第6話 沼地の始まり
ぼくらの冒険の始まりは、あまりにもゆるやかで、平穏で――
足音を立てず獲物に忍び寄る蛇のように、静かにぼくらに迫っていた。否――気づいた時には、既に蛇の腹の中だった、という例えの方が正確なのかもしれない。
―――
ひんやりとした湿った空気と、視界を著しく阻害する濃霧。
見渡す限りの沼が広がっており、ところどころからボコボコと気泡が湧き出てきていた。
そんな中、ぼくらが歩くのは『木の根の橋』という名の、天然の木の根の橋だった。幅5M程もあって、二人ないしは、ワンチャン三人並んで歩けるのではないかという広さを持っている。一本一本は直径1cm程度の細い木の根に過ぎないが、幾重にも絡み合っており非常に頑丈。歩いた場所がその時だけ多少ゆがむ程度で、問題なくぼくらの体重を支えていた。
「本来は、こういう沼地を渡り歩く場合、ハンモック――苔や泥が堆積した小さな島があるんだけれど、そういうものを渡り歩くものなのよ。あとは、獣道とか、太い木の根の上とかね。どれも、不安定で不確かな足場だわ。けれど、この『幻惑の沼地』には、『木の根の橋』がある。とてつもなくありがたい話だわ。とてもじゃないけど、不安定な足場で魔物の相手なんて、できないもの」
「ありがたすぎますね、『木の根の橋』!」
「かっはっはっ!!ようわからんが、我のロゼッタは物知りじゃのう!賢いのう!」
「あらやだ……///バルザックさんの腕っぷしの前では形無しですわ……」
「おお、ロゼッタよ……!!」
ロゼッタさんはぼくに解説してくれてたはずなのに、いつまにかロゼッタとバルザックが熱く視線を交わし合っている。アイリがそれを横目にげんなりしていた。
二人のお熱い会話は、一旦横に置いておくとして……だ。
実際、不思議で異様で、どこか現実離れしているような。――少年少女が住んでいる街から抜け出して、ちょっとした探検を繰り広げるかのような、ワクワク感がぼくらにはあったんだと思う。そして、そんな余裕を僕らに与えてくれたのが、『ドロッガ・ウェイ』という特殊な橋である。
確かに濃霧のおかげで視界不良はひどいものだ。けれど、『幻惑の沼地』に足を踏み入れて10分、魔物の一匹も襲ってこないどころか、『木の根の橋』を歩いて進む道中は、快適そのものだった。ひんやりとした空気のおかげで高い湿度も絶妙に心地がいい。視界不良だからこそ、静まり返った音のなさがぼくらを癒してくれる。
とてもとても、噂に伝わる『入ったら二度と戻ってこれない沼地』とは思えなかった。
ちなみに冒険メンバーは、ぼくら大罪人メンバー5人に、プラス2人の計7人だ。なんと、フィオーナ隊長とそれに突き従う巨漢騎士が動向してきたのだ。曰く――
「貴様らがしっかり刑務を果たしているか、見届け役は必須だろう」
とのことだ。まあ、わかる。『幻惑の沼地』を冒険するフリをして、途中で回れ右をし、逃亡を謀るなんてことは容易いだろう。実際、彼ら二人がついてこなければ、満場一致でこの場から帰還していたに違いない。死の危険に自ら喜んで飛び込む者など、いないのだから。
けれど、刑務の監視のためとはいえ、一緒に『幻惑の沼地』に立ち入る――ましてや、先導しているという現状は、もはや二人もまとめて刑務をこなしているという事実に他ならない。
アイリが耳に囁いてくる。というより、喚きに近いが……。
「本当、フィオーナ隊長って生真面目そうな人よねぇ…。生真面目で、気難しくて、生娘って感じ……!」
「生娘はちょっと違くない……?」
「こんなことしてたら、いつか早死にするわよ……!」
「何かムキになってない……?」
「ふん、今に見てなさい!!あの女の頭を魔物がバックリよ!バックバック、バックンチョよ?」
「……?」
いつにもまして、アイリの言葉の切れ味が鋭い。これは、よっぽど腹の虫の居所が悪いらしい。疑問は、その理由であり、皆目見当がつかないことだが……。
ぼくは、フィオーナ隊長の方へと視線を向け、鉄兜の下に隠されている美貌を思い返す。
すると、頬が熱くなって、なんだかソワソワと落ち着かなくなって――。
……唐突に、アイリからの肘鉄を喰らっていた。
「がっ――!?!?!?」
「ふん、あんたも一緒にバックリ逝ってしまえばいいのよ!!!!」
理由はわからない。いまいち検討がつかない。けれど、どうやらぼくが原因で、アイリの機嫌が悪いらしいことはわかった。




