昴の祠
東の都には祠が二つある。一つは昴の祠と呼ばれている。この都はおうし座の星図を象っていて、昴の祠はちょうど昴の星々――別名プレアデス星団の位置にある。もう一つはか宿の祠――おうし座のアルデバランの位置にある。星図でいうと、牛の角と前足にあたる部分が大河を形成している。この大河があるが故に、東の都は発展してきたのだ。
さて、シリウスたち3人は昴の祠に参拝することにした。
「うわあっ。すごい眺め!」
ミラが目を輝かせて叫んだ。昴の祠は高台にあり、平地の都市中心部を見下ろす形になる。その様子を見てシリウスとスピカはこそこそ声で言う。
(よかった、ミラの機嫌、直ったみたいね)
(あ、ああ……)
実は今朝、シリウスとスピカが同じベッドで寝ているのに気付いたミラは、2人をたたき起こして「ずるい!」とふくれ面をしたのだ。
スピカがシリウスへの想いをためらいながら伝えようとしているのに対し、ミラはストレートだ。シリウスにしてみれば、かわいい妹分がお兄ちゃんを取られたように思っているのだろうが……。
とりあえずミラをなだめて朝食をとった後、祠に参拝の話となってここに来たのだ。
「そういや師匠が言っていたけど、この祠は星の大地の発祥に縁があるらしいぞ」
「そうなの?」
「私も初耳よ」
ミラとスピカは目をまるくした。神話で言えば天地創造の後、初めて人が誕生したのがこの地らしい。3人は参拝を済ませ、階段を降りて中心部に出た。夕方、またこの祠に来ることになるのだが、彼らは後に恐ろしい現象を目の当たりにするとは、思いもよらなかった。
シリウスたちは、大通りを歩きながらベテルギウスとリゲルを探す。手分けすることも考えたが、女の子を単独行動させるわけにはいかないということで、なるべく3人で固まることにしたのだ。
あちらこちらを見渡すが、人が多すぎて分かりにくい。昨日の遭遇は幸運だったと今更になって思う。
「先輩、東の都って人口どのくらいなんです?」
「百万人はいるわ」
「そんなに!?」
ミラが目を丸くする。東京都の練馬区が75万人、世田谷区が94万人なのでそれに匹敵する。北の町は5万人程度で、地方の田舎町を2、3合わせたような人口だ。やはり、東の都は大都市と言わざるをえない。
「そんな中からどうやって探せばいいんだ…」
シリウスが途方に暮れた声を出した。こればかりは、紫微垣の力を持ってもなんともならない。
3人は大通りから大市場に出た。ここは、3階建ての巨大な建物に、食、衣類、金物などさまざまな店が入っている。さながらショッピングモールの様相だ。
「ここも人が多いね……」
ミラが唖然としている。この都に来てから人の多さには慣れてきたが、それでも人混みには驚くばかりだ。
「この大市場にはいろいろなお店が集まっているから、必然的に人も集まりやすいのよ」
スピカが解説する。家族で何度か来たことがあるらしい。その時は浅瀬道ではなく、船をチャーターしたようだ。さすがに名士である。
「あれ、シリウス?」
スピカはシリウスがいないことに気付いた。きょろきょろすると、ある店の前で何かを買っている。
「…大判焼きって」
おなかすいたのかしら? と思っていたら、戻ってきたシリウスは紙袋から大判焼きを出し、スピカとミラに渡した。
「わあ、おいしそう♪」
「いただきます…ほんと、おいしい!」
ミラとスピカは目を輝かせる。シリウスも大判焼きをほおばりながら言う。
「この市場、うまいものがたくさんありそうだぞ」
こうして小一時間ほど、捜索はグルメ捜しに変更となった。
夕方。3人は宿への道を歩いて行く。
「…調子に乗りすぎたな。師匠に怒られるかも…」
シリウスは財布をのぞきながらぼやく。資金は多めにもらっていたので滞在費に響くほどではないが、「無駄遣いはするな」と釘を刺されている。いや、それ以前にベテルギウスとリゲルを探す時間を浪費してしまった。
「ごめんね、シリウス…」
「……ごめんなさい」
ミラとスピカは、ばつが悪そうにうつむく。もっとも、率先して買い食いしていたのはシリウス自身だったので、文句を言える立場にない。
やがて昴の祠に続く階段の前に来た。
「そうだ、帰りも参拝しよ。シリウスがアルクトゥルスさんに怒られないようにって」
ミラが無邪気に言って階段を登り出した。
「お前、そんな俗的なことを…」
「私も行ってくるわ」
スピカも登り出した。「感謝するところなのだろうか」と2人を見送りつつ、やはり自分も行くかと思った矢先、「ちょいと」と声をかけられた。
振り返ると80歳ほどの老婆だった。
「今、この階段を誰か登りなさったかね?」
「え? ああ、俺の連れの女の子が2人……」
すると老婆は眉をひそめて忠告してきた。
「この昴の祠、夕方以降は近づかん方がよい」
「は?」
「幽霊が出るらしいからのう」
幽霊? 幽霊と言ったか? シリウスは聞き間違いかと思いながら老婆を見た。
「気をつけなさい」
それだけ言い残して立ち去る老婆。シリウスはしばらく思案していたが
「まさか、幽霊なんているわけないだろう……」
と独り言を言った。が、登っていった彼女らが気にかかる。急いで後を追った。