盗まれたポラリス
「ない、ないぞ! ポラリスの秘宝が!!」
「盗まれたんだ! 犯人を探せ!!」
星の大地――冬の星空が地上に降り立ったと言われているこの大地は、今、百年に一度の大災害に見舞われようとしていた――。
物語の始まりは、星の大地の北にある、北斗七星を模した「北の町」から……。
ある日の夜9時頃。北の町にある山の麓に、大勢の大人が集まっていた。
「何、何があったの?」
その大人たちに交じって1人の少女――スピカが人だかりをのぞこうとしている。
15歳の彼女は、普段はこの時間に寝る準備をしている。しかし、自宅である豪邸の窓から騒ぎが見えて、両親と一緒に出てきたのだ。
「盗みだとさ」
「ポラリスの秘宝を盗もうとした輩がいたそうだぜ」
それを聞いてスピカはぎょっとした。桜色の頬をしたかわいらしい顔が険しくなっていく。
「ポラリスを北辰の祠の台座から外すだけで、天変地異が起こるって言われているんだ。盗むなんて言語道断だぜ」
大人たちの会話からあまりよろしくないことが起こったと推察できる。その人だかりの中央に、縄で縛られた1人の男が座り込んでいた。年齢はスピカとそう変わらないようだ。切れ長の目と細い髪をした端正な顔がうなだれている。
(あれ? どこかで見たことあるような……)
スピカは記憶をたどる。この大地の少年少女は「学舎」と呼ばれる学校に通っているが、そこで見た気がする……。
「シリウス!!」
その男のそばに、1人の少女が駆け寄ってきた。その子も学舎で見た記憶がある。
「ミラ……」
「どうして…どうしてポラリスを盗んだのよ!!」
ミラという少女は目に涙をためて叫んだ。年はシリウスより少し下のようだ。少しウェーブがかかったミディアムの髪が、月明かりに照らされて揺れている。
「わりい、ベテルギウスとリゲルと話していたら、売り言葉に買い言葉で、3人でポラリスを盗むってことになっちまって……」
少年――シリウスはばつが悪そうに呟いた。それを聞いたスピカは
(何考えているのかしら、馬鹿みたい……)
と心中で蔑んだ。
先ほどの大人の会話にもあったが、ポラリスはこの星の大地を天変地異から守る役割をしている。そんなことは幼児でも知っているのに、この男は何を考えているのか。
大人の1人がシリウスの胸ぐらをつかんで罵声を浴びせた。
「お前のせいで鬼雨や大海嘯が起きたらどうするんだ、ええ!?」
鬼雨とはゲリラ豪雨、大海嘯とは大津波のことだ。
「そうだ、さっさとポラリスを出せ!」
「でないとただじゃすまさんぞ!!」
大人たちの罵声はヒートアップしていく。天変地異への恐怖心が罵声を煽っているかのようだ。見かねたミラがシリウスをかばうように手を広げる。
「ちょっとやめて! いくら何でもやりすぎよ!!」
「小娘、お前も仲間か!?」
「一緒に縛り付けてやろうか!?」
罵声が激しくなっていく中、1人の老人が前に進み出て手を挙げた。顔のしわから察すると60代か70代だろう。白髪に端正な顔立ちで背筋はまっすぐに伸びている。
「皆さん、少し待ってもらえるか」
老人の落ち着いた態度に、全員が静まりかえる。
老人はシリウスのそばにしゃがみこみ、少年の前髪をつかんで目を見た。その目は老人を睨み付けていたが、瞳は澄んでいる。しばらく睨み合った後、老人は立ち上がって群衆に言った。
「わしは紫微垣・アルクトゥルス。皆さん、この男をわしに任せてもらえないか?」
その場がざわついた。
「紫微垣だと!?」
「ポラリスを守る使命があるという守護戦士のことか!?」
アルクトゥルスはため息混じりに言った。
「本来なら、わしがこやつとその仲間を退けなければならなかった。だが、もう年をとってしまい動きも鈍くなり、不覚をとった。申し訳ない」
深々と頭を下げた。その顔はどこか淋しそうな表情である。
「じゃ、じゃああんたがポラリスを取り戻してくれるんだな!?」
1人の男がアルクトゥルスに手を伸ばしてつっかかってきた。するとアルクトゥルスはその腕を握り、相手を睨み付ける。先ほどの淋しそうな表情とはうって変わってすさまじい殺気である。
「余計なお世話だ。何もできん者は引っ込んでおれ!!」
その剣幕に圧倒され、大人たちはしぶしぶ解散した。