聖女の力が不完全なわけ
ずっと結界を張り続けれる聖女ってすごいよねと思ったので。ちなみに「あげませんよ」の裏のお話
リューシアは絵本を読んでいた。
「そうして、聖女さまの加護によってその国は魔族に襲われない国になりました……」
めでたしめでたしで終わる物語を読んでいたのだが、リューシアにとってはめでたいものではなかった。
ぼろぼろぼろと泣きだしたのを見て、慌てたように侍女が乳母を呼ぶ。別の侍女は駆け出して、母である王妃に連絡をしに向かう。
「どうしたのですか?」
「リューシア。何があったの?」
優しい二人に尋ねられてリューシアはますます泣きだして、
「わたくしは……慈愛の神の聖女なのに力が使えない!! このお姫様のように一回も消えない結界なんて作れない!!」
わたくしは聖女失格なんだと自分の出来損ないな力で大事な国を民を守れないことが申し訳なくて泣いていたら母がそっと頭を撫でて、
「聖女は誰でもずっと力を使えるわけではないわ。みんな必要な時に力を使っているし、それを補い合うために加護持ちが多いのよ」
「姫さま。慈愛の神様は誰よりも民を愛する姫さまだからこそ加護を与えてくれました。大人になったらもっと力を使えるようになりますよ」
安心してくださいと慰められて、ならば早く大人になりたいと思ったものだ。そうすれば、皆を守れる。
だけど、学園に入学しても大人扱いになっていないようで、わたくしの結界は一日の半分以上は張れるが、丸一日はいまだ達成していなかった。
「聖女って言うからずっと結界を張れるのかと思ったわ」
「エルトリーザ!!」
隣国のグラントルテ王子とエルトリーザ王女が留学してきたので交流を深めるために王宮でお茶会。そこでわたくしがずっと気にしていたことを言われて下を向いてしまう。
「謝りなさい」
「何よ。謝る必要なんてないでしょう。聖女なんて崇めてどうせ売名行為なんでしょう。この国なんて!!」
神の加護を持つ人が多い我が国グランゾール王国の存在を快く思わないエルトリーザ王女は乱暴に、それでいて王女教育を蔑ろにしない動きでお茶とお菓子を片付け仕事で食べ終えると要件はすんだとばかりに去って行く。
「妹が申し訳ありません」
「いいえ……」
気になさらないでと告げるが落ち込んでいるのが分かっているのだろう。グラントルテ王子はぎこちない笑みを浮かべている。
「……………」
わたくしの婚約者候補であるこの方を困らせたいわけではないが、なかなか気持ちが浮上しない。
「……リューシア姫。本当はもっと話が弾んでから渡そうと思っていたのですが」
グラントルテ王子がそっと渡してくれるのはいい香りのする小さな布の袋。
「ポプリ袋です。リラックス効果がある香草で作ってみたので」
優しい香り。そっと服に忍ばせておきたい。そんなプレゼント。
「ありがとうございます」
「枕元に置いておくと効果が増すと思います」
是非お使いください。そう告げられて、その後は話こそ進まなかったが、互いにお茶を楽しみお菓子を食べてゆっくりと時間を過ごした。
その日の夜は普段は眠りが浅くて何度も起きてしまう癖のあるわたくしだったが、一度も起きることなく穏やかな目覚めを迎えた。
………次の日の結界は今までよりも一番丈夫で長い時間張ることが出来た。
「ゲイルって格好いいわね」
わたくしの護衛として、一時的に入っているゲイルをエルトリーザ王女が気に入って、無理難問を吹っ掛けている様が見られるようになった。
「エルトリーザ!!」
その都度グラントルテ王子が叱りつけているが、馬耳東風とばかりに聞き流してすぐに隙を窺ってくっついてくる。
ゲイルは全く相手をしないで護衛だけをしているのだが、そんなエルトリーザ王女が鬱陶しいのか不機嫌な空気を放っている。
唯一、ゲイルの婚約者の妹であるヒルデが近くにいればそれも和らぐので、ついヒルデとの時間を増やしてしまったのが悪かったのかエルトリーザ王女はヒルデをゲイルの婚約者だと勘違いして、危害を加えようとしているのをグラントルテ王子が何度か未然に阻止していた。
「ここまで問題を起こすなら自国に帰らせるように連絡をしているのに、自国だと危険だからと取り合ってくれない」
グラントルテ王子が疲れ切った表情で申し訳ないと報告をしてくれる。
「あいつもあいつだ。自分の状況を知らないで我儘し放題」
グラントルテ王子の視線の先には飛行型の魔族が襲ってくるがわたくしの結界で灰になって消えていく光景。
「ゲイル殿に何度助けられたことか」
わたくしの護衛という名目だが、グラントルテ王子を何度も守っているそうで、お礼を述べている様が見られる。
ちなみにグラントルテ王子を襲ってくるのは人間。
「よほど、私と姫の婚約を失敗させたいのでしょう」
エルトリーザ王女のそばに実は失敗を望む者たちが耳元で囁いているようだと顔に出さないようにしているがかなりお怒りだ。
「失敗させたいもの……」
「まあ、魔族に侵攻されている他の国とか。我が国を弱体化させたい国とかですかね」
そんな輩に付け入る隙を作るわけにはいかないと自分を律しているが、グラントルテ王子の趣味はポプリ作りだったとか。わたくしがぐっすり眠れたとお礼を述べると予備は必要だと判断してたくさん用意してくださった。
香草茶も作るそうで、今日のお茶会はグラントルテ王子の調合した香草茶を味わっている。
「グラントルテ王子殿下。そこまで評価してくださって感謝しますが、この度護衛の任務から外れて、元の部隊に戻ることになりました」
「元の部隊……そうか。貴方に何度も助けられて感謝します。そちらでも気を付けて」
「大丈夫です。愛する婚約者も時折応援に駆けつけてくれるので」
「えっ? 応援……?」
意味が分からないと首を傾げているグラントルテ王子に、
「ゲイルの婚約者は狩猟神の加護持ちの聖女なのです。彼女が放つ矢は多くの魔族を滅ぼします」
「そうなんですよっ!!」
今までのクール系はどこに行ったかとばかりに婚約者のいいところを話し始めるゲイルに区切りが尽きそうなタイミングで無理やり終わらせて、お別れの挨拶をしていく。
「よほど愛しているのですね。………妹がやらかさなきゃいいけど」
「加護持ちは愛に貪欲なんですよ。愛する存在に危害を加えたら容赦なく叩きのめす。……今回の護衛を外したのはその婚約者の意向ですね」
自分の婚約者に付きまとう相手がいるなら付きまとわれない場所に向かわせてほしいと。
「それでも、エルトリーザ王女が諦めないでいるのなら逆に尊敬してしまいますね」
ゲイルの向かう先は戦場だ。そして、ゲイルは、
「彼は戦女神の加護持ちなので」
「………妹は魔族との戦いも遠いおとぎ話だと思っている節がありますからね。良い薬になるでしょうね」
どこか含みを持っている笑み。優しいだけではなく王族としての清濁を合わせ飲んでいる顔つき。国を、民を守るためならいくらでも汚泥を被るつもりがある強さを持つ笑み。
「それにしても……本当にあちらこちらと神の加護持ちがいるんですね。ゲイルが加護持ちだと気付きませんでした」
グラントルテ王子の呟きを聞いて、ふとずっと喉の奥に引っ掛かっていたことを思い出す。
「――殿下は、結界をずっと張れた方がいいですか?」
エルトリーザ王女がわたくしが結界をずっと張れないことをがっかりしていた。それもあってわたくしは自分の加護の話をするのを忌避していた。
「いや、無理でしょう」
わたくしの問い掛けに即答される。
一瞬責められるのかと思ったのだが、
「加護というのがどういう仕組みか想像でしかないですけど、神の加護でも使うのは人間でしょうし、人間なのだから眠る時間や気が緩む時間。体調が悪い日もあるし、気持ちが落ち込んでいる時もある。それでも変わらずに力を使い続けることは不可能でしょうし、この国には常に交代制で魔族に備えているし、結界があってもなくても民を守っている。一日中張れなくていいんですよ。仮にずっと張り続けていたら人々はそのありがたみを忘れて、聖女が居なくなった後のことを考えなくなりますよ」
その方が危険なので、結界は弱まる時があっても構わない。いや、その方が緊張感が生まれていいかもしれないと語っているその顔立ちは未来を見据えている。
ああ素敵だなと。つい見とれてしまうと見られていることに気付いてあたふたと先ほどまでの顔を隠してしまうグラントルテ王子。
「見ないでください」
「なんでですか?」
「見られると恥ずかしいじゃないですか」
顔を赤らめて告げてくる様に、こっちもつられて赤くなる。
「青春ですね」
じっと様子を見ていた侍女がぽつりと呟く声が聞こえた気がした。
お茶会も無事終えて、一人で今日のお茶会のことを反芻して顔を赤らめて悶えてしまう。はしたないと叱られるが、グラントルテ王子が素敵だから仕方ない。
「ずっと張っていなくていい。か」
そんなことを言われるのは初めてだ。今までの婚約者候補は決まって、エルトリーザ王女と同じことを告げていたから。
皆他国の王族だったが、その後婚約の話は進まずに消えていった。だけど、グラントルテ王子はそんなことを言わなかった。
「そっか。そうなんだ」
嬉しい。
完璧じゃなくていいと言われるのがこんなに嬉しいことなんだ。
「ふふっ」
ベッドに横になって何度も何度もグラントルテ王子の言葉を反芻する。
夢の中にまで出てきて同じ言葉を告げてくれるのが嬉しくて、ああ、わたくしはグラントルテ王子が好きなんだと実感する。
自覚すると恥ずかしいし嬉しいし、一緒に会いたくなって、困らせてしまいそうで落ち込んでと心がせわしない。
(グラントルテ王子も同じ気持ちだといいな……)
そんなことを思っていた影響だろうか。
翌日。グラントルテ王子を襲ってきた刺客が粘着力のある結界に引っ掛かって捕らえられた。そして、その報告に、
「おめでとうリューシア」
と母に抱きしめられて喜ばれた。
「慈愛神の加護はね。人を愛し、同じくらい愛されないと本来の力が発揮されないのよ」
母がこっそり説明してくれる。
「誰かを守りたい。愛している人を守りたい。愛が深ければ深いほど力が増すし、誰かが自分を愛してくれるから自分を愛せて力が増す。グラントルテ王子殿下は貴方を大事にしてくれそうね」
結界の力を持つから国交も考えて他国に嫁がせようと思っていたが聖女という肩書で見る人が多かったのでうまくいかなかったと話をする母に、わたくしは戸惑い恥ずかしく想いながらもやっと聖女として役目を果たせると誇らしくなる。
それが嬉しくて、グラントルテ王子に報告すると、
「なら、もっともっと強くなりますね。私はますますリューシア姫を好きになりますから」
と言われて恥ずかしくなって顔を背ける。
最初会った時は自信なかったから下を向いていたけど、あの頃とだいぶ変わったなとそんな自分が好きになったのだった。
ちなみに妊娠中とかは結界が弱まる。