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第41話『ヒル!そしてヒル!』

 ガマのケープの作成を終えたレンリエッタに休む暇など無かった。

 というのも課題はまだ2つ残っており、火球とモノリスの習得に今まで以上の集中力を注ぐ必要があったのだ。なので連日、レンリエッタは指南書を片手に呪文の猛特訓に尽力していた。

 ある日は練習用の木製人形相手にひたすら火球を打ち込み、またある日はエラフィンの召喚した『羽根つき的』を一日掛かり追い続けて破壊するなどの過酷な特訓で着々と練度を上げて行ったのだ…


「…ツツリカ!…えいっ!!」

「うん、この前よりずっと安定してるよ!威力も中々じゃないか!」


 そのおかげか、最初は人形を少し焦がす程度のヘボ火球が今では一撃で粉々に打ち砕くほどに成長したのだ。形状もより安定した球状に近くなり、狙いも恐ろしく正確になっていた。

 レンリエッタは砕け散った人形を眺めるとふぅーッと一息ついてから、ムーキスで元通りに直して見せた。この手の呪文に関してはもはや苦労すらしない。


「ふぅ……ムーキス。」

「さて、どうだい?まだいけるかい?」

「もちろん!今度は三体でも良いよ!」

「言うねぇ…よし!そんじゃお望みどおりにしてやろうじゃないか!」


 日差しの下、レンリエッタはまだまだ余裕と言わんばかりにエラフィンへ人形を増やすように言って見せた。するとエラフィンは遠慮なく人形をボンッと呪文で3体に増やし、レンリエッタへ構えるようなポーズを取らせた。

 人形の手には杖に似せた木の棒が握られており、制限時間内に無力化しなければ吹き飛ばされるという仕掛けだ。(しかも吹き飛ばされるとかなり痛い)


「猶予はさっきよりも短くしといたよ、受け身の準備は大丈夫かい?」

「もちろん!寝るのは得意だもんね…けど今は…ツツリカ!!」


 人形たちの杖が光り始めたと同時にレンリエッタはツツリカの呪文を唱え、左右の手に中くらいの火球を作り出した。そしてほんの一瞬、人形たちの位置を正確に測ってから…思い切り放り投げた!


 ドゴンッ!


「よっしゃ!三体同時にぶっ飛ばした!」

「ふぅ…我ながらひやひやしちまったよ…」


 すると人形たちは狙い通り吹き飛び、3体とも薪材のようにバラバラに砕け散った。

 エラフィンは心配しながらもホッと胸をなでおろし、レンリエッタは両手をブンブンと振って冷ました。二つ同時に投げると手の保護が行き届かずに少し焼けてしまうのだ…この辺はまだ練習不足である…


「ひぃ~!やっぱり同時投げは手が熱くなっちゃうなぁ…」

「そこら辺はまだまだ青いね、けれど威力に関しちゃ文句なしさ。十分合格点だ」

「合格点?な、なら…」

「ああ、ツツリカも合格してあげるよ。学校じゃ満点レベルだからね。」

「わーい!やったー!二つ目の課題もクリア!」


 しかし火球の威力は申し分なく、一般的な試験や学校では満点に近い出来のためエラフィンは特別にこの課題も合格扱いにしてくれた。

 ()くしてレンリエッタは残る最後の課題であるモノリス魔法へと集中することになったのだが…




 それから3日後、レンリエッタは未だにモノリス魔法を発動すら出来ずにいた。


「うーん………だめだ…全然できないよ…呪文はないの?」

「もちろん、無詠唱呪文が基本だからね。イメージ、集中そんだけよ。さぁ続けな。」

「はーい…うーん……イメージ…」


 というのもモノリス魔法の基本は無詠唱のため、今までの呪文タイプとは打って変わって難易度が大きく跳ね上がっているのだ。エラフィン曰く『魔法の流れを見るようにイメージすること』が大事らしいのだが…目を開けずに見るというのは何とも難しい事である。

 レンリエッタはカーペットにちょこんと胡坐をかき、こうして2時間近く手へグッと力を込めているのだが…やはり何も起きず、出るのはため息ばかりだった。


「……はぁ~…難しいよぉ…」

「こらこら、弱音は吐かない。つづけるつづける。」

「そんなこと言っても…目を開けずに見るなんてやっぱり無理だよ。」

「レンリエッタ…いいかい?何も見るのは景色じゃないんだ、魔法の…魔力の流れさ。自分の体中に流れる魔力を感じ取れば良いのよ。」


 エラフィンはそう言って聞かせたが、やはりレンリエッタからすればチンプンカンプンな話である。生煮えのような気持ちでレンリエッタは再度目を瞑り、グッと全身に力を込めるようにしてみた。

 すると…


 ブッ…


「おっと…失敬失敬…」

「アンタねぇ…何もガスを発現させろとは……うん?」


 うっかり漏れたレンリエッタの無礼なガスにエラフィンが呆れた気持ちで言おうとしたその時、外からドサッと重荷を下ろすような音とバサバサと大きな翼が羽ばたく音が聞こえてきた。

 二人が口を止め、耳をすませば音の主はカツカツと近づいてきて、ガチャリとドアを開けた…その正体はひょろ長のグリスである。今朝早くから買い物へ出かけていたのだ。


「おや、お二人ともお揃いで…ただいま戻りました。」

「お帰りグリス。」

「ご苦労さん、朝早くから出して悪いね。」

「いいえ、従僕の務めですから。」


 グリスは食料品の詰まった大きな袋と木製のバケツを持っていながらもバランスを一切崩さずスタスタ歩いてくると、バケツのほうをテーブルへ置き、袋を持ってそそくさとキッチンへ向かっていった。

 一方でエラフィンはテーブルに置かれた布で蓋がされたバケツを見るなり嬉しそうに手をこすり、レンリエッタは好奇心を沸かせながら聞いた。


「ねぇ、このバケツの中身って…もしかして美味しいもの?」

「いいや、全然!けれどすっごい高級品さ…どれ、早速確かめてみようじゃないか!」

「わー!見せて見せて!」


 エラフィンは広間の棚からレターナイフを一本手元へ引き寄せると、ザクッと切れ込みを入れて封を開け始めた。

 高級品と聞いたレンリエッタは一体どんなものが出てくるのかと期待に胸を膨らませて見ていたが…やがて露わとなったそれを見て、瞬く間に血の気が引いた…


「じゃじゃーん!おお、こいつは良いね!生きが良いじゃないか!」

「うげッーー!!?なにこれぇ!き、気持ち悪い!!」

「何ってヒルに決まってるだろう?ナメクジでもカタツムリでもなく…こいつは正真正銘、輸入物の高級ヒルさ!」


 なんとバケツに詰まっていたのは大量の…本当に大量のヒルであった。10センチほどのよく太った黒いヒルが何百匹と詰め込まれ、奇妙な粘音を立てながら犇めき合っている…

 レンリエッタは全身の毛が逆立ち、気色の悪い光景に対して思わず吐き気を催してしまう始末…クモやゴキブリならまだしも、ヒルは気持ちが悪くてしょうがない…それがこんなに大量に居るのだから悪夢以外のナニモノでもなかった。

 部屋の隅で震えるレンリエッタとは対照的にエラフィンは満足そうに一匹摘まみ上げると、ギューッと力を込めてヒルを潰した。すると大量の粘液が分泌され、ボタボタと滴り落ちた。


「この粘液の量…今年はアタリだね!」

「ええ、お店の方も数年に一度の出来だとおっしゃっておりましたよ。…ところでお嬢様は……おや、そのような隅でいったい何を…」

「ひぃいい!気持ち悪いぃ…」


 今年は出来が良いらしいが、そんなことはどうでも良い。

 レンリエッタはどうにか全身の鳥肌を抑えつつ、そっと近づきながらエラフィンへ恐る恐る聞いた。


「せ、先生…そんなにいっぱいヒルを買ってどうするつもりなの…?まさか食べるんじゃ…」

「食べる?まさか!こいつの粘液で石鹸を作ろうと思ってね。」

「せ、石鹸?ヒルで?」

「このヒルの粘液と薬草、それから油を混ぜて固めると質のいい石鹸が出来るのよ。」

「百年石鹸とも呼ばれますね。王も愛用するとも呼ばれる高級品でございますね。」


 どうやら、こんなにも大量のヒルを買ったのは石鹸を作るためらしい。レンリエッタはてっきりシチューでも作るんじゃないのかと恐れていたのでそれを聞いてホッとした。

 その石鹸…百年石鹸はヒルの粘液、数種類の薬草に加えて動物性油脂もしくは植物油を混ぜて作られる高級品らしく、貴族はもちろん王族も愛用するほどの効果を持つらしい。

 レンリエッタはそんなものを作ってどうするんだと一瞬考えたが、エラフィンのあくどい顔を見ればすぐに理解できた。大抵何か作るときは売るのだ。


「よーし!そんじゃ今日は石鹸作りに専念しようじゃないか。レンリエッタ、気分転換ついでに手伝ってくれないかい?」

「うえぇえ!む、無理だよ…気持ち悪いし…」

「なぁーに、大丈夫さ。手袋を付ければ噛まれないよ。さぁおいで!新鮮なうちにやっちまうよ!」

「ひぇえぇええ!」


 石鹸作りの誘いをレンリエッタは断ろうとしたものの、返事を言う前に連れて行かれてしまった為に渋々従うことにした。退屈な修行の気分転換にはなるかもしれないが、この気分をさらに転換させるものが欲しいところである。

 そんなこんなで錬成塔へ連行されたレンリエッタは小さな椅子とドラゴン皮の分厚い手袋、それから金属製のバケツと皿を渡された。


「えーっと…何をするの…?」

「何をって絞るのさ、ヒルを絞って粘液をバケツに貯めておくれ。」

「おええ!き、気持ち悪い…」

「慣れれば病み付きになるよ、ギューッとした感覚がね…そんで、絞ったものは皿に乗っけるんだ。良いね?」

「わ、わかったよ…どうせ逃げられないし…」

「もちろん!じゃ、私はグリスと一緒にチャチャッとハーブと薬草を摘んでくるよ。必ず手袋はするようにね!」


 そう言いつけると、エラフィンはさっさと部屋から出て野草採取へと出かけてしまった。一人残されたレンリエッタは草摘みのほうが楽しそうだと考えたが、外の暑さを思い出せばこの仕事も悪くないかと自分に言い聞かせてから手袋をしっかり着用し、椅子に座るとヒルを一匹摘まみ上げた…

 ぐちゃりとしていて、非常に柔らかく…まるで液体そのものを掴んでいるかのような感触がドラゴン皮を通して伝わってくる…手袋になってもドラゴンは偉大な存在である。


「うぇええ…気持ち悪い……でも絞らなきゃ…ええい!」


 レンリエッタはしばらく絞るのに躊躇したが、意を決して両手でぎゅっと捻ってみた。すると恐ろしいくらいの粘液が分泌され、バケツへトロリと落ちて行く…粘液は透明でトロトロしており、水飴のようだ。

 しばらく絞っているとヒルはやがてゴムの様に硬くなり、動かなくなってしまった。レンリエッタは少々の憐れみを抱いたが、すぐに次のヒルへと手を伸ばさなくてはならなかった…


「うぅ…ごめんね…えい!……君もごめん…すぐに仲間の元に送ってあげるからね…」


 最初のうち数匹は絞るたびに良心が傷んだのが、それが十匹、二十匹と続けばいつのまにか何も感じなくなり、次第に絞る行為は作業と化していた。ギュッと絞り、干からびたのはペタッと皿に乗せ、またもう一匹掴んでは絞って皿に乗せるの繰り返し…

 適度な感触と単調な作業がどうにも心地よく、レンリエッタはなぜか楽しくなってきた。エラフィンの言っていたように病み付きになりそうだ。


「ふんっ…はい次っ……ふっ…次……」


 ブチュッ!


「あぁッ!?千切れちゃった…強すぎたんだ……力が…」


 だがそんな時だった、うっかり手元の力を誤り、ヒルを一匹ねじ切ってしまった。その無力感たるや、さながら兵士を無駄死にさせた将軍…

 しかしそのような些細なアクシデントで止めて良い作業ではない。レンリエッタは千切れたヒルの断片をギュッと潰して粘液を搾り取ると、皿に乗せてからまたもう一匹手に取り…今度はなるべく手の力を意識するように絞った…

 何事も加減が大事なのだ…自分の手なら猶更なこと、見えなくとも気を付けるべきだ。

 見えなくとも…


「……魔力の流れを見るって…もしかして感覚を意識しろって事なのかな…」


 レンリエッタは導き出すようにそう呟くと、一旦作業を止めた。それから手袋を脱いで先ほどと同じように手のひら同士を向けあうようにすると目を閉じ、出来るだけ両手を意識してみた。

 体中を流れる魔力を感じ取る……もしそれが感覚ならば、見えるかもしれない…


「………」


 レンリエッタは一人という事もあってか、先ほどよりも数倍以上に集中して両手へ意識を向けた。目に見ずとも、どのような形で…どのように向き合っているのか、形を思い出すようにイメージするのだ…

 そしてその手に流れる魔力…それこそが魔法にとって最も大切な存在である。

 すると…


 バッ…!


「痛ッ!?…な、なに…?静電気?」


 一瞬だけ、バチッと手のひら同士を繋ぐような刺激が流れ、レンリエッタは思わず目を開けた。

 しかし、どこを見てもモノリスは無い……静電気だったのだろうか…?だがそれにしては刺激が強いような気もしたが…


「今のって一体…」


「レンリエッタ!調子はどうだい?上手く絞れてるかい?…うん?どうしたんだい。」

「い、いや…ちょっとだけ休憩してただけ…」


 イマイチ疑問の浮かぶレンリエッタだったが、エラフィンが草だらけの籠を片手に帰って来たので作業を続けざるを得なかった。


「ふむふむ、良いじゃないか。ごたごた言ってたわりにはよく絞ってくれてるね。」

「うん、なんだか感触が良い気がして。」

「だろう?そんじゃ、私も手伝うとするかね。」

「えぇ!?せ、先生…素手でやるの?」

「まぁね、鱗のおかげでヒルは素手でも平気なのよ。」


 さて、刺激はさておき…その後レンリエッタはエラフィンと二人で残りのヒルをすべて搾り取り、バケツいっぱいの粘液と大山盛りの絞りカスを築き上げた。

 いくら感触が良くとも、長く続けていたせいで指がギシギシと傷み、レンリエッタはCWPの青臭い軟膏を塗る羽目になったのだが…即効性が高く、すぐに指は元通りになった。


 それからの工程は特に難しいものでもなかった。

 摘んできた草たちを煮立て、その汁を粘液や油と一緒に釜でグツグツ煮込み、半日ほどかけて煮詰めるのだ。昼前に始めたので木製の格子状の型に移す頃にはすっかり夜中になっていた。


「ふぁあ~…うーん…それで、どのくらい置いとくの?」

「ざっと1年程度ってところかしら。」

「そっかぁ、1年かぁ……い、1年!?そんなに掛かるの…?」

「普通に作る場合はね……もちろん私はそんなに待てないから寝坊金庫(オーバーボルト)に入れて強制的に早めちまうのさ。まぁそれでも…48時間は掛かるんだけど。」


 型に移した後は固まるまで待ち、それから熟成させる必要があるのだが…普通なら1年前後掛かるところを、寝坊金庫という特別な道具を用いて強制的に熟成させてしまうのだ。しかし、それでも熟成させるには丸2日を要するので今すぐには出来ないのである。


「2日間かぁ…でも1年に比べればうんと短いよね…」

「その通り。ほら今日はもうおやすみ、明日は明日でやってもらいたい事があるんだから。」

「うっ…ちょっとだけ楽しみにしておこうかな…おやすみ先生…」


 結局、その日もモノリス魔法の習得に進展らしい進展はなく、レンリエッタは「やってもらいたい事」とやらに対して少々の不安を抱きながら眠ることになった…


 翌日の朝、レンリエッタは朝食前にエラフィンと共に石鹸を型から取り出す作業を行った。一晩が経過した石鹸はすっかり固まっており、レンガの様にカチカチだった。

 その後、取り出した石鹸を寝坊金庫へと移すのだが、なんと金庫の中には先客がいた……その先客というのはなんと数年前に入れておいたまま忘れ去られていたビートルチーズ。

 金庫の内部はカビの王国と化しており、チーズはその王としてカビと共存していたのだ。当然そのまま使うわけにもいかないので、三人掛かりで金庫をバラバラに分解して殺菌作業を行う羽目になった。


 ようやく落ち着こうとすれば時刻は昼前となっており、ブランチを済ませたレンリエッタがゆっくりとソファに座り込んで休憩しようにも、まだやるべきことは残っていた。


「休んでるところ悪いけどやってもらいたい事があるってのは忘れてないね?」

「まぁね。でもいったい何すればいいの?」

「アンタの針仕事の腕前を見込んでのことさ、作ってもらいたい装具があるんだよ。」

「え?装具?なら別にいいけど…」


 昨晩も言っていたエラフィンの頼み事とやらは、なんと装具の作成であった。てっきり何か面倒な事でも頼まれるかと思っていたレンリエッタは拍子抜け気味に返事をすると、彼女は一冊の本を手渡してきた。

 古びた黒い本だ…ずっしりと重く、細いベルトでガッチリと絞められていた。火を見るよりも明らかな、ただならぬ本だ…

 題名は…『禁制装具全集』で著者は『ミスター・ブーム』という人らしい。


「こ、これって一体…」

「魔術装具の本だよ。でもこの前渡した物よりも幾分か…まぁ、アングラな物が載ってるのさ。」

「随分とおめかしされてるけど…まさか本を開いた瞬間に呪われたりはしないよね?」

「安心しな、ベルトはわかりやすくするために巻いてるだけだよ。そいつは正真正銘ただの本…それで、作ってほしいのはその本に乗ってる手袋でね…」


 レンリエッタは少々怖気ながらもベルトを外して本を開いた。埃とカビ臭いが読む分には申し分ない状態だ。

 しかし、ペラペラとページを捲って行けば行くほどこの本の異質さが十分に伝わってきた。どれもこれも…名前を聞くだけでも恐ろしいような装具がたくさん載っているのだ…

 『盗聴(ラット)ブローチ』や『筆跡模造筆(サインテイカー)』という犯罪道具もあれば、『絞殺(ジャック)タイ』などの暗殺道具、それから『透明下着』から『偽妊婦(マリッジ)ベルト』のような良くわからないものまで…


「つまり人には言えないようなものを私に作って欲しいってこと?」

「言い方は悪いがそうなるね…でも犯罪に使うわけじゃないよ、家で使うもんさ。ちょっと本を貸して……そう、これを作ってもらいたいの。」

「うーん?…盗人手袋(シルヴァーハンド)?」


 エラフィンが見せてきたページに書かれていたのは盗人手袋(シルヴァーハンド)という革製の手袋であった。名前からしてヤバさ丸出しなのだが、驚くべきはその効果…

 なんと物質の干渉を無視して様々な物を取り出せると言うのだ。例えば、財布を開けずに中のお金を取り出せたり、あるいは鞄やコートの中に仕舞われた財布そのものを気づかずにスレるという事だ。

 本人は犯罪に使わないと言うのだが……さすがに納得できるほどレンリエッタは疑り浅くはなかった。


「……泥棒以外に使えるの?これ。」

「な…まさか疑ってんじゃないだろうね?確かに私は犯罪者だけども…盗みなんてのは大層なもの以外はしない主義なんだ。それこそ手袋程度じゃ盗めない物をね!」

「ふーん…」

「い、いいかい!その手袋は密閉容器に入った素材を取り出すのに使うんだよ、例えば蓋がない容器だとか…あるいは氷漬けにしないといけない物だったりね。いちいち空間魔法で取り出すのは面倒なんだよ。」


 どうやら手袋の用途は密閉された物の出し入れに使うらしい。世の中には保存が難しく、氷の中に閉じ込めたりガラスで密閉しないといけないような素材が沢山あるのでそう言ったものを取り出すのにこの手袋は便利なのだ。

 エラフィンの熱心な弁論を聞いたレンリエッタはようやく彼女を信じることにした。


「そこまで言うなら…良いよ。作ってみる!私もなんだか気になるもん!」

「それでこそ私の弟子よ!材料は揃えてあるし、存分に作ってちょうだいな!」

「そういえば…材料は何を使うの?」

「昨日絞ったヒルの革さ、煮込んでる間に干して乾燥させといたのよ。」

「……え?」


 せっかく乗り気になったレンリエッタだったが、材料を聞いた途端にズンッと一気に気分が下がるのを感じた。

 材料はヒルの絞りカス…掻っ捌いたヒルから内臓を取り出し、よく洗ったものを干して作った革らしいのだが、そんなものを手袋にするなんて狂気の沙汰である。

 かなり気分が悪くなってきたレンリエッタだが、トドメとばかりにエラフィンはその材料をドーンと目の前へ差し出してきた。


「うぎゃー!!」

「なにをそんなに驚くんだい、もう死んでるじゃないか。」

「そーゆー問題じゃないよ!気持ち悪いってば…!」


 カピカピに乾いたヒルの革はまるで萎びたゴムのようであり、言うなればタイヤの切れ端みたいであった。しかしそんな姿になってもレンリエッタはゾッとした気分で後ずさり、一気に血の気を引かせた。


「頼むよレンリエッタ、この手袋は市場でも中々手に入らないんだ……ね?」

「うぅ……うーん………わかった、やるよぉ…」

「そうこなくっちゃ!ホントありがたいよ!」

「はぁ…虫には慣れないとなぁ…」


 だが一度受けた頼みごとを断れないレンリエッタは渋々引き受け、盗人手袋の作成を始めるのだった…もしかしたらこの先、ヒルより気色の悪い素材を相手にする機会が山の様に訪れるかもしれないのでまだマシな方なのかもしれない…

 それにしてもそんなもので作った手袋を平気で使おうとするエラフィンに対してレンリエッタはヘルド世界と人間世界における価値観の違いを大いに感じるのだった…


つづく

今回のワンポイント


【ヒルの利用価値】

著:H・ジョナスコヴィッチ(医療系操蟲魔術師)

『我々の生活に外せない存在は様々であるが、その一つはまさにヒルである。所謂、吸血ムシの一種であるヒルは古くから医療や製薬関係において度々利用されており、その歴史はかなり深い。歴前の遺跡からはよく飼育場が発掘されており、一部ではヒルを神の使いとして崇拝する祭壇も発見されている。医療生物としては主に寄生虫の卵や侵蝕性ウイルスの吸出しに使用され、痛みを最小限に抑えてくれるので多少の気持ち悪さを我慢すれば最良の治療法となる。治療に特化した種の開発も盛んに行われ、家畜化もされているのだ。製薬材料としては干物や粘液がよく使われ、主な効能は免疫力と新陳代謝の向上。飼育が比較的容易なので自宅で繁殖させている調剤師も多い。一部の種は食べることも出来るのだが、生食する際は寄生虫に注意。東の地であるソガ連邦ではヒルの湯通しが有名。…この通りヒルは我々の歴史に深く関わっており、今後の研究にも期待できるだろう。そして最後にひとつ言っておくが、ヒルは虫ではなく環形動物の一種である。』

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