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第5話『その名はグリス』

 チリンと鳴ったドアベルに振り返った三人が目にしたのは白いスーツに白いシルクハットを深くかぶり、ひょろ長な手足の細い悪魔だった。片腕にステッキを引っかけて丁寧に帽子を脱いだ彼は言う。


【遅れてしまい申し訳ございません…ですが(わたくし)め、きちんとお迎えに上がりました。】

「ギャァァァアアア!!!」


 まず最初に声を出したのはミシェン。彼女はいつの間にか背に立っていた悪魔に対して喉がつんざけるような叫び声を上げて部屋の隅へと逃げ去った。

 次にペンスーンがギョッとした顔で彼に対して構えたが、特に意味はない。レンリエッタは来るはずがないと思っていた迎えに対して喜ぶべきか、それとも驚くべきなのか分からずに固まっていた。

 叫び声が上がった後は本当に静かだった。だがしばらくするとペンスーンがようやく口を開いた。


「だ、誰だお前は!?何しに来たんだ…不法侵入だぞ!」

【これはどうも、お久しぶりですペンスーン様、少し見ない間に随分と…お老けになられましたね?】


 悪魔はペンスーンの事を知っている様子だが、本人は断じて相手を知らずに怯えているようにしか見えない。レンリエッタは上手く言葉が出なかったが、ようやくひねり出した言葉は疑問であった。


「あの……誰なんですか…?」

【これはこれは…この間は名乗れず申し訳ございませんでした、なんせ規則は規則でしたので……改めまして私めはグリスと申します。ヘイルホーン家に仕えていた…いえ、今も仕える従僕でございます。】

「へいる…ほーん?」

「なにッ!?ヘイルホーンだと…!貴様アイツ等の手下だな!!」


 悪魔はグリスと名乗った。ヘイルホーン家に仕える従僕だと自称したが、レンリエッタはそんな彼が一体なぜ自分を迎えに来たのかがまるで理解出来なかった。

 だがヘイルホーンという名を聞いた瞬間、ペンスーンが感情を爆発させたかのように声を上げた。彼はそれまでの怯え様から一変してグイグイとグリスへ詰め寄った。口ひげがぶるぶると怒りで震えているのが分かった。


「何しに此処へ来やがった!ここは人間の世界だ!お前等が居るべき場所では無い!!」

【どうか落ち着いてくださいませペンスーン様。私はレンリエッタ様をお迎えに上がって来ただけでございます、お嬢様を連れたら直ぐにでも此処を離れますので…】

「お、お嬢様?それって一体どういう事なの?」

【なんと!知らないのですか?私はてっきりあなた様がもうご自身の出自について知っているのかと…】

「レンリエッタ!部屋へ戻れ!!さっさと戻るんだ!!」


 グリスはレンリエッタの事をお嬢様と言い始め、レンリエッタはまるで疑問が尽きなかった。ペンスーンは何度も部屋へと戻れと命令したが、まるで聞く耳など無い。

 グリスは少し悲しそうな声で説明し始めた。


【あなた様は魔法貴族、ヘイルホーン家の血を引く末裔なのです…】

「き、貴族…!?」


 貴族と聞いたレンリエッタは上手く頭が回らなかった。貴族というのはキラキラとした人達の事ではないのだろうか、自分のようなみすぼらしい者が貴族なわけない。

 なので何かの間違いだろうと思ったが…


「きっと何かの間違いじゃないんですか?わたし、貴族なんて…」

【まさか!お嬢様の顔は奥様そっくりでございます!それにその髪色…おばあ様譲りの綺麗な銀髪に間違いはありません。】

「奥様…?それって私のお母さんってこと…?」

【ええ、奥様は…】

「やめろ!!その話はするな!!」


 グリスが奥様、つまりレンリエッタの母親について語ろうとした時、ペンスーンは声を遮るように大声で怒鳴った。あまりにも急で大きな声だったのでグリスもレンリエッタもビクッと口を止めてしまった。ミシェンはもう奥の部屋に籠って鍵まで掛けていた。

 ペンスーンは明らかに顔色が悪い、なぜがゲッソリとしているようにも見えた。


「誰も…連れて行かせてたまるか…帰るんだ!このクソ悪魔め!!」

【いいえ、帰りません。お嬢様を連れて行きます。】

「それでどうするつもりだ!またくだらん魔法でも教えようって言うのか!」

「魔法…?」


 またもやレンリエッタの頭には疑問が過った。魔法とは何なのだろうか、おとぎ話に出て来るような光る妖精の呪文か何かなのだろうか?少なくともペンスーンが真面目に口にするような事で無いのは確かだった。

 だが彼らは大真面目そのものである。


【くだらなくありません。大魔術師()()()()()()の教えを受ければ、お嬢様は必ず偉大な魔法使いになります。】

「ふざけるな!!それで一体どうなったと言うんだ!!ばかげた魔法とやらのせいで…アイツは……シャメリカは…死ぬ羽目になったんだぞ…!」

「シャメリカ…?」

【奥様の事でございます……そして…ペンスーン様は…奥様の…】

「…シャメリカは俺の妹だ」

「え、えぇ!?妹!?じゃ、じゃあ……伯父さんだったの…?」


 ハッキリ言って今日一番驚いた情報だった。自分が貴族だった事よりも、母親の名前がシャメリカだったという事よりも、何よりもペンスーンが自身の叔父であったことにレンリエッタは酷く驚いた。

 てっきり自分の親族は存在しないものだと思っていたので本当に衝撃的だ。だが彼の死んだという言葉にレンリエッタは一気に悲しくなった…もう感情でパンクしそうだ。


「死んだってどういうこと?何があったの?まるで意味が分からない…」

【何から説明すれば良いか……本当に…本当に悲しい出来事だったんです…王宮魔術師として王に仕えていた旦那様は素晴らしい人でした…なのにある夜、お嬢様が生まれてから1年も経とうと言う時に………奥様と共に殺されてしまいました…】

「殺された…って一体誰に…?」

【殺したのは他でもありません、王による刺客でございます。当時の王は強い呪いを受けたせいでありもしない反逆を恐れていました…そして彼は強い力を持つヘイルホーン家に目を付けたのです。本当に悲惨な出来事でした……何百という兵が屋敷へ押し入り、使用人諸共残酷に殺し回ったのです…旦那様は奥様たちを守るために尽力しましたが……強大な相手を前に…敗れてしまいました…間もなく奥様も……そして残ったのはあなた様と…そして…】

「そして…?」

【お坊ちゃん……つまり、兄上のみでした…私はエラフィン様の助けを受け、お二人を連れてどうにか逃げ出す事が出来ました…そして刺客の届かない人間の世界、この家へと幼いお嬢様を託したのです…】


 話を聞いたレンリエッタはもう何から整理すれば良いか分からなかった。

 まず最初に家族は全員死んでいる…いや、兄とやらが居るらしいが…


「私に兄弟が居るんだよね?」

【ええ、お坊ちゃんが……居ました…】

「居ました?……それって…まさか…」

【本当に悲しいのですが…お坊ちゃんは消息不明でございます……7年前、魔法を学びに出掛けると言い残してから今も見つかっておりません…私は5年を掛けて捜し続けましたが今もまだ消息はつかめておりません…】


 それを聞いてますます悲しくなった。もはやレンリエッタの家族は一人残らず居なくなっている。厳密に言えば伯父であるペンスーンやいとこのベリーとメルキンも親族として見れば家族だが…

 グリスは話を終えるとウルウルと涙で溢れた黄色い瞳を懐のハンカチで拭い取った。レンリエッタも悲しむべきだろうと考えたが、どうしても会った事も記憶にも無い家族になど涙は流せなかった。

 とりあえずレンリエッタが知りたかったのはこれからどうするかである。今日は疑問ばかり出る日だった。


「ねぇ…私、どうすれば良いの?」

【一緒に我々の世界へと来てください、エラフィン様がお待ちでございます。お嬢様が14歳になった暁には立派な魔法使いにするとずっと前から旦那様と約束していたのです。】

「大丈夫かな…私、魔法使いになりたいけど…いまいち分からない、魔法って何なの?本当にあるの?」

【ええ、ありますとも。実を申しますと私めの手品も魔法の道具を使用したインチキなのでございます…魔法抜きで出来るネタはせいぜいコイン隠し程度なのです…】

「じゃあ行く、私魔法使いになりたい!なにより此処から出たい!!」

【ああお嬢様…!なんと嬉しき返事!ではさっそく…】

「いかせるものか!!レンリエッタは渡さんぞ!!」


 レンリエッタはもうこの場所に一切の未練も無く行きたいと言った。グリスの瞳が少し潤み、彼は心の底から嬉しそうな声を出したが決してすんなりと出ていけるはずも無かった。

 ペンスーンはそれまで黙りこくっていたのを突き破る様に怒号を上げ、レンリエッタの腕を掴んで行かせるものかと凄んでみせた。みちみちと強く握られる腕にレンリエッタは痛そうな声を上げた。


「い、いたい…!離してよッ…!」

「魔法などとは縁を切らせてやる!もうたくさんだ!!魔法もヘイルホーンの奴らもクソくらえ!!」

【なんですって…?】

「ロクデナシでクソの血筋にレンリエッタなど渡すものか!!」


 ペンスーンがクソくらえと言った瞬間、明らかにグリスは声色を低くした。そして次の瞬間、彼は恐ろしい姿へと変わろうとしていた…

 黄色い瞳は真っ赤に染め上がり、両手の手袋を突き破って長く鋭い爪が飛び出した。ぐるぐるという犬が唸るかのような低い声を出し、もうその姿は悪魔とも呼べない怪物そのものへと変わろうとしている。

 ペンスーンは恐ろしさに手を離し、自由になったレンリエッタは大惨事になる事を恐れて、慌てて止めに入った。


「抑えて!まずいよ!!やめてってば!!」

【うぅうぐ……申し訳ございませんお嬢様…旦那様を侮辱されるとつい怒りで抑えが利かなくなってしまうのです…】

「執事ならもっと弁えてよ」

【ええ、そうでございますね……本当に…】


 幸いにもグリスは直ぐに落ち着きを取り戻し、目は黄色に戻り、爪はスルスルと引っ込んで破れた手袋以外は元通りになった。かなり恐ろしかったが忠誠心は本当に高いようだとレンリエッタはある意味感心した。

 しかし、このまま大人しく出られるはずもなく…騒ぎを聞いたベリーとメルキンが降りて来た。


「ねぇさっきから一体何が……ひぃい!?あ、あんたは…!」

「姉さんどうしたのさ?…うん?うわぁっ!!?なにこいつ!?」

【おや、義姉様たちでございますね。】


 当たり前な事に二人は店にやって来たグリスに対して驚いた。特にベリーはパレードの日に叩かれた事もあってか、グリスの姿を見た途端にバタバタと部屋へ走り戻ってしまった。一方でメルキンは口をあんぐりと開けて固まっている…虫が口から入ってしまえば良いのにとレンリエッタは思った。


【さて、そろそろドロンのお時間です…お嬢様、さきほど上階の部屋を覗きになられたのですが、お荷物は見当たりませんでした…お荷物は何処(どちら)へ?】

「ううん、私何も持ってないから纏める物なんて無かったよ。」

【左様でございますか。では、着の身着のまま向かいましょうか。】

「いいや!逃がさないぞ!!貴様らは一歩もこの店から出さんぞ!!」


 ごく当たり前のようにドアから出て行こうとする二人にペンスーンは声を荒げて止めた。あっという間にドアの前へと立ちはだかると、ここから一歩も通してなるものかと構えて見せた。

 どう見ても対格差でグリスに負けてしまうのが目に見えていたが、グリスは暴力を好まない様子だ。わざとらしく【こまりましたねぇ】と漏らすと、毛のあふれだす胸元をごそごそとまさぐり、一個の道具を取り出した。

 それは香炉のようなもので、手元に収まるサイズの穴が開いた金属のケースだった。


【お嬢様、少しばかり危険な手を使いますが……よろしくて?】

「えーっと…もちろん!でも誰も怪我させないようには出来ないの…?」

【ご安心ください、そのおつもりですから。】


 そう言うと同時にグリスはケースの突起部分をカチッと指で押した。すると瞬く間に白い煙がブワーッと広がり始め、あっという間に部屋中を満たしてしまった。

 濃密な煙が視界全てを奪い、右も左も分からないレンリエッタは毛むくじゃらの手が自身の手を優しく包むのを感じると共にグイッと引っ張られる感覚が全身を襲い、その瞬間パリーンッ!!ガッシャーンッ!!という騒音が耳をつんざいた。

 ギュッと閉じていた目を開くとレンリエッタは大通りの石畳みの上に立っており、その背には煙が立ち込めるテーラーが見えた。しかしショーウィンドウは粉々に砕け散っており、その破片が地面に散らばってキラキラと輝いていた。


【お怪我はございませんか?】

「う、うん…ぜんぜん平気…けどガラスが…」

【申し訳ございません…扉が塞がれていたのでこれしか思いつきませんでした。】


 グリスはレンリエッタに怪我がないと確認するとパラッと服に纏わり付いたガラスの破片を振り払った。レンリエッタは不思議なくらいに無傷だ、ガラスを突き破ったのに肌どころか服のどこも切れていなかった。

 そして当たり前だがこんな大騒ぎを起こしてしまったので大通りに居た人々は何事だと確認しにやって来た。多くなって来る視線と衛兵が近付いて来るのを見てレンリエッタが不安に思っていると、店の中からドアを開けて飛び出して来たペンスーンが言った。


「人さらいだ!!あの悪魔がうちの子供を連れて行こうとしている!!」

「なんだって!?人攫い!?おい止まれ!!そこの…そこの細い不気味な悪魔め!!」

【おぉっと…これはマズい事になってしまいましたねぇ…】

「どうしよう!?グリス…」


 人攫いと聞くと、衛兵たちは直ぐに担いでいたライフルを構え始め、人々は遠ざかりながらも熱心な視線を送っていた。レンリエッタは冷や汗を流してどうしようと聞くと、グリスは優しい声で【ご安心を】と言い、もう一言。


【お嬢様、高い所は平気でございますか?少々…スリリングな方法で逃げますが。】

「な、なんでもいいよ!早く行こう!!」

【そうですか……ならば行きますよ、手をしっかり握っててくださいね?絶対に離してはいけませんよ?】

「う、うん…!」

「おい!何を企んでいるか知らんがそれ以上動いたら撃つぞ!!」

「馬鹿野郎!撃つな!!あの子供が見えんのか!」


 レンリエッタは差し出されたグリスの右手をギューッと握り込むと、彼もその手を強く優しく握り込んだ。そして杖を左手で持った彼はトンッと足元を突くと、次の瞬間二人は下から吹き荒ぶ猛烈な上昇気流によって空高く飛び上がった。

 周囲の建物を大きく飛び越え、レンリエッタの視界は瞬く間に二流街の街並みで埋まった。夕日が照らす街の景色はこんな状況でなければ楽しむことが出来ただろう…今のレンリエッタに出来る事は精一杯グリスの手を掴んで振り落とされ様にする事だった。


「うわぁああああ!!と、飛んでる!空を…!」

【飛び上がってるのですよ。目的地までは屋根を伝って行きましょう、ちょっと遅刻気味ですので急ぎますよ。】

「屋根を伝って?…うわぁあ!!お、落ち…!」


 空の景色も束の間、レンリエッタは足元に迫る瓦屋根に足が砕け散る惨状が目に浮かんだが、足が屋根に付く寸前で体がふわりと浮かび上がり、事なきを得た。

 しかし休まる暇もなく、グリスはレンリエッタの手を引っ張って屋根を走り始めた。不安定な足場だと言うのにグリスはうまいこと走り抜けるのでレンリエッタは足をバタバタと動かすだけで良かった。

 このまま目的地にまで着けば良いが、そのような望みも叶う事は無く、二人の背でボンッと音を立てて何かが打ち上がった…レンリエッタが後ろを振り返ると、空に赤い狼煙がモクモクと浮かんでいた。


「あぁ!まずいよグリス!赤い狼煙が上がってる!!」

【赤い…なんですって?どういう意味なんですか?】

「レベル3の緊急事態ってことだよ!前に学校で聞いたことある…ひどい悪人が逃げた時に使うサインで…()()()()()()()()()ってことだよ!」

【なんと!ですが、こちらにはお嬢様が居りますのでそう易々と発砲など…】


 その時だった、レンリエッタの足元でパキューンッと瓦が弾けて割れた。足を止めずに二人が視線を下へ降ろしてみると何人かの兵士がライフルでグリスを狙っているのが見えた。

 もう兵士たちはレンリエッタの安否など気にせず、軍全体のメンツにかけて始末しようと言うのだ。赤い狼煙が上がる時、恐怖するのは決して犯罪者だけではない…その人質すらも命の保証はされないのである。

 またしてもレンリエッタの足元でピュンッと弾丸が弾け、瓦を撃ち割った。


「キャァッ!?」

【なんて奴らだ!もう我慢なりません!!こうなればアレを使うしかありませんね!】

「何を使う気なの?まさか銃で応戦したり…しないよね?」

【いいえ、暴力は下品ですので】


 そう言ってグリスは胸元からカードの束を取り出すと、バッと空に向かって投げた。カードは空中でパラパラにばらけると、ボンッと音を立てて鳥に変身した。カラスにハトにオウムやフクロウ、様々な鳥たちは兵士たちに向かって急降下するとバサバサと音を立てて襲い始めた。

 暴力は下品だと言っている割には随分なやり方だとレンリエッタは思った。


【さぁもうすぐですよ!下に降りますからね!】

「え!?下に!?ひぃいい!!」


 兵士たちが鳥に気を取られている間、二人は建物の隙間へと飛び込んだ。地面に激突するかと思われたがまたしても二人の身体はふわっと一瞬だけ浮かび上がり、安全に着地した。

 レンリエッタは思わず手を離してドキドキと脈打つ心臓を落ち着かせようと深呼吸を幾度か行った。そしてようやく落ち着いて来た頃に辺りを見回して、此処が奇妙な場所だと気が付いた。

 二人が立っているのは建物の隙間の空き地であり、四方を建物が塞いだ…所謂デッドスペースであった。出入りできるような道はなく、一番近い窓は何十メートルも上にあった。

 レンリエッタは呆気に取られてしばらく周りを眺めていると、その時ひとつの声がふたりの耳を鳴らした。


「お疲れさん、随分と派手にやって来たね。」

【これはどうも……ヘンデニール様…でよろしいですね、此処では?】

「ああ、そう呼んでくれたまえグリスくん。そして…レンリエッタくん?」

「はぁ…はぁ…えーっと…はぁ…どうも…」


 ヘンデニールと言う名らしい相手は如何にもな…魔法使いと言った姿の若者であった。青い髪に白いローブを着込み、右手にはデカい宝石が付いた杖を持っている。そして何と言っても無視出来ないのは額に生える真っ白な角…彼は悪魔だった。

 レンリエッタは息を何度か深く吸っては吐いて、呼吸を元に戻すと色々と聞きたい事が浮かんできたが喉に出てきた言葉はひとつだけだった。


「あなたは…一体誰なんですか?」

「僕はヘンデニール…と名が通っている者だ。見ての通り、魔法使いだけど君からすれば変な格好をした奴って印象の方が強いだろうね」

「うん…」

「正直だね……まぁいいさ、僕の仕事は君とグリスくんを僕たちの世界…つまりヘルドの世界へと通す事だ。君たちの言い方で言えば魔界とも言われるし、悪魔の世界とも呼ばれる場所さ。」

「悪魔に世界なんてあったの?」

「もちろんだよ!君はもしかして僕たちが木から生えてくるとでも思っていたのかい?」


 彼の言葉を聞いてレンリエッタは悪魔が何処からやって来るのか分からない事に気が付いた。学校では教えてくれなかったし、周りに教えてくれる物好きも居なかったので知らなくて当然である。

 ヘンデニールの言葉に参っていると、グリスが少し落ち着かない声で彼へ話しかけた。


【あの…ヘンデニール様、出来ればすぐさま向かいたいのですが…】

「おっとごめん…僕からも色々と募る話はあるけどさ、まずはあっちに行かないとね。ゲートを開けるから二人とも離れてて、言っとくけど非合法だから失敗しても文句は言わないでよね?なーんてね!!」


 悪い冗談に生唾を飲み込みつつもレンリエッタはグリスと共に後ろへ下がると、ヘンデニールは杖を壁に向けて何やら言葉を唱え始めた。その言葉はどうにも上手く聞き取れず、人間の口から出せるような物でも無いような気がした。

 すると間もなくして、バチバチと派手な音を立てて壁に光の輪が浮かび上がり、その輪の内側が激しく光り始めた。彼の満足げな顔を見るに上手く繋がったらしい。

 レンリエッタはもう夢中になってその輪に目を向けていた。


「わぁ~あ…これが…魔法の力…」

「そうだよ、これが魔法さ!この素晴らしい空間魔法についてしばらく知識を垂れ流したいところだけど…まぁ今は急ぐべきだろうね!」

【ヘンデニール様、ありがとうございます。このお礼は後ほど…】

「気にすんなって!ちょいとばかり魔法を唱えるだけで礼なんて貰ってちゃオイシ過ぎるだろ?」

「私からも、ありがとうございます…まだ会ったばかりだけど…」

「まさか!君とは随分と昔に会ったよ!まだ…そうだね、君がお母さんのお腹の中で……おおっと!いけない!さぁ早く行くんだ!もう上の奴らは感付いてる頃だよ!」


 ヘンデニールは色々と話したそうな感情を抑えて二人をゲートの方へと促していった。レンリエッタは魔界への入口を前にして少し怖気づいたが、グリスに肩を叩かれて勇気が湧いて来た。

 それどころか好奇心も湧いて来た、この先にどんな景色が広がっているのかと考えれば心が躍ってくる…


【さぁ行きますよ…大丈夫ですね?】

「うん!」

「…あぁーっと!そうだった!レンリエッタくん!!言い忘れてた!!」


 レンリエッタが足を踏み入れようとしたその時、慌ててヘンデニールが後ろから呼び止めた。

 何事かと思って振り返ってみると彼はにっこり笑って一言。


「お誕生日おめでとう!」

「…ッ!ありがとう!」


 初めてレンリエッタは心の底から嬉しくなるような祝いの言葉を受け取った。それを聞いたグリスは【しまった!】といったような表情を浮かべた…どうやら忘れていたらしい。

 すっかり胸が温かくなったレンリエッタは先ほどよりも力強く、ゲートに足を踏み入れた。ブオンッと音を立てて足は吸い込まれて行き、その勢いで体全体が呑み込まれた。


 生まれてから14年、レンリエッタは久方ぶりに自分の生まれた世界へと帰郷した。


つづく…

オマケ


【少女、悪魔に誘拐される】

引用:ある日の号外

『クークラン警備省は今朝、二流街のシープ通りに住む14歳の少女が身分不明の悪魔によって誘拐された事を発表した。誘拐された少女は『レンリエッタ・ウェアクロース』、身長は160㎝ほど、痩せ型で髪色は白色。容疑者の身長は200㎝以上で非常に細く、白いスーツに白いトップハット。二流街の警備長ファグラ・ヒェンライス氏は誘拐の動機、およびその消息は現在不明であり調査中だとコメントした。目撃者によると大量の鳥が人々を襲い、容疑者は少女を乱暴に連れ回して屋根を飛び回ったとのこと。被害者家族であるウェアクロース家の人々は現在メディアに対して取材を拒否している。』

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