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ヤングケアラーの少年

 同時期の中つ都――1人の少女が、数人の男の子に追いかけられていた。少女は10代前半のようだが、杖をついて必死に逃げている。

「おい、逃げるなよ! 減るもんじゃないだろうが!!」

 男の子の1人が走りながら、逃げる女の子の襟をつかんでビリっと引き裂いた。その拍子に杖が手から離れ、少女はドタッと倒れた。

「きゃあああ!!」

「いい声出すじゃねえかよ」

「足が不自由な女を襲うってのは、いい考えだったな」

「おい、このまま全部脱がそうぜ!」

 女の子は四つん這いで塀によった。追い込まれてしまい、逃げ場はない。

「い、いや…やめて」

「ぐふふふ、抵抗しなけりゃ痛い思いはしないで済むって」

 下品な笑いをする少年たち。少女は「もうだめ…」と顔を真っ赤にしながら目を瞑った。すると、バキッ、ドカッという音が響く。

 少女がおそるおそる目を開けると……そこには、目つきの鋭いオールバックの少年がいた。

「な、何だてめえ!」

「ふん」

 オールバックの少年は鼻を鳴らすと、瞬時に他の少年たちを一撃でのしてしまった。

「俺の妹に手を出そうとしたのが運の尽きだったな」

「カノープスお兄ちゃん!」

「アルセフィナ、大丈夫か?」

 カノープスは、妹のアルセフィナをしっかり抱きしめ、杖を握らせた。

「もう夕暮れだ、早く帰るぞ」


 カノープスとアルセフィナは、中つ都の北部に住んでいる。ここには安く住める長屋が並び、貧民街とも呼ばれている。

 2人は自宅の戸を開いた。長屋なので、部屋の中はさほど広くない。そこには、目がうつろな40歳前後の女性が崩れた姿勢で座り込んでいて、2人を見るなり「遅い!!」と怒鳴った。その指には、貧民街住まいには似合わない宝石の指輪がはめられている。

「一体、今何時だと思っているの!?」

「6時だ。別に遅くもなんともないだろ」

 カノープスがその女性をにらみながら淡々と返す。女性はその刺すような眼光にたじろぎ、「ふんっ」とへそを曲げたかのようにぷいとソッポを向いて寝ころんだ。

「お母さん…」

 アルセフィナが何かを言おうとするのを、カノープスが止めた。「気にするな、酔っているんだ」と小声で伝えると、彼は台所に立って料理を始めた。夕食の支度である。

 カノープスは妹のアルセフィナ、母・マルケブと一緒に暮らしている。父親は、自分が幼い頃に出て行ったと聞かされていた。アルセフィナは、生まれつき左足に障がいがあってうまく歩けない。そんなことから、マルケブとカノープスが彼女を支えながら歩く生活が定着したのだ。

 いつからだろうか? マルケブが料理、子供の世話をしなくなったのは――。カノープスとアルセフィナとは年子で、彼女が学舎に通っていたのは覚えているから、たぶん8歳か9歳くらいだったはずだ。

仕方なく、カノープスが見様見真似で料理をするようになった。初めて作ったのはごはんとみそ汁、卵焼きだった。意外にうまくできて自信になり、学舎の図書室などで料理の本からレシピを書き写してレパートリーを増やした。アルセフィナが「お兄ちゃん、おいしいよ」と喜んでくれるのが嬉しかった。ただ、この時代の星の大地では、男性が料理をすることが珍しく「男のくせにー」とからかわれるのが嫌で、こっそりとやっていた。

母親の生活はどんどんすさんでいった。2人が学舎から帰ってきても部屋の隅でボーッとしていることが多くなり、カノープスが作った夕飯を食べると、どこかに出掛けた。夜はきょうだいで寂しく肩を寄せ合って寝るようになった。

 明け方に帰ってきた母親は酒臭かった。時々怒鳴られることもあり、カノープスとアルセフィナはなるべくマルケブと顔を合わせないようにし始めた。やがて、2人が帰宅してもマルケブは不在のことが多く、学舎に登校するタイミングで母親が帰宅――という生活パターンになっていった。この頃から、マルケブはアルコール依存症になっていたようだ。

 そんな折、アルセフィナが体調を崩す。肺炎だった。命に別状はなかったが、カノープスは「もっとちゃんとしたものを食べさせなくちゃ」と、料理の腕をさらに磨く。近くの飲食店でアルバイトをして修行し、そこで出る賄いをアルセフィナに持って帰ったりした。学舎はいつの間にか行かなくなっていた。


 カノープスは、現実の世界で社会問題になっている「ヤングケアラー」となっていたのである。


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