第9話 凡人と才能ある者
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気づけば、私は泥濘の中にいた。視界が真っ暗になって、呼吸ができなくなって、ひんやりとしたドロドロの感覚に包み込まれていた。
弓をつがえていたはずなのに。自分を、仲間を守るためにフェン・リッパーを撃ち抜く、そのはずだったのに――。
パニックになる。ドロドロの中で必死にあがく。めちゃくちゃにもがいて、でもやけにへばりついてくる泥が私の周りにまとわりついて――酸素を求めて必死にあえぐ。
そして、冷静なもう一人の自分が思考を整理した。
(そっか、これはフェン・リッパーが吐き出す粘着性の高い『泥塊』……。リアンみたいな馬鹿はともかく、冒険者だったら知ってて当たり前な知識だったはずなのに――)
――なのに、私は一歩を踏み出してしまった。
フェン・リッパーの代表的な『連携』だ。一体一体は、多少頑丈な飛行系のモンスターという評価だが、フェン・リッパーの危険度はちょうどLv.2の冒険者が4人以上のパーティ―を組んで討伐にあたるぐらいのもの。その理由は、人間の冒険者のように前衛と後衛を使い分けたチーム戦をしかけてくるところにある。
頑丈さを生かして何頭かが前衛で『タンカー』の役割をこなし、後衛という名の頭上から接近する個体が泥塊で冒険者を捉える。
体の中から泥塊の全てを生み出すわけではなく、予め後衛を担当する個体が口の中に泥塊を含んでおくのだ。魔力によって練られたその泥は、粘着性が異様に高く、もがくだけでは脱出することは不可能。主には水魔法で脱出したり、対フェンリッパー専用の解除液で泥を洗い流す。
しかし、私は解除液を所有していない。
そして、自身で脱出できないとなると、すぐにロゼッタさんの水魔法による救出は見込めなくなる。
なにせ現状が、トトとリアンの負傷2名があり、戦闘員はロゼッタさんとバルザックさん、そして、手伝うつもりがなさそうなフィオーナと巨漢騎士のみである。
(こんな絶体絶命……前にもあったけ……?……ううん、あったに決まってる。忘れるわけない。忘れられるはずがない……)
意識が暗闇に落ちていく。もがくことが無駄だと理解し、酸素を求めるだけ疲れるだけと分かった私は、受け入れるように気絶への一途を辿っていく。
(あの時は……そう……。助けて……あの時のように……また助けてよ……物語の中の勇者みたいに……)
「リアン……」
誰にも聞こえない泥濘の中で、私は嘆いた。
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状況は……悲惨だった。
三頭のフェン・リッパーが、前衛と後衛という連携を崩し、一斉に襲い掛かってきたのだ。
こちらの戦闘員は、バルサックさんとロゼッタさん――そして、かろうじて負傷の軽めなぼく。
アイリを泥塊で捉えたフェン・リッパーが、滑空しながらぼくに襲い掛かってきたのだ。
目の端でとらえるロゼッタさんとバルザックさんは、持ち前の槍術と剛力で華麗に翼竜たちと渡りあっている。
つまり、問題はぼくだった。万全の状態でも、フェン・リッパー相手には苦戦する自信があった。なのに、盾を失い、左腕に激痛が走り続けて使い物にならない現状は、ハッキリ言って――絶望的だった。
『フィアアアアアアア~~~!!』
叫喚とともに、突貫してきたフェン・リッパーに対し、ぼくは右手に構える直剣で防御姿勢をとるも、甲高い金属音が響くとともに、衝突してきた衝撃に耐えきれず、後方へと後ずさりを余儀なくされる。さらには、防ぎきれずにそのまま左腕に噛みつかれてしまった。
「っがああああああああああっ!!!!」
「大丈夫か、リアン!!」
「リアン君!!!!!」
ギザギザのキバが皮膚を貫く。筋組織を引き裂く。骨をかみ砕く。
喰われる――ぼくは、無我夢中で直剣を振うが、その瞬間にはフェン・リッパーは剣のリーチ外へと飛んで後退している。相手になっていない。食い止めることさえできない。単純な力不足……。
「トトくん……!!」
だから、ぼくは叫んでいた。助けを求めるように。請う様に。
正直な事を言えば、アイリ以外で親近感を唯一覚えたのはトトくんだった。もちろん、バルザックさんは気のいい人だし、ロゼッタさんは優しい人だ。だからこそ、ちょっと遠い人に思える。
話を聞いたところ、バルザックさんはLV.3になりたてで、ロゼッタさんはLV.2からもうすぐLV.3に上がるくらいの実力者らしい。ぼくたちよりも経験を積んでいるのだから強いのは当たり前――とかいう次元ではなく、ぼくたちとは一段階何かが違った。
例えば、ロゼッタさんの槍術はLVを抜きにしても華麗で極められていて、かつ水魔法によってあらゆることを器用にこなすことができる。
バルザックさんは剛力に特化していて、鍛え上げられた肉体から繰り出される一撃はまさしく必殺の一撃だ。まだ見せてはくれてはいないが、地魔法が得意らしいし、前衛として最高の働きをしてくれる。
二人とも特化している。だけでなく、地で持っているものが非常に強い。天才――とまで言えるかは分からないものの、間違いなく凡人であるぼくやアイリとは明確に違うものを持っている。
トトくんは、どちらかといえばぼくら側に思えた。詳しい話しを聞いてもいないし、鳥に矢を射って外したところを目にしただけだが、なんとなく近寄りやすい雰囲気を感じた。だから――凡人同士、力を合わせて目の前のフェン・リッパーを突破したかった。
くわえて、アイリは呼吸ができない状態だ。急いで助けなきゃならない。
「トトくん……!!目を覚ましてくれ……!!そして、なんでもいいから、助けてくれ……!!」
どんな些細な助けでも構わない。たった一人で、立ち向かうよりは絶対に強いはずだ。そう思い、希望とともに振り返って――ぼくは言葉を失った。
「いな……い……?」
トトくんが膝をついて涙を流していたはずの場所に、鳥の被り物を被った少年の姿は姿形もなかった――。




