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第35話『幽鬼のペンデュラム』

 ロッズル釣りを終えた二人は軽く休んでから売りに行こうとしたものの、エラフィンは久しぶりに身体を動かしたせいで一気に疲労が溜まってしまい、レンリエッタも腕力強化の代償として激しい筋肉疲労に襲われてしまい、結局その日と次の日を二人は殆ど寝た状態で過ごす事となった。

 流石に二日も過ぎれば2人の容態も外の天気も元通りになっており、とても素晴らしい晴れの日となった。

 レンリエッタは起床すると、軽くなった体を解しながらキッチンへと向かい、いつものようにグリスと挨拶を交わした。


「おはよ、グリス!」

「おはようございますお嬢様。その様子を見るにすっかり元通りでございますね!」

「うん!昨日は腕が破裂しそうなくらい痛かったけど、今日は朝から身体が軽いや!お腹も軽いよ!」

「でしたら今朝は胃に優しいメニューにしましょう。少々お待ちくださいね。」


 昨日の苦痛は全て消え去り、軽快な気分でレンリエッタはダイニングの椅子へ座り込むと、今朝届けられたばかりの新聞へ目を通した。デイリーオウルズ新聞は朝に欠かせない存在である。

 眺めればまず目に入るのは早夏のストームが無事に通過して行き、ずっと東の方へ向かって行ったという見出し。レンリエッタが釣りを行った竜巻で間違いないだろう…どうやらライグリオンは無事らしい。


「竜巻、行っちゃったんだね。」

「ええ、外は晴れやかで気持ちが良さそうでございますよ。」


 竜巻と嵐は無事に過ぎ去り、暴風も豪雨もどこへやら…外はカラッと温かそうである。

 さて、次に目に入ったのはロッズルたちの販売レートである。よく分からない数字がずらりと並んでいるのでレンリエッタはチンプンカンプンであったが、どうやら解説を見るに高騰気味の模様。

 せっかく釣りあげたロッズル、安売りだけはしたくないのでひと安心だ。


 そんなこんなでレンリエッタは静かで気持ちの良い朝を過ごした。グリスがハーブティーとリゾットを作ってくれたので今日も一日元気に過ごせそうだ。

 しばらくレンリエッタがグリスへ一昨日の出来事を話していると、エラフィンがやって来た。


「ふわぁ~…ぁあ…朝から元気なもんだねぇ…」

「それでね、すっごく大きいロッズルが……あ、先生!おはよう!」

「おはようございますエラフィン様。どうやら回復されたようですね。」

「昨日は酷かったからねぇ…あーあ、歳は取りたくないもんだよ…まったく…」


 エラフィンは相変わらず眠そうに歩き、椅子へと座ったがいつもと変わらない様子を見るに疲れは取れたらしい。少なくとも起き上がれなかった昨日に比べて格段に回復していることは確かだろう。

 週刊誌を片手にハーブティーを啜るエラフィンへレンリエッタは今日の予定について聞いてみた。


「ねぇ先生、今日はロッズルを売りに行くんだよね?」

「ああ、リージャスト街へ行くよ。」

「サタニズム街ではなくリージャスト街へ?珍しいですね…」

「そっちの方が都合が良いのさ。ロッズルを発電屋で売るついでに触媒を受け取れるからね。」

「触媒?それって…」

「アンタの触媒よ、カヴルが完成したってさ。」


 それを聞いてレンリエッタは跳ね回りそうな気分に駆られた。すっかり忘れていたが、レンリエッタは自分の触媒である幽鬼の石を用いたペンダントを作ってもらっていたのだ。

 あれからしばらく経っていたが、ようやく完成したらしい。厳密には一昨日に完成したとの事だが。

 ともかく、ついに自分の触媒が持てるという事実にレンリエッタは大いに歓喜した。立派な魔法使いとしての第一歩をようやく踏み出せるような気分だ……厳密にはもっと前に踏み込んではいるのだが…


「ついに私の触媒が…完成したんだ!」

「触媒を持つからには、これからバシバシ指導して行くからね。覚悟するんだよ?」

「もっちろん!谷底へ突き落すように鍛えてよ!」

「はっはっは!私の指導は谷底程度じゃないよ、とびきり底なしの毒沼さ!」

「な、なにはともあれ…あまりにも危険な事は控えてくださいね…お二人とも…」


 触媒が手に入るという事は初級以上の呪文を扱えるようになるのだ。つまり呪文の練習もこれからは一筋縄ではいかなくなるだろう…

 ツヴァイガーは我が子を百刃の谷底へ突き落とすと言うが、エラフィンの指導はそのように生易しいものではない。レンリエッタは武者震いしながら意気込んだ。


 それから朝食を済ませ、身支度も終えた二人は早速ロッズルを売りにリージャスト街へと向かう事にした。外は生温かく、梅雨の始まりを知らせるようだ。

 グリスは今日も留守番だが、屋根の楔を取り外したり、色々な物が飛んで来た為に散らかった庭を片付けるので忙しくなるだろう。


「それではお嬢様、エラフィン様、行ってらっしゃいませ。昼食時に戻られるのでしたら御食事をご用意しておきますよ。」

「ああ、そうしとくれ。さてと…レンリエッタ、準備は良いかい?」

「うん。杖も全然平気だよ。」


 竜巻の中へ突っ込んだと言うのに杖は依然として白く輝いており、ヘッドに当たる石も光っている。それどころか嵐に打たれてちょっと綺麗になったかもしれない…

 それはさておき、レンリエッタとエラフィンはそれぞれの杖に跨ると、グリスに見送られながら晴れ渡る空へと飛び上がった。

 今日は雲が所々に見られる程度なので青い空を覆い、日光を遮るものも無いのでとても温い日だ。梅雨が始まっているせいか汗ばんで来るが、全身を吹き抜ける風が気持ち良く、絶好の飛行日和である。


「そう言えば…レン、たしかロッズルを飼いたいって言ってたね?」

「うん!必要なものは色々あるらしいけど、全部お小遣いで足りそうだよ。」

「そりゃ良かったよ。けれどくれぐれも管理は厳重にしておくれよ?家中の電気がぶっ壊れちまったんじゃ笑えないからねぇ。」

「その点は気を付けるようにするよ…すっごくね。」


 先日の事だが、レンリエッタは釣り上げた幼体ロッズルを飼育する許可をエラフィンから貰っていた。なので昨日は腕の痛みに苦しみながらも『かしこい精霊飼育法103選』に目を通し、必要なものを全てメモしておいたのだ。

 飼育において最低限必要なのは耐電ガラスの水槽、金属製の回し車、マジックペレットの3つ。どれもこれも大した金額にはならず、本にも『特異生物ながら飼育方法は容易で費用も安い』と書かれていた。


「それにしてもロッズルを飼いたいだなんて…何か理由でもあるのかい?」

「愛着が湧いたからかな…それにとっても面白い生物だから観察してみたくて。」

「理由はそれだけ?契約するもんかと思ってたけど…まぁ雷の精霊なんて使いどころは限られてるからねぇ。」

「そっかぁ、ロッズルも精霊だから契約できるのかぁ…すっかり忘れてた…」


 レンリエッタがロッズルを飼育したいと思ったのは純粋な興味と愛着であり、契約の為ではない。もちろんロッズルも一応は雷の精霊なので契約とやらは出来るが、契約者は殆ど居ないらしい。

 言う事は殆ど聞かないし、懐くことも無く、汎用性も良いとは言えない…なので契約しないというのは賢い選択肢である。


「でも…いつかアンタも精霊と契約する時が来るだろうよ。遅かれ早かれね。」

「私ってばどんな精霊と契約するんだろう……あ、そう言えば聞き忘れてたんだけど…エラフィン先生は精霊と契約してるの?」

「私かい?そりゃしてるけど…今はワケアリで離れ離れなんだ。」


 やはりエラフィンは精霊と契約している様だ。レンリエッタはその精霊がどんなもので、一体なぜ離れているのか聞こうとしたが……どこか彼女の後姿に悲しさを覚えて聞くことを止めた。

 わざわざワケアリと称する辺り、特異な事情でもあるのだろう…


 さて、そんな風に話し込んでいるうちに二人はいよいよリージャスト街の首無し像の広場へと到着し、降り立った。いつもは静かで落ち着いた雰囲気を放つ街だが、今日はいつもと違った雰囲気が漂っている…


「ふぅ!とうちゃーく!……にしても、なんだか街の様子が変だね?」

「そりゃ嵐が過ぎたばっかりだからね、どこもかしこも商売時なのさ。」


 それもそのはず、リージャスト街の店たちは滅多にない商売チャンスを最大限利用するためにここぞとばかりに宣伝を行っているのだ。いつもなら簡素な看板ひとつなのに、今日に限ってはどこも派手な柄の旗やらのぼりを上げている。

 そしてそれらには『瓶詰雷雨』や『干しアラシウオ』などの嵐にちなんだ商品名が掲載されている。災害は誰かの不幸でもあり幸運でもあるとはまさにこの事だろう。

 もちろん『ロッズル買い取ります』や『天然ロッズル入荷』などの旗も上がっている。


「さて、負けてられないね!レートが下がる前にロッズルを売りに行くよ!」

「そうこなくっちゃ!…でも、どこで売るの?」

「こんな時は行きつけの店……なんてのは無いから、買い取ってくれる店を見て回りましょうか。」


 というわけで二人はロッズルを出来るだけ高額で買い取ってくれる店を探すべく、狭く迷路のような通りを歩き始めた。しかし…ただでさえ狭い道は人々や商品、広告などでさらに狭くなっており歩くだけでも苦労させた。

 その上やたらめったら広告が多いので、目移りしてしまう。エラフィンはともかく、レンリエッタにとって『暴風ブローチ』や『耐雷帽子』なんて商品は興味を奪うには十分すぎるのだ。


「安い、安い…うーん、普通…こっちは安い…あぁ、まったく…店を探すだけでこんなに疲れるとはねぇ…」

「一回見て回って、その後一番高かった店に売るってのはどう?」

「いいや!そうともいかないのよ。なんせ店は無限に買い取ってくれるわけじゃないし、ロッズルを売るのは私達だけじゃないの。だから良い店を見つけたらすぐに売らないと…安値で売る事になるし、最悪買い取ってくれない事もあるのよ。」

「釣る方がよっぽど楽だよぉ…」


 まさにレンリエッタの言うようにロッズルは釣る時よりも売るときが一番大変なのだ。買い取ってくれる店によって買取価格は多少変動し、その上良い店を見つけても早い者勝ちが基本である。

 1日という大きなタイムロスを抱えている今、下手に売ると大きく損をするのだ。(言ってしまうと元手がタダなので結局得する事になるが、誰でも高く売りたいのだ)

 ちなみに売却する際は大きさ、年齢、体重によって種類が分けられる。小型幼体と中型成体、大型老体の3種類で基本的に中型が一番高く売れる傾向にある。


「先生、これ以上進んでも同じだけだよ…もうそこら辺で売らない?ほら、あそこなんて他よりちょっぴり高いよ!」

「中型が10.6モナス……うーん!……しょうがないわね…タイムロスを考慮すれば妥当ってところかしら…」

「ちなみに昨日だったらいくらぐらいなの?」

「そうね…きっとあの店なら同じ中型でも13モナスはしたでしょうね。」

「あぁー…そう聞くと損した気分になるのも頷けるなぁ…」


 しかしこれ以上歩き続けても仕方がないと悟ったエラフィンはレンリエッタの説得により、目に入る中で一番高額で買い取ってくれる店を選んだ。幸いにも周囲にロッズルフィッシャーは居らず、スムーズに買取を行ってくれた。

 乾いた声の壮年のヘルドが営む買取店には不気味な真鍮製の大型機械が置いてあり、どこか不気味だった。だが…思えばレンリエッタがこの世界へ来て以来、初めて目にする機械らしい機械だったかもしれない…


「中型が34匹…大型11匹で小型が4匹…なので合計はこのくらいになります。」

「まぁそのくらいが妥当だろうねぇ…売るよ。」

「ありがとうございます。……そちらにまだ電池が残っている様ですが?」

「いや、これは育てるんで取っておくのさ。気にしないでおくれ。」

「そうですか…では機械で吸い取る間にお金を…」


 レンリエッタはエラフィンがロッズルを売る間、黙って機械を眺めていた。ゴウンゴウンと大きな音を立てて動く機械には瓶をセットする場所があり、店員の一人が瓶を幾つかセットしてからレバーを下ろすと、ギュイーン!という凄まじい音を立てて瓶の中身が管を通り、機械の横のタンクへと送られて行く…

 タンクはロッズルを入れる容器をそのまま大きくしたようなもので、中身こそ見られなかったが内部から聞こえる音からして数十…数百、または数千匹のロッズルが溜め込まれているのが分かる。

 しかし、この後タンクに入れられたロッズルはどうなるのだろうか……発電施設に送られるのか、あるいはまた違う場所へ連れて行かれるのか……レンリエッタはなぜか怖くなったので考えるのを止めた。


「おーい、レンリエッタ。行くよ?」

「う、うん…」

「どうしたんだい?機械が怖いのかい?」

「違うよ…ただちょっと……ううん、何でもない。」

「…そうかい。なら…アンタのペンデュラムを受け取りに行こうじゃないか!」


 それを聞き、レンリエッタからは恐怖が引き、歓喜が沸き上がった。いよいよペンデュラムと対面できるのだ!


「カヴルは腕利きの職人だからね、うんと期待して良いよ!」

「もっちろん!先生のお墨付きなら嫌でも期待しちゃうよ!」

「はっはっは!ペンデュラムを使えばアンタもきっと………うん?」

「どうかしたの?」

「…いや、気のせいかもね…少し気配を感じて…」

「んもう!怖い事言わないでよ!」


 ともかく、レンリエッタとエラフィンはカヴルの待つ黒鷲屋へと向かい始めた。道中でエラフィンが幾度も後ろを見たり、少し遠回りしようと言い出すのでえらく時間が掛かってしまったが、無事に二人は到着した。


 相変わらず飾り気のない…というより、人を選ぶ店構えなのだが、もうレンリエッタは入店する事に一片の躊躇も無かった。それどころか一秒でも早く入りたいという気すら湧いている。

 しかし慌てず騒がず、レンリエッタは大人しくエラフィンの後ろに立ち、彼女が鉄製の厚い扉をゴンゴンと叩くのを見守った。


「カヴル、私だよ。開けとくれ。」

『……本当に貴女なの?』

「はぁ?当たり前じゃないか、アンタの先輩で太客のエラフィンなんて私一人だけでしょ。」

「なんか…変じゃない?」

「ああ…」


 どういうわけか、扉の奥から聞こえるカヴルの声は少し違った。てっきりネコのようなキーキー声で答えて来るのかと思えば、聞こえるのは敵意を剥けたような低めの声だ。

 既にレンリエッタはどこか嫌な予感を感じずにはいられず、嫌な汗を流した。エラフィンも同じく様子がおかしいと直ぐに見抜いた。


「何かあったのかい?様子がおかしいじゃないか…」

『もし貴女が本当のエラフィンなら質問に答えてちょうだい。……ヒルベルト教授が講義を終えた後に必ずする事は?』

「はぁ?…ヒルベルト……あぁ!あの獣人教授だね!そりゃ覚えてるさ、胸ポケットのツツヌケネズミにクラッカーをあげてたね。」

『…どうやら本物みたいね、入ってちょうだい。さぁ早く!」


 急な質問に対してエラフィンが難なく答えてみせると、扉がギィーッと重苦しく開き、中からカヴルが出て来て早く入るように促した。

 二人とも言われた通りにすぐ店の中へと入れば、扉はガンッと閉まり、壁に掛かっていた鎖がジャラジャラと独りでに動いたと思えば、扉を覆い閉ざしてしまった。かなりの防犯設備だが以前は無かった…やはり様子がおかしい…

 カヴル本人もどこか気が立っている様にも見えた、尻尾が記憶より逆立っており、耳周りの毛もビーンと立っている。


「これは中々の事態だねぇ…何があったんだい?」

「何から話せば良いのかしら……単刀直入に言うと、幽鬼の石を持ってるのが誰かにバレたみたい。つい2日前に変な奴らが来てね……幽鬼の石を売れって言い出したのよ。」

「そりゃキナ臭いね…もちろん石は売って無いね?」

「ええもちろんよ。奥にあるわ、持って来るからちょっと待っててね。」

「ほっ…よかったぁ…」


 そう言ってカヴルは店の奥へとチョコチョコ歩いて入って行った。

 どうやら幽鬼の石について誰かしらが察知したらしく、2日前にカヴルの元へ怪しげな者達が現れて売るように言い出して来たらしい。幽鬼の石を狙うあたり…タダ者ではないとエラフィンは推測した。


「ふぅーむ…一体どこから…レンリエッタ、石について誰かに話したりしてないだろうね?」

「ううん。そう言えばパンセ達に言おうかと思ってたんだけど忘れちゃってた…」

「なら幸運だね…私も誰かに言いふらすような事はしないし……グリスも当然なし…」


 もちろんレンリエッタもエラフィンも誰かに幽鬼の石について話したりなどしていない。当然石について知るグリスも加工職人のカヴルも同じこと。

 一体どこから石について漏れたのか?二人が考えていると、奥からカヴルが戻って来た…小さな箱を手に持っている。


「とりあえず考えるのは後にして…はい、あなたに相応しい触媒が完成したわ!」

「わぁ!ありがとうございます!」

「どれどれ…開けてみなよ!」

「う、うん…!」


 話の漏れについては後にするとして、レンリエッタはドキドキしながら受け取った箱を眺めた。黒く…手触りの良い、サラサラとした小箱で黒鷲屋の印が押されている…

 レンリエッタは箱を出来るだけ丁寧に持つと、そっと蓋を持って開いてみた。


「おお…!き、きれい…」


 いよいよ姿を現したレンリエッタのペンデュラムは海のように青く輝いていた。

 まず本体となるクリスタルの部分は一切の曇りも無く輝きを放つ幽鬼の石が六角推型に加工されており、その内部にはコアが埋め込まれている…崩れそうな形をしている指輪のような小さい輪だ。

 そして首に掛けるためのチェーンは銀色に輝いている……どれを見ても素晴らしいペンデュラムであった。


「こいつは何とも…贅沢なもんだねぇ……何を使ってるんだい?」

「まずクリスタルの部分はもちろん幽鬼の石。着色せずそのままの色ね。その中身のコアはリベルゾールの山脈で採れる砂金を使ったリングよ、術者の思考に合わせて魔法を軽やかに変化させてくれるの。そしてチェーンの部分は天然のプラチナを使ってるわ、もちろん純度は最高!幽鬼の石に釣り合う金属はこれしかないわね!」


 幽鬼の石、砂金のリング、天然のプラチナ…どれをとっても超一級品ばかりだ。これでもかと贅沢の限りを尽くした触媒なのだが、不思議と眺めていれば温かい気持ちになって来る。

 レンリエッタは触媒に目を奪われてしまい、カヴルのうんちくも殆ど聞けずじまいであった。


「はぁ…はあ…ともかく!私が作り出した触媒の中でも最高クラスの出来なの!むしろ渡すのが惜しいくらいよ!」

「そ、そこまで…?でもこんなに綺麗なら…よく分かるかも…」

「腕が落ちていないようで安心したよカヴル。さて、レンリエッタ…早速首に掛けてみなよ。」

「なんだか勿体ないような気もするけど…そうやって使うんだもんね…」


 レンリエッタは箱から出したり、首に掛けるだけでも惜しいという気持ちが湧いて来たが、それでは作った意味が無いので恐る恐る首に掛けてみた。プラチナの鎖が首筋にヒンヤリと当たり、手を離すと程よい重さがやって来る…

 その状態でレンリエッタはエラフィン達の方を見て聞いてみた。


「ど、どうかな?」

「うーん…まぁハッキリ言うと似合わないけど……これに似合うようになれば良いさ!」

「触媒に負けないくらい立派な魔法使いになるのを期待してるわ!」

「ちょっとは褒めてくれても良いのに…でもこの触媒に相応しい魔法使いになってみせるよ!なんだかもうエラフィン先生に一歩近づいて来た気分かも…!」


「……幽鬼の石に自信過剰の効果はあったかね?」

「いいえ、ないわ。」


 ともかく、レンリエッタはこの立派な触媒に負けないような魔法使いになってみせると意気込んだ。今はまさに猫に小判と言った感じだが、数年…もしくは十数年……あるいは数十年後までには歴代の使用者と同じく歴史に名を残すようになりたいものである。

 さて、ひとしきりポージングを決めたところで、値段の話なのだが…もちろんこんなに素晴らしい触媒なのだから、レンリエッタのお小遣いではローンも組めないほどである…


「お代の方だけど…素材代も含めて230モナスよ。もちろん払ってくれるわよね?」

「うぎっ!?そ、そんなにするんだこのペンデュラム…でもそっかぁ…そうだよね…」

「身内割引は無いのかい?期待したんだけどねぇ…」


 お値段は加工代素材費含めて驚異の230モナス。人間の世界なら車を一台購入出来るほどの値段だ……もちろんこれは安い方だ、なんたって幽鬼の石は無料で手に入れたのだから…

 エラフィン曰く普通に石も含めて買う場合は優に500を超えるのだから恐ろしい限りだ。

 しかし、財布を漁るエラフィンをさておき、カヴルはレンリエッタへ話しかけた。


「ところで…ひとつ聞かせて欲しいんだけど…あなた、糸魔法を使いたいのよね?」

「え?うん…そうですけど…」

「暗殺者とか目指してる感じ?それとも殺し屋とか…拷問官とか?」

「ち、違います!私が糸魔法を使いたいのは……その、魔術装具の作成に興味があるからです。」

「装具技術師になりたいってこと?」

「はい…でもずっと後になると思うけど…」


 レンリエッタが糸魔法使いを目指すのは殺しや暗殺、拷問などを目的としてではなく、あくまでも魔術装具の作成に用いるからである。仕立て屋としての経験や自身の才能を存分に活かしたいのだ。

 出来る事なら一級の魔術装具技術師にまで成り上がってみたいものだが……それよりも先にやるべきことは沢山あるだろう。

 そんな言葉を聞いてカヴルは少し微笑むと言った。


「そう!だったら同じ魔法系職人として私の後輩って事になるのね?」

「え?後輩って…よく分からないけど…多分そうなのかなぁ…」

「さっきからなに話してるんだい?…えーっと…どこまで数えたかね…198…いや、199かね…」

「なら話は早いわ!先輩として可愛い後輩ちゃんに商品のひとつやふたつを奢ってあげるのは…当然よね?」

「奢る…?それってまさか…」

「お代は結構よ!あなたの活躍に期待してるわ!」

「えぇー!?」


 そして、なんとカヴルはやや強引ながらレンリエッタへ触媒を無料で渡すと言い始めた。

 レンリエッタはあまりにも大胆な発言にギョッと驚き、金貨を数えていたエラフィンも一瞬ポカンとしたが、すぐに並べていた金を財布へ戻し始めた。


「いやいやいや!だ、駄目です!無料なんて…!」

「だったら貴女に払えるの?エラフィンも払う気なんて無さそうだけど?」

「はっはっは!言っとくが私は一度無料になったもんを買おうなんて事はしないよ!」

「うっ……じゃあ、せめて…出世払いってのは駄目ですか…?」

「出世払い?あなたエラフィンみたいなこと言うのね…けど、まぁそれで良いわ。将来お互いに覚えてたらその時にね。」

「ありがとうございます!このご恩は一生忘れません!」

「うふふふふ、忘れちゃえば良いのに。」


 ということで、レンリエッタはひとまず出世払いを約束して触媒を無料で譲り受けた。あんな大金を聞いた後に無料で受け取れるほどレンリエッタは図太い神経を持ち合わせていないのである。

 さて…お勘定が済んだところで、3人は最も大事な事を思い出した。


「あぁ!いけない!まだ触媒としての機能をテストをしてなかったわね…一番大事な事なのに…」

「思いっきりぶっ放してみな!きっと凄い事になるよ!」

「それじゃあ…ちょっとだけ…出来るだけ無害な呪文の方が良いかな…」


 触媒としてまだテストをしていないのだ。言うなれば車に乗らずして買うようなものである。

 早速レンリエッタは出来るだけ無害な呪文を唱えようと考えたが、覚えている魔法はたったの3つだけなので、記念すべき一発目の呪文は必然的にピラリカとなった。


「すぅ……はぁ……ピラリカッ!!」


 シュボフゥ!


「うわっ!?」


 手から放つようにイメージしながらレンリエッタがピラリカを唱えると、右手から凄まじい音と熱気を放ちながら炎が噴き出した。今まで唱えたピラリカより格段に威力が高く、炎はカヴルとエラフィンに加えて店内の棚までもを呑み込んだ……しかし二人はもちろん、店内はまるで燃えておらず、焦げ跡ひとつなかった。


「あ、あれ?大丈夫なの?」

「店内には魔法抑制の結界が貼られてるから大丈夫よ。」

「それにしても凄い威力じゃないか!まるで竜の息吹だねぇ…」

「うん!それに…なんだかしっくり来る…ずっと使ってるみたい…」

「適正触媒って事さ、これからはきっと魔法のコントロールが上手くなるよ。」


 魔法の威力もさることながら、レンリエッタは今までにないくらいに触媒に対して妙な心地良さを感じている。まるで長年使い続けた椅子のように、長年着続けた服のように…ピッタリと収まる感じだ。

 触媒としての機能も問題なく確認できたので、これにてお開き…なんて事にはならない。もう一つ大事な事だが…幽鬼の石の存在について、一体誰から漏れたのだろうか?

 三人は思い当たる節を考えたが……当然、考えられるのはクランノース山の人物だ。


「幽鬼の石を採りに行く途中で誰かに遭ったりしたの?」

「と言っても登山客ばかりだからねぇ……村には確か…」

「あの三人組は?村の外に居た…すごく柄が悪いの!」

「あぁ!居たねぇ!そんな奴等、すっかり忘れてたよ…」


 すると、すぐにその目星が付いた。

 幽鬼の石を管理する一族が住まう村、クロフロス村にて…レンリエッタ達が着くよりも前にガラの悪い三人組が居たのだ。角付き、獣人、四本腕という特徴的な見た目だったので忘れる事の方が難しかった……少なくともレンリエッタからすればの話だが…

 ともかく、知っているとすれば村に入るところを見たあの三人組であり、それしか考えられない。


「なるほど…彼等、幽鬼の石を横取りしようって企んでるのね…」

「でもなんでわざわざ私の石を狙ったの?幽鬼の石なんて沢山あるのに、それこそお店でも売ってるって…」

「ふーむ……確かに、奪い取るとすれば加工する前が最も理にかなってるハズさ。それをわざわざ、加工した後のを買いに来るあたり…引っかかるね…」


 それにしても、なぜ彼らはレンリエッタの石を狙うのだろうか?奪い取るならもっと早く行動出来ただろうし、もし探すのに時間が掛かっても、なぜ既に加工されたものを欲しがるのか?

 幽鬼の石を用いて造られた触媒は決して安くは無いのだが、希少故に足が付きやすいので加工前の方がよっぽど奪い取るのに適しているのだ。

 謎を解明する手段はひとつだけ……本人達に直接聞けば良いだけだ。


「こうなったらそいつ等をとっ捕まえて直接聞いてやろうじゃないか。」

「そんなことしても…話さないと思うけど…」

「そいつらが鋼の精神力を持ってるならね?言っとくが私は心理魔法にも精通してるのさ、ちょっと脳みそを弄って無理やり吐かせることも出来るってこと。まぁ最後の手段にはなるだろうけどね。」


 エラフィンは心理魔法を用いて脳みそを弄るなどとかなり怖い事を言い始めたが、あくまでも最後の手段…

 とりあえず、このまま狙われるより、こちらから迎え撃つ方がよっぽど良いとエラフィンは考えた。これ以上変な奴らから狙われるのは沢山なのだ。


「大丈夫なのエラフィン?…なーんて余計なお世話よね、貴女が負ける所なんて想像も付かないし。」

「当たり前でしょ!私が負けるなんて、それこそ国の有事ってもんよ!」

「でも…相手がひとりって決まったわけじゃないし…」

「10人来ようが、100人来ようが一緒よ。それとも…アンタは私が負けるとでも思いで?」

「ううん…全然。」


 不安に思うレンリエッタだったが、やはりエラフィンが負ける場面など想像も出来なかった。王宮魔術師なんて肩書を持つ人物がそこいらの賊にやられるなんて象がアリに負けるようなものだ。


「なら話は早いね!奴らをぶっ飛ばしに行くよ!」

「でもどこに?」

「ふふ、ありがたい事に探す手間は省けてるのさ。きっと私達が店を出た途端に襲う気だよ、もう気配が漏れてるからねぇ…」

「えぇ!?」

「カヴルは此処にいるとして…レン、アンタはどうする?私と来るかい?触媒を試すには打って付けの機会だと思うんだけど?」


 早速追手をぶっ飛ばしに行こうとするエラフィンは扉の鎖を魔法で外しながらレンリエッタへ一緒に来るかと聞いた。

 もちろんいつものレンリエッタに行く気など無かったが、触媒を手にしたせいか今日は妙に魔法を使いたい気分……なので返事はもちろん…


「私も行くよ!なんで石を狙うのか聞かないと!」

「ははは!良いね、流石は私の弟子だ!もしヤバくなった時は全力で守るから安心して呪文をぶっ放してやると良いよ!」

「こんなに早く初陣を迎えるとはね!触媒の力、フルで使ってちょうだい!」


 レンリエッタはエラフィンと共に戦う事を決めた。これから先、どうしても戦わなくてはいけない場面もあるだろう…だとすれば今のうちに慣れておこうというのだ。


「さぁ行くよ!」

「う、うん!」


 意を決し、二人は鉄の扉を開けて外へ出てみると……外はまるで静かだった。温かな日差しが通りを照らし、誰も居ない細い道を照らしている…

 エラフィンは扉を閉めると、コツコツと数歩…前に歩き、レンリエッタもその後ろをついて歩いた。

 静かだが……不気味だ、あまりにも静かすぎる…此処はサタニズム街に比べて落ち着いているのは確かだが、決して物音一つしないほど静かでは無いのだ…


「なんか変だよ…静か過ぎる…」

「ああ…防音魔法が張られてるねぇ…レンリエッタ、警戒を怠るんじゃないよ。」


 音がしないのは防音魔法とやらを使用しているかららしい…もちろん魔法を使ったのはエラフィンではない。レンリエッタは言われた様に周囲へ視線を配らせ、汗を流した…

 既に魔法による干渉は始まっている…衝突は避けられそうにない…


 少ししてからエラフィンは何か言おうと、一瞬口を開いたが、すぐに閉じてしまった。静かな空間に響き渡る数人の足音……彼等は自ずと二人の前へと現れたのだ。

 レンリエッタは彼らの姿を見て思わず声を漏らした。


「あ!あの人達は…!」

「これはこれは…やっぱりアンタ達だったのかい。」


「ふん、何の話か分からんな。」

【随分と好戦的な構えじゃねぇか、オレ達とやろうってのか?】

「三人に勝てるわけ無いでしょ。マジで。」


 現れた三人組は…やはり予想通り、クロフロス村で出会った例の三人組であった。リーダー格の黒肌角付き、その後ろに立つ背の高い赤茶色の犬顔獣人…そして紫色の肌をした四本腕の女…

 皆、麻布で作られた粗末な覆面を被っていたが、明らかに姿が特徴的過ぎるのでレンリエッタはすぐに見破った。

 そして…話し方からして明らかに平和的な解決は出来ないだろうとも悟った。既に角付きと四本腕は何処からかワンドを取り出して構えており、獣人はギラリと光る斧を構えている…


「先に言おう。我々の望みはその石だ、500モナスで買い取ろうじゃないか。」

「500モナス!?レンリエッタ、聞いたかい?500モナスだよ!」

「もう!先生!私、売ったりしないからね!」

「あははは!冗談冗談…まぁこの通り、アンタ等にくれてやる義理は無いんだ、大人しく帰るか…あるいはその金で違う石でも買うんだね。」

「悪いが()()()()が望むのはその石だ。買い取りに応じないと言うのなら…」


 レンリエッタとエラフィンのやり取りに対して角付きは苛立ちを隠せないようで、ワンドの先端を二人へ向けると、その後ろに立つ仲間たちも武器を構えた。


「…力づくで奪うだけだ!ララ・ギガス!」

「そんなら抵抗するだけさ!マシルラ!」


 角付きが呪文を唱えると、杖の先端から眩い電撃が放たれた。しかしエラフィンは咄嗟にマシルラの呪文を唱え、光の壁を作り出すと電撃は跳ね返り、角付きの横を掠めて建物の壁へぶつかった。

 こうなってしまえばもう話し合いなど通じない…エラフィンもレンリエッタも全力で相手へと抵抗し始めた。


【おい!レデーナ!ガキには手を出すなよ!オレがヤるぜ!!】

「バカ!名前で呼ばないでよ!…私達はこの老いぼれを片付けるわよ!グェレイン!」

「お前だって呼んでるじゃないか!あぁったく……モンサット!殺しだけはするなよ!」


「(バカだねコイツ等…)レンリエッタ!そいつを1人でやれるかい!?」

「や、やってみるよ!!(く、来る!)」

【へーっへっへっへ!すぐにくたばんじゃねぇぞ!!】


 エラフィンは角付きと四本腕の相手をする事になり、レンリエッタは獣人と戦う事となった。

 獣人…もといモンサットは斧を構えてレンリエッタへと襲い掛かった。かなりの迫力だったが、レンリエッタは臆する事無く、冷静に呪文を唱える…


【ひゃはは!オウラァッ!!】

「ディフェクトス!」

【くっ!やっぱ魔法使いかよ!めんどくせぇなぁ!】


 彼に向かってディフェクトスを唱えると、ガツンッと斧は弾かれ、モンサットはたじろいだ。どうやらレンリエッタの事を甘く見ていたようだ。


【ガキだと思って見くびってたぜ…】

「まさか子供相手にビビってるの?図体は大きいのに臆病だね。」

【あぁッ!?ンだとゴラァ!!その腕へし折ってやるぁ!!】

「……ディフェクトス!」

【ぐがっ!?】


 レンリエッタに煽られたモンサットは分かりやすく声を荒げ、怒り狂いながら突進したが、その足元へ防御壁で小さな壁を作り出してやると躓いて転んでしまった。やはりこの戦法が一番だ。

 そして転び、大きな隙を晒す相手へレンリエッタは容赦なく攻撃呪文を唱えた。


「すぅ…ピラリカァッ!!!」


 グォウ!!


【ぐぎゃぁ゛あああ゛ッ!!ぐぁああ゛!!】


 レンリエッタが出来るだけの力を振り絞ってピラリカを唱えると、炎の渦が現れてたちまち相手を火だるまにしてしまった。モンサットは苦しみの声を上げながら床をゴロゴロ回り、火を消そうと試みる…

 あまりの威力に唱えたレンリエッタもなんとか彼の火を消そうとしたが…残念な事に消火に適した呪文は覚えていなかった!


【ぎゃぁあ゛!!】

「モンサット!このっ……このっ!ばかッ!動くんじゃないよ!消せないでしょうが!!」

「隙あり!ウェブリス!!」

「レデーナ!よそ見をするな!!」

「え?…キャァアアアッ!?……ぐばあ゛ッ!!」

「ふん!戦闘中に隙を晒すとはまだまだねぇ…」


 エラフィンを襲っていた四本腕の女も彼の火を消そうとしたが、その隙を狙ったエラフィンによって衝撃魔法でぶっ飛ばされ、壁に打ち付けられるとガクッと気を失った。

 モンサットも巻き込まれたおかげで火は消されたが、プスプスと音を立てたまま動かない…

 残るは黒い角付き、グェレインだけだ……3対2があっという間に1対2の状況に…

 レンリエッタとエラフィンは彼へ詰め寄った。


「さぁて、まだやるかい?それとも降参かい?」

「言っとくけど降参した方が良いよ…先生ってすごく怖いから…」

「くそ!降参なんてするかよ!よくも二人をやりやがったな!…呪ってやる!!」

「…呪いだって?」


 呪いと聞いた瞬間、エラフィンの顔は明らかにムッと…どころではなく、静かなる怒りの表情に満ちた。呪いによって今のような姿に変えられた彼女にとって呪いとは禁句中の禁句であり、絶対に使用しないタブーなのだ。

 その変わりようにレンリエッタは思わず恐怖で後ずさったが、グェレインは気にせずレンリエッタへ杖を構えた。


「せめて永遠に苦しむが良い!動物としてなッ!!トファリンセルッ!!」


 ぐおんッ!!


「ひぃっ!?」

「…くっ!!マシル・スペルーカ!!」


 トファリンセルの呪文はどす黒い霧のような形をしており、その霧はレンリエッタに向かって飛び始めた。しかしエラフィンが呪い返しの呪文を咄嗟に唱えると、呪いは反射され…


「しまっ…ぐあぁぁあああ!!!」

「あぁ!」


 呪いは見事に跳ね返り、術者本人へと当たった。

 グェレインは苦痛に満ちた叫び声を上げながら黒い霧に包まれて行く…エラフィンはその様子を見てギィッと恐ろし気に彼を睨んだ。

 そして少ししてから霧が晴れると、そこにはもう彼の姿は無く…衣服と麻布、ワンド…それから…


『チチッ……チュゥ…』

「ね、ねずみ?まさか……これって…」

「動物化の呪いだよ…バカだね、自分で自分を呪うなんて」


 麻布の中から一匹の薄汚いドブネズミが現れると、チューチュー鳴きながら下水管の中へと逃げ込んでしまった…

 言わずもがな、ネズミの正体はグェレインであり、【トファリンセル】とは相手の心身を動物へ変化させる呪いであった。呪われた者は治療や解呪されなければ永遠に動物として余生を過ごすことになるのだ…

 レンリエッタは胸がギュッとしたような感覚に襲われた。


「そんな…可哀想に…」

「可哀想だって!?アイツはアンタを呪おうとしたんだよ!私が居なきゃ今頃はアイツと同じ運命を辿ってたのにかい!?」

「でも……いや、やっぱり良いや……それよりどうするの?この人たち…」

「どうするかねぇ…どっちも聞き出せるような状況じゃないからねぇ…それに、この獣人…死んでるんじゃないのかい?」

「えぇ!?どうしよう!?」


【がはッ!】

「あぁよかった、まだ死んで無いよ……いや、良くないけど…」


 とりあえず彼の事はさておき、レンリエッタはプスプスと音を立てる獣人に息があると確認すれば安堵した。ついやり過ぎてしまったので、次からはきちんと威力を調整しなければ…

 しかし、このような容態では二人とも聞き出せる状況に無いのでひとまず兵士に引き渡そうとした二人だったが…


「そんじゃ、コイツ等はそこいらの兵士に…」



【悪いがその二人を引き渡すわけにはいかんな。】

「げぇー!また新しいのが来た!もうやめてよ!」


 突如としてそこへ、謎の人物が現れた。黒いローブを着込み、顔が黒い影に覆われた不気味な人物である…声はまるで洞窟で響き渡るかのように歪んでおり、男か女かすらも分からない…

 ともかく、新手の出現にエラフィンは杖を構え、レンリエッタは愚痴を漏らしつつも構えた。

 だが…どうにも、相手に戦う意思は無いらしい…


【言っておくが私に手を出すのは良い考えでは無いな。それに無事じゃ済まないぞ、互いにな】

「ふむ…まぁ正直な事は確かね。けれど…このまま返すとでも?」

「なんで私の石を狙ってるの!答えて!!」

【……私に答える義務はない…しかし、あのお方から伝言がある。】

「伝言ですって?ていうか誰よ、そのお方ってのは。」

【ええい!黙って聞けい!】


 中々話に乗ってくれない二人に対して新手は声を荒げて黙らせると、ゴホンッと咳払いをした。

 そして、【あのお方】とやらの伝言を二人へ簡潔に伝えた。


【我々はもうその石を狙わん……との事だ。貴様等を追う事も襲う事も、もうしないから安心しろ。】

「そんな言葉を信じるとでも?」

【信じなければそれで良い、だが我々にもはや追う意思はない……ただそれだけのことだ。】


 シュッ


「あっ!消えちゃった!」


 新手は二人へ言葉を伝えた途端、スッと目の前で溶けるように消えてしまった。

 気が付けば気絶していた二人は消え、床に散らばっていた衣服と杖も綺麗に片づけられており、周囲の騒音も元通り……だがレンリエッタもエラフィンも突然の出来事にポカーンとするだけだ…

 一体何だったのだろうか…


「んぅ~…まぁ!終わりよければ全て良しってね!」

「え!あんな変な人の言葉信じるの!?絶対嘘だと思うんだけどなぁ…」

「襲われた時は返り討ちにしてやれば良いだけさ、でも念のためしばらくはリージャスト街へ来るのは控えましょうか。」

「うん…もうたくさんだよ…厄介事は…」


 とりあえず終わりよければすべて良しの精神でエラフィンはカヴルの元へと報告しに戻るのだった…

 レンリエッタはどうにも煮え切らない思いを感じずにはいられなかったが、今はとにかく安全の確保が最優先なのでエラフィンへ付いて行った。

 一体あのお方とは誰なのか?……胸騒ぎがしてならない…


つづく…

キャラクタープロフィール


【カヴル・ブラックヘイロン】年齢:不明 性別:メス 血液型:NK型

種族:ビーストヘルド(ネコ種) 身長:62㎝ 毛色:黒に茶色の縞模様 瞳:琥珀色 髪色:黒

生後精霊:地平線の鷲 得物:ドラゴンの背骨杖 特技:鑑定魔法、触媒制作 職業:第一級魔術触媒技術師、第一級総合魔法鑑定人

誕生日:2月5日のハイルストン座


『リージャスト街に構える触媒専門店『黒鷲屋』の店主。代々触媒職人として名高いブラックヘイロン家の末裔で一家初の女性メス店主でもある。性格は穏やかだが自身の興味には際限なくのめり込むタイプ。そのせいか大学時代に飛び級で入学して来たエラフィンと意気投合し、今でも親友の仲である。触媒造りと鑑定魔法の腕は高く、大学時代は作成学部と心眼学部にて過去最高クラスの成績を残している。しかし本人の扱う短杖の背骨杖は父『レイヴン』の作成したもの。現在は1人で店を切り盛りしており、死別した夫との間に生まれた双子の姉妹『ケネシャ』と『ヘリジャ』が異国の大学に在籍中。』

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