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月夜

 夜風が心地よい宿の部屋にはベッドが2つある。どちらもダブルベッドなので2人は眠れる大きさだ。

 温泉から帰る廊下で、スピカはどうやって寝ようか考えていた。

 ――普通に考えたらシリウスが1人で、私とミラが一緒よね。

 しかし、今の心境でミラと寝るなどしたくない。いや、できないと言った方が正しい。どうしたものか、シリウスと相談しようかと考えながら部屋に入ると……。

「ちょっとお……」

 既に温泉から帰っていたシリウスは、窓際のベッドで大の字になって寝ている。

 浅瀬道のキャンプの時といい、かわいい女子2人がいるのに。この人、本当に朴念仁なのかしら?

「あれ、シリウス寝ちゃったんですか」

 ミラが戻ってきた。

「日中、すごい集中していたからなあ。それにこの人、基本的に寝付きがいいんですよ」

「…何で知っているの?」

 一緒に寝たことがなければ知らない情報である。スピカはなるべく笑顔で尋ねた。顔は引きつっていないと信じつつ……。

「え? 小さい頃よくうちにお泊まりした時、あっという間に寝ちゃったんで」

 ああ、そういうことね。

「どうします? って選択肢は一つしかないけど」

「しょうがないわね」

 そう言って、スピカとミラはもう一つのベッドで寝ることにした。


 ――父ちゃんを信じろ。強く生き抜けよ。

 ――お父さん!!


 自分の叫び声でシリウスは「ハッ」と目を覚ました。窓を見ると、月明かりが自分の顔を照らしている。

「またあの夢か……」

 父親が自分を助けるために濁流にのまれる夢。最近よく見るようになった。

「どうしたの?」

 隣からきれいな声がした。スピカだ。

「ああ、起こして悪い。嫌な夢を見てな」

 スピカは心配そうに見つめる。シリウスは汗でびっしょりだ。スピカはベッドから降りてシリウスに近づき、彼の額に手を当てた。

「熱はなさそうね。シリウス、体調悪かったら言ってね」

 目を潤ませている。宝石のように透き通った目だ。

「あ、ああ。ありがとう」

「…ねえ、少しお話ししない?」

 そう言うと、スピカはシリウスのベッドに腰掛けた。何となく2人の距離が近くて、お互いに顔が赤い。するとスピカが口を開いた。

「……シリウスはご両親を亡くしているんだよね。どんな人だったの?」

「んーそうだな……」

 シリウスは手をあごに当てて目線を上げた。

「実は覚えていないんだ」

両親は4歳になったばかりの時に鬼雨の濁流で行方不明になった。4歳と言えば、やっと物心がつき記憶が定着する年だ。その年で親を亡くすなんて……。

「でも、かわいがってくれたんじゃないかな」

 それは自信を持って言える。アルクトゥルスにも指摘されたが、自分はなぜか人を信頼できるのだ。貧民街に住む子供は程度の差はあれ、ほとんどが人を信頼していない。親の貧しさが子供を愛する余裕を奪い、虐待などにつながる。虐待を受けた子供は人間を信頼できなくなるだろう。

「スピカはどんな幼少期だったんだ?」

 スピカは自分の境遇を聞かれて嬉しい反面、シリウスに妬まれるのではと心配になった。しかし、せっかく聞いてくれたので答えることにした。

名士の家の娘に生まれ、上には兄2人。末っ子で待望の女の子としておしみなく愛情を注がれてきた。物心両面において、充分な恵みを受けてきたのだ。ほしい服やおもちゃはすぐに買ってもらえて、食事も毎食、肉や魚が出てきた。それも豪華なものだ。

「…なんか、想像もできねえな。金持ちの子供の生活って」

 シリウスは苦笑混じりにポツリと呟く。やっぱり……と肩を落とすスピカ。とても幸福な家庭に生まれたのに、シリウスとの心の距離感を感じて、今は自分の境遇がちょっぴり恨めしい。

「…スピカ、頼みがあるんだけど」

「な、何?」

 シリウスはベッドに寝転んで言った。

「俺が寝付くまで天漢癒の術を当ててくれるか? 夜中に目が覚めると寝付けなくなってしまうんだ……」

 恥ずかしそうなシリウス。精悍な顔の頬が赤く、少しだけ子供のように見えた。

(…かわいい)

 ミラは彼のこの表情を見たことがあるのかしら? もしかしたら……。

「…うん、分かった。目を閉じて寝てね」

 シリウスは枕に頭を載せると目を閉じた。スピカは天漢癒の腕輪をはめてシリウスの横に寝転ぶ。

「え?」

「同じ体勢の方がやりやすいの」

 スピカは顔を真っ赤にしている。同じ体勢の方が……なんて大義名分だ。ホントはまた隣で寝たかった…。

 スピカは右手をシリウスの胸に当てた。

「おやすみ、シリウス」

「おやすみ、スピカ」


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