第四話「彼は熱いことを言えばその気になるらしい」
「こんにちわ、シヤ」
ドアを開けると、目の前にはよく見知った顔があった。
この世界では初めまして。
ゲームではお帰りなすって。
「やぁ、ファム。こんにちわ」
俺は努めて嫌悪感が出ないように笑顔を浮かべる。
心の中で何度も、幼馴染、幼馴染、彼女は悪くないと唱えながら。
「お母さんがシヤの洗濯物を取って来いって。ついでに一緒に悟飯食べない?」
小首を傾げながら、満面の笑みを浮かべるファム。
___まだ子供じゃないか。
俺はゲームの情報だけでファムに嫌悪感を抱いていたが、ここは現実の世界。
シナリオを改変するなら彼女に罪はない。
実際に目にして体験しなければ、分からないこともあるのだと気付かされることとなった。
恨むべきはゲームの仕様だったのだ。
目の前の子供には何の関係もないことだった。
「子供は守護らねばならぬ」
超放任主義の父親に育てられた俺の信条だ。
子供は守られるべきだ。(外道を除く)
「守護……?」
不思議そうに頬に人差し指を当てて、またしても小首を傾げるファム。
俺は身体を半身にして彼女を招き入れる。
「なんでもないよ。生憎もう食事は済んでしまったが、中に入ってよ」
言うが早いか、ファムは軽い足取りで家の中に入る。
しかし、そこでピタリと止まり……
「うげぇ」
メインヒロインらしからぬ、カエルが潰れたような声をあげる。
その視線の先にはグリーヴァがいる。
「うげぇ、とはご挨拶だなチビ」
顔をしかめて吐き捨てるように言うグリーヴァ。
「なんで、アンタがここにいるのよ!」
腰に手を当てビシッと指差すファム。
意義ありと言ったところか。
「俺がどこにいようが、自由だろうがチビ!」
負けじと異議申し立てるグリーヴァ。
「チビチビ言わないでよ!」
「チビにチビって言って何が悪い!」
俺はギャーギャー喚く二人を尻目に洗濯物を探す。
どこだろう? あ、あったあった。
それにしても、洗濯してくれるなんて、ファムのお母さんはいい人だなぁ。
「アンタなんか、脳みそまで筋肉の脳筋じゃない!」
「筋肉のどこが悪い! 薄っぺらいお前よりは何倍もマシだ!」
俺は洗濯物をテーブルに置くと、どっこらせと椅子に座る。
「私はこれから成長するけど、アンタは退化するだけでしょ!」
「退化なんかするか! 俺の筋肉はもっと輝く!」
そういえば、ファムのお母さんの名前はなんて言うんだろう?
ゲームだと出てこないんだよな。他の村人の名前も追々調べなければな。
「シヤ! 洗濯物をちょうだい! こんなところにはいられないわ!」
死亡フラグみたいなことを言いながら、テーブルの上の洗濯物を引ったくる様にして、家を飛び出していく。
AGIの基本値は低いはずなのになかなか素早い。
開けっぱなしにのままのドアを閉めて、後ろを振り返ると、床に手をつき項垂れるグリーヴァの姿。
俺はその肩に手を置き励ましの声をかける。
「お前嫌われてるよ?」
グシャッという音共に崩れ落ちるグリーヴァ。
俺はそれを一瞥し椅子に座り直す。
彼が復活するまで、水でも飲みながらファムの事でも考えてみるか。
正直言って、ゲームのファムを俺は嫌いだ。
確かにゲームのシヤはファムが好きという設定だ。
そして、ファムもシヤが好きだ。
しかし、壊滅イベントでシヤが死んだそのすぐ後。
ファムは勇者に想いを寄せる。
ゲームだしメインヒロインだし、理由もなく主人公が好かれるのは、まぁよしとしよう。
しかし、旅の途中でグリーヴァが死ぬと、本当は彼が好きだったとか抜かしはじめる。
しかも、そう告白をしたにも関わらず、結局勇者も好きだとか言い始める。
ファムエンドじゃない場合は、求婚してきた王子とすぐ結婚しよる。
彼女は尻軽なのだ。
この時点で一定数のユーザーが彼女を嫌う。
しかし彼女はチョロインでもあるのだ。
好感度が一定以上たかいと、本命を押し退けてファムエンドになる。
彼女以外を攻略するにあたって、彼女は邪魔すぎて、また嫌われる。
そして俺が最も彼女を嫌悪する理由。
それは、彼女の、好感度が、乱数なのだ!
乱数!
RTAにおいて、最も忌むべき存在。通称お祈り!
好感度が一番高くないと、アイテムくれるイベントを発生させてくれない攻略対象がいるのに、知らん間にファムの好感度が一番になっている!
好感度下げてても、強制好感度アップでMAXになりよる!
開発者は何を考えて、この仕様にしたのか?!
いつ、ファムの好感度が上がったか分からないので、リセット確定!
アイテムコンプ勢もリセット確定!
別のヒロインを狙っている勢もリセット確定!
故に……。
攻略対象でありながら、圧倒的不人気の尻軽メインヒロイン。
それがファムという少女なのだ。
そして俺がグリーヴァを死なないように導く最大の要因でもある。
___乱数要素を消す。
シーケンスブレイクにおいても、乱数はない方がいい。
限りなく身勝手な理由だが、彼も死ななくなるのでWin-Winだ。
「うぅッ」
四半刻も過ぎた頃だろうか。グリーヴァがようやく再起動する。
長かったな。
「おお、グリーヴァよ。死んでしまうとは情けない」
「死んでねぇよ……」
死んだような声で這い上がってくるグリーヴァ。
彼が椅子に座ったのを見届けて、俺は口を開く。
「お前嫌われてるよ?」
「うがぁ! 二度も言うな! わかってんだよそんな事は! うわぁああ!」
頭を抱えて喚き散らし、床を転げ回る彼に静かに告げる。
「慌てるな。まだチャンスはある」
俺の言葉にグリーヴァはピタリと止まる。
「まず座れ。座らなければ帰れ」
ノロノロと座る彼に俺は静かに告げる。
「お前嫌われてるよ?」
「うぅう……。なんだよぉ。俺をいじめて面白いのかよぉ」
とうとう涙目になり始めた。
「いじめてなどいない。まずは現状の把握が必要だからだ」
「把握?」
目元を手で拭いながら子供のように聞き返してくる。
そう言えばこいつも子供だったか。
……まぁ、同い年だしヨシッ!
「そうだ。攻略に必要なものは情報と分析。そして計画と行動だ」
「わからんけど、わかった……」
知ってた。
「まず、情報だ。心を強く持てよ? いいな?」
こくりと、頷く彼を見て続ける。
「お前は嫌われている。そしてファムが好きなのは俺だ」
「ちくしょう! やっぱりそうだ! お前がファムをとっちゃうんだ!」
叫びながらこちらに掴みかかろうとするグリーヴァの顎に当て身を入れる。
そして、胸ぐらを掴んで睨みつける。
「おい。俺言ったよなぁ? 俺が何を好きか言ったよなぁ?」
「えぅ……。えっと、マルールさんでs」
「おっぱいが好きって言ったよなぁ!」
「えぇ?! いや言ってn」
「言ったよなぁああああ?! おっぱいが好きってぇえええ!!」
「言いましたぁ!」
汗を流しながら直立するグリーヴァ。
数瞬間の沈黙。
「……わかればいいんだヨッ」
俺は満面の笑みを浮かべて、グリーヴァを安心させてあげる。
「さぁ。続きといこう。座りたまえ」
「はい!」
素直でよろしい。
「お前は嫌われていて、俺は好かれている。これが情報だ。分かるな? では何故そうなったか? これが分析だ」
「分析……」
グリーヴァは真面目な顔をして思案する。
「俺とお前は同じ様に彼女の幼馴染で、同じくこの村で育った。なのに違いがある。これは何故だと思う?」
グリーヴァは一瞬考えてすぐに答えを出す。
「……俺がファムに意地悪したり、悪口を言ったりしたからだ」
絞り出すように言うグリーヴァ。
「正解だ。俺とお前では言動が違った。お前はガサツで大雑把で無神経で意地悪で我儘だった」
「……改めて言われると、終わってんじゃねぇか」
項垂れるグリーヴァに俺は続ける。
「確かにこのままでは好転しない様に見える。だが、俺だけが分かっている情報を添えると、計画を立てられる」
「なんだ? その情報ってのは」
「ファムは心の奥底ではお前のことも好きだ」
だって、お前が死ぬとき好きだったって言うしね。
俺の言葉にグリーヴァが動かなくなる。
口だけがパクパクと金魚状態。
「好きなのか?!」
唐突にガバッとこちらに詰め寄ってくる顎に当て身。
「奥底ではだ。基本は嫌いだ」
「どっちなんだよ……」
……こいつ当て身入れたり、投げても何も言わなくなってきたな。
顎をさする彼を見て少し心配になってきた。
でもまぁ、同じ年だしヨシッ!
「こんな言葉がある。好きの反対は無関心と」
「無関心?」
「人は本当に嫌いになったら、何も言わずにその人から離れるんだよ。そうして必要最低限の接触に抑えるか、最悪完全に無視する」
その状況を想像したのか、グリーヴァはブルリと震える。
「でも、そうはなっていない。何故か? また分析だ」
グリーヴァはまた考えるが、今度は答えが出ないのか、うんうん唸っている。
「……だめだ。わからねぇ」
___さて、とても長くなったが、本題だ。
彼にはやる気になってもらい、ファムも持ってってもらう。
両方やらなくっちゃあ、ならないってのが村長のつらいところだな?
「ファムはお前が村のことを真剣に考えているのを知っているからだ。親父さんの意思を継いで努力をしているのを知っているからだ」
ハッとするグリーヴァに俺は一言一句諭す様に言う。
「ガサツなところを直せ。村の人間からの信頼を失う」
「大雑把なところを直せ。これからの村の運営には、細やかな判断も必要になる」
「無神経なのを直せ。人の心がわからなければ、下の人間がついてこない」
「意地悪なのを直せ。いずれ人心は離れ、悪事の誘惑に負ける」
「我儘を直せ。人々の不満は募り、下剋上をうむ」
俺はそこまで言って、グリーヴァの両肩を掴み噛み締める様にいう。
「お前の勇気と覚悟を示せ」
ぐっと目に力が入るグリーヴァを見て、俺は自分のプレゼンが成功したことを確信するのであった。
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