第9話 密談 1
神宮寺慎一郎の乗るタクシーは、銀座に有る、とある料亭の前に止まった。カードで料金を支払い領収書を貰うとタクシーを降りる。腕時計を見ると約束の時間まで十五分程ある。
漆喰塀と格子戸の門扉をくぐり抜けると、店の入口へと歩を進めた。朱色に塗られた格子戸を開けると、一人の老爺が立っており頭を下げた。
「いらっしゃいませ、神宮寺様」
「こんばんは、田村さん」
慎一郎は、下足番の田村に一声掛け、沓脱石の上で靴を脱ぎ、上がり框に足をかけた。
「ようこそいらっしゃいました」
和服姿に髪を結い上げた女将が頭を下げる。
「お久し振りでございますね、坊ちゃま。お父様方は、もう、いらしております。お料理は、まだですが、お酒を先にとの事で、もう始められている様です」
「坊ちゃまはやめてくださいよ、女将さん。私もいい歳になるんですから。それにしても、約束の時間より早めに来たつもりですが、もう、始めて居るんですか?」
慎一郎は女将に案内されながら聞いた。
「三十分程前にお越しになられました」
「ふーん、そうですか。ありがとうございます」
慎一郎は、女将の先導で和室へと案内された。因みに、この料亭には、アンティークなテーブルや調度品などで設えた、洋室もある。
女将は、和室入口の山水画の描かれた襖の前に膝を付くと、中へ声をかけた。
「失礼致します。お連れ様がご到着されました」
「おーう。入ってくれ」
中から声がかかる。
「失礼します」
慎一郎は中に入ると卓を見た。正面に伯父、左側に父、右側にもう一人。彼は、正座をし、手をついて頭を下げた。
「本日は…」
「やめろ、慎一郎」
伯父である、三之宮隆之が声をかけた。
「ここは、身内の集まりだ。そんな事はせんでいい。お前は、この達磨先生の事を気にしてそうしたんだろうが、彼は俺の従兄弟になる。お前にとっても遠くはなるが親戚の一人だ。まぁ座れ、まずは一杯やろう。」
慎一郎は、父親の隣に座るとグラスを持たされる。そのグラスに父親がビールを注いだ。
慎一郎が、グラスを置き三人にビールを注ごうと立ち上がりかけたが、父親に肩を押さえられた。
「座っていろ」
父、憲史郎が、三之宮伯父と達磨忠仁議員のグラスにビールを注ぐ。そして父自らのグラスに注ぐのを見た三之宮伯父の一声で、四人で乾杯をした。
「失礼いたします」
女将の声がかけられ、襖が開けられる。
「お料理を、お持ちして宜しいでしょうか? 食前酒はいかが致しましょう?」
「今日は何かな?」
三之宮伯父が聞いた。
「マヌカハニーミードをご用意致しました。マヌカハニーは、喉に大変良いと言われます。演説や講演で喉を酷使される先生方にはよろしいかと」
「おお、それは良いな。では頼む」
伯父は、飲んだ事の無い酒の様で楽しみにしている様だ。
「承りました。それでは、少々お待ちください」
女将が下がると、入れ替わりに中居が入り、開いた瓶や徳利、皿などを下げて行く。
中居が下がり襖が閉められる。
「憲史郎君、慎一郎には達磨先生の事は聞かせてあるか?」
「いえ、まだしていません」
慎一郎には、おおよその予想は付いている。警視庁での新課設立。それが、異世界や異星間国家を相手にするとなると、国を挙げて対応せざるを得なくなる。これまで、慎一郎が一人で対処していた時のように、召喚拉致被害者を発見、救出、召喚した国の状況や被害者の意思などを自分で判断して、残すか連れ帰るかは、全て自分の裁量で決めていた。しかも、異世界側の事は、見る事も記録される事も無いのだから、幾らでも有耶無耶にする事が出来た。
しかし、国が関わるとなると、その様に個々人で勝手に動く事は出来ない。様々な法律の整備が必要になり、その法律に則って動くように要求される。
しかも、それだけでは無く、召喚した《《国家》》と言うものがある。個人では無く、国家相手に交渉するには国家が出るのが最も効果がある。
現外務大臣である達磨忠仁を、現法務大臣である三之宮伯父が、ここに連れてきたのは、その辺の事だろう。
「慎一郎、お前からの報告書や日報は、憲史郎君から送ってもらい逐次目を通している。しかし実際の所、準備状況はどうなんだ? 今、状況が起きた場合、即時対応出来るのか?」
慎一郎は、訝しんだ。何だ、何か疑念でもあるのか?
「はい。準備室には、現在、私を含めて六名が待機しており、即時対応可能です。しかし出動時における車両がまだでして…」
その時、襖の外から女将の声がかかった。
「失礼いたします。食前酒をお持ち致しました」
襖が開くと、女将と中居が食前酒と前菜を運んで来る。四人それぞれの前に、ワイングラスに入ったミードと小皿二つが乗った小盆、そして本日の品書きが置かれる。
配膳が済み、女将と中居が下がり襖が閉められる。
早速、三之宮伯父はグラスを手にすると口を付けた。
「ハチミツの酒と言うから、甘いのかと思ったが、それ程でも無いのだな」
そして、小鉢の料理に手を付け、満足そうな顔をした。
「慎一郎、車両の件は早急に対処する。それと、お前が引き抜こうとしている所轄の者だが、彼は地域課のPC乗務員で、とても優秀らしい。本庁の自ら隊(自動車警ら隊)への異動の話も有ってな、そちらも調整しなければならん。今月中には片を付けるので来月と言うことでいいか?」
憲史郎父が慎一郎にミードを飲みながら言う。
「はい、それで結構です。有り難う御座います。お手数ばかりお掛けして…。感謝します」
慎一郎は手にしたグラスを置き、父親に頭を下げた。
「慎一郎よ」
三之宮伯父は、前菜をつつきながら言った。
「本音を言うとな、お前にはまだ動いて欲しく無いのだ」




