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第7話 霧隠れの怪蛾

 魔物達の襲撃は、突如発せられたロゼッタさんの叫び声から始まった。


「頭上に、フォグモスよ!!」


 見上げれば――、そこには既に巨大()たち三頭が鱗粉をまき散らしながら宙を舞っていた。

 広げれば1.5M程にもなる、灰色と白のまだら模様の羽。濃霧の中では、その色合いが完全に保護色になっており、ぼくらは接近に気づくことができなかったのだろう。しかも、羽音も恐ろしく静かで耳をよく澄ましてLV.2のぼくでやっと聞こえたほどだ(しかも、距離5Mほどになってやっとだ)。

 中心にある胴体は驚くほど太く、羽と同じ保護色によって、口や目の位置さえ認識しずらい。


 フォグモスといえば、シーアン・フォッグでも有名なモンスターだ。

 何を隠そう、その羽がまき散らす鱗粉が、冒険者を幻惑の世界へと誘う。噂では、最も愛しい親しい人たちの姿を見せられるとか。愛すべき故郷と愛すべき過去に飛ばされるとか。


 とにもかくにも、現状は既に手遅れといって間違いなかった。

 既に空には鱗粉をまき散らすフォグモスがいて、ぼくらはそれに対応できずに棒立ちとなっている。

 唯一、フィオーナと巨漢騎士のみが先に気づいていたらしく、既にぼくらから距離を取った場所に離脱しつつ、口と鼻をハンカチで覆っている。


 絶体絶命。幻に落ちるのは必死。


 そんな状況で、行動を真っ先に起こしたのは、最初に叫び声をあげたロゼッタさんだった。


「【清浄の布(クリーン・ヴェール)】 !!」


 

 天に向かって白い長槍を突き上げ、ロゼッタさんがそう唱えた瞬間、極薄の半透明の布が宙空に出現した。それは、フォグモスとぼくらとの間をふんわりと漂い、フォグモスがまき散らす毒の鱗粉を遮断してくれていた。


「すごい……なんかほんのりあったかい?」

「うふふ、そう言ってくれて嬉しいわ、リアン君。これは、水魔法の一種で、護りたい対象を思い浮かべながら唱えなきゃいけないの……」

「ふん……!ようは、おば――ロゼッタさんの真心が詰まってるから、あったかいとかいいたいわけね!!!!」


 ぼくが頬を熱くしながら感心し、ロゼッタさんが優しく解説してくれる。

 イライラが収まっていない様子のアイリが、なぜかロゼッタさんにも毒舌を吐きながら、ぼうっと立ちすくむトトの背から弓と矢筒を奪う。

 トトに撃たせなかったのは、まあ、ついさっき目にしたあまりのトトの弓狙いの悪さを考慮してのことだろう。幸い、距離にしてたった5M程しかない場所まで接近してくれたからこそ、弓の扱いに慣れていないアイリでも見事フォグモスに一矢を命中させてみせた。フォグモスは弓の勢いに軽い体を攫われ霧の中へと消えていった。


 残る二頭は――突如、二連で投的された石に撃ち落とされ、激しく体を損傷しながら底なし沼の中へと落ちていった。


 石を投げたのは、ズバリ、バルザックであった。どうやら、遠距離攻撃用として、適当な石ころを拾って持ち歩いていたらしい。恐るべきは、小さなただの石を必殺の飛び道具に代えた、バルザックの怪力だろう。


「今の言葉は聞き捨てならんな、毒舌少女よ。わしのロゼッタに対して、おばさんとは……このワシの右腕にひねりつぶされたいか?」

「すいませんね、悪かったです、ごめんなさいでした。……イライラしてるだけじゃない。女の子にはムカついて、相手構わず当たり散らしたい時があるの!!」

「そうなのか?ロゼッタ……?」

「程度の差が、人によるとは思いますけど……まあ……」

「そうか……!それは、ワシの配慮がたらんかった。すまんな、アイリ」


 どう考えても悪いのはアイリであるのに、最終的にはバルザックが頭を下げるという謎の構図ができあがる。まあ、この場には優しい人しかいない、ということが分かっただけでも収穫だろう。

 ひとまず魔物の襲撃をしのぎ切った、と、ぼくが安堵のため息をついた時である。

 震えるような声が、背後から聞こえ、ドサリ、と膝をつく音が聞こえたのは――。


「トト……!トトなのか……!?本当におまえなんだな……!!」


 振り返れば――そこには、両目から大粒の涙を流して膝をつく、鳥の被り物を被る少年、トトの姿があった。

 瞬時に分かった。トトにだけ、フォグモスの鱗粉が届いてしまったのだ。ギリギリロゼッタの魔法が間に合わなかったのだろう。

 疑問が生じる。なぜ、トトであるはずの彼が、「トト」と名を呼んで、涙を流しているのか?それほどまでに再会を喜ぶ相手とは、一体、彼にとってどのような相手なのか……?


 ――だが、その疑問を口にしている暇はなかった。


 鳴り響くは、カザキリ音。霧を切り裂いて進むのは、透明かつ4枚の羽。


 新たな脅威が今まさに――膝をついて無防備なトトに襲い掛かろうとしていたのである。

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