第8話 泥濘の翼竜
「トト……!!……俺がどれだけ心配したことか……!!」
鳥の被り物を被る少年トト――であるはずの少年が、両の目から大粒の涙を流して膝をつく向こう側から、とてつもない風切り音が接近するのを、ぼくは聞き逃さなかった。
極限状態だったからだろうか?それとも、他のメンバーと比べると反射神経だけは強い方なのだろうか?
とにもかくにも、ぼくはこの場の誰よりも早く疾走し、後先を考えずに防御姿勢――木製の盾を構えた。
ギリギリでトトと接近する魔物との間に割り込み――爆散した。
盾が、だ。刹那の出来事だった。
霧を切り裂いて音速で現れたのは、巨大なトンボ型の魔物『ブレイダー』。
全長3Mを超える細長い巨体に、ガラス細工のように透明な4枚の翅――は、視認できないほどの拘束で羽ばたいており、硬度がダイヤモンド程と言われている。それが超速で羽ばたきながら接近してくる様は、まさしく「旋回する刀」そのもの。
恐るべきはその圧倒的な速度と、それによって発揮される威力であり、例えぼくが持っていたのが鉄の盾だったしても盾が木っ端みじんとなる結果は変わらなかっただろう。
そして、愚かにも、木製の盾で防いだぼくに起こったのは――ズタズタに切り裂かれた左腕という悲惨な現状だった。
ブレイダーは、通称【音速の暗殺者】の名の通り、恐るべき脅威をぼくに叩き込み、そして視認できない速度で濃霧の中へと消えていった。
ぼくは痛みとたった今襲い掛かった脅威に、全身の震えが止まらなかった。アイリが目を見開きながら、ぼくの方へと駆け寄って何かを言いかけたが、それを遮るように大男の大声があがった。
「フェン・リッパーが右からくるぞ!!」
叫んだのは、バルザックである。特大剣を既に右斜め下に構え、臨戦態勢に入りながら唾を飛ばしていた。
霧の奥から響くのは、バッサバッサと重く響く不快な音だった。
羽音を立てず気づけば頭上にいたフォグモスや、音速で襲撃して過ぎ去っていったブレイダーとは違い、フェン・リッパーはぼくたちに戦闘態勢に入る時間の猶予を与えてくれた。
しかし、霧の中から現れたその姿は、泥の鎧を纏った翼竜そのもので――蛾やトンボといった虫とは違う、頑丈さと厄介さをぼくらに想像させた。
そして、最も特徴的なのは、4Mもある体長の半分を占める、巨大なクチバシとそこにずらりと並ぶ鋭利なキバ。
数は3頭。うち、2頭が先行し、ぼくらに襲い掛かってくる。
「っ……!!」
「私に任せて……!!」
「大丈夫よ、私たちが守ってあげるわ!!」
腕の痛みに震えるぼくの現状を知ってか知らずか、アイリとロゼッタさんが頼もしいセリフと共に、ぼくとトトの前に立って、フェン・リッパー一頭の接近に対処する。
自然ともう一頭は、バルザックが請け負うこととなった。
長槍と短槍、長さの違う二つの槍を息を合わせて突き出し、飛び掛かるフェン・リッパーを串刺しにする――つもりだったのだろうが、皮膚を覆う硬い泥の鎧に弾かれ、金属音が鳴り響く。
ぼくとロゼッタさんが、驚愕に目を見開く中、気迫の声が叫び響く。
「はああああああああああああっ―――!!」
覇気とともにアイリが突き出したのは、小型かつ丸型の盾――通称、ピット・シールド。
防御できる範囲が狭い代わり、鉄製の割には軽くて取り回しがしやすいそれを、フェン・リッパーのクチバシへと押し付け、無理やり向きを捻じ曲げた。
さらに、ピット・シールドはその勢いのままフェン・リッパーの頬へと叩きつけられる。そこへ、ロゼッタさんの長槍が突きを繰り出し、泥の鎧の隙間、羽根と胴体との関節部分にねじ込んだ。
『フィアアアアァアア~~~~!!』
あがるフェン・リッパーの絶叫。そのまま、フェン・リッパーは逃げるように後退を開始し――
「逃がすかっ!!!!」
「待って!!アイリちゃん!!!!」
一歩を踏み出しつつ、弓をつがえたアイリに対し、ロゼッタの叫び声があがった、次の瞬間――。
ドシャリ、と頭上から飛来した、吐しゃ物のような泥の塊に、アイリは捉えれていた。
――ぼくらの意識外にあった、三頭目のフェン・リッパーが、アイリの頭上にバッサバッサと羽ばたいていたのである。




