第2話 とある若手警察官の風景
深夜三時三十分。花もすっかり散って葉だけになった桜の木をPCの助手席の窓から見上げながら石田茂雄巡査は、ため息をついた。
「何だ何だ、外を眺めてため息なんぞ吐きやがって
辛気くさい奴め。幸せ逃げるぞー。もうお前には、
彼女できねーわ。アッハッハッハ」
運転席で伊藤巡査長がハンドルを握りながら石田巡査をからかう。
「もー、やめてくださいよー。あー痛い、その言葉は痛いわー。振られたばっかなのに」
二人でバカ話をしながらも周囲の監視は怠っていない。鋭く見廻していく。
先月にこの地区で、立て続けに二件窃盗事件が起きている。時間も今ぐらいだと言う。
PCは一方通行の薄暗い狭い路地を右へ左へと抜けて行く。
「異常無いですね」
一通りの路地を回り終わって幹線道路に差し掛かった時だった。
”○○町十X番コンビニエンスストア ドーソンにて傷害事件発生。一人は刃物を所持のもよう…“
「先輩…」
石田は伊藤を見た。
「行くぞ!」
石田は無線のマイクを取るとスイッチを入れた。
「目蒲三号、○○町十X番ドーソン現行します」
石田と伊藤の乗るPCはパトランプとサイレンを鳴らし。現場へ急行した。
現場と思われるコンビニに着くと、店舗前の駐車場で三人が揉み合っているようだ。二メートルほど横には一人が太腿を押さえて倒れている。PCを店舗前の路上に寄せて停める。
「先輩、僕が先に行きますんで連絡お願いします。一人太腿刺されてます。」
「了解、刃物気を付けろ」
石田はポケットに入れてあった防刃手袋をはめると、刃物を刺されて倒れている男の太ももの出血をペーパークロスを手に、必死に押さえているコンビニ店員に聞いた。
「救急車の連絡は…」
「あ…し、しました」
「ありがとうございます」
石田は倒れている男がはいているカーゴパンツのベルトを抜くと、それを太ももの根元部分に巻き、強く締め付ける。犯人の方はと見ると、一人は後ろから羽交い絞めに、もう一人は後ろ側からナイフを持つ右腕を抱え込んでいるが、そのまま膠着状態となっているようだ。
石田はPCから降りてきた伊藤に怪我人を任せる事にした。
「先輩、怪我人の方お願いします。救急連絡済みです」
石田は刃物男に向かうと後ろから羽交い締めしている男と刃物を持つ右手を抱えている男に言った。
「いち、にい、さんで手を離して素早く離れてください。いち、に」
に、と言うと同時に左手を相手の手首に添え右手を挟み込む様にはたく。一瞬の出来ごとでナイフは数メートル先に飛んで行った。
「さん」
右手首を握り込み逆手に背中側に捻りこむ。ひざ裏を蹴り込んで体勢を崩すと右肩を下に落ちて行った。
腰のホルダーから手錠を取り出し右手にかけると
バタバタと取らせまいと抵抗している左手首を絞め上げる。
「イタイイタイ やめて」
「はい、抵抗しない」
両手に後ろ手で手錠をかけ終わるとゆっくりと立たせる。
「おう、ごくろうさん」
振り向くと応援に来てくれた先輩だった。
「預かるぞ」
「はい、お願いします」
刃物男を引き渡すと、大きく深呼吸をひとつ。
「石田、お疲れさま」
「お疲れ様でした。伊藤先輩」
「後は捜査の仕事だから俺等は戻るか?
時間もいい時間だし」
「そうですね。戻りましょ」
周囲はすっかり明るくなっている。
石田はPCに乗り込む前に大きく身体を伸ばし背を伸ばした。
「何だ、どうした?」
石田が乗り込むと伊藤は聞いてきた。
「いや、急に疲れが…」
「ああ、それな、短い時間でも格闘すると急激に筋肉に負荷が掛かるから思ってる以上にエネルギーを使っちまうからだよ」
「そうなんですか?」
「お前、もっと筋肉つけろ。肉食え、にく。良くそんなヒョロヒョロなのに、あんなでかい奴をポンポン投げられるよな」
「いや、あれは筋力とかじゃないんですけど」
他愛もない話をしている内に署に到着した。車両の入庫を済ませると、伊藤は、石田に聞いた。
「お前、この後どうすんだ? 飲みに付き合うなら今日の敢闘賞のお前に奢ってやるぞ」
「あれ、先輩、今日は健康診断の日ですよ。忘れてました?」
「えー!なんだよ。聞いてねーよ。飲みてーよ」
「先輩も明日非番なんだから受けて行きましょうよ。そうそう、なんか内科検診の先生がめちゃくちゃ美人な先生らしいですよ」
「なにそれ、どこ情報よ?」
「他の署の友達からです。診断終わったら、飲みに付き合いますから」
日報等の残務処理を済ませて業務が終了したのが
もう検診が始まって一時間が経とうかという時間だった。
健康診断の会場には二階の大会議室が使われていた。身長、体重、視力聴力、血液検査、レントゲン検査、そして内科検診。
ひと通り、レントゲン検査まで済ませて、残りは内科検診を残すのみ。
一階のレントゲン車から二階の大会議場まで戻ると内科検診のブース前には三人ほどが入口横に並べられたイスに座って待っていた。
最後と思われる人の横に座っていると、入口のカーテンが開き中から一人出て来る。三十代の男性職員だ。しかし、妙に赤い顔をして少しふらついている様だ。
先に座っていた一人が中に入りカーテンが閉められる。石田は一つずらして座り、目を上げると、先ほど出て来た男性職員が伊藤に声をかけられていた。しきりに、大丈夫ですと言っている様だ。
伊藤は男性職員の肩にポンと片手をかけると、一言何か声をかけこちらに歩いてきた。
「お前の言ってたこと本当みたいだぞ」
伊藤は石田の隣に腰掛けると耳もとに顔を近づけ小声で言った。
「え? 何がですか?」
「中にいる医者だよ。金髪の外国人医師らしい。胸が凄いらしいぞ」
「先輩、セクハラで現行犯逮捕です」
佐藤はニヤリと笑いながら尻ポケットから何かを取り出そうとする。
「バカヤロー、そんなんで逮捕なんてあるか。それにそんなもん取り出すな。なんで結束バンドなんて持ち歩いてんだ。よし、これからお前を不審物所持で職質だ」
二人で小声で笑い合っているとカーテンの中から診察を終わらせた人が出て来て、イスを一つずらす。
「なぁ石田。お前ラノベって読んだりする?」
伊藤は足を伸ばし天井の蛍光灯を見上げながら言った。
「何ですか? ええ、読みますよ。おすすめとか知りたいですか?」
「いや、そう言うんじゃなくてな、異世界召喚ものとか転移ものとかの…」
伊藤は石田の方を向くと、眉をひそめ言葉を切った。
「あとで面白そうなの教えてくれな。飲みの時に話そう」
そのまま黙り込んでしまった。




