第2話 校長室
女性に案内された湊と奏は校長室に入った。部屋には、外見だけで言えば、赤髪緑目の20代後半か30代前半の男性がソファーに座っていた。その奥には、校長のなのか立派な机がある。
「待ってたよ。さ、ソファーに座って。フィルネ君は2人に何か飲み物を」
校長らしき人物に促された湊たちは対面するように革製の高級ソファーに座った。
ここまで案内してくれたフィルネという女性は壁側に設置してある小型のキッチンに向かう。
「さて、僕の名前はラウデラ=ウェリトン。このサンテリア学園の校長を務めさせてもらってるよ」
目の前の校長がウェリトンという姓に湊たちは驚いた。ラウデラはそんな2人を見て微笑を浮かべた。
「そして、ここまで君たちを案内してくれた彼女は僕の秘書のフィルネ=カーアトラだよ」
ちょうど飲み物を持ってきたフィルネをラウデラが紹介する。
彼女は一礼して、ソファーの後ろに立つ。
「君たちの名前は、ミナト=キリミヤ、カナデ=キリミヤの兄妹でいいのかな?」
「はい、そうです」
名前を確認されたところで、湊は帽子を取る。
自分が黒髪黒目が他人にバレてしまうが、学園に通う以上はごまかし切れない。
「その髪と目は、染めたりカラーコンタクトしてるわけじゃないんだね?」
「これは地毛です。信じられないかもしれませんが」
「別にそういうわけじゃないよ。ただ、私も黒髪黒目を見るのは初めてなんで、驚いていただけだよ」
ラウデラは落ち着いた様子で言った。
「2つ質問なんだが、君たちは闇の一族とは何の関係もないんだね?」
「関係も何も、俺たちは生まれたときから闇の一族ではありません。生まれも育ちも南の大陸です」
「なら、よかった。これで、君たちをこの学園に編入することができる」
ラウデラは淡々と言うが、湊は腑に落ちなかった。
「簡単に信じていいんですか?」
黒髪黒目なのに闇の一族ではない。この世界において非常識な出来事にも関わらず、ラウデラは口答質問しただけで、それをあっさりと信じた。
湊は何かあると思った。
「それを聞くってことは、私が何か企んでいると思ったのかい?」
ラウデラは湊の心中を読み取った。
「特にないよ。まあ、理由を言うなら、裏付けがあるから君たちを信じたってことかな」
「裏付け?」
「そう。母さんから君たちのことは聞いてるからね。母さんの能力は知ってるだろ?」
マーズの能力は事象検査。触れた人や物に起こったこと、考えていることなどのあらゆる情報を読み取る能力だ。
「はい。確か―――」
「おっと。あまり他人の能力を言わない方がいいよ。能力はその人のアイデンティティ。他人がどうこう言うものではないよ。と言っても、全部母さんの受け売りなんだけどね」
「あ、すいません」
湊は慌てて謝る。
「常識に疎いのも聞いているから別にいいよ。次から気をつけてくれればいい」
一体、どこまでのことをマーズから聞いているのか、と気になるところだが、そこは口をつぐむ。
「最後に質問なんだが、君たちの能力は何?」
「筋力強化です。俺たち2人とも」
「兄妹揃って筋力強化なんだね。授業大変だろうけど、頑張って」
「授業が大変?」
「それは授業を受けてからのお楽しみってことで。さてと、事務的なことは終わり。ここからは、僕の個人的な質問だよ」
ラウデラはテーブルに広がっていた書類を手早く片付けるとテーブルの隅に置く。
「ラウデラ校長。口答質問が終わっても、学園生活に関しての説明をまだされておりません」
フィルネがすかさず口を挟む。
有能な秘書なのだろう。
「あーそうだったね。それは………フィルネ君が後で説明しといて。私的にはこっちの方が大事だし」
そんな適当でいいのか、校長。
「畏まりました。寮に案内間で説明します」
それを了承していいのか、秘書。
などなど内心突っ込みながらも、湊は口には出さない。
「頼むよ。ところで、ミナト君」
「はい、何でしょうか?」
「僕、何かしたのかな?さっきから、カナデちゃんがこっちを見向きもしてくれないんだけど」
名前が出た瞬間、ビクッと奏の身体が震えた。
ラウデラの言う通り、奏はこの部屋に入ってから1回も視線を向けていない。ソファーに座ってからは、ずっと湊の隣にピタリと寄り添い、顔は常に湊の身体に押し付けていた。
「ちょっと、人見知りなだけですよ。できるだけ、奏の方は向かないであげて下さい」
本当は人見知りなんていうレベルではないが。
「挨拶くらいはしたいんだけどな。何とかならない?」
「………分かりました。奏、校長に挨拶して。いつまでも、そうやってるわけにはいかないだろ」
「む、無理です…………」
奏が身を縮めて、更に湊の方に擦り寄る。
「手繋いでてやるから挨拶するんだ」
「わ、分かりました」
奏の両手がは湊の片手を握る。その手は少し震えている。
その様子を見ていたラウデラは、自分ってそんなに嫌われてるのかな、と思っていたりする。
湊の手を握ることで少し安心感を得た奏の顔がラウデラの方をゆっくりと向く。
「ッ!!」
奏とラウデラの目が合った瞬間に、奏の顔が超高速で湊の方を向く。
明らかな拒絶を示した行動だった。
「え、えっと………カナデちゃん?僕のことそんなにダメ?」
あまりにもあからさまな拒絶の仕方に戸惑いを覚えるラウデラ。ラウデラ自身、女性から、顔を見るのも嫌、なんていう拒絶のされ方はされたことはなかった。顔も世間一般から見れば、不細工というよりはイケメンの方だろう。
奏の態度にショックを受けたラウデラにさらなる追撃が加えられる。
「せ、生理的にダメです…………」
グサァッ!!とラウデラの心に大ダメージを与える。まさか、年頃の少女にそんな理由で拒絶されているとは思っていなかった。
隣で見ていた湊は元の世界と同じように男性を拒絶する奏に溜め息を付く。
「校長。すいません。こういうことなんで、そっとしといてやって下さい」
「……ま、いいよ…………人の好みもそれぞれってことだよね………」
哀愁が漂うような台詞に、湊は苦笑いする。
「気を取り直して…………母さんは元気だったかい?」
ラウデラは何事も無かったように話を再開した。
意外と心はタフなのかもしれない。とかそんなことは無く、後ろで控えているフィルネにはただの見栄だと看破していた。
「元気でしたよ。婆さん……じゃなかったマーズさんにはお世話になりました」
「別にいいよ、祖母さんで。母さんは君たちのことを孫のように思ってるらしいからね」
2人の言っている『ばあさん』の字が違うことは誰にも分からない。
「それにしても驚いたよ。いきなり手紙で、孫を編入させたいから手続きよろしく、って来たからね。僕なんか結婚してないから、子供いないのにだよ」
「そうですか…………」
湊は色々とマーズについて聞かれた。どういう経緯でマーズと知り合ったのかとかだ。ちなみに、この質問には湊と奏が森で捨てられていたところをマーズが拾ってくれた、という嘘八百な解答をした。
質問を始めてから15分後。
「あ、そうそう。何か要望とかある?今なら聞いてあげてもいいよ」
ラウデラ曰わく、マーズからできるだけサポートしてやれ、と言われているらしい。
「そうですね………」
マーズにこき使わされているラウデラに申し訳ないが、湊は真剣に考え始める。
学園側が要望を聞いてくれるのだから、最大限に使いたい。
とは言っても、学園のシステムを知らない湊には特に思いつかない。
「あ、別に後でもいいよ」
それに気付いたラウデラは慌てて言うが、湊の耳に入らなかった。
思い付かなければ、思い付かせる状況を想像すればいい。
まずは、登校風景。奏と一緒に学園に行くところを想像する。早速、問題点発見。奏が泣きそうな表情しているのが目に浮かぶ。元の世界同様これは仕方ない。奏には頑張ってもらおう。
次に、教室。湊と奏は編入生だから、自己紹介しなくてはならない。クラスメートの前に立つところを想像する。また問題点発見。奏が今にも泣きそうだ。原因は分かっている。クラスにいる男子だ。黒髪黒目の編入生が珍しいのだろう。こちらを凝視しているに違いない。
ふと、隣にいる奏に目を向ける。奏も同タイミングでこちらに目を向けてきた。奏が湊に抱き着くような格好でいるため、2人の顔の距離は30センチもない。
奏の目の涙腺には、涙が溜まっていた。男性恐怖症は絶好調のようだ。
半年というブランクがあって、男性恐怖症が悪化している奏をクラスに置くのは身体に毒だ。教室にいる間、ずっと涙目なのが容易に想像できる。
湊は要望を決めた。
ここで、奏に一言。
「奏、顔が近い」
「わ、わわわ………ッ!!」
あと10センチってところで、奏が慌てて顔を離す。その顔は紅く染まっていた。
湊が思考している間に奏が何を思ったのか徐々に近づいてきたのだ。
「君たちって、そんな関係?」
「違います」
ラウデラの誤解を即座に否定する。
「要望いいですか?」
「もう決まったのかい。どんと来なさい」
「じゃあ、遠慮なく。俺たちが入るクラスは、女子ができるだけ多いクラスにして下さい」
クラスに女子が多ければ、奏の負担も少なくなる。まずは、奏には登下校から頑張ってもらおう。教室くらいは楽にしてもらいたい。
これは奏を第一に考えた湊の要望だった。
「ミナト君。僕はこの学園の校長になってから、たくさんの生徒を見てきたよ」
急に何を話してんだ、と湊は首を捻る。
「でもね。自分は女好きだから、女子ばかりがいるクラスに入れて下さい、なんて言う生徒はいなかったよ」
ここに来て、ようやくラウデラの言いたいことが分かった。
ラウデラの言う通り、自分の台詞を思い返すと、ただの女好きの台詞だ。
「ち、違い――痛っ!」
あらぬ誤解を解こうとする湊に腹を抓るような痛みが走る。
誰がやってるのかは分かっている。
「兄さん………」
犯人は奏。怒った顔で湊のことを見上げながら、片手で湊の腹を抓っている。
こちらもラウデラと同じ誤解をしているらしい。
「奏、違うんだ。俺は奏のことを考え―――」
「その要望、聞いてあげてもいいよ」
「………え?」
ラウデラの言葉に湊は驚いた。
あんな誤解させといて了承されるとは思わなかったのだ。
「いや、ここは聞いておかないと、後で母さんに何か言われそうだからさ」
「校長は婆さんが怖いんですか?」
「怖いね。言うこと聞かないと、昔の恥ずかしい話とかを暴露されそうだし。あ、だからってクラスの女の子をナニかしちゃダメだよ。ナニかした瞬間に、君をどっかのクラスに飛ばさなきゃいけないんだから」
「わ、分かってますよ。それと―――」
ラウデラの誤解を解こうとすると、口を開くと、
「ああ、ちょっと話し過ぎたね。フィルネ君、ミナト君とカナデちゃんを家に案内してあげて。その途中で説明も忘れずにね」
話は終わってしまった。
奏がまだ怒っている。後で誤解を解くことにする。
「了解しました。ミナトさん、カナデさん、こちらへ」
誤解を解くタイミングを失った湊はソファーを立ち、フィルネがいる部屋の出口に向かう。奏も湊の後ろに続く。
「校長、ありがとうございました」
出口の手前で止まった湊はラウデラの方を振り返り礼を言った。奏も湊に合わせてお辞儀をする。
「いいって、そういうのは。元々、母さんに頼まれたものだから断るにもいかないしね。2人に楽しい学園生活ができることを願うよ」
そう言いながら、ラウデラはヒラヒラと手を振った。湊たちは歩を出口に進み始めた。既にフィルネは部屋の外で待っている。
そして、部屋を出た直後、湊と奏に強烈な重力が襲いかかった。
「―――ッ!!」