「公爵家の俺が手を下せば、お前の家などたやすく潰せる」?では、やってもらいましょうか
短編を投稿します!! よろしくお願いします!!
目の前に座る男、アーヴェル公爵家嫡男、レオニード・アーヴェルは、いつものように私を見下ろしていた。
その視線には、婚約者に向ける親愛など欠片もない。あるのは、自分より下の者を値踏みするような、冷たい侮蔑だけだった。
「で、何か言うことがあるんじゃないか?」
レオニード様が言いたいことは分かっている。私は先日、夜会でレオニード様の発言を奪ってしまった。そのことでお怒りなのだろう。
あの夜、レオニード様は北部の鉱山開発について自慢げに語っていた。
婚約者たる私を置いておいて、自分がどれほど王家から信頼されているか、自分の判断がどれほど優れているか、ということを令嬢たちの前で散々自慢していた。
いつものことで、令嬢たちも顔を引きつらせながら褒めていた。けれど、自分が注目の的であれば、相手の関心などこの男にとってはどうでもいいことなのだろう。
その場で一人の貴族が何気なく尋ねた質問に、レオニード様が答えるより先に、私は口を開いた。
『ええ、その計画には問題点がございます』
そして私は、その場で事業計画の問題点をいくつか指摘した。結果として、話題はレオニード様の自慢話から、私の事業計画についてへと移っていった。
それが、彼には気に入らなかったらしい。
「エレノア。お前は昔から、自分が賢いと思っている。婚約者である私を立てることもできない。人前で私の言葉を遮って、さも自分のほうが正しいと言わんばかりに振る舞う」
私は黙って彼を見つめた。また始まった。彼はいつもそうだ。自分の間違いを指摘されると、内容ではなく、私の態度を問題にする。
それはきっと、レオニード様は態度という曖昧な言葉でしか、目の前にある違和感を説明する術を持ち合わせないからでしょうね。
「あまり調子に乗るなよ?」
こうやっていつも、レオニード様は私に顔を近づける。額には青筋が浮かび、怒りにゆがんだその顔。それが目の前に迫った。
「公爵家の俺が手を下せば、お前の家などたやすく潰せるのだからな」
いつものお決まりの言葉だった。
私が逆らえないことを知っているからこそ、何度もこの言葉を口にする。
これまでの私は、家族のために耐えるしかなかった。
そして奴は勝ち誇ったように口元をゆがめた。
だが、もうこの男の言葉におびえる必要は無い。今日こそこの男の支配を終わらせる。
「では、やってもらいましょうか」
「あ?何だって?」
予想外の言葉に、レオニードが返答する。
やはり、怖い。この人には口を開くのも震える。だが、大丈夫。ここを抜け出せないのなら、私は死んだも同然なのだから。
死以上に怖いものなど無い。そう思うと、自然と唇の震えが止まった。
「俺の言葉が聞こえなかったのか……」
「ですから」
レオニード様の言葉を遮るように、私は言葉を紡いだ。
「やれるもんならやってみてください」
しん、と静まりかえった。レオニード様はしばらく私の顔を見つめていた。
その静寂からはいつもの騒がしい彼の姿はなかった。
「そうか」
人は怒りを通り越すとかえって静かになるというが、まさにその通りの状況が起こっていた。
準備を始めてから、もう半年になる。
ようやく、この一歩が踏み出せたのだ。もう怖くなど無い。
私はゆっくりと息を吐き、彼の目を真っ直ぐに見返した。
「ええ、小娘の弁論に劣るようなあなたの猿以下の脳みそでどこまでやれるか見物ですわ」
と言い放って、私は部屋のドアを盛大に閉めた。
もう、この領地には入らなくていい。これからは私の人生を始める。
「生まれ変わったような気分ですわね」
私は、生の実感を味わいながら、一歩、地を踏みしめていくのだった。
◆
「くそっ!!」
俺が机を叩くと、ガツンという鈍い音が響き、天板の端が欠けた。
エレノアの奴……。調子に乗りやがって。
婚約者である俺にあんな態度を取るなど、いったい何様のつもりだ。
そもそも、俺とあいつが婚約しているのだって、ヴァレンティア家の領地が近く、互いの領地を行き来するのに都合がいいからだ。それだけの理由でこの俺と付き合えている。それだけでもあいつにとっては好都合じゃないか。
なのにあの生意気な態度。昔はもっと従順だった。俺が何を言っても黙って頷いていたし、俺の機嫌を損ねないように振る舞っていた。それが最近ではどうだ。
人前で俺の話を遮る。俺の判断に口を挟む。挙げ句の果てには、俺が「家を潰せる」と言えば、『では、やってもらいましょうか』だと?あの目。あの余裕。まるで俺が何をしても怖くないとでも言うような、あの態度。
「……舐めやがって」
あれほど言っても分からないのなら、仕方がない。少しばかり痛い目を見せてやればいい。
そうすれば、ようやく自分の立場を理解するだろう。
俺は公爵家の嫡男。それに対して、あいつは一介の侯爵令嬢に過ぎない。公爵と侯爵は天地の差だ。
俺は王に最も近い立場なのに対し、あいつの家はさして大きくもない田舎の領地を治めるだけの立場。言うなれば蟻と象だ。蟻のくせに象に逆らうとは笑わせる。俺に逆らって無事で済むはずがない。
「いいだろう……」
口元が自然と吊り上がる。
「そこまで言うなら、望み通りにしてやる」
エレノアの家を潰す。そうすれば、あいつも思い知るだろう。誰のおかげで今の地位にいられたのか。誰に逆らってはいけなかったのか。
あいつが何もかも失ったそのときは再びこの地へ迎えてやろう。しかし、今までのような妻という待遇はもうない。動物のように一生、暗い檻の中で飼ってやるのだ。
毎日鞭を打ち、食事は犬の餌でも食わせておけばよい。あやつの家族も一緒にひんむいて、檻で飼ってやる。そして痛めつければ、奴も泣きながら曲芸でも披露するだろう。
あの女の泣き叫ぶ顔が今にも目に浮かんでくる。それを想像するだけで自然と口元が歪んだ。
「待っていろ……エレノア」
そして、俺はゆっくりと立ち上がった。
◆
「何?ヴァレンティア家の融資先がないだと?」
報告を受けた俺は、思わず聞き返した。
「はい。先ほど確認したところ、アーヴェル家からの融資を打ち切った場合でも、資金繰りに影響はないものと思われます」
「……どういうことだ?」
そんなはずはない。ヴァレンティア侯爵家は、北部の鉱山開発に莫大な資金をつぎ込んでいる。その資金の一部は、我がアーヴェル家の後ろ盾があってこそ調達できていた。
だからこそ、融資を止めれば奴らは困る。そう思っていたのだが……。
「どうやら、半年前から融資額を減らしていた、と関連会社からは報告があります」
「半年前から?」
俺は差し出された書類を奪うように受け取り、目を走らせる。
書類を見てはっとした。
確かに減っている。最初の月には金貨千枚の契約だったものが、八百、六百と減っていっている。まるで最初から減らすことを決めていたかのようだ。
三日前、融資額はゼロになっていた。
三日前。それはエレノアと会った日だ。あの女が俺に向かって、『では、やってもらいましょうか』などと楯突いた日だ。
胸の奥に嫌なものがこみ上げてくる。俺が融資を止めると考えるよりも前に、あいつはすでに我がアーヴェル家の影響から抜け出していたのか?
「誰の指示だ!!」
俺が尋ねると、報告役の男は一瞬だけ言葉を濁した。
「エレノア・ヴァレンティア様です」
その瞬間、俺は駆けだしていた。
◆
「俺だ!!レオニードだ!!」
夜中だろうと関係ない。もう時間は深夜を回っていたが、無理矢理言って、店を開けさせた。ふん、商人どもを俺の一声で起こしてやった。
「おい貴様。今後、ヴァレンティア家からは鉱石を買うな。分かったか」
商人はおびえた顔で俺の話を聞いていた。
融資先を変えたところで、ヴァレンティア家は鉱山領主。取引資源の買い取りをやめさせれば、奴らは困るに違いない。
エレノアの奴もここまでは手を出せないだろう。
「それは……」
俺がにらみつけると、店主は青ざめた顔で首を横に振った。
「申し訳ございません。ヴァレンティア家とはそのような契約は結んでおりませんので……」
だが、どの家の商人の反応も似たり寄ったりだった。
「半年ほど前から、順次契約を変えるとの指示を受けておりまして……」
「こちらも同じです。半年ほど前から、ヴァレンティア家から、見直しの指示が通っておりまして……」
「誰の指示だ?」と俺が聞くと、商人たちは同じ言葉を発した。
「エレノア・ヴァレンティア様です」
またあの名前だった。畜生、どうなってやがる。融資先、そして取引先。融資先はともかく、取引先など昔からの縁が無ければ売ることなど難しいと思うのだが。
半年前から契約を変えていたなんて。
「俺が何をするか分かっていたのか……?」
俺は立ち尽くすしかなかった。だが、どれだけ怒っても結果は同じ。失敗の二文字だった。
しかし、一度言ってしまったものを取り消したり、実行を阻止されたままにしておくのはアーヴェル家の沽券に関わる。
『あなたの猿以下の脳みそでどれだけやれるか、見物ですわ』
ふと、あの女の妄言が脳裏を駆け巡った。
「フ、フハハハハ!!!見ていろエレノア。貴様を必ずどん底に突き落としてやる!!」
それから俺はあらゆる手を尽くした。
「エレノアの父親を失脚させろ」
奴の父親は、王宮の要職。なら、潰すことならいくらでも出来るはずだ。
しかし、報告官はまたもや青ざめた顔をして戻ってくる。
「ヴァレンティア侯爵ですが……もうその地位には就いていないらしく……」
辞任している……?エレノアの父が?そんな馬鹿な。エレノアの父なら、私も見たことがある。凡庸で、いつも情けない顔をしたあの老人だろう。
だが書類を参考にすれば、やはり、半年前であった。引き継ぎも完了していたとのこと。
「どうやら、半年前、エレノア嬢の勧めで今は他国にご隠居されたようです」
しかも他国。他国ではいくら俺が公爵家の嫡男とは言え、好き勝手には動けん。
刺客を差し向けることも、誘拐することも難しい。ましてや、それが発覚すれば外交問題に発展しかねない。
そうなれば危うくなるのは俺自身の首だ。
俺は唇を強く噛みながら、次なる策を打った。
「なら、ヴァレンティア家の悪評を流せ!!」
これならどうだ。そもそもあの家が信用を失えば、誰からも信用されなければ取引先も言うことを聞かなくなるだろう、俺は勝ちを確信していた。
しかし、結果は俺の予想とは全く反するものだった。報告官が震える手で差し出した紙に書かれていたのは、先ほど俺が命じた内容だった。
「嘘だろ……」
言葉の選び方も、内容も。俺が送った罵詈雑言を一言一句違わない言葉がもう出回ってたのだ。次にレオニードはこれを送るぞ、という意味だろうか。
その紙の最後にはやはり、同じ名前が書いてあった。
エレノア・ヴァレンティア。
◇
その頃、エレノアは王都から遠く離れた海辺の別荘で、優雅なバカンスを楽しんでいた。
「……ふう」
白い砂浜に面したテラスと手には冷たい果実水。膝の上には読みかけの本。穏やかな潮風に髪を揺らしながら、エレノアは静かにページをめくる。
そこに侍女が現れる。
「エレノア様」
侍女が一通の封筒を差し出した。
エレノアは本から視線をあげる。
「レオニード様がヴァレンティア家に対して、いくつか動きを見せているようです」
「そう」
エレノアは封筒を受け取り、中の報告書を取り出した。融資の打ち切りを試みたという報告。
鉱石の取引停止を商人を脅して夜中にやったという報告。下品な噂を流したという報告。
つまらないほどに、すべて予想通りだった。
あなたは自分が何でも出来る人間だと思っている。そしてそれは、本当のことなのでしょうね。
公爵家の嫡男という立場も権力も人脈もあなたが手を伸ばせば、それなりの者なら動かすことができるだろう。
だがそれは影響の及ぶ範囲の話。
あなた一人では手の届かないものもあるということを知らない。だから対策を打たれるのよ。
暴力を振りかざすだけの、低脳な男。やはり猿以下だ。私からすればあんな男の行動を予測するなど、赤子の手をひねるようなものだ。
「レオニード様の蛮行により、各地から不満の声が上がっています。今から国王に直訴しに行かれるのですか?」
エレノアは報告書を懐にしまった。そして目を閉じる。
「そうね……」
もう、証拠は十分に集まった。これだけの証言と記録があれば、国王に訴え出ることもできる。協力してくれる者も、この状況なら十分に集められるだろう。
「せっかくのバカンスですから、もう少し満喫してからにするわ」
「承知しました」
侍女は一礼すると、その場を離れていった。
さらさら、と波が流れていく。
静かな海が再び戻ってきた。
「アーヴェル家の横暴もこれで終わりね」
そういって、エレノアは本をパタリと閉じた。
終
ここまでお読みいただきありがとうございました!!




