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第9話『エラフィンの課題』

「さて、課題は終わっちゃいないよ?まだもう一つ残ってるからね?」


 エラフィンの第一課題とやらを通過できたレンリエッタは次なる課題を与えられる事になった。さらに今の自分には不思議と何でも出来そうだという自信が湧いているのが分かった。

 たとえ火の中を突っ切れと言われても、今のレンリエッタは一切の躊躇なしに出来るかもしれない……もちろんアフターケアが万全であればの話だが。


「でも次のは難しいよ、ハッキリ言ってアンタには早すぎるかもしれない」

「やってみせます!たとえ火の中、水の中…どこでも!」

「じゃあ森の中ってのは平気かい?」

「え?森の中?」


 エラフィンは持っていた杖を適当に振り回すと、部屋の奥からガッシャーン!ドッカーン!と何かにぶつかる音が聞こえた。一同がその方向に目を向けると、少ししてからカゴがビュンッと飛んできてレンリエッタの目の前で止まった。空を飛ぶ以外は何の変哲もないカゴだ、中にはメモ用紙が一枚と小さな瓶が一本、そして小汚い手帳が入っていた。


「その紙に書かれている材料を一人で集めて来な。タイムリミットは陽が沈むまでよ。」

「えぇーっと…キバソウ3本…スクリムルート1本…巨岩蛙の光る唾液を瓶一本分…?」

「あぁ!そんな!酷過ぎます!キバソウにスクリムルートですって!?なんて危険なものを…!」


 メモの内容を読み上げるとグリスは声を荒げてエラフィンに抗議した。レンリエッタにはその紙に書かれているのが一体どのようなモノなのかはまるで分からなかったが、彼の口振りから察するに危険だという事は分かった。

 しかしエラフィンはピッと指で空気を撫でるような動作をすると、途端にグリスはモガモガと口を閉じて座り込んでしまった。まるで見えない何かに抑え付けられている様だった。


「これはレンリエッタの入門試験なんだ、アンタが口を出す権利は無いよグリス。それに最低限ながら安全面の事は考えてるさ、周囲には結界を張ってるから例えツヴァイガーなんて猛獣が来ようともこの子には指一本触れられないよ。」

「でも…大丈夫かな…森の中って暗そうだし道に迷ったら…」

「アンタが此処に来るまでに見たのはあくまでも森の幻よ、本来であれば偶像の森ってのはとても穏やかで歩きやすい場所なのさ。もしも道に迷ったり材料を揃えたらこの鐘を思い切り鳴らしな、直ぐにアンタを此処まで連れ戻してくれるよ。」


 エラフィンは再度杖を振り回すと近くの引き出しからハンドベルが一本、チリンチリンと音を鳴らしながら飛び出すと籠の中へとすっぽり納まった。純金のように綺麗な鐘だ、レンリエッタの顔が歪んで反射している。

 だが籠の中にはまだ使い道の分からないものが入っていた。この小汚い手帳だ、革製の小さな手帳…ページは黄ばみ、締めるベルトは緩んでいる…


「質問をしてもいいですか?この…手帳は?」

「あぁ!それはアンタの助けになるだろうさ、所謂ヒントだよ。それを頼りに材料を探すと良い。」

「なるほど…」

「そんじゃ、第二の課題を開始するよ!いってらっしゃーい!!」

「うわっぁあああ!!い、行ってきます!!」


 課題を開始すると宣言した瞬間、レンリエッタは誰かに引き摺られるように後ろへズルズルと引っ張られると、玄関から投げ出され、扉はバタンと閉まってしまった。カゴは浮遊力を失い、レンリエッタの上へドスンと落ちた。

 少々荒っぽいがこれが彼女のやり方なのだろう。


 立ち上がったレンリエッタは籠を片手にメモを眺めた。そしてたった3つの探し物なら容易く見つかるだろうと考え、まずは一番上のキバソウとやらを探す事に。

 メモには『キバソウ3本(必ず根っこ付き!)』と書かれている。


「まずはこのキバソウってのにしてみよう…手帳がヒントだって言ってたけど…」


 名前は知っていても見た目も生えている場所も全く分からないのでレンリエッタは早速手帳の中身を見てみることにした。本当に薄汚い手帳だ、ベルトなんて今にでも取れてしまいそうだ。

 しかし、開いて中を見ると意外にも整った字で色々と書いてあった。


『この手帳を見ている君へ、君が誰なのかは分からないがエラフィン先生に従って色々と助言を書き残しておくよ。まず最初に先生は君におつかいを頼んだ事だろう。キバソウ スクリムルート 巨岩蛙の唾液 この3つだろうね。そして多分君は一番最初にキバソウを探し始めると思うので答えにならない程度にヒントをあげよう。』


 なんだか心の内を見透かされている様な気分になりつつもレンリエッタはページを捲った。するとシンプルな助言が書き残されていた。


『キバソウは湖の近くを好む、それは名を体で現す。』

「シンプルで分かりやすいね。よし、湖を探そう。」


 手帳を閉じ、手に持つ籠に放り込んだレンリエッタは早速、湖に向けて歩き始めた。どこに湖があるかは分からないが、親切な事に近くから水の音が聞こえて来たのでそこへ向かえば良かった。



 思惑通り、明るい森を少し歩けば直ぐに小さな川が見つかった。おそらく川を下れば湖に到着すると考えたレンリエッタはルンルン気分で歩き始めた。

 驚くほどに優雅な一日だ。さながら森でハイキングとでも言うべきだろうか…聞き慣れない鳥の鳴き声や、ポチャポチャとした水の音が耳に心地よく、実に楽しくさせてくれた。


「課題って言うにはお気楽って感じ…まぁいっか!そっちの方が楽しいし。」


 少しばかりデコボコとした道を歩き続け、レンリエッタはやがて湖へと到着した。湖はそれほど大きくなく、走れば5分せずとも一周できそうなくらいだ。たっぷりと青々とした水を貯える様は少し不気味だが、真昼なのでそれほど恐ろしくは無かった。

 辺りを見回し、キバソウとやらを探しながらレンリエッタは湖の周辺を歩き始めた。動物も見当たらず、実に快適だ。太陽も温かく照らしてくれる。


「はぁ~あ、自然がこんなに心地いいなんて知らなかった。ずっと街の中だったから新鮮だなぁ。」


 レンリエッタは物心ついた時からクークランの二流街から出られなかったので自然がとても新鮮に思えた。街の中にこんな草木の生い茂る場所があっただろうか、人の手が加わっていない湖があっただろうか……そりゃ、あったかもしれないが、レンリエッタは見た事が無かった。

 そんな風に思いながら歩いていると、レンリエッタは突如として何かに足を取られて転んでしまった。全くもって油断していたので顔面が地べたとぶつかり、歯が折れそうだった。


「うっわぁッ!?げぇ!!痛ッ……一体何が…うわッ!?なにこれ…」


 一体何に足を引っかけて転んでしまったのかと思い、レンリエッタが右足に目を向けてみると、途端に愕然とした。右足のローファーに草が巻き付いているのだ……いや、巻き付いているのではない…喰らい付いている!

 よく見てみれば緑色の小さなトラバサミのような草がレンリエッタの靴をがっちり噛んでいるではないか。幸いにも足にまで牙が喰い込んでいないので指の心配は不要だが、このままでは先に進めない……しかし…名は体を表すという言葉を思い出せば、その植物の正体が直ぐに理解できた。


「牙が生えた草……あ!キバソウ!これがキバソウなんだ!」


 鋭い牙が生え揃った草、だからこそキバソウ。騎馬でもなく、木葉でもない…牙だったのだ。

 こんなにも早く見つかるとは幸運であるが、どうにもこの状況はいただけない。レンリエッタは必死に藻掻いて草の顎から離れようとしたが意外にもタフなので暴れる程度では太刀打ちできない。


「くぅ~!!この!!…ふんぎぎッ!!……はぁ!だめだぁ……そうだ、手帳…」


 しばらく足掻いたところでレンリエッタは手帳の存在を思い出した。どうにか籠まで手を伸ばし、中の手帳を取り出したレンリエッタは直ぐに先ほどのページを捲り、解決策を探し始めた。

 すると思ったよりすぐに見つかった。助言の次のページに本から切り出された切れ端が貼られてあったのだ。どうやら植物図鑑の一部らしい。


「えーっと…キバソウを収穫する際は必ず、おとり用の動物またはデコイを用意すること…無ければ岩や靴でも良いとする…あぁそうか、靴を脱げば良いのか…」


 手帳を閉じたレンリエッタはスポッと靴を脱ぎ捨て、草の支配から逃れることに成功した。そして今度はこっちがどう料理してやろうかという番だが、力強さを見るにただ引っ張るだけでは抜けないのだろう。

 こういう時はどうすれば良いか……幸運にも、その答えは学校で教わった数少ない授業の中にあった。思い出そうとすれば、すぐにあの憎たらしい教師の顔と陰鬱な喋り方が浮かんできた。


『いいか、よく聞けよ能無し共。根の強い雑草を引き抜く時は周りの地面を掘らないとダメなんだ。周りを掘ったら根ごと掘り上げ捨てちまえ。…はぁ、この雑草と同じくらい簡単にお前等を殺せればなぁ…』


「学校に行っておいて良かった…」


 レンリエッタはあんな授業でも役に立つ事があったとは思いもしなかった。直ぐに近くから丈夫そうな太い枝を持ち出し、ガッ!ガッ!とキバソウの周囲に生える地面を抉り掘り始めた。

 草は靴を噛み千切ろうとするのに必死だったので噛まれる心配はまるで無かった。そして数分掛けて丁寧に周りの地面を抉ると次にその部分へ手を突っ込んで思いっきり引っ張り上げれば、ブチブチ!と音を立ててキバソウは引っこ抜けた。


「やった!!キバソウをゲット!」


 ボコッと引き抜かれたキバソウは途端に元気を失い、萎びたようにヘタレ込むと靴を口から放して地面へ落とした。勝利の余損を感じつつレンリエッタは穴の開いた靴を履き戻し、元気を失ったキバソウを少し観察してみることにした。

 生意気さを失うと妙に可愛く見えるのは何故なのだろうか…


「ははは、こうしてみると可愛いかも……あぎゃァッ!!?いでぇ!!噛んだ!!」


 全然可愛くなど無かった。レンリエッタは指に噛みついて来たキバソウを地面へ叩きつけると、どうにか指を放してもらい、ジンジンと痛みながら血を滲ませる指で手帳を調べた。

 毒が無ければ良いが…


「毒があったらどうしよう………注意、地面から離れてもしばらくは噛み付くので絶対に油断しないこと……噛まれても特に害は無いが、凄く痛い思いをする事になるでしょう……あぁもう!!私ってホントに…!」


 行き場のない怒りと自身に対する呆れからレンリエッタはしばらく悶えたが、すぐに自分を取り戻した。そして地面でぐてりと倒れるキバソウを慎重に拾い上げると土を洗い流してさっさと籠の中に放り込んでしまった。

 幸いにも弱っていたおかげで傷は浅かったので直ぐに血は止まった。指の丈夫さは伊達では無いのだ。


「はぁ…でもこれで一番最初の目標は……あぁ!もう2個集めないといけないんだった…」


 メモに書かれているのはキバソウ3つ。レンリエッタはあともう2個のキバソウを収穫しなければならなかった。

 だがしかし、教訓があれば被害は最小限にとどまり、時間こそは掛かったが無事に2つ、3つ目のキバソウは回収できた。



「はぁ…!はぁ…!よし!!これで3つ…次はスクリムルート!」


 泥だらけの手を湖で洗い、キバソウに所々喰い破られた服で雑に拭ったレンリエッタは次なる目標へと移った。メモによるとご注文は『スクリムルート1本、葉っぱ付き』とのこと。

 スクリムルートなど聞いたこと無いが、葉っぱ付きという言葉を見るに植物の一種だという事はわかった。


「とりあえず手帳を確認すれば良いかぁ…今度はちゃんと全部読もう、うん。」


 レンリエッタは手帳を開き、スクリムルートについて調べた。先人の残してくれたこの手帳は大いに便利である、一体誰が書いたのだろうか。

 パラパラとページをめくり、レンリエッタはスクリムルートについて記されたページを発見した。


『君がまだ湖の近くに居たのなら幸運だ。スクリムルートは湖から西に向かった高台に自生している。注意すべきは偽物だ、本物の近くには大抵偽物が多く紛れ込んでいるものだ。』


「ああ、やった!近くにあるんだ!えーっと……西は…お日様が沈む方向!学校に行っておいて良かった!」


 レンリエッタは陽の傾きから西を確かめると、籠を忘れずに持って高台へと向かって走り始めた。後先考えずに走り出してしまったので、レンリエッタはキバソウに再度足を取られるまで油断しない事を全くもって忘れていた。


 手帳に偽りはなく、散々迷った挙句に高台へと到着した。これ見よがしに他の地面よりポコッと押し出されたようにそびえる高台は上り難かったが、なんとかレンリエッタはスクリムルートの群生地へと辿り着いたのだ。服は泥まみれだし、顔と髪の毛は汗と土でベタベタとしていたがちっとも気にならなかった。


「はぁ……よし!これがスクリムルートかぁ……色々と弄る前に調べておこっと。」


 レンリエッタの目の前に広がるのは地面からピョコンッと生えた数多くの青い花たち。青々としてギザギザした葉が特徴的なそれらこそがスクリムルートで間違いない。

 念のため、再度手帳に目を通したレンリエッタは切り抜きを確かめた。


「なになに…――よく肥えたスクリムルートを収穫する際は必ず花が青いのを確認しましょう、さもなくばあなたは根っこの叫びによって瞬く間に気絶することでしょう――…き、気絶?なんだかヤバそう…」


 叫びやら気絶などの物騒な単語を見たレンリエッタは危険だと判断したが切り抜きにはきちんと「花が青い」と書いてあるので大丈夫らしい。切り抜きよれば花が青いのは完全に熟する目前であり、この期間こそ最も収穫に適しているとのこと。

 叫ぶ場面を見てみたい気持ちもあったが、レンリエッタはとっとと終わらせることにした。見た感じ、偽物も無さそうだしすぐ終わりそうだ。


「これは引っ張れば抜けちゃいそうだな……えいっ!!おぉ!抜けた!!…けど、なにこれ…ほっそ…」


 ちょっと力を込めて茎を引っ張るとズポリと抜けた。しかし、その根はやせ細った粗悪なニンジンみたいであり、ちっとも叫ぶような予兆は感じられない。

 何かがおかしいと思ったレンリエッタはまたしても手帳を開いて切り抜きを確認した。学ばないとはまさにこの事か。


『スクリムルートの周辺にはよく似たマンキャドラモドキという雑草が生えている事が多々あります。同じく青い花を咲かせますがマンキャドラモドキの根はとても細く、使い道などありません。』

「なんだって!?じゃあどうやって見分ければ…」

『見分ける方法は以下のとおりです。よく観察して………』

「あぁもう!なんでこの先が無いの!?……あぁそうか、課題だから答えはダメなんだ…」


 残念ながらそれ以上の答えは丁寧に切り取られ、書かれていなかった。要するに自分で見分けろと言いたいのだろう。忘れてしまいそうだが、これは単なる『おつかい』などでは無く、課題である。

 自分で考え、自分で見分ける必要があるのならそうするまでだ。レンリエッタはたくさん生えた偽雑草を凝視して、ひとつひとつを観察し始めた。


「要するにこれと違うのを見つければ良いってことかぁ。」


 レンリエッタは先ほど引き抜いたマンキャドラモドキを観察して、その特徴を大いに記憶した。青い花、ギザギザした葉、細い根っこ……一瞬、レンリエッタの脳内に『全部抜いてしまえば良いのでは?』という邪な考えが浮かんだが、すぐにその発想は捨てた。

 そんなことしたら自然が可哀想だ、やるとしても……もうちょっとだけ粘ってみよう。


「だいじょうぶ、きっと分かりやすいハズだよ……多分ね…」


 こうして長く、途方もない作業が始まった。

 レンリエッタはひとつ、ひとつの花と草をよーく観察し始めた。少しでも怪しいと感じたら引っこ抜き、確認してみたが…どうにも抜かれるのは細い根っこだけだった。

 葉の形が違う気がする、花びらが欠けている、虫食いの痕が少ない等々……数分経つ頃には手が荒れ始め、数十分後には手のひらが青臭くなり、1時間もすればマンキャドラモドキの山が出来上がっていた。


「あぁ!違う!!……んもう!!これだって違う!!………ぁあああ!!このバカ草め!!」




 そして……レンリエッタは………気が付くとすごく疲れていた。

 青い花畑の上で寝転がり、傾いた陽が照らす空を眺めながら青臭い手で地面を撫でた。その脇には引き抜かれた雑草の山が築かれ、苦行の記録を残している。

 汗で着ていた服が肌にベタ付く感触がよく分かり、裾の部分はペタンと垂れている。こんなに疲れたのは久々だ…


「はぁ………よーく観察しろって言われても…どれも同じものばっか……魔法が使えたらなぁ…」


 そう言いながらレンリエッタは寝返りを打ち、汚れるのも厭わずうつ伏せで花畑を眺めた。あれだけ無慈悲に引き抜いたと言うのに青い花はまだまだ…数え切れないほど咲き乱れているではないか。

 やはり後先考えずに全部引き抜いてしまおうか、なーんて考えていると…


「あは、太陽でお花が光ってる…きらきら………キラキラだ!!」


 レンリエッタは花がキラキラと光っているのに気が付いた。その煌めきは陽が照らすようなものではなく、過去に幾度となく見た事のある光だ。

 すぐにその花がただものではないと判断したレンリエッタは急いで立ち上がるとその茎を掴み、引っ張り上げようとした。…すると重い、すごく重い。


「ひんぎぃー!!…はぁ!すごく強い根っこ……きっとこれがそうに違いない!!」


 そこからの判断は早かった、レンリエッタは高台を見回したが枝が無いのを確認すると素手でザクザク地面を掘り始めた。爪の間に土が入り、手の節々がピリピリと痛んだが、すぐに太い根の一部が姿を現した。


「よし!あとは……ふんぐぉおお!!」


 十分に掘ったと確認したレンリエッタは両手で力いっぱい引き抜き始めた。顔が真っ赤になり、腕が取れそうになったが持てる力全てを出した。絶対に魔法使いになってやるという決心もあった。

 そして…


「ぎぃぃぃいいっ…!!………うおぉう!?」


 次の瞬間、ズッポンッ!!と周囲の土を撒き散らしながら豪快にそれは引っこ抜けた。急に抜けたのでレンリエッタは勢いあまって尻もちをついたが、ついにやった。

 引き抜いた獲物を確認してみると、丸々と太った…とても立派な汚いカブのような根が腕に抱かれていた。手足のように伸びた奇妙な根や、しわくちゃの顔もついていたが間違いなく…これこそがスクリムルートだ。


「わぁ!立派だなぁ……でもやった!あとはひとつだけだ!」


 これにて葉っぱ付きスクリムルートの調達は完了。

 あとに残すは…ただひとつ……その前にレンリエッタは収穫した根を籠に仕舞い込み、雑に服で手を拭ってからメモを確認した。


「よぉーし!どれどれ…残すは……巨岩蛙の光る唾液かぁ………す、すごく危険そうなのが最後に来ちゃったなぁ…」


 最後、3つ目の注文は『巨岩蛙の光る唾液を瓶一本』とやらである。巨岩と蛙、それに加えて唾液とは…植物に比べてこちらは随分と手間取りそうだ。

 なんと言っても館を出てから蛙はもちろん、動物らしい動物など一匹も見かけていないのだ。鳥も鳴き声こそするが姿を見ていない…

 レンリエッタは手帳を開いてヒントを確認してみると、切り抜きは無く、ただ一言書かれていた。


『蛙の唾液は常に流れている』

「え、えぇ!?それだけ!?ひどいよ……何処に居るかも教えてくれないなんて…でも、自分で探さないとダメかぁ…」


 今までのヒントに比べてかなり質素極まりないが「最後くらいは自分で探せ」という事だろう。レンリエッタはカエルという生き物に関して知識はあまり無かったが、なんとなく水辺に居そうだと考えた。

 なのでレンリエッタは重い籠を持ち、湖のあたりをもう一度探し始めることにした…




 場所は変わり、魔女の邸宅ではグリスとエラフィンが茶を片手に色々と話し合っていた。話題と言えばレンリエッタのこと、人間の世界について、レンリエッタのこと、魔法道具について、修行と稽古のこと、そしてレンリエッタのことである。


「なるほどねぇ、役所に追い返されたから予定より早く来たのかい。」

「はい……エラフィン様は…お嬢様と師弟関係を結んでくださるのですよね?さもないとお嬢様は奴らに捕まってしまいます…」

「それはあの子次第だよ。ここに残りたいって言うのなら面倒見るさ…けど、あの子には家があるんだろう?なんと言ったかしら…えーっと……メガクロス?」

「ウェアクロースでございます。奥様の実家ですが……はっきりと言いますと、あまり良い処ではありません。ペンスーン様の奥様は大層なヘルド嫌いでございますのでお嬢様に対する扱いも酷いんです…」


 グリスの話を聞いてエラフィンは「そりゃ面白いね」と言って笑ったが、彼は「面白くありません!」と答えた。少々過保護が過ぎる様な気もするが、彼なりの気遣いなのだろう。

 エラフィンはレンリエッタに帰る意思が無いなら弟子に取ると言うが、本人に帰宅意志など無かったので答えはもう決まっているも同然だ。

 二人が話し込んでいると、壁に飾られた魔除けのひとつがガチャガチャと音を立て始めた。もうすぐ陽が暮れ始める合図である。窓から見える空の模様も段々と暗くなっていた。


「おや、もうすぐ日が暮れるね」

「なんと!いけません!!直ぐにお嬢様を迎えに行かなくては!」

「慌てるんじゃないよグリス。あの子には鐘を持たせてある、言われた事を守るだけの頭があるなら鳴らすに決まってるさ。……けど、あれは急ぎで作ったものだからねぇ…ちゃんと機能するかね…」

「な、なんていい加減な…!エラフィン様!あなたはそれでも…!」


 チリンチリン…


「お?この音は…」


 グリスが何かを言おうとした瞬間、チリンチリンと音が鳴った。エラフィンはティーカップから口を離すと、部屋の中央に視線を向けた。

 すると部屋がガタガタと震え出し、中央に敷かれたカーペットが光り始めたかと思えば…


「うわぁあああ!!?…いでぇ!?ハァ…はぁ…!あれ、着いたの?」

「あぁ!お嬢様!!なんて姿に!!」

「あははは!どうやら鐘はバッチリ機能してくれたらしいね!」


 その瞬間、レンリエッタが部屋の中央にボンッと現れ、ドスンッと床へ落ちた。泥まみれのレンリエッタは部屋をキョロキョロと見回し、しばらく自分が帰って来た事に半信半疑の様だった。

 しかしグリスが直ぐに起き上がらせ、色々と語り掛けて来たところで「この鬱陶しさは本物」だと理解した。


「あぁなんてお姿に!髪の毛も…顔も!泥まみれではありませんか!手だってこんなに…お召し物も穴だらけでございます!お怪我は!お怪我はございませんか!?」

「ちょ、ちょっと落ち着いてよグリス…私は大丈夫。体中が疲れて痛いけど、ちゃんと立ってるよ。」

「はいはいはい!構うのはそこまで!!まずは成果を見せてもらおうじゃないか。」

「はい!どうぞ!!ちゃんと全部揃えて来ましたよ!」

「なんだって?本当に全部揃えたのかい?」


 再度グリスを魔法で黙らせたエラフィンへ、レンリエッタは重い籠を差し出した。全部揃えたと聞いて彼女は驚いた様子だったが、中身を一つずつ確認するとウムウムと頷き、聞いた。


「見た感じは揃ってるね、どうやって揃えたか教えてもらおうじゃないか。」

「もちろん!まず最初にキバソウはね、歩いてたら…」


 自信満々にレンリエッタは自分の話を聞かせた。キバソウは靴を噛ませて根っこを掘り上げ、スクリムルートはキラキラとした光を頼りに抜いたこと。

 もちろんそれまでに経験した手痛い思い出も話したが、それを聞いたグリスが何やら心配そうな声を漏らしていた。


「なるほど、残光を見たんだね。アンタは生まれながらの魔法使いってことだ。」

「えへへへ…」

「それじゃあ最後に…巨岩蛙の唾液はどうやって集めたのか聞かせてもらおうか?」

「それが一番大変だったよ!なんたってカエルなんて一匹も見当たら無かったし、手始めに湖の近くを探したの。でも魚も居なくて…どんどん川を上って行って、気が付いたら上流まで行ってて…」


 レンリエッタは最後に集めた唾液に付いて説明した。

 まず湖の周辺を探したがカエルも魚も見つからず、川を上りながら探していると気が付いたら上流まで向かっていたのだ。上流には水が湧く大岩が鎮座しており、その大岩には…


「気持ち悪いカエルの絵が彫られてて、これだ!って思ったの。」

「それで湧水を持ち帰って来たってことかい?」

「うん……えぇーっと…もしかしてハズレ?」

「……いいや!大正解だ!アンタは引っかけに掛からなかったどころか、今までの誰よりも早く3つを揃えたんだよ!」

「じゃ、じゃあ!!今度こそ…!」


「ああ!レンリエッタ、アンタを正式に弟子として認めるよ!」

「や、やったぁ!!」


 なんとレンリエッタは今までエラフィンの弟子として課題を受けた誰よりも早く3つの材料を集めて帰って来たのだ。もちろん結果はクリア、めでたく弟子入りを認められた。

 強い達成感と歓喜に身を震わせ、大いに喜ぶレンリエッタは途端に疲労が全身を襲って来た。安心感のせいか、体がガクンと倒れそうになってしまった。エラフィンが支えてくれたおかげで倒れずに済んだ。


「おぉっと!倒れるのは風呂に入ってからにしな!そんな汚い恰好で寝かせられないよ」

「お風呂に入っても良いの?やったー!……けど、着替え持ってないや…」

「持ってなくとも好きなだけあるさ。今までの弟子の中には女もたくさん居たからね、ちょっと古臭いけどアンタでも着れそうなのはちゃんと残ってるよ。」

「服をたくさん着れるなんて…凄く嬉しい!」

「ならさっさと風呂に入るんだね、着替えはそこの廊下を右に行って一番奥の部屋だよ。その向かいにあるのが風呂場さ。」


 エラフィンが説明するとレンリエッタは直ぐに部屋へと向かって走り始めた。静かになった部屋でフガフガと藻掻いていたグリスもようやく解放され、すぐにレンリエッタの後を追おうとしたが、エラフィンによって呼び止められた。


「おっと!グリス、アンタには話があるよ。」

「おや…私めに話など……悪いことでしょうか?」

「まさか、レンリエッタを弟子にする間、アンタを私の従僕として扱き使ってやろうかと思ってね。あの子の面倒を見るんだからそのくらいは当然だろう?」

「なんと!私にエラフィン様の執事になれと言うのですか!?」


 言うなれば交換条件だった。師としてレンリエッタの面倒を見る間、グリスはエラフィンの従僕として扱き使わせてもらおうと言うのだ。

 ハッキリ言ってエラフィンという存在をよく知っているグリスは断りたい気持ちでいっぱいだったが、共々お世話になるためには断る権利など無かった。


「良いでしょう……ですが、基本的にはお嬢様の方を優先させていただきますよ?」

「まぁそれがアンタの忠誠心なら仕方ないね。ちょうど便利な手駒が欲しかったところなんだ、最近新しい家業を始めたもんでさ。」

「何やら嫌な予感がしますが……詮索はやめておきます。」


 渋々グリスが了承した事により、二人まとめてエラフィン邸で世話になることが決定した。レンリエッタはグリスと一緒に此処で修業を受けられ、グリスはレンリエッタを見守る事ができ、エラフィンは二人を手中に収める事が出来るのだから全員が満足できる展開だ。


 その晩はレンリエッタの弟子入り記念に取って来た材料でエラフィンお手製のスープが振舞われた。刻んだスクリムルートをキバソウの出汁で煮込み、余分な調味料を加えず豪快にグツグツと煮込んだものだ。

 三人はそれを味わった結果、翌日からグリスが炊事を任される事となった。夕飯の席で最も評価が高かったのは湧水のお冷だったとさ…


つづく…

オマケ:植物図鑑


【キバソウ】

『半植物界、ニセアマカズラ目、カミツキゴケ科、キバクサ属に分類される肉食植物。別名はコロシバフ、アラシュトラップ。主に水場の近くに自生しており、見た目は大きめのハエトリソウと言った感じだがどんなに小ぶりでも顎力を侮ってはならない。通常時は口を開けてトラバサミのように待機しており、甘い匂いを発して虫を誘い込む。喰われた虫は徐々に溶かされて吸収される。この手の植物には珍しく活発的であり、動物だろうが噛み付いて出血させたり肉を抉り取る強さを持つ。山菜採りに出掛ける際は水場付近では常に目を凝らしておいた方が良いだろう。利用としては食材や民間薬に用いられる。古くから食欲不振に効果があると言われ、旬である春から梅雨に掛けて採取される。花言葉は強引な愛、執着、出会い。』

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