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第45話『入学試験』(第1部最終話)

 指輪の一件から一晩が経ち、レンリエッタはすっかり回復していつも通り元気に飛び起きたのだがゆっくりしているような時間は無かった。今日から毎日がうんと忙しくなるだろう。

 なぜならば魔法学校への入学試験まであと一週間ほどしか無いのだ。試験の準備を考えれば残された時間は本当に惜しみなく使う必要がある。

 レンリエッタは一瞬、全部が夢なのではないか?という考えが頭に浮かんだが机の上に置かれた入学案内が現実であることを再認識させた。


「学校かぁ…」


 レンリエッタは案内書を手に取り、胸の中で騒ぐように感情を躍らせた。

 学校とだけ聞けばかつて通っていた『ストンハイツ校』が思い浮かぶのだが、このマクスロッド魔法学校はそんな最低な場所とはどう繋げても無縁な場所である。なんたって魔法と付くのだから絶対に悪いものでは無いだろう。

 陰湿な教師とは顔を合わせないで済み、ギトギトした机も無し、何より自分を仲間だと思ってくれる友達が居る。授業も退屈…ではあるかもしれないが、魔法を学べるなら大歓迎だ。


「今日から試験まで気は抜けないや…早く支度しないと!」


 そう意気込んだレンリエッタはすぐに着替えるとゲージの中でぐうぐうと眠り込むエヴィの皿にペレットを山盛りにしてから下へ降りた。

 一階の廊下へ出てみると香ばしい匂いが鼻をくすぐり、途端に腹が減って来たのを感じた。グリスが今日も朝早くから朝食の準備をしてくれているのだろう。


「おはようグリス!」

「これはこれは、おはようございますお嬢様。お体の方はよろしくて?」

「うん!もうバッチリ!むしろいつもより元気って感じ!」


 挨拶を交わしながら席に着くと、グリスはすぐにコーヒーを淹れてくれた。砂糖もミルクも少なめで、ひとくち飲むと頭がシャキッとするような深い味がした。

 レンリエッタがしばしの間コーヒーを味わっていると、やがていつものように遅れてエラフィンもキッチンへやって来た。しかしながら今日に限っては眠そうな気は見られず、珍しいくらいに調子が良さそうだ。

 エラフィンはレンリエッタの顔を見るなりウンウンと頷くと自身も席へ着いた。


「調子が良さそうだがどうだい?寒気やら痛みは?」

「特にないよ。なんか今日は朝から調子いいの!先生も…なんかいつもより元気っぽいけどね。」

「今日から色々と教えなきゃいけないからね、アンタより気張ってないと格好がつかないでしょ。」

「出来れば毎日そうしてもらいたいものですが…」

「なんだって?」

「いいえ。コーヒーをどうぞ。」


 どうやらエラフィンがやけに元気なのは試験に向けてレンリエッタへ色々と指導するためらしい。ありがたいものだが、元気すぎるのは却ってプレッシャーに感じてしまうレンリエッタであった。


「試験は魔法さえ出来れば良いってもんじゃない…それは分かってるでしょ?」

「まぁね、昨日はずっとパンフレット見てたし。」

「勉強熱心は良い事さ。それで、試験内容についてはもちろん把握してるだろうね?」

「当たり前だよ!三種類の呪文の詠唱と…後は志望学部の適正テストだよね?」


 マクスロッド魔法学校の入学試験の内容は至って簡単である。

 三種類の呪文(なんでもよい、下級でも中級以上でも)を詠唱して魔法の才能をアピールし、次に志望学部への適正テストを受けるのだ。これは自身が学びたい学部に対する最低限の知識を持っているかどうかを確かめるものでレンリエッタの場合は作成学部から出された課題をこなす必要があるのだ。

 今回の課題は『魔法作成物三種』。要するに魔法を掛けて作った何かしらを三つ持って行って、先生の前で機能するところを見せつけてやれば良いだけ。


 ちなみに案内書曰く呪文は魔力鑑定書を提出すればパス出来るらしく、適正テストも入学年齢によっては免除と書かれていた。


「その通り。呪文の方はバッチリだろうね?アンタには確かピラリカとムーキス、ツツリカ…それから…」

「ディフェクトスも教えてもらったから大丈夫だよ。呪文は問題ないかも。」

「なら課題の方に集中すれば良いさ。作成魔法で作ったもんを出すんだろ?アンタは手先が器用だからすぐ終わっちまうかもねぇ…」

「うん。でも……そう言えば私、魔法を掛けて作ったものってあの指輪くらいかな…」

「生憎その指輪は消し飛ばしちまったからねぇ…また違うものを作るしかないね。」


 呪文テストに関しては最低限の備えが出来ている反面、課題が問題である。なにせレンリエッタは魔法装具に分類されるものはケープ、手袋、指輪の3つしか作っておらず、そのうち魔法を使って作り出したのは最後の指輪だけ。

 その指輪も呪われていたので仕方ないとは言え、エラフィンが消し飛ばしてしまったので新たに一から拵える必要があるのだ。

 悩むレンリエッタにグリスが朝食の皿を運びながら言った。


「お嬢様、そう悩む必要はありませんよ。素人ながら私めが見た限り、お嬢様の力があればそれほど苦労はしないと思いますよ。」

「そうかな…」

「ご自身の力を信じるべきです。魔法のみならず針の腕前は私以上でございます!」

「針…そうだよね…!ありがとうグリス!ちょっと元気出て来たよ!」


 グリスの激励にレンリエッタは心の中で感じていた心配をあっという間に消してしまった。そしてやる気と負けん気がメラメラと燃えてきた。

 確かに魔法では半人前以下だが、裁縫の腕前は今の今まで誰にも負けたことなど無かったのだ。無い力を憂うよりも自分の強みを前に出すべきだろう。


 というわけで朝食を終えたレンリエッタは広間のソファに座り込むと魔術装具やら魔法道具などの本を幾つか積んで一冊ずつ眺め始めた。せっかく作るなら今までに作っていないものにしようというのだ。

 そして自分の強みである裁縫の腕前を存分に活かせるものが好ましい。


「一週間あるんだし、少しは手の込んだものにしようかな…」

「そいつは思い切ったね…私なら簡単なものを一日で揃えて後は遊びまくるけど。」

「先生と一緒にしないで。それに、なんだか創作意欲に火が付いた感じがする…自分でどれくらいの物を作れるのか試してみたい!」

「そいつは良い心意気だ!そんなら私も協力は惜しまないよ、知りたいことがあったら何でも聞きな!」


 いざ作ってみろと課題を前にしてみればレンリエッタは自分の力を試してみたくなった。自分の力で一体どれほどの物が作れるのか追求したくなったのだ。

 すると探求欲に燃えるレンリエッタに感化されたのか、それを聞いたエラフィンも乗り気になってくれた。彼女がバックに居てくれるならこれ以上に頼もしいものは無い。

 レンリエッタは食って掛かるようにミンクル・テンペッツ著の『ジュニアヘルド向け、悪戯的な魔術装具全集』を開いて読み始めた。実はもう一冊、その横の同じ作者の『大人向け、誘惑的な魔術装具全集』を手に取ろうとしたのだがエラフィンの咳払いで拒まれてしまったのだ。


「うーん……ねぇ先生!噛みつきミトンって良いかな?」

「アンタ、先生たちの前で機能するところを見せるって忘れたんじゃないだろうね?自分の手首が噛まれるのを見せるつもりかい?…大いに良いと思うよ!」

「うっ…やめておこうかな……首巻きマフラー!…もやめとこ…」


 斬新さ追求すれば選択肢は狭まるばかりだった。誰かに悪戯を仕掛ける用のものは結局のところ、先生たちの前で恥を掻くだけだったのでレンリエッタは早々に本を閉じるとまた別のを手に取った。

 今度のものは『実用的な戦術装具100選』、著者はナヒャルデ・カースマン。中身の方は…実用的とだけ書いてある通り、とにかく戦闘においては役に立ちそうなものばかりだった。

 透明探知磁石、呪い除け鏡、導の指輪などだ……レンリエッタはふむふむと読み漁っていたが、とあるページで目が留まった。呪い道具のコーナーだ…その中に、聞き覚えのある名前が書かれているのだ…


「ファングステン…」

「へ?急にどうしたんだい?」

「先生、先生の名前ってたしか…エラフィン…」

「エラフィン・リップ・ファングステンさ。それがどうかしたのかい?」

「本に同じファングステンの人が載ってる。」


 それを聞いてエラフィンはすぐにレンリエッタから本を受け取り、そのページを眺めた。書かれている道具は『マンジャロ』というもので、除去した呪いを貯める為の道具だった。

 だが本題はその下部…説明文にはこう書かれている。


『マンジャロの試作品はソガ連邦の呪術師コイゼン・クロイズミ氏とウエストノードランの呪術医エリオ・ファングステン氏によって作られたとされる。』


「エリオ…」

「その人って先生の…えっと…家族だよね?」

「まぁね…伯父の一人さ。」

「へぇ…その呪術医ってどんなことをする人なの?」

「そのまんまさ、呪いを解いて治療する医者のことさ。」


 本に書かれているエリオ・ファングステンとはまさにエラフィンの父方の伯父であった。ちなみに伯父という以前にファングステン家は公に出来ないような恐ろしい血の交わり方をしているため、厳密にはそれよりも近い親戚である。

 それはさておきエラフィン曰く、彼は故郷のウエストノードランでは名の知れた呪術医であったらしい。まさにその腕前たるや知る限り最高とのことで、生贄を要するような呪いでも数日掛かりで治癒できたと言われている。

 そこでレンリエッタはエラフィンの呪いも彼に治療してもらえば良いのでは?と考えたが、そういうわけにもいかない理由があるのだ。


「ねぇ先生、もしかしてそのエリオさんなら先生の呪いも…」

「解けるだろうって?そりゃ…出来るかもしれないが無理だ。絶対に無理。」

「出来るかもしれないのに無理なの?」

「まぁ…一族とは絶縁状態だからね。妹のクライラと私の関係を知ってるだろ?ただでさえ妹と縁を切ってる私が家族と仲良しとでも思ったのかい?」

「うん…」


 その理由とはまさに絶縁。エラフィンが双子の妹であり現在の霧籠の魔法使い団長であるクライラとは絶縁状態にあるという事は知っていたが、まさか家族とまで縁を切っているとは想像もしなかった。

 すると当然ながら疑問もわいてくる。…なぜ絶縁したのだろうか?


「先生、ひとつ聞いても良い?」

「だめ」

「まだ何も…」

「ダメダメダメ!この話は一切なし!さぁ課題に戻りなさい!」

「はーい…(なんで先生は家族を嫌うんだろう…もしかして私と似たような感じだったりして…!……いや、無いよね…)」


 しかし疑問は瞬く間に板を打ち付けられてしまった。仕方なくレンリエッタは煮え切らないような、半生みたいな気持ちで違う本を手に取って読み始めた。



 それから少しの時間が過ぎて、本たちを貪り狂ったレンリエッタはどうにか候補を3つに絞ってみせた。もちろん3つだけじゃなくて色々と作りたいものが沢山あったのだが材料も時間もあまり無かったので止む無く絞られた。


「じゃあ、この3つに決定!眩ましのマントと思考パペット!それから髪染めリボン。」

「こいつは何とも…珍妙な組み合わせだねぇ」

「最初の2つを決めたらどうしても時間が足りないと思って3つ目はこれにしたの…」


 レンリエッタが決めた3つの作品…眩ましのマントは姿を隠す布製のマントで思考パペットは口を動かさずとも念じるだけで喋る人形…そして髪染めリボンはその名の通り身に付けると髪色が変わるリボン飾りである。

 この3つのうち前者2つは装具の中でも難しい部類に入る。なので作るとすればそれこそ一週間近く掛かってしまうので結果として3つ目は簡単なリボンになったのだ。

 それと…材料が安価だというのも選ぶポイントになった。


「だけど…少しオリジナリティを入れてみようかな…」

「それは思い切った判断じゃないか…大丈夫かい?」

「装具の改造の仕方は違う本で読んだし、今回は自信あるの!」

「なら…思いっきり派手にやってみると良いさ!オリジナリティの追及は魔法の鉄則だからね!」


 だがここで素直に行かないのがレンリエッタ。自分の力を試すならただ作るだけではなく、オリジナリティも追求したくなったのだ。いつもなら『試験は慎重に行こう…』と考えるところだが、今日に限っては違った。

 そんな溢れんばかりの熱意(と慢心)を心にレンリエッタは装具作りに取り掛かるのだった…


 さて、その装具作りの一連を細かく書いていると切りがないので要約すると、レンリエッタは本当に頑張ったと言えよう。眩ましのマントを製作する途中、三度も幽霊生地を見失ってしまい結局一から作り直す羽目になったり、暴走したパペットに危うく絞殺され掛けるなんて事もあったのだが、この一週間を通してレンリエッタは真っ向から装具と向かい合った。エラフィンの茶々やグリスのお節介も難なく突っぱねたのだ。

 その結果として無事に試験当日の深夜には3つの作品を完成させることに成功…レンリエッタはとにかくやり切った。




 それからさらに十数時間後、仮眠を取るつもりがぐっすり眠り込んでしまったレンリエッタは試験まであと1時間も無い夕方に目が覚めてしまった。時計を見た瞬間、ギュッと血の気が引いて内臓がひやりと冷えたが慌てて身支度を整え、下へ降りた。


「せ、先生!どうしよう!時間が…!」

「なんだい、ようやくお目覚めかい。もうすぐ出発しようかと思ってたんだけどね。」

「なんで起こしてくれなかったの!?」

「起こせなんて言ったかい?エー?」

「申し訳ございませんお嬢様…あまりにも気持ちよさそうに寝ていましたので…」


 レンリエッタに二人を責める権利は無かった。起こしてくれなんて一言も頼んでないし、自分で起きようともしなかったのだ。

 なのでレンリエッタは作品を試す事も出来ずに作ったものをポーチへ突っ込んだ。こんなに慌てたのは本当に久しぶりだったので足がガクガク震えてしまった。


「お嬢様、どうか落ち着いてください。紅茶を一杯お飲みになってから出かけましょう。今日は今朝も何も飲んでいないのでは?」

「う、うん…ありがとうグリス…」

「どうせなら軽く食事でもって行きたいところだが、そんな時間は無いね…そいつを飲んだらさっさと行くよ。」


 レンリエッタはグリスに入れてもらった香り高い紅茶をひとくち飲んでみると、甘い味が口いっぱいに広がって慌てていた体が解れるように落ち着いた。そう言えば前にもこのような茶を淹れてもらったような気がする。

 一杯飲み終える頃には苛立つような気も起きず、それどころか今後降り掛かる苦難を全て受け入れられるような気分になった。確かな勇気が湧いてくる…不思議なお茶だ。


「…ふぅ~…グリス、ありがとう…すっかり落ち着いたよ…」

「緊張しては体に毒ですからね。さて、すぐに学校へ参りましょうか…エラフィン様が随分とお待ちのようですので…」

「ご、ごめん先生…」

「早く行くよ!もう本当に時間が無いんだから!」


 という事で落ち着きを取り戻したレンリエッタはポーチを肩に掛け、杖を手に取るとエラフィン、グリスと共に外へ出た。真夏の森は夕暮れと言えども蒸し暑く居心地の良い物では無かったが橙色に染まりつつある空を眺めればそのような気持ちも消えた。


「それではお二人共、どうかお気をつけて…お嬢様、ご武運を祈っております。」

「うん…でもグリス、来ないの?」

「私めには大事な用がございますので、惜しいのですが同行できません…ですがお二人が戻られた時にはすぐにでも夕食と共に迎えますよ。」

「話はそこまで!早く行くよ!…っとその前にグリス、ワインは三番棚の物を用意しておくように。」

「承知しました。それでは行ってらっしゃいませ。」

「行ってきまーす!」


 それぞれの杖に跨った二人は殆ど同時に地面を蹴り上げて飛び立った。いつも通りエラフィンが真っ先に上空へ向かい、レンリエッタがその斜め後ろへ付くように並んだ。

 夕焼けの空から眺めるクランクス王都は実に美しく優雅なもので、沈みゆく夕日の光がギラギラと海に反射して眩しい…だが景色を楽しむ暇など無いのでエラフィンは遠慮なく杖を飛ばし、レンリエッタも慌てて加速してその後ろを付いて行った。

 道中でレンリエッタは隊列飛行をなすカモの横を過ぎ去りつつ、グリスも来てくれれば良かったのにと…と思った。こういう時こそ彼に付いて来てもらい、応援してもらいたいのだが……もう十分背中を押されていると理解するのにはそれほど時間は掛からなかった。


 途中でレンリエッタはエラフィンと他愛も無い会話を一言か二言交わした後にようやく水の出ない噴水広場へ降り立った。上を見上げれば夜になろうとしている空は段々と暗くなり、並ぶ店や人々の持つ明かりが目立ち始めていた。


「良かった、歩くだけの時間はあるね…さぁ行くよ、試験に遅れたんじゃ大目玉だ!…主に私が…」

「う、うん……あぁ~…ドキドキしてきたぁ…!」

「緊張し過ぎておならを漏らしたりするんじゃないよ?アンタの悪い癖の一つなんだから。」

「もちろん!ちゃんと気を付けるよ!……ッ…い、今は大丈夫だよね!?」

「どうだか…」


 レンリエッタは横を歩いていた男が顔をしかめるのを見て、そそくさにその場から逃げるようにエラフィンと並ぶと速足で歩き続けた。

 一歩ずつ足を進める度に胸がギュッと縛られたような気持ちになる…確実に学校は近づいて行く…吸血ムシの店を過ぎ、その後すぐの角を右に曲がり…そして怪しげな魔除けの店を左に曲がってからしばらく進むと学校の校舎が段々と見えてきた。

 屋上温室のガラスがギラリと一瞬輝いたが、日が沈み切ると同時にスンと光は消えた…奇しくもその瞬間にレンリエッタは学校の入り口に立つ見慣れた存在に気が付いた。


「うん?あれって……パンセとクリッツだ!」

「どうやらアンタのことを待ってたらしいね…良かったじゃないか。」

「うん!」


 学校の入り口前、磨かれた石の階段に座っていたのは制服姿のパンセとクリッツであった。最初にレンリエッタが気付き、その後すぐにクリッツが、さらにそれを見たパンセもこちらに気が付いた。

 二人共すぐにレンリエッタとエラフィンの元へ駆けて来た。そしてパンセは息を切らしながら言った。


「はぁ…はぁ…!良かった、来ないんじゃないかと焦ったよ!もう…あ、エラフィンさんこんにちは…」

「まさかこんなに遅いとは思わなくてさ…ノートに書いても返事は無いし…僕たちマジでヒヤヒヤしたよ」

「ごめんごめん…私、すっかり寝ちゃってて…ギリギリで起きちゃったんだよね…」

「はっはっは!まぁ、そう言う事さ!だがちゃんと間に合っただろう?……間に合ったのよね?」


 どうやら二人共レンリエッタがあんまりにも遅いので焦っていたらしい。ワケを聞くとパンセはすっかり呆れた様子で苦笑いを浮かべ、クリッツはぶふーっと噴き出して笑い始めた。

 レンリエッタはそんな二人に申し訳ないと思いつつも、どこか不安が軽くなった様な気がした…


「って!ここで話してる場合じゃないよ!早く行かないと!もうマークスマン校長もカベル先生も焦ってる頃だと思うよ!試験なら遅くても15分前には到着するのが普通だから…」

「げぇー!は、早く行かないと!」


 安心するのも束の間、待たせていたのはパンセ達のみならず校長とカベル先生も同じ。それを聞いてレンリエッタはすぐに走って学校へ向かって行き、その後ろから少し遅れて三人も学校へ走り出した。

 レンリエッタが学校の玄関をバシンッと勢いよく開き、大胆にもロッカーの並んだ廊下を猛スピードで走って行くと、やがて校長室の前に立つ二人の影が見えた。6本腕の校長と牛獣人のカベル先生だ…何か二人で話していた様だがレンリエッタは構わず大声で言った。


「先生ー!!遅れてッ…申し訳ございません!!」

「おお!ついに到着したかレンリエッタくん!…本来廊下を走るのは禁止だが、今日だけは見逃そう…ともかく、間に合ってよかった。」

「ええ!もう私も校長先生も本当にびっくりして…でも良かったですわ、あなたが来てくれて。」

「はぁ…はぁ…!ありがとうございます…!(セーフ!)」


 マークスマン校長もカベル先生もレンリエッタがあまりにも来ないので不安だったらしいが、ついに到着した彼女を見て安心した様だった。レンリエッタはセーフと分かれば溶けたようにヘタレ込み、重い息を吐いた…

 それからパンセとクリッツが息を切らしながらやって来て、そのだいぶ後にヘロヘロ足のエラフィンも到着した。


「まったく感心しませんな、廊下を走るとは…まぁ今日だけは特別に許しましょう…さて、疲れてるところ悪いが立てるかなレンリエッタくん?」

「は、はい…校長先生…」

「うむ!それでは早速試験会場へ向かいますかな……クリッツくんとパンセくん、君たちも当然来るだろうね?」

「はい先生!もちろんです!」「今日が楽しみでもう眠れなかったぐらいだもん!」

「レンリエッタさんの()()()()、大丈夫ですか?必要なら私が手を…」

「いいや!私は平気さ!老人扱いしないどくれ!それから私はその子の母親じゃなくて師匠だから、間違えないように!」

「あら、申し訳ございません…私てっきり年の離れた親子かと…」


 カベル先生の物言いにギョッとしたようなエラフィンを見てレンリエッタは微笑みつつ、校長の後について試験会場へ歩き出した。もう試験は目の前だ…胸がギュッとなってドキドキしてくる…

 少しでも気を紛らわせようとしてレンリエッタは壁の貼り紙たちを眺めたが『校則違反は許さないぞ!』と書かれたポスターに印刷された目がギョロリと睨みを利かせてくるので余計に参ってしまった。


 少し歩くと一行は演劇室へと到着した。両開きの木製のドアには『本日立ち入り禁止』と書かれた札がぶら下げてあったのだが校長が指で空気をなぞると札は消えてドアが重々しく開いた。


「本来であれば多数の試験者が集うところだが…今日は君だけの大舞台だ。」

「そんな、立派過ぎる気が…」

「いいじゃないか、アンタの実力を堂々と見せつけるには良い場所だよ。」

「先生まで…」


 演劇室は非常に広々とした空間で、うす暗い大きな部屋の奥に劇をやるような大舞台があり、それを眺める形で赤い椅子が大量に並んでいた。レンリエッタは行ったことこそ無いが、映画館というものはきっとこういう場所だろうとすぐに理解した。

 それにしても小娘がひとりで使うには随分と大袈裟過ぎる気もする…少なくともレンリエッタは自分にはあまりにも大きすぎる晴れ舞台だと感じた。


「さて、皆様は席に座るとして…ウビィ先生に掃除を頼んでおいたはずだが…」

「校長先生!こっちです!侵入者を見つけまして…こら!暴れない!」

「侵入者…?…あ!」


 マークスマン校長が掃除に来ていたウビィ先生を探し始めると、すぐに彼女は現れた。黄金色の眩い毛並みを持つ狐の獣人がドスドスと両脇に侵入者と称される生徒を抱えて歩いてきたのだ。

 レンリエッタがいったい何事かと思って見てみると、その抱えられた生徒は見慣れた双子……コギアとミミクだった。


「先生!良いじゃんかよ…俺たちも試験を見に来たんだよ…」

「そうよ!レンリエッタとは一応友達なんだからね!」

「コギアとミミク!なんでここに居るのさ!?」

「ふぅむ、知り合いかねレンリエッタくん?」

「えっと…はい、友達です…」


 どうやら双子もレンリエッタの試験を聞き、一目見てやろうと部屋のどこかに身を潜めていた様だ。だが掃除に来ていたウビィ先生に見つかり散々逃げ隠れ回った挙句に捕まってこの様…

 校長はレンリエッタが友達だと伝えると「ふむ…」と一言唸ってから、双子を抱えるウビィ先生へ言った。


「ウビィ先生、下ろしてあげてくださいな。友人とあらば同席させてあげましょう。」

「えぇ!?良いんですか校長先生?」

「え?ほんとに!?ありがと校長先生!」

「だから俺は素直に言うべきだって散々……あだっ!?もうちょっと優しく降ろしてよ…」


 校長の許しを得て、コギアとミミクも一緒にレンリエッタの試験を見守ることになった。友人が増えて嬉しいと思う反面、見る目が増えれば当然プレッシャーも大きくなった…

 レンリエッタ以外の皆は前部の中間席へと座り、レンリエッタは劇場の上へと昇ることになった。階段を上がる直前、今にも飛び出しそうな心を抑えるためにレンリエッタは手のひらに指で笑顔マークを書いてから呑み込むふりをした……が全く効果は無く、緊張した足取りで舞台上に立った。

 ギラッと照らしてくる照明が眩しく、刺さる視線にめまいがしそうだ……エラフィンに視線を向けると彼女は『やってやりな!』と言わんばかりの顔とサインを向けて来た。


「さて…それでは早速入学試験を始めよう。まず最初にレンリエッタくん、今の心境を聞かせてもらえるかな?」

「し、心境ですか?えーっと……あの…その…すごく緊張してます…」

「なるほど…大概の生徒も同じこと言うよ。だから無理せず楽にしてくれて………いや、座らなくていい、そこまでではない」

「え?はい…」


 初っ端からレンリエッタは緊張から来る変なミスをしてしまった。顔がカーッと熱くなるのを感じ、クリッツの「ぶはっ!」噴き出す声が聞こえた。


「心境については以上として…それでは呪文を見せてくれるかな?君の触媒はその首に掛かってるペンデュラムかい?」

「(呪文!)はい!私の触媒はこの…幽鬼の石のペンデュラムです!」

「幽鬼の石だって?」


 レンリエッタがペンデュラムについて自信満々に答えると場が凍ったように静かになった。顔を片手で抑えるエラフィンを除く皆が驚いたような眼差しで一気にペンデュラムに注目し出したのだ。

 無理もない、触媒に使われている幽鬼の石は貴重な物なのだ。余計な事を言ってしまったとレンリエッタはまたしても後悔した…


「(鑑定結果は…紛れもない本物…!この年で幽鬼の石を持つとは…)…素晴らしい触媒だ。では効果を見せてくれかな。」

「はい!…まずは……ピラリカ!」


 気を取り直してレンリエッタはまず最初に【ピラリカ】の呪文を唱えた。たちまち両手の平にボウッと勢いよく燃え盛る炎が一瞬だけ現れ、すぐ消えた。


「申し分ない威力だ。炎の形状も発現時間も素晴らしい!」

「ありがとうございます!」

「それでは次の呪文を唱えてくれたまえ。」

「次は…ツツリカ!」


 次にレンリエッタは【ツツリカ】を唱えた。すると途端に右手の平へ砲弾サイズの火球が現れた。

 だが火球を作り出したは良いが、どうやって処理するかまでは考えてなかった……一瞬焦ったがすぐに校長が魔法で的を作り出してくれたのでそれへ投げつけた。

 的にぶつかった火球はボムッ!と破裂して的と共に散り、皆の拍手が響いた。


「中級呪文のツツリカも扱えるとは…!形状も威力も十分、ますます素晴らしい!次に何を見せてくれるのか楽しみだよ!」

「次は!……えーっと…紙を一枚くれませんか?」

「紙を?ふむ、では。」

「失礼、ありがとうございます…これを…」


 レンリエッタは三つ目の呪文を唱える前に校長から白紙を一枚もらった。その白紙をバラバラに引き裂けばすぐにエラフィンは察したように笑みを浮かべる…


「ふん!…ムーキス!!」


 引き裂かれた紙の破片をバッと投げて宙へ舞わせるとすぐにレンリエッタは【ムーキス】を唱えた!次の瞬間、パラパラ散る破片がギュッと手の上でひと塊になったかと思えば、一枚の紙へと戻った。

 繋ぎ目もしわも無いピンとした紙を校長へ見せつけると彼は感心したように唸った。


「ほう…ムーキスとは…紙と言えどもあそこまで細かい破片を瞬時に直すとは驚いた…呪文テストはどれも十二分に合格だ!」

「ありがとうございます!」


 呪文のテストがスムーズに上手く行き、レンリエッタはフッと体が楽になった気がした。エラフィン達も「よくやった!」という表情と仕草で静かながらうるさく応援してくれている。

 そして呪文の次はもちろん…本命となる課題作品の発表である。カベル先生が期待に満ちた目を輝かせている…


「さて次は課題作品の発表に移ろう…レンリエッタくん、作品はそのポーチの中身かな?」

「はい!3つ作ってきました…まずは……双子の髪染めリボンです!」

「双子のリボンとは…これは興味深い…詳しい説明をいいかな?」

「はい…このリボンは髪染めリボンを改造したもので、こっちの姉リボンを巻いた人の髪色をこっちの妹リボンを巻いた人の髪の毛に反映します!」


 レンリエッタがポーチから取り出した課題作品の一つ目は双子の髪染めリボン。これは橙色の姉リボンと空色の妹リボンのセットで、姉リボンを巻いた人の髪色…例えば黒の場合、妹リボンを巻いた人の髪の毛も黒へ染め上げるというもの。

 製作過程であまり複雑な魔法を要さず、わかりやすい効果と言えばこれしか思いつかなかったのだ。

 効果を聞いたカベル先生は興奮した声で言った。


「面白い発想ですわ、早速効果を見せてちょうだい!」

「じゃあ……パンセ、姉の方を頼んでもいい?」

「もちろん!お姉ちゃんは慣れっこだからね」

「えへへへ…頼もしいよ」


 効果を試す為にレンリエッタはパンセへオレンジの姉リボンを渡すともう片方の妹リボンで自身の銀髪をまとめ上げた。するとピリッとしたような刺激が一瞬だけ伝わり、髪の毛の色がパンセと同じ深緑色へと変わって行くのが前髪で分かった…だが…


「どうですか?」

「…えーっと……レンリエッタさん、確かに髪の毛の色は変わっていますが…」

「肌の色や顔つきまでそっくりではないかね?目の色も…」

「…え?」


 それを聞いてレンリエッタは慌てて自分の体を見た。薄く褐色気味だった肌が今ではパンセと同じような白色へ変わっており、校長が作り出した姿見を確認してみると目の色も顔つきもそっくりになっている始末……気のせいか視界もぼやけて来た気がする…

 髪色のみならず体全体が姉に似てしまっている!


「うそ!そんなぁ…と、取らないと…」

「ふーむ…想定外の機能なら、あまりいい点は付けられないな…」

「効果が強すぎるのは危険ですわ…」


 それを聞いてレンリエッタは胃が重くなってしまった。よりにもよって一つ目から失敗してしまうとは…不幸中の幸いか、パンセはまったく持って変わっておらず、レンリエッタ自身もリボンを取ればすぐに元に戻った。

 パンセの無理やり作ったであろう引きつった笑顔が心苦しい…


「では、二つ目の作品を見せてくれるかな?」

「は、はい!次のは……騒霊マントです!」

「見たところ、眩ましのマントと言ったところかな?」

「はい!姿を消すだけじゃなくて、音も匂いも消せるように改造しました!」


 リボンの失敗を挽回するためにレンリエッタは二作目の騒霊マントを取り出した。

 この灰色のマントは姿を消す『眩ましのマント』を改良したもので着用者の姿のみならず出す音や発する匂いをシャットアウトするようになっている。中々に手ごわい呪文式を組み込んだ自信作だが…どうだろうか…


「眩ましのマントにおける弱点は音を消せない点にある…君はその弱点を克服しようとしたのかい?」

「出来るだけやってみました!」

「ならば試してもらおうではないか。見てみよう。」

「は、はい…!(上手くいって…!)」


 レンリエッタは騒霊マントをバッと広げて羽織った。シュゥウンッと魔力が布に伝わる低い音が聞こえ、内部から外の様子を伺えるように布が透けた。

 しかし、この時点でレンリエッタは非常に悪い予感を覚えた……みんな、こちらを見ている…


『ど、どうですか!』

「透明にはなっているが……完全な透明と言うよりも…」

「半透明ですわ、幽霊みたいに透けてます。それに声も…歪んで聞こえますし…」

『えぇー!?うそでしょ…これも失敗だなんて…!』


 なんと透明になったはずのレンリエッタだったが、実際には幽霊の様に半透明に薄くなっただけで声すらも消せていなかった。音はともかく姿を消すことも出来なければ完全に下位互換である……だが、失敗だけではなかったようで…


「どうですかなカベル先生、それとクリッツくん…匂いは感じますかね?」

「匂いは…いいえ、感じませんわ。消臭効果はバッチリみたいです!」

「うん、レンリエッタ特有の汗の匂いは全然しないね。」

「では匂いのみ有効…それでも完成とは言えないが…」

「うぐっ…」


 なぜか匂いだけは完全にシャットアウトされたらしい。一番どうでも良いと思っていた機能だけが働くとは皮肉なものである…

 マントを脱いだレンリエッタは不安な気持ちでエラフィンへ目を向けると、彼女は何を言わずとも苦い顔で頷いてくれた。まだチャンスはあるだろうという事だろう…だがはっきり言えばそう思えなかった。

 校長もカベル先生もどちらもあまりいい顔していないのだ…二人共しょっぱい顔で手に持った書類に何かを書き込んでいるのが見える…もしかして、既に不合格が決まっているのかもしれない…

 そう思うとレンリエッタは逃げたい気持ちで一杯になったが、せっかくのチャンスを逃げることなど出来なかった…というより、逃げる事なんて出来ないだろう…エラフィンに連れ戻されるのがオチだ…


「レンリエッタくん、はっきりと言うが現時点で君の合計点は芳しくない。」

「うっ……ごめんなさい…」

「謝っても何も解決はしないであろう。最後の作品が君の結果を分かつと忠告しておくよ。」

「……はい!任せてください!最後の作品は…これです!」


 率直な言葉にレンリエッタはもう後に引けるものかと、勢いよくポーチから一体の人形を取り出した。腕を突っ込んで動かすタイプの腹話術のパペット…というよりぬいぐるみに近いかもしれない。

 銀髪に茶色いボタン目を見れば分かるようにレンリエッタ自身を似せて作られたものだ。


「人形…ですわね…」

「これは自立会話型パペットです…初級の心理魔法を掛けて作りました!腕を入れると私の言葉と感情を読み取って自動で喋ってくれるんです!」

「それは君に似せて作られているが君専用かね?」

「はい…本当は誰でも使えるようにしたかったんですけど私には複雑すぎて…」


 いよいよ取り出した最後の作品は自立会話パペット。

 初級の心理魔法を組み込んで作られており、レンリエッタが腕を入れると感情と言葉を読み取って会話してくれるのだ。本当ならば誰とでも会話出来るようにしたかったのだが、如何せん魔法が複雑すぎて今のレンリエッタではどうにも出来ず、妥協に妥協を重ねた苦肉の作品なのだ。


「面白い、見せてくれるかな。」

「はい!えーっと……こんにちわ!私!」

『………』


 レンリエッタは人形を腕にはめて早速喋りかけた……しかし、返ってきたのは沈黙…

 人形はうんともすんとも言わず、憎たらしいボタンの目で不安に満ちたレンリエッタの顔をまじまじと眺めている…


「…こんにちわ!」

『………』

「あはは!調子悪いのかなー?」

『………』

「そんな…なんで……おねがい…喋ってよ…!」


 何度もバシバシと人形を叩いてレンリエッタは話しかけた。だけど人形は決して話してくれなかった、情けない今の創造主を嘲笑するように人形は黙って彼女を見続ける。

 その様子を見かねたのか校長はついにため息をつきながら持っていた書類にペンを走らせ、エラフィンは悲しそうな顔を浮かべた…


 もうだめだ、入学試験は最低の結果に終わってしまう…






『あーあ!やっちまったナー!オマエ、サイアクだなァー!』

「…え?ちょっと何言って…」

「あら、喋りだしましたわ…なんて醜い声…」


 だがその時だった、突如として人形がひとりでに口をパクパクさせて甲高い声で喋りだした。その憎たらしさと言ったら相当なもので、レンリエッタはすぐに黙らせようとしたが無駄だった。

 人形は抵抗して次から次へと言葉を放った。


『センセーはせっかくオマエのためにガンバッてくれたのに!ダイナシにしちゃったナー!』

「ちが!なんで急にしゃべりだして…」

『ちがうもんか!このムノウ!アホンダラ!オマエはノウなし!ノウナシー!!』

「なんで黙ってくれないの!?」


「ふむ……レンリエッタくん、その人形を見せてもらえるかな?」

「え?えっと…はい……ふん!どうぞ…」

『あぎゃー!』


 言いたい放題の人形に対してレンリエッタは焦りつつも、校長に見せてもらいたいと言われればズポッと無理やり腕を引き抜き、彼へ渡した。きっとバカ人形にムカついたのだろう、八つ裂きにしてしまうのか、と思われたが…

 校長は目をギラリと魔法で輝かせ、鑑定魔法で人形をじっくりと眺めた。その横ではカベル先生も同じくジーッと人形を見つめ、その様子を皆が不思議そうに見ていた。

 そして…


「これは興味深い…実に……実に興味深い…!」

「興味深い?…そんな、アホ人形が?」

「君はこれに心理魔法を掛けて作り出したと言ったね?君は魔法式を書き出して、それをこの人形に写したのだろう?」

「は、はい…でも、それがどうかしたんですか?」

「…極めて信じ難いが……人形に込められた魔法が…高度な自白魔法として働いている…!」


 それを聞いてエラフィンもその後ろの皆もギョッと顔を見合わせた。しかしレンリエッタ本人は全然理解できず、自白魔法が何かすらも分からなかった。

 

「じはく…魔法?」

「他人の心境を曝け出す心理魔法ですわ!」

「自白魔法は卓越した心理術師でも習得は困難を極めるほどの特級魔術だ。要するに君は数十年の果てにごく僅かな者のみ扱える魔法を作り出したんだよ…」


 それを聞いてレンリエッタは増々わからなくなった。校長たちの後ろに居るエラフィンが今にでも抱き着いてきそうなのは分かるが、クリッツやパンセもコギア達も並々ならない興奮を感じたように話し合っている…


 要約すると、自白魔法とは心理魔法の究極系のひとつとされるものでレンリエッタは()()()()()()()()()()にそれを発動するための魔法式を作り出してしまったのだ。並みの魔法学者なら一つ編み出すだけで数十年の歳月を要するものを小娘がたった一人で作ったのだ。

 ようやく話を理解したレンリエッタだったが…とても納得いかなかった。


「そんな…偶然ですよ……自白魔法なんて…狙ってやったわけじゃないですし…」

「確かに偶然かもしれないが…誰にでも出来る事ではない。……君は心理魔法と相性が良いんだろう」


 そう言い、校長はカベル先生と目を合わせると合図し合う事も無く、手に持った書類にペンでジーッと線を引いた。そして校長はわざとらしい口調で言った。


「さてカベル先生!私が考えるにレンリエッタくんが作り出した作品のうち前者二つは失敗かもしれないが…この自白パペットはその失敗を覆すほどの大作だと思うがね!」

「ええ!私も十分にそう思いますわ!教師を始めてこんなにも素晴らしい作品を見たのは初めてです!」

「……ッ!じゃ、じゃあまさか!」


「おめでとうレンリエッタくん、君は試験に合格だ!」


 レンリエッタはそれを聞いて、一気に心が弾けるような熱い感覚を味わった。そしてすぐに震えるほどの喜びが湧いてきた!入学試験に合格した!

 すぐに皆と喜びを分かち合おうとしたレンリエッタだったが、エラフィンがギュッと強く抱きしめて来たので叫ぶ暇も無かった。


「やったじゃないかレン!アンタはやったんだよ!自白魔法を作り出すなんて…やっぱりアイツの娘だね!!」

「ぐ、ぐふ!先生…!は、恥ずかしいよ!みんな見てるから…」


 そう言ってもエラフィンはしばらく離してくれなかった。頭をゴシゴシと搔き乱したり、抱きしめたままブンブン回すのでレンリエッタの顔色がだいぶ悪くなったところでようやく解放された。

 それから友人たちからひっきりなしに祝いの言葉を貰った。


「おめでとうレンリエッタ!これで私たちクラスメイトだよ!」

「最初はどうなるかと思ったけどやっぱりレンリエッタは只者じゃなかったね!いやー実は僕、初めて会った時から…」

「レンリエッタ、ちょっと前とはまるで大違いね!最初は生意気なクソガキって思ってたけどまさか後輩になるなんて…」

「それにそのペンデュラム!ま、まさか幽鬼の石を持ってるなんて…なんでそんな良い物を持ってるのにあの時俺たちからペンデュラムを買おうとしたんだ?」

「えへへへ…い、色々あってね…」


 散々祝いの言葉を受け取ったレンリエッタは、幸せな気持ちが体中に広がるのを感じながらしばらくの時間を過ごした。レンリエッタはクリッツから祝いの贈り物としてメッセージカードを二枚受け取った…一枚目には暗いインクで『次は頑張ろう!』と書かれており、慌てて差し出された二枚目には眩しいくらいのピンクで『おめでとう!』と書かれていた。

 さらにコギアとミミクからは『双子の髪染めリボン』と『騒霊マント』の独自性を評価してもらった。二人曰く「悪だくみグッズとしては最高」とのことで、作り方を教えてほしいとすら頼まれた。


 そしてその後、ひと段落したところでようやく校長が再び口を開いた。


「さて…君の正式な学業は夏季休暇明けの新学期から始まる…だがそれまでの間も学校へ来てもらおう。次の週の始まりからだ、君には色々と説明するべきことがあるからね。」

「はい!校長先生!」

「良い返事だ。そして学校へ来てもらうからにはもちろん制服も必要だ、受け取りたまえ。」

「ありがとうございます!……バッジ…?」


 そう言って校長が懐から取り出したのはマクスロッド魔法学校の紋章(二本足で立つドラゴン)と古代語が刻まれた盾型のバッジだった。金色でピカピカしており、照明に照らされたドラゴンの目が輝いている。

 バッジを受け取ったレンリエッタは制服と聞いてハテナを浮かべたが、パンセがこれ見よがしに自身の左胸に付けているのを示すので同じように着用してみた。

 すると服が一瞬ビクンッと震え、瞬く間にレンリエッタはいつものワンピースから白いシャツと黒いロングスカート姿となった。ご丁寧にも胸にはリボンタイが結ばれ、頭には黒いボーターハットが……しかし、靴は相変わらず噛み跡付きローファーのままだった。


「へー!面白いねぇ…でも似合ってるじゃないか!」

「えへへ、ありがとう!」

「学校では常に制服姿を心得るように。」

「服装の乱れは心の乱れですわ。」


 照れつつもレンリエッタが皆をよく見れば制服姿は些細に違った。パンセはリボンタイではなくループタイを着けていたし、クリッツはリボンそのものでバッジを右肩に着用していた。一方で双子はどちらもネクタイだったがそれぞれで左右の腰にバッジを付けている…


「さてさて!君にはこれから説明するべきことがたくさんあるのだが…疲れていることだろうし、話は次にとっておこうではないか。レンリエッタくん、これからよろしく頼むよ。」

「はい!私からもよろしくお願いします!」


 レンリエッタはその日、深々と頭を下げてから皆と一緒に外へ出た。空はすっかり夜に染まり切り、帰りの飛行杖を飛ばすためにわざわざ出店(でみせ)で照明を買う羽目になったのだが、夜空を飛ぶ間もレンリエッタの中では冷めやらぬ興奮が渦巻いていた。

 試験に合格した!来週から学校の生徒だ!


「レンリエッタ、改めて言うよ…おめでとう!アンタは本当にフォーメンから魔法の才能を引き継いでるね!まさか自白魔法を作っちまうなんて!」

「先生…でもやっぱり偶然だよ、次からはちゃんと調べて使うようにする……私からも先生に言いたいよ…ありがとう!」

「ありがとうだって?何に対する礼だい?」

「もう色々!でも…一番は私の先生になってくれてありがとうってこと!」


 それを聞いてエラフィンは一瞬言葉を詰まらせたように感じたが、すぐに元気な声で言った。


「レンリエッタ!これからは学校の授業と私の修行…両方をこなすんだよ、承知の上だろうね?」

「もちろん!今まで以上に頑張るよ!私、立派な魔法使いになりたいもん!」

「よく言った!そんじゃ、グリスにその制服姿を見せてやるかね!!飛ばすよ!」

「イエッサー!」


 レンリエッタはこれから待ち受ける学園生活と更なる修行に向けて夜空を勢いよく飛行杖で飛ばした。

 ここへ来てから本当に色々な事があった…今では仕立屋の日々がずっと昔の様に思える……しかし、まだ始まったばかりだ…レンリエッタの魔法使いへの道はまだまだ入り口を過ぎた程度なのだ。



 第1部、完 第2部へつづく…

今回のワンポイント


【自白魔法について】

著:メルド・マンラビット(魔術研究学者)

『習得難度が高いとされる心理魔法において更なる難度を誇るものが存在する。それはまさしく自白魔法である。自白魔法とは読んで字の如く生物の深い思考に魔法を掛けて心の内を曝け出すもので心理魔法の究極系とも呼ばれる。習得には心理学への深い知識と途方もない研究、そして生まれついた心理魔法へのセンスが問われるのだ。人の心を操ることから禁忌の魔法とも数えられる。自白魔法の源流とされるのは太古の異国の王宮にて罪人へ尋問を行っていた『心問官』が使用していた高度な心理魔法であると言われる。今では詳細な資料が残ってはいないものの、その心問官は数世代にわたって王宮に仕え、国が陥落したその瞬間まで王と共にあったという説が有効である…その後数百年の間は闇に葬られた自白魔法だったが…ある者が突如として会得。その者は当時クランクスの王宮に仕えていた専属苦術師『ドラコニズム・ファンクスモント』であった。彼は自白魔法の出所について一切の情報を禁じたがその魔法の知識は彼の三人の弟子へと受け継がれた。カースマン家の長男『アードロイ・カースマン』、ファンクスモント家の弟『リーガン・ファンクスモント』、そしてヘイルホーン家の長女『ハリエット・ヘイルホーン』である。ドラコニズムの死後、伝承者たちは自身の子孫へも自白魔法を伝えて行き、いつしかそれは一般の魔法使いの間へも知れ渡ったとされる。歴代の自白魔法の使い手としても特に有名なのは『グリエンド・マンラビット』と『リグドールス・ファンクスモント』…それから『フォーメン・ヘイルホーン』などだろう。』

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