第3話 重力操作
急に湊の身体が重くなった。
足が支え切れず、ガクッとの膝が折れた。湊の身体が床に打ち付けられる。
自動能力『相殺』のおかげで打ち付けられたときの痛みはない。
念のため、自動能力をONにしといたのが功を奏した。
自動能力は人の無意識下で行われる超能力のこと。
人が、寝ているとき、つまり無意識下のとき、に能力は行使されるだろうか。答えは否である。能力は手足を動かすのと同じように脳が『能力を使う』という信号を発していないと行使されない。
それに対して、自動能力にはそんな理屈は通用しない。ある条件の下で脳の信号とは関係なしに起こる。ある意味一種の条件反射と言える。
湊の自動能力『相殺』は圧力を圧力で相殺する。湊の身体が床に打ち付けられたときに起きた、身体から床に対する圧力と同時に起こる、相互・反作用による、床から身体に対する圧力(これが痛みの要因となる)は『相殺』で打ち消されてしまうため痛みは発生しない。ちなみに、奏に腹を抓られて痛みが出たのは、自動能力『吸収』で湊の『相殺』を文字通り吸収されて、意味を為さなくなってしまったからである。
要するに、今の湊は重力で床にめり込めるような痛みはないが、身体が鉛のように重くなり動けない状態にある。
「に、兄さん!?」
反対に、奏は何ともない。
湊が床に潰れたのに対して、隣で平然と……ではないが、取り乱しながらも立って倒れている湊のことを心配している。
ここに来て、奏の能力が発揮したのだ。
奏は身体の中に『何か』が流れ込むのを感じた。超能力。この重力が超能力によって起こされていることに気付いた。
奏の『吸収』の発動条件は、奏自身に超能力が触れる・作用すること。吸収した超能力は無効果され、奏の中に蓄えられる。さらに、蓄えられた超能力は能力返却により倍増されて奏に行使される。
これが、湊に『能力者殺し』と言わせる理由である。
「あれ?ミナト君は倒れて、カナデちゃんは倒れないのかい?」
この重力を引き起こしたラウデラが驚きの声をあげる。
その声に奏が振り向き、兄を傷付けた報い、と言わんばかりに、吸収した重力を能力返却で倍増させてラウデラに叩き込もうとすると、
「止めろ、奏。俺は大丈夫だ」
超能力を発動させる一歩手前で湊の声が割って入った。倍増された重力は不発に終わる。
湊は口を動かして、俺に任せて、と伝えた。
奏はコクッと小さく頷く。
でも、重力で床に縛り付けられる兄を見るのは嫌なので、奏は湊の身体に触れて、湊にかかる重力を全て吸い取る。これで湊の重力は消え去る。とは言っても、さっきから湊と奏には継続的に重力がかかっているので、ずっと吸収していなければならない。
身体が軽くなった湊はそのまま動かないで、重力がかかっている状態と同じ態勢でいる。
「校長、これはどういうことですか?先程の言葉からすると、この身体の重みは校長がやっていることになるのですが」
「その通りだよ。君たちに重力をかけているのは僕だよ」
「………どういうつもりですか?」
「ちょっと試してみたかったんだ。要するに、ただのイタズラさ」
呆気ない理由が返ってくる。
これ以上、聞いても真意は聞き出せないと思った湊は話を進めることにした。
「とりあえず、この重力を解いて下さい」
「そうだね。悪い、悪い」
ワザとらしい返事を耳にしながら、湊は奏に目を向けた。奏は湊の身体から手を離して、もう重力がかかってないことを伝える。
「この重力は校長の能力ですか?」
身体を起こして立ち上がる湊はラウデラに聞いた。
「そうだよ。僕の能力は干渉型・重力操作。人や物の重力を操作する能力さ」
「便利な能力ですね」
「まあ、ちょっと使い勝手が悪いんだけどね。ところで、質問していいかな?」
「………ダメと言ったら、どうするのでしょうか?」
「質問する」
「それは聞く意味がないでしょう」
「何で筋力強化のカナデちゃんは倒れなかったんだい?」
「………ッ」
これが、湊がこの状況下で1番に危惧していたことだ。
湊と奏は自分たちの能力を隠している。筋力強化という能力はただの肩書きに過ぎない。
圧力起点と能力返却。
これら能力は世界でただ1つ。
加えて、強力かつ異質。
2人の能力がバレることは混乱を招く要因になる。ただでさえ、黒髪黒目で周りを騒がせているのに。
バレたくないのなら、自動能力の『相殺』や『吸収』を解けばいいのではないか、という話になるのだが、湊はあまり好ましく思っていない。
自分はいいとしても、奏は良くない。
万が一、さっきのように不意打ちという形で重力をかけられては華奢な身体である奏が傷付く。奏にはそんなくだらない理由で傷付いて欲しくはない。
この事はマーズの家を出かける前に話し合ったことで、最初は、少しでもバレる要因を減らそうと、自動能力を湊がOFF、奏がONで行こうと提案したのだが、奏が「兄さんだけ傷付くなんて嫌です!」と猛反対されて2人は自動能力をONにしてここまで来た。
話を戻すと、不意打ちでかけた重力に奏は何で耐え切れたのか、という話。
能力をバラしたくない湊と奏はシラを切ることにした。
「能力を発動していたんじゃないでしょうか?」
湊はすぐに答えた。
実際のところ、この解答は苦しい。
湊にかけられた重力は身体を倍以上の重さにした。
それを筋力強化で耐えたともなれば、かなりの高レベルの能力者となる。だが、これは「奏の能力はレベルが高いんてす」と言えば何とでもなる。後の能力測定でそれなりの成績を出さなければいけないのだが。
他にも理由はある。
「じゃあ、何で能力を発動していたんだい?」
能力を発動していた理由だ。
普通は校長と会うのに、能力を発動する必要はない。だから、それなりの理由が必要となってくる。
目を奏の方に向けてみれば、大丈夫です、奏が目で語っていた。
兄妹のアイコンタクトは色々と便利だ。
「何でだ、奏?」
敢えて湊が聞いた。
「校長が私に目を向けたときに殴り飛ばそうかと思いまして」
「「…………」」
男性恐怖症の奏らしい理由だった。
(この理由ってマジだったんじゃないのか……?)
少なくとも、湊はほぼ真剣にそう思った。
「………カナデちゃんが僕のことをどのくらい嫌いなのかがよく分かったよ」
ズーンと気落ちするラウデラ。
(とりあえず、ごまかせたみたいだから結果オーライってことで)
どんな方法であれ、この場を乗り切ったのだ。
「ラウデラ校長。そろそろいいでしょうか?」
「引き止めちゃって悪かったね。フィルネ君、あとは頼んだよ」
「畏まりました」
部屋を出た湊と奏はフィルネに連れられて学生寮に向かった。