさか。俺は奏に泣いて欲しくないよ」
「泣かす一歩手前のことをやっといて、何を言っているんですか」
ちょっと不機嫌な奏。
当たり前のことだ。自分が水浴びしているところへ、いきなり声をかけてきたのだから。
本当に泣く一歩手前だったのだ。
「それはすまないな。なら、どうすればよかった?」
「サインを送って下さい」
鍛練のときにも使っていた不可視で肌で感じるサイン。奏はこれなら大丈夫かもしれない、と思った。
「サインか。それなら、大丈夫なのか?」
「たぶん、大丈夫だと思います。ところで、兄さん…………」
「何だ?」
「着替えもらえませんか?少し寒くなってきましたので」
「そうだったな」
奏に着替えを渡すべく湊は木の影から出てきた。
改めて湊の姿を見た奏は驚いた。
「まさかその状態でここまで来たんですか?」
「まあな。婆さんに着替えを持っていくときに、女の下着は見るもんじゃない、って言われて、この布で目隠しされた」
湊は言いながら、自分の目を隠している布を指差した。布は湊の両目を覆い隠して頭の後ろで結ばれていた。これでは、湊の視界が完全に機能していない。
「大丈夫だったんですか?」
ここまで来る間には太さや大きさが違うたくさん木々がある。さらに、道は舗装などされているわけはないので、凹凸が激しい。目隠しの状態では、いつ転んでもおかくない道だ。
「心配ないよ。能力の練習になったから、ちょうどいいくらいさ」
しかし、そんな道は湊の超能力にかかればただの道。
「ちなみに、今の奏の場所も分かってるぞ。川の場所、周りの木の位置までな」
今の湊は超能力の応用で自分の周りを把握できる。サインも同じ応用だ。
「ここに置いておくけど、いいか?」
「あ、はい。そこに置いといて下さい」
奏の近くまで来た湊は川岸の近くに服を置いた。木の影からここまで来る歩く姿は、目隠しされているにも関わらず、フラフラなどせずに真っ直ぐ歩いてきた。まるで、目隠しを最初からしていないように。
奏は川から上がった。目隠ししている兄の目の前に裸の妹がいる、という実に犯罪一歩手前のような状況になる。奏はそれを認識すると、顔を紅潮させながら手早く着替え始めた。もちろん、兄の目の前で。




