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桐宮兄妹と超能力の世界  作者: BRISINGR
第1章 サンテリア学園・編入編
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第5話 一緒の部屋で

フィルネから制服を渡された湊は別室で着替えようとリビングから出て行こうとした。当たり前だ。年頃の男女が同じ部屋で着替えるなんて言語道断だ。

しかし、湊の歩みは服を引っ張る小さな力により止められた。後ろを振り向くと、顔を紅潮させて顔を伏せて湊の服の裾を掴む奏の姿があった。片手にはフィルネから渡された制服がある。


「兄さん、一緒に着替えましょ……」


湊は自分の耳を疑った。目の前にいる妹は何と言った。一緒に着替える――――それは同じ部屋で着替えるということ。

湊の知る限り奏はそんな冗談は言わない。つまり、本気ということだ。冗談とかではない。

そこまで考えた湊に込み上げてくる感情があった。


歓喜。


妹の成長に喜びを感じた。男性恐怖症の奏が言ったのだ。これは男性恐怖症が回復を示している証拠だ。断じて卑猥な喜びではない。


「大丈夫なのか?」


湊の口から出た言葉は「正気か?」とか「ダメだ」とかの否定する言葉ではなかった。

妹を心配する兄の言葉だった。


「……大丈夫、です。頑張り、ますから」


途切れ途切れの言葉。そこから読み取れるのは恐怖。しかし、それは恐怖に立ち向かう言葉でもあった。


「分かった」


奏の決意を汲み取った湊はそれだけ言うと、身体を反転させリビングへと戻っていく。奏と擦れ違いざまに、一瞬だけポンと頭に手を乗せた。まるで「よく言った」と暗に褒めているような動作だった。


『ちょっと、ちょっと!ミナト君、何言っちゃってんの!』


ここで出てきたのがフィルネ。さっきの奏の発言にビックリしたが、それを了承した湊にもビックリした。

関係ない話だが、フィルネは思ったことは口に出さずに念話伝達(テレパシー)で言うタイプのようだ。


「何ですか?」

『何ですか、じゃないよ!何ちゃっかり了承してんのよ!普通は拒否するところでしょ!』


フィルネの言うことは正しい。

正しいのだが、それは世間一般的な考え方だ。今のこの兄妹には通じない。


「奏の決意を邪魔しないで下さい」


殺意すら篭ってそうな低い声。その声はフィルネを怯えさせるのには充分だった。

しかしながら、端から見ると妹の誘いに乗る変態兄貴なのだが。


「兄さん、フィルネさんを怖がらせないで下さい。変なことを言っているのは私の方なんですから」

「そうだな………フィルネさん、すいません」


湊は少しやり過ぎたと反省した。


『べ、別にいいのよ。でも、若い男女が一緒の部屋で着替えるのはマズいわよ。カナデちゃんも自覚あるなら早く前言撤回しなさい』

「前言撤回なんてしません。これは私が勇気を出して決めたことですから、そうそう簡単に撤回なんてしません」

『ちょっとー。2人して何考えてんのよ。兄妹でしょ?年若き男女でしょ?』

「理由は後で説明します。だから早く、私の決心が鈍らない内に………!」

『………はぁ、分かったわ。私の負けよ、負け。何がカナデちゃんをそこまで駆り立ててるのか知らないけど、覚悟を決めてるのは伝わったわ』


フィルネの言う覚悟とは兄妹の一線云々という意味なのだが、それとは別の覚悟だ。


『ただし!ミナト君が変な行動したら、即この部屋から叩き出すからね!』

「フィルネさんは俺のことを何だと思っているんですか」


湊がため息を付きそうな調子で言った。



◇◆◇◆◇◆◇◆



こんな経緯があって、湊の後ろで奏が着替えている。しかも、互いに背を向ける湊と奏の距離はテーブル1つを跨いだだけの超近距離にある。そのため、布と布が擦れ合う音が後ろからハッキリと聞こえてくるが、湊にはそれを聞く余裕がない。


『ミナト君、見てないでしょうね?』

「見てませんよ」


フィルネが念話伝達(テレパシー)で3秒おきに1回こうやって聞いてくるのだ。


『でも、カナデちゃん、泣きそうだよ?』

「う、うううっ…………」


奏は人前で肌を見せることをしない。『アレ』の前だけでなく、同性の前でもだ。

男性恐怖症のせいで肌を見せることを極端に嫌っているためだ。1年前は制服のスカートすら履くのを嫌がっていて、大いに湊たち家族を困らせたものだ。遂には「兄さんのズボンを貸して下さい」と言う始末。さらに、外出するときは必ずズボンを履いて、服も長袖を着ていた。そして、半年前にやっと制服のスカートやらショートパンツなどが履けるようになったのだ。しかし、それも異世界に来てほとんど元に戻ってしまい、半年間のブランクで男嫌いが増した。少なくとも、以前よりはマシに、2,3ヶ月はリハビリが必要かな、と湊は考えていた。

だから、さっきの奏の言葉に驚いたのだ。


最も湊の後ろで着替えることが、なぜリハビリになるのかは奏の胸中だ。


「奏、頑張るんだ。自分で言ったことだろう。最後までやり遂げるんだ」

「はい、頑張ります」

『頑張らずに別室で着替えてほしいんだけどね』


湊が励ましの言葉を奏にかけると、フィルネが毒づいた。


『ところで、カナデちゃんさ』

「は、はい。な、何でしょうか?」


フィルネが着替え中の奏に声をかけた。


(フィルネさん、奏と会話をして少しでも気を紛らわそうとしているのかな)


湊はフィルネの気遣いに感謝した。奏もそう思ったのか、少し緊張しているせいか呂律が回らないながらも会話をしている。


だが、しかし――――。


『奏ちゃんって、スタイルいいよねぇーー』

「へ?」


この会話を念話伝達(テレパシー)で男である湊にまで伝わらせる必要性はあるのだろうか。

念話伝達(テレパシー)は相手を選んで伝わらせることができる。もちろん、放送のような多人数に無差別に伝えることも可能だ。

しかし、それをあえてしないということは――――。


(試しているな………俺を)


女性同士の会話は、時折、男性に興味を持たせることもある。今の会話はその部類に入るだろう。


(妹のスタイルの話で興味を持たせようとするなんて………フィルネさんは、本当に俺のことをどう思っているんだ)


言わずもがな、シスコンな兄貴である。

しかしながら、この話題は奏にとって爆弾にも近いものだ。結局、耳をそばだてて聞くことになった。いくら爆弾でも蹴ったり投げたりしても、導火線に火を入れなければ大丈夫なはずだ。


(ああ、妹のスタイルの話に耳を傾ける俺って何?)


だから、シスコンな兄貴だっての。


『カナデちゃんの胸って大きいよね。うーん、同年代でも大きい方じゃないかな』

「そ、そんなことありませんよ」


シュル、シュルシュル………パサッ。


『うわーうわー何これ!?何これ!?何なの、この腰のくびれ!このお尻は!』

「そ、そんなにじっと見ないで下さい。恥ずかしいじゃないですか…………」

『隠さないで、隠さないで。もっと見せなさいよー』

「ダメです。それに、フィルネさんだって同性の私から見ても充分に美人な方ですよ」

『ありがと。でもね、今の体型を維持するのにはかなり苦労してるんだ。カナデちゃんの方は?何かその秘訣とかあったりするの?』

「特には何も。毎日、ある程度の運動をしているだけですよ」

『運動かー。確かに運動も大事よね…………わあーちょっと待った、カナデちゃん』

「何ですか?」

『えっとね………その少しだけ胸を触ってもいいかな?』

「――ッ!」


フィルネの言葉に湊は思わず声が出てしまいそうになった。今の言葉は爆弾の導火線に火を付けるようなものだからだ。


「絶対にダメです」


奏もきっぱり断った。もし、この台詞を言ったのが男なら二の句も告げずに殴り飛ばしていただろう。今はフィルネという同性の年上の女性だから、言葉による説得が選べたのだ。


『いいじゃない、いいじゃない。女同士でしょう。別に胸を触るくらいでしょう』


良くない。奏にとっては死活問題なのだ。


「ぜ、絶対にダメです」


奏の声が少し涙声になっている。


次の瞬間、フィルネが奏の胸に手を伸ばしたのだろう、奏の防衛本能が働いた。

握り拳がつくられた奏の右手が振りかぶり、フィルネの身体に叩き込まれようとしていた。その動作を感じた(・・・)湊が手に持っていた制服を放り捨てて、テーブルを乗り越えて、奏とフィルネの間に割って入った。フィルネを奏とは反対方向に突き飛ばし、その後を追うように突き出された右手を掴んだ。右手の拳に内包された圧力が湊の『相殺』によって打ち消された。

今の奏は『吸収』を発動していないため、湊の『相殺』が効いたのだ。


「奏、やり過ぎだ。フィルネさんも悪ふざけが過ぎますよ」

「すいません………」

『ゴメンなさい………』


奏もフィルネも反省している。


「兄さん………」

「ん?なん―――っておい!?」

「………もう、こっちを向かないで下さいと言おうとしたのに」


湊が奏の声に振り返ると、いきなり奏が抱き着いてきたのだ。張りのある双丘が湊に押し付けられる。

ここに来て、湊は自分と奏の状態に理解した。湊は制服を着る途中だったので下ズボンは着用済みだが、上はTシャツ1枚という中途半端な格好だ。奏の方もスカートこそ履いているが、ブラウスが胸の位置で引っ掛かるようにしあるだけで中途半端な格好になっていた。恐らく、ブラウスを着ようとしたところで、フィルネに止められたからだろう。


奏のその姿を見れたのは一瞬のこと。

奏が湊に抱き着いたたために、湊の視界が奏の真っ赤になった顔で埋められ下着姿は見れなくなった。


「兄さん、私が、いいと言うまで、上を向いてて下さい」

「あ、ああ………」


湊は素直に顔を上に向け、天井をじっと見る。その間に、奏は湊の身体から離れて、ブラウスをちゃんと着て制服をテキパキと着始めた。


「いいですよ」


湊が視線を下げると、ピンク色を基調とした制服を纏った奏がいた。


「ど、どうですか?似合ってますか?」


奏がスカートの端を軽く摘みながら言った。


「似合ってるよ。さすが、俺のお姫様だな」

「もう、兄さんったら……」


両手を熱くなった頬に当てて恥ずかしそうにする奏。その姿も可愛いらしいとも思う湊だった。


この後、奏がフィルネに自分が男性恐怖症であることを説明した。湊が言わないのは、妹どうのこうのと言うのは(いささ)か気が引けるので、この手の説明は奏に任せてある。

説明を聞き終わった後で、フィルネが謝ってきたが、自分たちにも非があるということで不問ということになった。


制服のサイズは大丈夫そうですね、とフィルネは言い残して、湊たちの家を後にした。





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