第44話『氷竜はどこまでも冷たく』
ノート買って以降、レンリエッタは修行の合間に皆と他愛も無い会話を楽しんでいた。
何の気兼ねなく誰かと会話できるというのは本当に楽しいもので、ついつい話が弾んでしまってエラフィンから注意されてしまうこともあったが、それでもここ数日は楽しい事ばかりだった。
そしてこの数日の間にひと際嬉しい事が起きた。モノリス魔法の練習の成果がようやく出始めたのだ。
「ふんっぎぎッ…!……はぁ!で、出来た!」
レンリエッタは数日間の練習の末にほんの小さな…ゴマ粒程度の大きさながらモノリスを発現させることに成功した。一粒出すだけでかなり体力を使う上にすぐ塵となって消えてしまうのだが、驚くほどに成長している。
「良いじゃないか!たったの数日でここまで出来たんじゃ上出来だよ」
「でへへ…でもまだすぐ消えちゃうし…小さすぎるよね…」
「これから回数を重ねることだね、もう第一歩は踏み出してるんだから後は楽なもんよ。」
発現の壁という大きな試練を越えれば、後は何度も回数を重ねて試行錯誤すればいいと言うエラフィンだがその試行錯誤をするのにもどえらい体力を使うので決して楽なものでは無かった。
レンリエッタは額の汗を拭うと一息つき、冷めた紅茶をひとくちふたくち飲んでから再度モノリス魔法の練習に取り掛かった。
両の手を向き合わせるように開き、ひたすら魔力を流し込む……するとビリビリと刺激が来るのでこれを上手いこと維持すれば…ようやく小さな粒がポツンとこの世に現れるのだ。
「ふんぐぅ~!……はぁ!はぁ…!もう一個出来た…!」
「その調子その調子、今日中に百個は出すつもりで練習に励むように!」
「えぇ~!百個もぉ…?……って、エラフィン先生、どこか行っちゃうの?」
「うーん、ちょっとねぇ。」
レンリエッタは汗だくになりながら百個という課題に絶望していると、エラフィンが外出の支度をしているのに気が付いた。雑誌を畳んで杖を手に持ち、髪の毛をちょちょいと直す時は大抵出かけるときの合図なのだ。
「それって…楽しいところ?」
「いんや、それとは真逆って感じだね。ともかく、アンタは留守番だよ、練習はさぼらないように!良いね?」
「はーい!いってらっしゃい!」
「…いってくるよ…」
そう言い、エラフィンは杖を手にさっさと広間から外へと出てしまったのだがレンリエッタは彼女のどこか寂しそうな声が気になった。というのも、ここ最近エラフィンはずっと元気がない。
食事量は減り、代わりにワインの量が増え、思いつめたような表情を浮かべることすらあるのだから心配でしょうがないのである。
「エラフィン先生は最近元気足りてない感じ…なんでだろう…夏バテかな?」
そんな師にレンリエッタは夏バテを疑った。
最近は本当に暑くなって来ており、外を少し歩いただけでも汗が止まらず、油断をすれば瞬く間に日焼けしてしまう。本格的な夏の到来に向けて太陽もひと際輝いているのだろう…テーブルに置かれたデイリーオウルズ新聞にも氷結魔法教室や万能日焼け止めキャンディなどの広告が多く掲載されていた。
「(何か助けになれないかなぁ…)」
もし夏バテだとすれば炎天下の中を飛び回るエラフィンのために何か出来ないものかとレンリエッタは考え始めた。しかしながら、魔法もろくすっぽにできない青二才が出来ることなど限られるどころか殆ど何もないのである。
レンリエッタがしばらくの間頭を抱えていると、奥からグリスが紅茶を持ってやって来た。
「お嬢様、どうかされたのですか?随分と頭を悩ませている様ですが…」
「あ、グリス…別に、ちょっと考え事をしてただけだよ…」
「何か難しい事でしょうか?私めに手伝える事であれば何なりとお申し付けください。」
そう言いながらグリスは氷の入ったアイスティーをレンリエッタへ差し出した。今日は少し趣向を変えてみた様だ。
レンリエッタはストローでグラスの中身をかき混ぜながらもう少しだけ考えてみると……氷を見てあることを思い出した。
「……あ!そうだ!アレがあった!」
「お嬢様…どうかなされましたか…?」
「ありがとうグリス!おかげで良いアイデアが思い浮かんできたよ!」
「ふぅむ…お嬢様の助けになれたのであれば本望です…」
レンリエッタはグリスに礼を言うと、グラスを一旦テーブルに置き、急いで部屋へと向かって行った。バァンッと勢いよくドアを開けたので眠っていたエヴィが【ギャウンッ!?】と大声を上げて飛び起きたが、それには目もくれずレンリエッタは机に積まれた本の山を漁り始めた。
氷と言えば、ついこの間に面白そうな魔術装具のレシピがあったと思い出したのだ。
「えぇーっと…あれでもない、これでもない……うーん…あぁ!これだ!」
【パギュア?】
本の山の中からレンリエッタは『狩猟生活目録:装具編』を取り出すと、あらかじめ挟んでおいた栞からあるページを開いた。そのページに記載されている装具の名は『氷竜の指輪』。
効果は至ってシンプルで着用者の周囲に冷風の膜を作り出して避暑効果を生み出すというものだ。まさにこの季節にピッタリな代物である。
材料も驚くほどにシンプルだ。金属製の指輪、揮発性魔法接着剤……それからアイスマック種などの飛竜から取れる胆石…
「うげェー!!ドラゴンの石が必要なんて……だから栞だけ挟んで放置してたのか私…はぁ~あ…」
思わずレンリエッタは声が出てしまった。
いくらこの家に素晴らしい魔法の材料が多く揃っているとしても飛竜の胆石などという超貴重品は置いていないだろうし、あったとしても無断で使うことは出来ないだろう。
ようやく自分にも出来そうな事が見つかったと思えばそうともいかない現実にレンリエッタは大きく落ち込んでしまった。やはり世界は厳しいものである。
なので仕方なく修行に戻ろうとしたのだが…
「いや待てよ……そうだ!チーズルさんのお店に置いてあるかも!」
レンリエッタは無ければ買えば良いと考えた。
ピンスロック村のチーズルの店には数えきれないほどの魔法材料が置いてあるのでもしかしたら胆石の一つか二つ置いてあるかもしれないと考えたのだ。
するとレンリエッタは居ても立っても居られなくなり、修行も忘れて財布を持つとすぐに部屋を飛び出した!……と思われたが。
「……と、その前にエヴィにペレットあげないと…」
【ピギィアッ!ハングブブッ…フング…!】
「いっぱい食べて大きくなってね!それじゃ、行ってきまーす!」
忘れずにエヴィの皿へペレット補充してから再度部屋を出ると下へ降り、寂しそうなグリスに目もくれずに「ちょっと出かけてくる!」とだけ言い残してレンリエッタは外へ。
するとどうだろうか…邸宅の外は殺人的な紫外線が降り注ぐ灼熱地獄と化しており、出て数秒もするうちに汗ばんで来た。このままではローストかジャーキーになってしまうのでレンリエッタは湿った草地を踏みしめて一直線に村を目指して走り始めた…
しばらくして、レンリエッタは汗だくになりながらもピンスロック村に到着した。村は以前来た時と何ら変わりなく、のどかな空気が流れており、変わった事と言えば奥の畑に植えられたつる植物が建物を吞み込もうとばかりに伸びている程度だった。
レンリエッタは足を休めたい気分だったが、こんなに暑くては却って体に悪いのでさっさとチーズルの薬問屋である『イストマリオン亭』へと入った。
「やぁいらっしゃい…って、レンリエッタじゃないか、珍しいねぇアンタが来るなんて。」
「少し探し物がありまして…でもその前に…はぁ~!ちょっと休憩させてくださぃ…!」
「若いもんが情けないねぇ…まぁ話ならゆっくりで良いから聞かせておくれよ。」
カウンターで毒花を秤に乗せていたチーズルは短杖をポケットから取り出すと溶けるように脚立に座り込むレンリエッタへ氷結魔法の冷風を送り始めた。まるでクランノースの山風のようで非常に気持ちがいい。
「はぁ~ありがとうございますぅ~……それで、私が探してる材料なんですけど…」
「探し物ならなんでも言っとくれ。無いものは無いがうちには魔法材料はごまんとあるよ。」
「じゃあドラゴンの胆石ってありますかね?」
「竜胆石かい。そりゃ色々あるけど…種類は何だい?リベルブラック種は無いが…」
「アイスマック種っていうのは…?」
「ああ、あるよ。アイスマック種の胆石なら。」
「そうですよね……え?あるの?」
てっきりレンリエッタは前と同じく店には無く自分で取りに行くパターンを想像していたのだが、今度は違った。曰くアイスマック種の胆石ならすぐ用意できると言うのでレンリエッタは是が非でも頼み込んだ。
「欲しいなら引っ張り出すけど?」
「お、お願いします!」
「よし来た!そんならちょっと下がってておくれ。」
チーズルは安全手袋を脱ぎ去るとカウンターから出てレンリエッタの元へ行き、そこで先ほど椅子代わりにしていた脚立へ乗り込むと彼女は杖で魔法を掛けた。杖の動きだけで発動させる無詠唱魔法だ。
すると彼女の乗っていた脚立の足がグーンと伸び始め、瞬く間に十数メートルも上へ行ってしまった。レンリエッタはポカーンと口を開いてその様子を眺めた。
「えーっと……確かこの引き出しに…ビンゴ!」
彼女は夥しい量のカギが連なった鍵束から正確に一本取りだすと箪笥のカギを開けて中から巨大な青い塊を取り出した。それは間違いなく竜の胆石であったが、非常に巨大なので見た目はただの光る岩と言った方が良いかもしれない。
チーズルはその胆石を片手で担ぎつつ、もう片方の手で杖を動かすと脚立を元通りにしてレンリエッタの前へ降り立った。目の前にしてみると既に胆石から発せられる淡い青の光と共にうっすらと冷たい風を感じる…
「これがアイスマックの胆石…?光ってるし…冷たい空気が…」
「そりゃもちろん!ドラゴンの内臓で形成される石に膨大な魔力が宿るのは当たり前だろう?」
「それもそっかぁ…にしてもこんなでっかい石が体の中にあるなんて…痛そう…」
「まさか!アイスマックは流氷級の大型ドラゴンさ、こんくらい痛くも……いや、痛いだろうね…あぁ!想像するだけで痛い!さっさと切り分けちまうよ!」
という事で、チーズルは石を抱えてカウンターへやって来ると、何かを敷くことも無くそのまま石をドスンッと豪快に置いた。重さのせいで置かれていた秤や瓶が一瞬浮いたが何事も無く定位置へ戻った。
「それで…一体どれほどの量をお求めなんだい。」
「量…えーっと……指輪を作るにはどのくらい必要なんですか?」
「なるほど…避暑の指輪かい…ん~…そうさねぇ、研磨も必要だから大きめにするとして…50グラムもありゃ十分だね。」
「じゃあ50グラムください。」
「はいよ~」
50グラムを注文すると、チーズルはカウンターの裏から穴だらけの奇妙なナイフを取り出し、石へと突き立てた。するとどうだろうか、石はまるでバターのようにサクサクと切られ、あっという間に小さな欠片が取り出された。
そしてそのサイコロ程度の大きさをした欠片を秤に乗せると…針はちょうど50グラムを指す…恐るべき正確さだ…
「いっちょあがり!包むから待ってな。」
「はい……あの、お値段なんですけど…いくらするんですか?」
「そうだねぇ…50グラムだから……ザッと3モナスってところだね。」
「さ、3モナス!?結構するんだなぁ…(遺産崩さないと…)」
そして恐れていた値段だが、アイスマック種の胆石は超貴重品なのでお値段は50グラムで3モナス…スカイノートなら3冊は買えるほどの超高額品だ。レンリエッタの財布には3モナス分の通貨が無いので仕方なく金貨で支払うしかなかった。
「えっと…金貨だと何枚ですか?」
「えぇ?金貨?アンタ金貨なんか使うのかい?」
「はい…」
「こりゃ驚いたね…金貨なんて50年以上も見てないよ……ともかく、種類は何だい?金貨の柄は?」
金貨払いに随分と驚いた様子のチーズルへレンリエッタが財布から金貨を一枚取り出して見せれば、さらに彼女は驚いた。
「げぇー!なんだいこりゃ!三日月柄じゃないか!アンタ…金持ちだねぇ…」
レンリエッタが取り出した金貨は三日月柄という最高価格の物だった。しかし『金持ちだね』なんて言われれば複雑な心境になった…なんせ金貨は父が残してくれた遺産なのだ…
チーズルはしばらくの間、金貨をじろじろと眺めていたが結局受け取ることなくレンリエッタへ返却した。
「悪いがうちは金貨払いお断りだよ。」
「そ、そんなぁ……」
「だからお代は結構、随分遅れちまったがあの時命を助けてくれた礼だと思っておくれよ。」
「えぇ!?い、良いんですか!?これってすごく高い物なのに…」
「いくら高くても私の命なんて誰も買えやしないだろう?」
しかしチーズルは命を助けてもらった礼としてタダで譲ってくれるそうだ。思えばあの事件からしばらく経ったが、レンリエッタは未だに自分が猛獣と対峙した事を信じられなかった。
レンリエッタにとってこの世で最も臆病な生物は自分だったのだ。それが今では……あの例のモンスタースレイヤーの次には臆病じゃないと思えるようになっている。
「アンタにはいくら礼をしてもし切れないんだ。それをこんな石ころで済ませようとする私の方がケチってもんよ。だから遠慮はいらないさ、持って行っておくれ。」
「チーズルさん…あ、ありがとうございます!お言葉に甘えさせていただきます!」
「はっはっはっは!いい指輪を作りなよ!今年の夏はうーんと暑くなるからね!」
レンリエッタはお言葉に甘えてアイスマックの胆石をタダで手に入れた。布で覆われた石は光りを遮断しているものの、ポケットに入れてみると服の中が少し涼しくなった。
もう二度か三度、レンリエッタはチーズルへ礼を言ってから外へ出た。店内の涼しい空気から一転、襲い掛かる熱気は相変わらず暑苦しいものであったが気にせず邸宅へと戻った。
「ひぃえぇ~…暑かったぁ…」
「お帰りなさいませお嬢様。先ほどは急がれていた様ですがどちらへ?」
「ピンスロック村のお店でちょっと買い物してたの。先生に指輪を作ろうかと思って。」
レンリエッタは帰宅すると広間で寂しそうにしていたグリスへ事情を説明した。もちろん胆石をタダで譲ってもら事も含めて…
「それはそれは!なんとも素敵な事ではありませんか!」
「そんなにかな…たかが指輪だよ?」
「誰かを想うほど美しい感情はありませんよお嬢様…是非ともこの私めに出来る事があれば何なりとお申し付けください!」
「うーん……それじゃ、揮発性の魔法接着剤っていうやつを探してきてくれる?私は地下倉庫で指輪を見てくるから。」
「揮発性魔法接着剤でございますね!承知しました!」
話を聞いて感激したグリスがやけに張り切るので接着剤を探してほしいと頼めば、彼はすぐに錬成塔の方へと向かって行った。レンリエッタはあまりにも乗り気なグリスに「大袈裟だなぁ」と思いつつ自身も用具入れから地下倉庫へと向かうのだった…
階段を降りて行けばやってくる嫌な寒さが今日に限っては涼しく快適に思えた。
「さてと…たしか指輪は前に纏めたんだよね…あったあった!」
レンリエッタは相変わらず不気味な地下倉庫をぐるりと一周見まわしてからすぐそこの棚に置かれた小さな木箱を手に取った。木箱の中身は大小様々な古い指輪であり、宝石たちがギラギラと輝いている。
もちろん普通の指輪ではない。装着した者に効果を与える…そうまさに装具の一種である。
しかし現在では古くなり魔力も枯渇しているので…やっぱり普通の指輪なのだ。レンリエッタは箱をジャラジャラと揺すりながらそれぞれを見比べ始めた。
「うーん…どれが良いかなぁ…石を取り付けるんだし宝石が付いてない方が良いかな…」
やはり数が多いせいか目移りしてしまう。
今回は装具に流用するため石が無いものを選ぼうとしても、装飾が派手だったりトゲトゲしていたりとどれもこれも個性的なものばかり……しかし、ふとレンリエッタが棚へ目をやってみると箱に仕舞い忘れたであろう銀色の指輪が目に入った。
「これ…うん、石も装飾も無いし…これがいいや!」
手に取ってみると、それは飾り気のないものだった。宝石の類は無く、かと言って装飾も全然ない…まさに打って付けと呼べる代物だ。
レンリエッタは倉庫にある物なら何でも使っていいと言われていたので、遠慮なくその指輪をポケットに仕舞い込むと箱を置いて地下倉庫から颯爽に退室して行った。
そしてちょうど用具入れから出ようとした瞬間にグリスが現れた。何やら小瓶を持っているようだが……あまり声色がよくない…
「おっと…お嬢様…」
「どうかしたの?なんだか落ち込んでるみたいだけど…ねぇ接着剤はあったの?」
「ええ、ございましたよ…ですがあまり状態がよろしく無くて…」
「え?」
グリスが差し出してきた小瓶を見ればレンリエッタも思わず「うっ」と声が出てしまった。
彼が手にしていたのは間違いなくCWPの魔法接着剤であったが、瓶は半透明の膜…というより接着剤そのものに覆われた状態でガッチリ固まっていたのだ。エラフィンの道具を雑に扱う悪癖がもたらした結果だろう。
「うげー!こんなの使えないよ…」
「私めもそう思いまして何とか開けようとしたのですが……ふぐぉッ!!…はぁ…私の力では接着剤ひとつにも勝てないようです…」
「困ったなぁ…買いに行くにしても…エラフィン先生にバレたら怒られちゃうし…」
「お嬢様…どうかダメな私めを罰してくださいませ…主人のご期待に沿えない執事など…」
「そ、そんな大げさな!グリスってばいつもそうなんだから…もう!……うん?待てよ…」
接着剤が使えないとなればどうしたものかとレンリエッタは少し考えたが、首にぶら下がっているペンデュラムを見ればすぐに答えが出てきた。ここは人間の世界とは違い、魔法で溢れる魔界…問題解決には魔法が一番だ。
「お嬢様、何か妙案がございまして?」
「うん!私ってば考え方が古かったみたい…ねぇその瓶、ちょっと貸して!」
「はい…ですがそのようなものは…」
「良いから良いから!……ムーキス!」
グリスからガチガチに固まった瓶を受け取ったレンリエッタは手にするなり【ムーキス】の呪文を唱えた。ムーキスは無機物の状態を戻すための呪文…壊れた物は直り、開けられた物は閉じ、そして…固まったものは元の状態に!
レンリエッタの思惑通り、固まっていた接着剤は次第に軟化して行き、遂にはドロドロの粘液状態へ。
「お、おお!流石お嬢様!魔法を扱うとは…ふぅむ、私めには想像も出来ませんでした…」
「へへーん!やっぱり魔法は賢く使わないとね!……あぁ!グリス、接着剤が!」
「おっと!少々お待ちくださいませ!すぐに拭き物を!」
という事で、レンリエッタは接着剤を使える状態に戻すと全ての材料を持って自分の部屋へと直行した。材料が揃えば後は簡単なもので、ちょっとした工作気分で指輪を組み立てれば良いだけ。
レンリエッタは石を包んでいる布を剥がし、改めてその胆石をまじまじと眺め始めた。光は依然として失われておらず、ひんやりとした空気もそのまま…指の先が痛くなってくる…
「不思議だなぁ…もうドラゴンは死んでるのにまだ冷たいなんて…」
感想を漏らしながらレンリエッタは本に書かれた製作法へ目を通した。まずは石を加工する必要があるそうだ…磨きながら適切な大きさにカットしなくてはいけない。
レンリエッタは工具箱から魔法の布やすりと小さなノミを取り出すと、早速加工へ取り掛かった。
「(まずは磨いてから削ろうかな。)」
まず最初に布やすりという柔らかい布を使い、レンリエッタは石をこすり始めた。石磨き用のクリームと併用すればすぐに光りだすと書かれているものの、生憎そんな物は無いので地道に時間を掛けて磨くしかない。
なのでレンリエッタは数十分ほど石をこすり続け、表面を満遍なく磨き上げた。手がキリキリと痛みだす頃にはものの見事に石は青い水晶のように光を放つようになっており、その冷気も格段に強まっているのが分かった。
素手で触れてみればツンとした冷たさが感じられ、石自体もまるで氷のようだった。
「ふぅ…次はカットだけど…どうしよう…上手くできるかな…」
磨いた後はノミなどで削る必要があるのだが、もちろんレンリエッタに石を削る機会など今の今まで一度も無かったので大いに苦戦した。本によると石切りナイフと呼ばれる内側に刃が反った小型の刃物があれば簡単に加工できるらしいのだがそんな便利でピンポイントな物も無かった。
つまりレンリエッタは小さなノミで石をカンカン削って、少しずつ削っていくことしか出来ないのだ……だが、力加減を何回か狂わせてしまったので本に書かれた適度な大きさとやらに近づくころには随分と歪となってしまい、宝石というより割れたガラスの破片の様になってしまった…
「うぅっ…まぁいいか…良しとしよう…」
しかし大切なのは見た目よりも機能である。機能に問題が無ければ例え少しくらい見た目が歪んでいても気にはならないだろう……おそらく、多分、きっと…
見てくれはさておき、次はいよいよ石を指輪に接着するのだがこれも一筋縄にはいかなかった。なんせ今回使用するのは魔法接着剤なのでただ塗ってくっ付けるだけでは効果が出ないのだ。
「結びつけるユニンドの呪文は16ログリオン分を2対8の比率魔力で詠唱すること……えーっと…ユニンド!」
本に書いてある言葉はさっぱりだったが、レンリエッタは深く考えずに【ユニンド】と唱えた。すると指輪とくっ付いた石がギラリと一瞬強く光ったかと思えば、すぐに元に戻ってしまった。
一瞬失敗かと思われたが本には『一瞬発光すれば完成』と書いてあるのでこれで良いようだ。
「よし!指輪完成!すっごく簡単に終わっちゃった!」
レンリエッタは完成した指輪をまじまじと観察しながら息を吞んだ。見た目は歪な石のついた指輪…心の中では達成感よりも不安の方が少しばかり勝っていた。
本当に涼しくなるのだろうか…石が放っていた冷気も指輪になってからはまるで感じないので猶更心配だった。
しかし試してみる事には分からないし、使えない指輪を渡すのも気が引けたのでレンリエッタは思い切って指輪を右手の親指へとはめ込んだ。
すると…
「…うっ!涼しい…気がする?うーん…」
指輪を装着してみるとほんのりと冷風が吹き付けたような気がした……確かに涼しいと言えば涼しいのだが、効果はえらく地味である…もしかすれば石を削りすぎてしまったのか?
だが、そんな期待外れな感情も着々と変わって来た。少しすると段々と周囲に漂う冷気が強くなってきたのだ。
「おぉ!後から来るタイプなんだ!…うひ!涼しぃ~!」
5分も経てばすっかり肌寒い程度にまで冷気が強くなり、窓から顔を出して日に当ててもほとんど暑さは感じられないほどだ。指輪など心配でしょうがなかったが、機能に問題が無いと分かればレンリエッタは一気に気分上がって来た。
早くエラフィンにプレゼントしたい…と思っていた矢先のこと…
【ガギュッ!!シュゥウウウ!!】
「うわ!?どうしたのエヴィ…なんでそんなに怒ってるのさ?」
【バリギャギャギャ!ギュアアア!!】
ケースの中で眠っていたエヴィが突然飛び起きると、レンリエッタの方を向いて激しく威嚇し始めた。全身の雷毛がグワッと激しく揺らめき立ち、いつもの数倍はギラギラと光っている。
突然でありながらあまりの威嚇され様にレンリエッタは軽く恐怖を覚えた。そして寒気を感じたのだが…それは威嚇から来るではなかった…
「うぅっ…さ、寒い…寒くなって来た…!効果が強すぎる…!」
レンリエッタの周囲を包み込む冷気は留まることを知らずにどんどんと強くなっており、もはた肌寒いなんてものではない。まるで真冬の木枯らしのような寒さが全身を襲ってくる…
さすがにこれ以上は危険だと判断して指輪を外そうしたのだが…
「は、外さないと……うぐ!…は、外れない!?なんで!?」
指輪はまるで指と一体化したようにくっ付いたまま外れず、無理に取ろうとしても指が痛んで取れなくなってしまった。レンリエッタは焦りながらも接着剤の事を思い出した。
「どうしよう……そ、そうだ…ムーキス!」
レンリエッタはムーキスを唱えたが……何も起きず、指輪はくっ付いたままで冷気はさらに強まって来た。もはやその寒さは針の様に肌を突き刺し、痛みすらも感じてくるほど…
このままでは真夏に家の中で凍死してしまう…焦りながらもレンリエッタは慌てて部屋を出ると、階段を下りてグリスの元へと向かった。
「グ、ググ…グリス!グリス!!」
「はいお嬢様!いったい何用で…うっ!?お嬢様どうされたのですか…そのお姿は!?」
「え?わ、私の姿がどうかしたの…?」
「…ず、随分と肌が白くなられているようですが…目の色もだいぶ…一体何があったのですか!?」
グリスに言われてレンリエッタは初めて自身の体に起きた異変を知った。なんと肌の色が段々と薄くなっており、病人のような白い肌へと変わり始めていたのだ。それに姿見で顔を確認してみると茶色いはずの瞳が濃い青色へと変わり始めていた。
レンリエッタはさらに焦りつつも、グリスへ事情を話した。
「なんと指輪が…早く外さなければ…少々手荒になりますが…」
「どうなっても良いから外してほしいの!指の皮も一緒に剝がすくらいに!」
「…どうか不忠なる態度をお許しくださいませ……ふんッ!!」
事情を知ったグリスは無理にでも指輪を外そうとレンリエッタの手を掴むと、力強く引っ張り始めた。するとギリギリと親指が痛み始め、まるで骨が引千切れそうな感覚に襲われた。
「いぎゃぁああ!!い、痛い…!痛いよぉ…!」
「うっ……なんと頑固な…!」
「うぐぅッ!!ぎぁ゛!?」
指が引き千切れる勢いで引っ張っても指輪は一向に抜けず、このままでは骨が抜けてしまうと考えたグリスは一旦手を止めたが…もはやレンリエッタの肌は雪の様に白くなっている。
父親譲りの瞳も空色に変わり、瞳孔も変形して蛇の様に……爪は鋭く、歯すらも獣のように鋭くなっていた…グリスは主人であるレンリエッタの変わりようにひどく怯えた。
そしてレンリエッタ自身も次第に様子がおかしくなり始めている…
「うぐがッ!あが…!ギギギギ!!」
「あ、ああ!お嬢様…!お気を確かに…!エラフィン様を直ちに呼び戻さなければ…!」
「ギギギッシャァアア!!」
「…ッ!!」
グリスはエラフィンを呼ぼうと緊急用の呼び出しチャイムを取りに行こうとしたがその瞬間、レンリエッタの手から放たれる氷結魔法によって氷漬けにされてしまった。
もはやレンリエッタは自我を喪失した半竜のような存在と化している…
「グシャァアアア!!」
大きな鳴き声に、邸宅全体が凍り始めた。
「ふむ…それでは試験の方を手配しておきましょう。後はレンリエッタくん次第ですなエラフィン殿。」
「ああ、だがあの子は間違いなく二つ返事で受けるだろうね。」
「学びに関心のある生徒は大歓迎ですよ。」
場所は変わり、サタニズム街北部のマクスロッド魔法学校。
エラフィンはレンリエッタの入学手続きと入学試験についてちょうど校長であるマークスマンと話を付けたところだった。エラフィンの弟子となれば学校側も大歓迎との事で、何の悶着も無く話は終わった。
「それで…入学試験についてだけど……まさか贔屓なんて事はしないだろうね?」
「まさか。贔屓せずともあなたの弟子ならば簡単に通過できると思いますがね。」
「それがそうともいかないのよ。あの子はちょっと特別な環境に居てね……その、魔法とは無縁だったのさ。ここに来るまではめっきりね。」
「ふーむ…ですがその時はその時…最低限以下の場合は遠慮なく落とさせてもらいますぞ。」
話を終えたエラフィンだったが、入学試験については未だ不安が残っていた。というのも、レンリエッタは此処に来るまでというもの魔法とは無縁の生活だったのだ。
試験と言っても普通の魔法使いの子どもなら難なく突破できるレベルなのだが、レンリエッタからすれば大きなハンデを背負った状態と言っても過言ではなかった。
もし試験を落ちた時のことを考えると…心がひどく痛む…もうレンリエッタが悲しむ姿は出来るだけ見たくないのだ。
だが学校側も特別な対応は出来ないので後は本人次第だろう。エラフィンももう少しばかり魔法を追加で教えれば良かったと思い始めた。
「そんじゃ、何はともあれ…帰ってあの子に伝えるとするかね。来週また会おうじゃないか。」
「ええ是非とも。私もカベル先生も楽しみにお待ちしておりますぞ。」
話を終えたエラフィンは校長室から出ると、学校の風景を眺めつつ正面玄関へと向かった。この学校でレンリエッタが学びを得ると想像してみれば心配事も少しは晴れたような気がした。
「(レンリエッタは私とは違う…学校でもきっと上手くやっていけるだろうね…)」
「あら、エラフィンさん?」
「うーん?あぁ、この前の…」
エラフィンが少しばかり考え事に耽っていると、突如として聞こえた自身を呼ぶ声に振り返った。するとそこに居たのは本を抱えたレンリエッタの友人パンセ。だ(がエラフィンからすればレンリエッタの友達程度の認識である)
「まさか学校で会うなんて…どうかしたんですか?」
「ちょっとした用事さ。……パンセ、だったかしら?ひとつ聞いても良いかい?」
「え?なんです?」
「…もしレンリエッタがこの学校に通うって事になったら…どう思う?」
唐突な質問に一瞬パンセは困った表情を浮かべたが、答えはすぐに出た。
「もちろん嬉しいですよ!ノートで話せても会えないって寂しいですから!」
「…そうかい!そりゃよかった!あの子もきっと同じ気持ちだろうね…」
パンセの真っすぐな顔と声にエラフィンはまたしても元気付けられると同時に、心配は殆ど消えて安心感がこみ上げてきた。レンリエッタは良い友人を持ったようだ。
「も、もしかして…!入学…するんですか?」
「まぁね。まだ決まったわけじゃないけどあの子ならどう答えるかなんて分かるでしょ?」
「本当に!?やったー!クリッツとバーミンにも教えてあげないと!」
「うふふふ………ッ!!?」
だがその時だった…エラフィンは突如として笑みを消してギョッとしたような表情を浮かべた。そして何も言わずとも全速力で外へ向かって走り始めた。
「エ、エラフィンさん…!どうかしたんですか?」
「家の方で何かあったんだ!防壁魔法が異常を探知したんだ!」
「え、えぇ!?」
「まずい…家の中から異常な危険信号が出てるね…」
目に見えずとも、エラフィンの脳は感じ取っていた。邸宅に張り巡らされた結界防壁の呪文が最大級の危険信号を内部から送っている。
すなわち邸宅内で…レンリエッタ(とグリス)に危機が迫っている!
「早く行かないと…!」
「待ってください!…わ、わわ…私も行きますから!」
「アンタも来るのかい?」
「当たり前です!レンリエッタが危険なら助けないと!」
「……なら付いて来な!だけどヤバくなったら逃げるんだよ?良いね?」
「は、はい!」
エラフィンはすぐに杖で飛び立とうとしたが、パンセの言葉を聞いて彼女を連れて行くことに。二人はそれぞれの杖で上へと飛び上がると、森を目指して一気に進み始めた。
あんまりにもエラフィンが早く飛ぶのでパンセは付いて行くのがやっとだったが、友人の大事とあれば後先考えずに行動するほかなかった。
「な、なんだいありゃ!」
「森の真ん中が…こ、凍ってる…!」
上空へ飛び立ち、森が見えてくると二人はその様子を見てひどく驚いた。
なんと青々としているはずの森の中心が氷で覆われたように白く輝いていたのだ。太陽が照り付けるこの時期と時間には明らかに異質すぎる光景だった。
それを見てエラフィンは額に汗を浮かべながら一秒でも早くたどり着こうとさらに杖を加速させ、パンセも負けじと加速した。
偶像の森へ近づけば真冬のような寒風が二人を襲い、それと同時に邸宅の上空を飛び回る存在に気が付いた。
「あれは……竜人?それともキメラかい…?」
凍り付いた森の中心部の上空では何やら羽のついた異形の亜人がブンブン飛び回っており、定期的に凄まじい声を上げながら全身から冷気を発して森を凍らせていた。
エラフィンはそれが何なのかはまるで見当もつかなったが、まず第一にレンリエッタ達の元へと向かうことにした。
「まだこっちに気づいてないみたいですね…」
「ああ…低く飛んで行くよ…まずはレンの状態を確認しないとね…」
「う、うぅ!寒い…夏なのに…!」
二人は気づかれないように木々に紛れて低空飛行で邸宅へと向かった。するとどうだろうか、邸宅はまさにひどい有様であった。
「なんてこったい…こりゃ…」
「氷漬けになってる…」
邸宅は氷に覆われ、その屋根には怪物が破ったと思われる大穴がぽっかりと開いていた。
エラフィンは思わず放心状態になりかけたがすぐに意識を取り戻すと杖から降り、レンリエッタを探すために火炎魔法で氷を溶かして邸宅の内部へと侵入した。パンセもその後に続いたが、草地がすっかり凍っていたので何度か転びかけた。
「レン!!どこだい!レン!!どこにいるんだ!!」
「レンリエッタ―!!無事なら返事死をして!…レンリエッタ―!!」
「そんな…一体どこに…逃げたのか…?それとも…」
氷に寄生されたような邸宅内へと足を踏み入れた二人は必死になってレンリエッタを探し始めた。しかし呼べども返事は聞こえず、返ってくるのは上部から聞こえる怪物の鳴き声ばかり…
だがそんなとき、パンセが悲鳴を上げた。
「……う、うわぁああ!!エ、エラフィンさん!これ…!」
「居たのかい!?……ってグリスじゃないか!」
パンセが廊下で見つけたのは氷に閉じ込められたグリスであった。凍り付いたまま動かないので二人はてっきり死んでいるのかと思ったが、よく見れば目を動かして必死に助けを求めていた。
意外とタフな奴である。
「まだ生きてますよ!この人!」
「レンじゃないけど見つかってよかったよ……ピラリカ!」
「………ぐっ…ぐふ!!はぁ!た、助かりました…ありがとうございますエラフィン様…それと…よく分からないお方…」
エラフィンはピラリカで氷を溶かしてやると、グリスはやっとの思いで脱出できた。色々と聞きたい事が湧いてきたエラフィンだったが、まずはグリスに治療魔法を掛けた。
「まだ動くんじゃないよ……サラマーキス!」
「うぐっ……あ、ありがとうございますエラフィン様…ですがお嬢様が…!」
「レンリエッタはどこだい!?何があったのさ!?」
「あの上空で飛んでる化け物は一体何なんですか!?」
「率直に申し上げれば…あ、あの怪物と称されるのがお嬢様でございます…!」
それを聞いて二人共絶句した。しかしグリスはそのまま凍り付くような二人へ自分が見た光景について話し続けた。
指輪の魔力によって暴走したレンリエッタは次第に竜人のような異形の存在へと変身して行き、遂には背中から生えた翼で空へ飛び立ってみるものすべてを凍らせ始めたと…
「指輪?なんだってレンリエッタはそんなものを…」
「エラフィン様に差し上げるものだと…最近は顔色が良くないとの事で…」
「…!」
「私めの責任でございます…お嬢様のご好意に感激して事実を申し上げ忘れてしまい…」
「そんな…あなたせいではないと思いますよ……たぶん…誰が悪いとかの話じゃないと思います…」
指輪について聞くとエラフィンは心の中にギュッとしたものを感じた。そしてそれと同時に何としてでもレンリエッタを救い出さねばという決心が湧いてきた。
ずっと昔に弟子と交わした約束を二度も破るつもりなど無い。
「…私はレンリエッタを元に戻してくる…」
「で、出来るの…?」
「大丈夫ですよ。エラフィン様は頼れるお方ですので…どうか御武運を…」
「ああ…!」
エラフィンは杖を再度浮かすと立ち乗りの構えでそのまま飛んで行き、上空で暴れ散らかすレンリエッタ目掛けて突撃し始めた。
「(魔導書は無し…だとすれば魔力を三割程度まで出さないと難しいね…)」
【グォァアアアア!!ギシャァアアア!!】
「随分と氷結魔法が上手くなったじゃないかレンリエッタ!私をお探しならこっちに居るよ!」
【グオォウ!!】
まず最初に啖呵を切ったのはエラフィンの方だった。木々を氷結性の吐息で凍らせて行くレンリエッタへ大きな声で話しかければ彼女?はすぐに振り向いては牙を剝き出しながら大きく吠えた。
その顔を見れば…レンリエッタの面影が確かにあった。だらりと垂れる銀色の御髪や母親譲りの顔つきはまさに彼女自身である。
改めて顔を確認しつつも、エラフィンは鑑定魔法で彼女の体を睨みつけた。
「(……あった!右手の親指、第一関節下部に呪いの根源……なんてこったい!ドラゴンの魔力と呪いがめっちゃくちゃに結びついてるじゃないか…!呪いが悪さしてドラゴンの魔力が逆流したってところか…こいつは厄介だね…)」
すぐに元凶である呪いが見つかった。
レンリエッタの親指に嵌められた指輪…やはりそれが呪いの基となっている様で、どこぞの意地悪野郎が作り出した呪いがドラゴンの魔力をレンリエッタへ過剰に注ぎ込んでいるのだ。
こうなった場合最も効果的かつ被害を最小限に抑える方法は…
「指輪を皮膚ごと引っぺがす!!」
【シャァギィアアア!!】
「ピラリカ!!」
エラフィンは指輪を引き剥がそうと糸魔法を伸ばしたが、その瞬間レンリエッタの口から冷気の波が放出された。慌ててピラリカで相殺すればドシュゥウウ!と凄まじい音を立てて周囲を蒸気が包み込んだ…糸の狙いは外れ、蒸気を吹き飛ばすようレンリエッタは飛び上がった。
「くっ…!外した…!」
【ガァァアアアア!!】
「やむを得ない!エリアロック!!グラシルド!」
【グォアアウ!?】
爪を立てて真っすぐ突っ込んでくるレンリエッタに向かってエラフィンは空間展開の魔法を発動し、さらに【グラシルド】の呪文を唱えると不透明な黒い箱が現れて瞬く間にレンリエッタを包み込んでしまった。
必死にもがいても黒い箱はゼリーの様にまとわりついて離れない…重力を圧縮させ、強い引力で封じ込める特級魔法のひとつだ。
「はぁ…はぁ……!(重力の加減を間違えればレンリエッタはペシャンコ…早くしないとこっちが持たない…!)」
【グアァァアアアア!!】
重力魔法は強力故に間違えれば大惨事を引き起こしかねない危険な魔法である。エラフィンは重力の繊細な操作に集中しつつも、もう一つの魔法を唱えた。
ギュッと眉間の血管が浮き上がり、鱗張りの皮膚を持ち上げ…山吹色の瞳孔が桃色に染め上がる…エラフィンが最も得意とするうちのひとつ、念力魔法である。
「(指輪単体を引き寄せる!)…サイネントォッ!!」
【グワァァァァァアア!!】
ブチッ!!
レンリエッタの指輪に狙いを向け、念力魔法で指輪を捩じりながら強く引き寄せればその瞬間、ブチッと音を立てて周囲の皮膚ごと指輪がその手から解き放たれた。
すると途端に周囲の冷気が一気に弱まり始め、エラフィンは一安心…したその時…一瞬の油断が大きな隙を招いた。
【ギシャァアアアアアア!!】
「しまっ…!ぐふぅッ!!?」
一瞬のみだが力を抜いたその瞬間、重力の檻を破ったレンリエッタが最後の力を振り絞ってエラフィンへ思い切りタックルをかました。このまま地面へ叩きつけて殺すつもりだろう。
あまりにも一瞬過ぎた為にエラフィンは杖から降ろされ、そのまま地面へと落ちて行く!自分だけが助かるなら対処は容易だがレンリエッタの身を案じるならそうとはいかない!
「くっ…!(どうやって着地すれば…防壁は骨が折れちまうし…糸魔法は…勢いが強すぎて切断される!…だとすれば私をクッションにして衝撃を殺すしかない!レンリエッタは助かるし私は自分を治療すれば良いだけ…!)」
エラフィンは一瞬のうちに自分をクッションにして勢いを殺す作戦を閃いた。それでは勢いのみならずエラフィンまで殺しかねないのだが重力を発生させたり高度な魔法で受け身を取るなんて時間は無かった。
迫る地面にエラフィンは感覚遮断の魔法を出来るだけ早く発動させようとしたが…
「グラン・ボグルド!!」
「へ?わぐっぷ!?」
「はぁ、はぁ…ま、間に合った…!」
その瞬間、なんと地面は泥沼に変わりエラフィンとレンリエッタはその中へドボンッと落ちた。間一髪で地上に居たパンセが地層魔法で地面を変質化させたのだ。
そして透かさずグリスが二人を泥沼から引き揚げた。
「お嬢様!エラフィン様!ご無事ですか!?」
「なんとかね…おえぇえ!口の中に泥が…」
「ごめんなさい…本当は水に変えようかと思ったんだけど…呪文間違えちゃって…」
「いいや!よくやってくれた!アンタは救世主だよ!おかげでレンリエッタも私も無事に地上に戻って来れたんだから!」
泥まみれになりながらもエラフィンは助け出したレンリエッタの容態を確認した。あのおぞましい姿はすっかり鳴りを潜め、泥をこそぎ落とせばそこに居たのは今まで通りのレンリエッタであった。
幸いにも大事は無かったようで、気絶しているだけだった。エラフィンはレンリエッタの背中から枯れた翼を引き抜くと巻き戻し魔法で肉埋めし、指の皮膚も元通りに……そしてついでに森全体の結界魔法を連動させて凍り付いた邸宅と森そのものも再生して見せた。
グリスはレンリエッタの看病に付きっ切りだったものの、パンセはその様子を見てエラフィンが只者では無いと悟った…
「う、う~ん……あれ…?」
「あ!レンリエッタが起きましたよ!」
「ああ!お嬢様!お目覚めになられたのですね!本当に良かった…」
「ようやくお目覚めかい!まったく…」
それから少しして、レンリエッタは自身のベッドで目が覚めると怠い体を起こしながら今の状況を整理した。グリスに抱きしめられ、出かけたはずのエラフィンが部屋に居り、なんと言ってもこの場所に居るはずがないパンセの姿まで…もはやチンプンカンプンだったが、何かしら良くないことが起きたというのは容易に想像できた。
「えっと…なんでパンセが居るの?それに先生も…」
「まさか忘れたのかい!アンタ、指輪を作ってその魔力のせいでドラゴンになっちまったんだよ!」
「ホントに心配したんだからね!」
「指輪…ああそうだ!私、指輪のせいで…指輪はどこに行ったの!?」
「それならエラフィンさんがさっき…」
「空間魔法で消し飛ばしたよ。あんな厄介なのが残ってたなんて…」
元凶となった指輪はエラフィンが空間魔法で亜次元に消し飛ばしてしまったようだ。それはそれで良かったのだが、レンリエッタは色々と複雑な気持ちになった。
それからすぐに申し訳ない気持ちでいっぱいにもなった。
「みんな…本当にごめん……私のせいで森も家も全部…」
「それなら大丈夫ですよお嬢様、エラフィン様がすべて元通りにしてくださったので。」
「だからアンタ以外は全部元のままだよ。」
そう聞いてレンリエッタは自身の親指を見てみると、指輪をはめていた部分の皮膚が少し色が薄くなっていたのに気が付いた。そして自分のせいで多大な迷惑と苦労を掛けてしまったのだと改めて思い知った。
しかしエラフィンは落ち込むレンリエッタへ励むように声をかけた。
「レン…話は聞いたよ、私のためにしてくれたんだって?私の顔色が良くないからって。」
「うん…でも…」
「心配かけて悪かったよ。私も…少し不安でね、アンタが遠くに行っちまいそうで…」
「遠くに…?なんで?」
レンリエッタがそう聞くと、エラフィンは一枚の小冊子を取り出して彼女へ渡した。やけにパンセがニコニコするので恐る恐る見てみれば『新入生の君へ』という文字が目に入る…マクスロッド魔法学校の入学案内だ!
「これ…!学校の……ま、まさか!」
「ああ!アンタなら学校でもやっていけると思ってね!」
「良いの!?で、でも…」
「私も考えが変わったのよ…でもその代わり!修行は今までよりも厳しくするからね?」
「もちろん!…やったぁ!私学校に行けるんだ…ありがとう先生!」
皆と同じ学校に行ける。そう考えただけでレンリエッタの胸は張り裂けそうなくらいに嬉しさでいっぱいになった。
レンリエッタの喜ぶ姿を見てパンセもグリスも嬉しそうに笑い、エラフィンもいつの間にか寂しさを忘れて笑みを浮かべていた。今日は人生で最悪であると同時に最高の日なのかもしれない…
それまでの落ち込みは消え去り、ウキウキ気分のレンリエッタ。しかし…
「入学試験は来週、それまでに試験の準備をするんだ。いいね?」
「……え?し、試験なんてあるの…?」
「もちろん!私もクリッツも応援しに行くから頑張ってね!」
「なぁに、師匠として手伝ってやるさ!心配しないで良いよ!」
「私めも尽力しますよお嬢様!」
「は、はははは…」
入学試験と聞けば焦らざるを得なかったとさ…
つづく…
今回のポイント
【ドラゴンの利用価値】
著:レムリン・モーツ(センドルフォードの古現竜学者)
『ドラゴンとは一口に言っても(飛竜種と脚竜種含めて)軽く1000を超す種類が存在する生物である。しばしばドラゴンは力強く、狂暴でありながら誇り高い生物とされるが強大な魔力を持つという点は外せない。魔法の研究においてドラゴンは数千年にわたって我々の助けとなり、ある時は共存し得る存在として、またある時は国を滅ぼしかねない脅威とされて来た。とどのつまりドラゴンとは極めて有益な魔法素材の宝庫と言えよう。まず生きている健康なドラゴンからは新鮮な血液が半永久的に搾り取れる、厳密には巨大種の成体(レッドアックス種)から毎日2リットルの血液を抜いても健康には何ら変わりないとされる。竜の血液は特級霊薬のベースとして使用される他そのまま飲むと丸一週間は寝ずに動けると言われるが竜毒に感染する可能性が高いので現在は推奨されていない。定期的に生え変わる鱗は鎧や食器の素材として使われ、爪は薬の素材に、胎生種の胎盤は超希少食材と言われる。そして死後のドラゴンからも極めて希少な資源が多数手に入るがその中で最も価値が高いとされるのが胆石…次いで逆鱗と炉臓(心臓)である。胆石はまさにドラゴンの持つ魔力を凝縮させたもので死後摘出されてもなお光り続け、その魔力は理論上数千年後も残り続けると言われている。胆石は主に触媒に使用され、効果としては狂暴的な魔力強化を与える。ドラゴンは寿命が極めて長く、中型種でも十分危険なため素材の入手にはドラゴンスレイヤー等の手助けが必要になるだろう。なおもしも貴方が幸運なことに腐敗していないドラゴンの死体を見つけたとしても絶対に近寄ったりせず、すぐにその場から逃げることを推奨する。竜が倒れるとき、その傍には別の竜…もしくはそれよりも遥かに強大な存在が必ず潜んでいるのだ…』




