表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
91/128

血塗られた憎悪のナイフ

――ったく、使えない子だね!

――お母さん!

――うるさい!!

 夢の中の幼い自分が、母親に突き飛ばされて転ぶ。その母親は、1人の男性に向き直って暴言を吐いた。

――もとはと言えば、あんたが男のくせにたいして稼いでこないから、私が苦労するんでしょう!? あんたのせいで私の人生が台無しだよ、この穀潰し!!!


「う……」

 北の村の西海岸――ベナトナシュは夜の砂浜の上で目を覚ました。今のは夢?

「いたた……」

 何とか立ち上がる。が、体のあちらこちらが痛い。右腕と左脚が…折れているみたい。私は――どうしたんだっけ?

「そうだ、アリオトに崖から突き落とされたんだ……」

 涙が出てきた……穀潰しなだけでなく、妻を殺害しようとして、挙げ句は「メグレスと仲良くする」なんて言われた。

「何で、私だけこんな目に遭うのよ……」

 顔を抑えて泣き崩れる。前の夫に死なれて、失意の中再婚したらとんでもない男だった。息子のアルコルは自分のもとを去って行き、もはや頼る術がない。今の状況は、幼い頃に虐げてきた母親のことを思い出させた。

――穀潰しが!!

 働きもせず飯を食うだけの存在を罵る言葉だ。あの頃、両親がけんかをする度に聞いていた罵詈雑言――大人になった自分も使っている。父親は東の都で商いをやっていたが、経営がうまくいかなくなり、たたむことになった。その頃からだ、両親のけんかが増えたのは……。

 忌まわしい記憶を脳裏にしまいこみ、ベナトナシュは上を見上げた。崖はかなり高い。あそこから落ちて助かったのは奇跡に近い。

(いっそ、死んでしまった方が楽だったかな……)

そんなことを思いながら辺りを見回す。新月だったので暗かったが、徐々に目が慣れてきた。すると、少し離れた場所に2つの人影を視認できた。

「すみません、そこの人……」

 助けを求めようと声をかける。が、反応がない。脚が折れているので仕方なく体を引きずって近づく。声をかけているのになぜ反応がないのだろう……その理由は、すぐに分かった。

「ひっ…!」

 その人影二つは息をしていなかった――死んでいたのである。若い男女の亡骸で、女性が血塗られた短剣を持っていた。

「無理心中かしら…」

 痴情のもつれから男を殺害し、自らも命を絶ったか……。腐敗が少し進んでいたが、死んでからまだ日が経っていないようだ。この世はこんな悲劇ばかりがあるのかしら。そんなことを思いながら、ベナトナシュは女性が持っていた短剣を取った。

ドクンッ――

(何これ……)

 ベナトナシュの心に、暗い炎と洪水のようなものが流れ込んでくる。あの男女の想い――恐怖や憎悪、絶望のようだ。

 するとその短剣は、血塗られた刀身が黒く光り始めた。漆黒は高貴な印象を人に持たせるが、この短剣は人間の心の闇を現し、何もかもを吸い込むような雰囲気だった。

 ベナトナシュは、昔話で聞いたことを思い出した。極端な負の感情によって使われ続けた刃物は、一定の数の人間を殺すことで魔剣になると――。短剣の刀身から発せられる黒い小さな稲妻が、ベナトナシュの体を覆う。すると、彼女の目が充血し始めた。瞳は金色となり、折れたはずの手足が動き始める。

「アリオト、メグレス、アルコル……許さない」

 そうつぶやくと、突き落とされた目の前の崖を垂直に走り始めた。まるで悪魔に取り憑かれたかのように。


 後に紫微垣たちを苦しめるあの魔剣が、誕生した瞬間だった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ