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第34話『嵐の中で雷を釣る方法』

 楽しい休日を終えた翌日のこと、レンリエッタはまたいつものように邸宅の広間にて呪文の練習を行っていた。つい数日前までは貧弱だった防壁魔法のディフェクトスも今では鉄の壁の如く頑丈さを誇っている…練習の合間にレンリエッタはコツを掴んでいた。

 そのコツというのは防壁魔法は長く張るよりも短く…ほんの一瞬のみであれば鋼鉄の様な頑丈さを発揮するというもので、薄く長く…よりも太く短くの方が圧倒的に強く思えたのだ。

 そんなこんなコツを掴み、着々と実力を付けて行くレンリエッタだったが……今日は残念な事にとても集中できるような環境では無かった…

 なぜならば、外から頻繁に聞こえる騒音が集中を削いで仕方が無いのだ。


「えーっと…次は…」


 ガッシャ―ン!!


『なーにやってんだい!グリス!』

『申し訳ございませんエラフィン様…私めはこのような場所での作業が…に、苦手でございまして…』

『今日中にやっとかないといけないんだ、ヘマをする暇があるなら手を動かしな!』


 ゴンッ!ゴンッ!……ズドッ!


『あちゃ~…屋根を突き破っちまったよ…』

「……こ、こんな状況じゃ集中できないよ…」


 外…厳密に言えば上から聞こえてくる騒音の正体は屋根で作業を行うエラフィンとグリスのハチャメチャな工事音である。どうやら、明日か明後日に嵐がやって来るので補強作業を行っているらしい。

 魔法の楔をハンマーで打ち付ければドゴンッ!と大きな音が鳴り、終いには屋根を突き破る始末…こんな状況で練習など出来るハズも無く、しょうがなくレンリエッタはバタンッと本を閉じた。


「それにしても、わざわざ楔を打つなんて…魔法でくっ付けられないのかな…」


 どうにもこの世界は魔法に溢れているが、それとは対照的になぜ魔法を使わないのかという場面が多々ある。例えば氷結魔法で氷を作る事が出来るのに人々は製氷機を使うし、火炎魔法があるのに暖炉を使う…自然魔法が存在するというのに、ガーデニングをする人も居る…なぜ魔法を使わないのだろうか?

 何かしら事情があるのかは分からないが、魔法を使えば楽になるのだから、使わない方がおかしいのでは?


 そんな風に疑問に思いながらもレンリエッタはソファから立ち上がって外へ出た。今日の天気は曇りで薄暗く、妙に生温かい風がヒューヒューと森を吹き付けて木々をざわめかせている…

 風を肌に感じつつ、邸宅の瓦屋根を見上げてみれば…トンカチ片手に金属の棒を手に持つエラフィンと危なげに工具箱を抱えるグリスが目に入った。


「エラフィン様…楔なんて打つ必要は…」

「あるに決まってるだろう、こいつを打たないと屋根を吹き飛ばされちまうかもしれないからね…それともアンタは青空の下で暮らしたいってのかい?」

「いいえ…空模様の下で暮らすのは嫌です……はぁ…」

「(グリスってばいつも扱き使われてるなぁ……ちょっと驚かせちゃおうかな!)」


 相変わらず扱き使われているグリスに対してレンリエッタは気の毒だと思いながらも玄関に立て掛けてあった白い飛行杖を手に取り、浮かばせた。

 これさえあれば梯子を使わずとも屋根の上へひとッ飛び出来る。本当に便利な杖だ。

 そして、そっと屋根へ飛び乗ったレンリエッタは工具箱を抱えるグリスの背へ向かうと…


「……グリス!!調子はどう!」

「うわぁぁああ!!?」


 ガッシャーン!!


「あーあぁ…道具が…」


 思い切り声を掛けてみればグリスは面白いくらいにワッと驚いて手を上げ、持っていた工具箱を遠くへぶん投げてしまった。工具箱はバラバラに散らばり、見た事も無い道具たちが地面へばら撒かれた。

 あまりの驚き様に脅かした張本人のレンリエッタも思わず引いてしまった。


「はぁ…はぁ…!お、お嬢様!ひど過ぎます!私めの寿命を縮めるのはお止めください!」

「ごめんごめん…ちょっとだけ驚かせようと思ってさ…」

「あーっはっはっは!小娘相手にビビり散らかすとはね、これじゃあ執事じゃ無くて子羊じゃないか!」

「あぁそんな!ひど過ぎます!二人して私をいじめるなんて…」

「だからごめんねグリス…ほら、工具箱は戻すから。ムーキス!」


 杖を抜いたレンリエッタがムーキスの呪文を唱えてやれば、散らばった工具箱が元通り修復され、内部に道具たちを仕舞いこんでグリスの腕の中へと戻って来た。もはやムーキス程度であればすっかり使いこなせるようになっている。


「はぁ……お嬢様、次からは人を無暗に驚かせたりしてはいけませんよ…?」

「分かってるよ、もうしない。」

「それにしてもレンリエッタ、こんな所で何してんだい。練習は?」

「こんな状況じゃ集中できないよ…ガンガンうるさいし、屋根は突き破るし…」

「確かに…このような状況であれば無理もありませんね…」

「分かったよ、そんならすぐに終わらせるさ。ちょうどここの楔を打ち終われば…」


 バキィッ!!


「……この通り、もうちょっと掛かるね…」

「だろうね…私、下に降りるよ…」


 工事の具合から見て、作業はもう少し掛かりそうだ。レンリエッタは乗って来た杖に再度跨ると、下へ降りて空を眺めた。

 暗く、どんよりとした厚い雲が空を覆っている……なんだか嫌な予感がしてたまらない…

 エラフィンは嵐が来ると言っていたが、おそらくは普通の嵐ではないのだろう。この世界なのだから、魔法のナイフが竜巻になって襲って来たり、あるいは強力な酸性雨が降り注ぐのかもしれない……少し大げさに考えてもあり得なくはない話なのでつくづく恐ろしい場所である。



 その日の午後からは風がさらに強くなり、夕方ごろにはゴロゴロと雷が鳴り始め、さらには大雨がザーッと降り注ぎ、屋根を引き剥がしそうなほどの強風が邸宅を吹き付けた。

 だが楔を打ったおかげで家全体が揺れる事はあっても何かが飛んだり壊れるような事は一切なかった。時々ドカン!やゴンッ!などと飛ばされた物体が家にぶつかる音は聞こえても、まるで何ともない。


「すっごい風だね、村は大丈夫かな…」

「どうだろうねぇ。でも前兆はあったし、きっと対策してるさ。」

「早く過ぎ去る事を祈りましょう。少なくとも明日の朝までには…」


 こんな大嵐が来ようとも、レンリエッタはちっとも危機感を感じていなかった。電気は使えるし、お湯も出るので騒々しい以外は普段と全然変わらないのだ。

 なのでその日の夜は特段何かしらおかしな事も無く、エラフィンがやたら早く寝るように勧めること以外はいつも通りだった。


「もうこんな時間かい…レンリエッタ、今日は早いところ寝ちまいな。」

「え?まだ8時だよ?全然眠くないし…」

「さぁさぁ、言い訳は無し!早く部屋へ行くんだよ。」

「うーん…ならおやすみ先生、グリス。」

「ええ、おやすみなさいませお嬢様。」


 あんまりにも言って来るので何か用事でもあるのだろうと、レンリエッタは煮え切らないまま部屋へと向かい、早々に寝る事にした。

 暴風で外は騒がしいものの、布団はあったかいのですぐに眠りに落ちてしまった…





 それからしばらくして…


「レン……レン、起きなって!」

「ふぐがっ!?あで?せんせっ?うぅ…」


 レンリエッタはせっかく寝ていたところをエラフィンによって叩き起こされてしまった。眠い目をこすって瞼を上げてみれば…変わらず真っ暗…

 外の様子は多少落ち着いたものの、それでもヒューヒューと風の音が鳴り止まず、レンリエッタは上手く回らない口で聞いた。


「何の用ぉ…?」

「何の用かって?そりゃ決まってるだろ!釣りさ!釣りに行くんだよ!」

「つ、り?」


 レンリエッタは釣りと聞いて、おつりが重い浮かんだが…少し目が覚めて来ると魚釣りの方の釣りだと理解した。しかしこのような天気の中で釣りとは…

 ふと時計に目を移してみれば、針が指すのは午前4時…真っ暗なのも頷ける時間帯である。

 色々と聞きたい事があるレンリエッタだったが、質問を遮るようにエラフィンによってベッドから起き上がらせられると、そのまま強引にも広間へと連れて行かれてしまった。

 広間ではグリスが奇妙な金属製の釣竿を二本組み立てており、テーブルの上には金属版で覆われた瓶の様なものが幾つも転がっている。

 すると、ようやくここでレンリエッタは質問を許された。


「釣りって…こんな天気なのに…?外も真っ暗だし…」

「こんな天気だからこそ釣れるもんがあるのさ!今日は絶好の釣り日和じゃないか!」

「お嬢様、理解できないと思いますが…ひとまずは、エラフィン様に従ってください…」

「グリスまで…」


 やはり釣りで間違いないようだが、釣るのは魚ではないらしい。レンリエッタは広間の窓から外を眺めてみると、暴風が木々を倒そうとする勢いで吹き付けているのが見えた。

 こんな天気に釣れるものとは一体何なのだろうか?それともただのシャレで、バカでも釣りに行こうとでも言うのだろうか?

 ともかく、グリスまで従うように言うのでレンリエッタは仕方なく準備を始めることにした。


「スカートじゃない服に着替えてくると良いよ、それから忘れずに長靴とケープもね。あと飛行杖も持ってくるように」

「飛行杖も?うーん…よく分かんないけど、そこまで言うなら…」


 言われた通り、レンリエッタはいつもとは一味違った服装に着替えた。長袖のシャツを着てズボンと長靴を履き、フード付きのケープを羽織って忘れずに飛行杖の『流れ星の尻尾』を手にした。

 その間にエラフィンは瓶をポーチへ仕舞いこみ、幾つか腰のベルトに装着していた。銅製の釣竿はピカピカに磨かれ、曇りなき光を反射している。


「着替えて来たけど…まさかこのまま外に行くんじゃないよね…?飛ばされちゃうよ…」

「まさか、飛ばされないようにきちんと嵐除けは掛けてやるさ。それと雷避けもね。」

「そりゃよかった、ついでに死除けなんてのがあったら良いのに。」

「はーっはっは!10年後に教えてやるさ、さてと…ヴォルガーディア!そして…シライヒ!」


 エラフィンは杖を構え、レンリエッタに向かって二つの呪文を唱えた。するとレンリエッタの身体は光のベールに包まれたが……何も変わった様な気はしない…しかし、嵐除けなので嵐の中に居ないと意味が無いのは当たり前だ。

 エラフィンは忘れずに杖にも二つの呪文を掛け、さらには自分にも掛けた。それから釣竿を二つともポーチへ仕舞いこみ、準備は全て整った。


「よーし!そんじゃ、釣りに行くわよ!数年ぶりのチャンスなんだ、ジャンジャン釣ってジャカジャカ稼ぐよ!」

「おー!!…って言いたいところだけど…ホントに外へ出るの…?大丈夫かなぁ…」

「大丈夫よ、出入りする時にちょーっぴり風と雨が入って来るだろうけど。」

「それを掃除するのが誰か…言わずとも分かりますよね?お二人とも、扉を開ける時は出来るだけ素早くお願いしますよ…」


 ということで、二人はいよいよ嵐が吹き荒ぶ外へと出る事に。

 エラフィンが恐る恐るノブを捻ってみると、その瞬間風に押されたドアがバターンッ!!と大きな音を立てて開き、中へ暴風と雨水が流れ込み始めた。レンリエッタは吹き込んで来る水に思わず顔を逸らしたが、臆することなくエラフィンと共に外へ出た。

 鋼のように重い扉をどうにか三人で閉じれば、ひとまず外へ出ることに成功した。

 内部の様子を想像したくないと思いつつ、レンリエッタは周囲を眺めた……ひどい暴風と豪雨だ。木が飛ばされそうなほど曲がっている…

 だが、そんな光景とは裏腹にレンリエッタは風に押されるような感覚はまるで感じず、吹き付ける感覚こそあっても、飛ばされるような事はちっとも無かった。


「うひゃー!すごい嵐…でも全然へっちゃらな感じ…」

「嵐除けを掛けてるからさ、もし無かったら…きっと今頃は空の果てだろうね。」

「うぅっ…そ、想像したくない……それで、これからどうするの?どこに行くのさ?」

「ふふふ…すぐにわかるよ、まずは飛行杖に乗って付いておいで。念のため糸で結んでおくけど。」

「はーい!…グリーフ!へへ、もう慣れちゃった!」

「これからは杖に乗って好きに飛んでみると良いさ。もちろん、天気のいい日にね?」


 レンリエッタは起動呪文で杖を浮かせると、それに跨いでエラフィンの後を追って空へ向かって飛び始めた。暗く、風の強い空は極めて恐ろしいが、エラフィンが一緒となれば心強かった。

 しばらく飛び続け、暗闇に目が慣れて来ると周囲の景色が分かるようになって来た。いつもの風景は暗雲に包まれ、空では雷がピカピカと輝いている……なんと恐ろしいことか。


「ひぇええ…怖いなぁ……ねぇ、先生…それでどこに行くの?」

「もう目の前にあるよ。よーく見てごらん!」

「目の前に…?うーん………うん?」


 レンリエッタは目の前と聞き、前方を注意深く眺めた。すると…遠くの方でギラギラと薄く閃光を放つ存在が見えた……海上に浮かび、雷を従えるそれは……竜巻だ、巨大な竜巻が海の上でグルグルと不気味に渦巻いているではないか。


「えぇ!?まさかあの中にいくつもりなの!?」

「もちろん!なにせあの中じゃないと釣れないからねぇ」

「釣るって何を!?飛んで来た魚とか?」

「いいや、釣るのは雷さ!竜巻の中に飛んでる雷を釣竿で引っかけてやるのさ!」

「か、雷?わけがわからないよ…」


 やはりエラフィンは竜巻へ突入すると言い、さらには雷を釣り上げるなんて言い始めたのでレンリエッタはいよいよ口を閉じてしまった。常識が通用しないのはもはや慣れっこだったが、改めてこの世界の異質さを味わわされた気分だ。


 そうこうしているうちに、二人は段々と竜巻へと近づいて来た。下を覗けば海水がザーッと暴風で巻き上げられ、それらに混ざって変な色の魚たちも空へと飛ばされて行くのが見える…

 そして前方には光ながら渦を巻く巨大な竜巻…遠目から見ても大きかったが、目の前にしてみれば一層と巨大に見え、恐ろしさを感じさせる…

 レンリエッタは怯えながらもう一度聞いた。


「ねぇ…ほ、ほんとに入るの…?」

「もちろん!さぁ付いておいで!一気に中央まで行くよ!」

「うわぁ!ま、待ってよー!!…ええい!ままよ!!」


 臆せず竜巻の中へと突っ込んで行くエラフィンに続き、レンリエッタも意を決して突入した。閃光の走る暗雲の中へ飛び込めば、服が裂けそうな勢いで風に引っ張られ始めた。

 それでもレンリエッタはグッと歯を食いしばり、ガタガタ震える杖を強く握りしめると前方に辛うじて見えるエラフィンの後を追って杖を飛ばした。

 四方八方を飛び回る雷が真横を通り過ぎる都度、レンリエッタはゾッとしたが避雷魔法のおかげで直撃する事は無く、雷は空中でぶつかり合ってドカンッと大きな音を立てて爆発した。


 しばらく過酷な暴風域を飛び続けると、やがて風の落ち着いた場所へと行き着いた。そこは竜巻の中央であり、風の壁が周囲を覆っている…

 そして雷釣りに訪れたのはエラフィン達だけではなく、他にも数人ほど杖に乗って釣竿を振るっているのが見えた。


「さーて、ここが丁度いいね…ほら見てみなレンリエッタ、私達以外にも釣りに来てる連中が居るよ。」

「ほ、ほんとに居るんだ……こんな場所に…」

「負けてられないね、私達も釣るよ!ほら、釣り竿を受け取りな。」

「うん!…うぐっ!?お、重い…!」


 横に並んで杖をカツンッとくっ付けると、エラフィンはポーチから釣竿を取り出してレンリエッタへ渡した。銅製の竿はずっしりと重く、保持するだけで精いっぱいだ。

 そんな様子に構う事なく、エラフィンはベルトに装着していた瓶を一本取り外すと釣竿にセットして、レンリエッタへも一本渡して来たので同じように装着した。


「これで準備はオーケーだ。どうだい?」

「お、重いよ……うぐぐっ!保持するだけで精いっぱいって感じ…!」

「うーむ…しょうがないねぇ、普段から鍛えておかないからさ。どれ…キム・ムーア!」

「おおぉ!?か、軽くなった…?」

「筋力強化の魔法さ、ちょっぴり筋肉を刺激させたのさ。だから明日は筋肉痛を覚悟するんだね。」


 エラフィンが呪文を唱えると、不思議な事に釣竿は軽くなった様に思えた。どうやら筋力強化の呪文を掛けてくれたらしいのだが、その分明日は苦しむことになるらしい…

 レンリエッタは明日の様子を想像してはゴクリと固唾を飲み込みつつ、竜巻の根元の方を覗き込んでみた。

 バリッ!バーン!!と穴を高速で行き交う雷は目にも止まらぬ速さで動いている……本当に釣れるのだろうか?


「さぁ、釣ろうじゃないか!」

「……まずはお手本を見せて?」

「もちろん!よーく見ておきな…こうやって竿を握って…思いっきり針を飛ばすんだ!」


 まず最初にエラフィンが手本を見せた。彼女がギュッと強く竿を握り、思い切り振るうと糸がジーっと伸びて行った。

 その様子をレンリエッタがアホ面で眺めていると、直ぐに獲物が竿に掛かった。竿がガタガタと震え始め、エラフィンは「来た来た!」と言って、思い切りリールを巻く…糸の先を見ればギラギラ光る電撃がまるで魚のように暴れ狂っているではないか。


「そして…釣り上げる時はまた思いっきり振り上げるんだッ!!」

【ギッバリャァァァッ!!】

「うわぁ!?な、何あれ!?」


 エラフィンが竿を振り上げると、飛んで来たのは雷…を纏った謎の生物であった。細く、前足が二本あり…まるで魚とキツネを組み合わせた様な生物だ…これこそが今回の獲物であり、大事な資源となる存在…


「こいつはロッズル…空気中の摩擦を食べる生物さ!」

【シャギアァァアア!!】

「よーし!ちゃんと掛かってるね!あとは自動で竿が雷を吸収して瓶に送ってくれるのさ!」

【シュ、シュバァァア!?】

「うわ!?す、吸い込まれちゃった…釣竿に…」


 雷生命体のロッズルは釣り上げられると、途端に糸の中へと吸収されてしまった。すると瓶がギラッと光り輝き、ガタガタと震え始めた…どうやらロッズルそのものを瓶に閉じ込めるための釣竿らしい…

 レンリエッタはもはや呆れたようにその様子を眺めていたが、エラフィンが瓶を交換するのを見て正気に戻った。


「ロッズル……それを釣ってどうするの?」

「どうするって売るのさ。こいつは貴重な資源でね、高く売れるし色々な機械の材料にもなる…まぁ私は機械にゃ疎いけど…たしか王国中の電気もこいつが作ってたはずさ。」

「この国って生き物で発電してるの?蒸気機関じゃ無くて?」

「そのジョーキナントカってのは分からんがこいつが関わってるのは確かさ。まさか火や水や風で電気が出来るのかと思ってるのかい?」


 このロッズルというのはヘルドにとっては欠かせない資源の一つらしい。発電はもちろん強力なエネルギー秘めているロッズルは魔法においても多々利用される事があり、かつては神の遣いや文明の友などと呼ばれていたらしい…

 それにしてもこの国の発電方法が蒸気機関ではなく、まさかの生命発電だという事実にレンリエッタは大いにカルチャーショックを受けた……なぜか申し訳なくなりそうだ…


「さぁさぁ、レンもジャンジャン釣っとくれ!こいつは何匹あっても困らないからね!」

「う、うん……でも釣れるかなぁ…」

「思いっきりが肝心だよ、竿をぶっ飛ばす勢いで振るんだ。もちろん手は放さないこと!」

「思い切り……えーいっ!か、掛かれぇー!」


 言われた通りレンリエッタは精一杯の力で釣竿を振り、糸を飛ばした。ジィ―ッと音を立てて下へと落ちて行く針……当然ながら、ロッズルは掛かっていない…


「えっと…待てば良いの?」

「そういうやり方もあるね、けどこいつらは……ふんッ!!直ぐに釣り上げないとッ!!」

【シャギャァアアア!!】


 レンリエッタは針を垂らしたまま、しばらく待っていたが………一向に何も掛からないし、針は風に揺られてプラプラと頼りなく浮いている。その間にもエラフィンは次から次へとロッズルを釣り上げ、どんどんポーチへと仕舞いこんでいた。


「今年は良く釣れるねぇ!ほーらまた!もっと蓄電池を持って来れば良かったかもねぇ…」

「良いなぁ…私なんて全然釣れないよ…」

「ちんたらしてるからさ、ロッズルを針で引っ掛けるんだよ。こうやって!」

「私、光の速さに付いて行けるほど視力良くないから…」


 エラフィンは竿を振り、針を上手い具合にロッズルに引っ掛けると、またしても釣り上げてしまった。まるで簡単だと言わんばかりにやってみせるが、レンリエッタの目は飛び交う雷を追いかけられるほど素早く動かないのだ。

 飛んでいる個体を見つけても、次の瞬間には何処かへ消え去り、また次の個体に目を移しても同じようにどこかへ行ってしまう…腕を動かす前に見失ってしまうのに一体どうすれば良いのだろうか…


「なぁーに、見るのは獲物じゃない…奴らの通る場所を見るのさ!」

「通る場所?」

「よーく見るんだ、アンタにも見えるハズさ。」

「よーく見る…ハッ!」


 よく見ろと言われ、レンリエッタは思い出した。幼少期から常に周囲で見続けて来た魔法の光…もしロッズルが魔法生物だとすれば……後は言わずもがな…

 レンリエッタがよく目を凝らしてみれば、微かに光の線が浮かんで来た。するとその光の線の上をロッズルたちはビシュン!と素早く駆けて行く…ロッズルたちの進む道が見えている!

 レンリエッタはすぐに竿を握り込み、その線へと向かって針を投げ落とした。すると…


「お、おぉ!!引っかかった!!」

「よーし!良いじゃないか!そのまま負けずにリールを巻くんだ!」

「リール?あぁこれか…ふんぐぐッ!!」

【ピシャァ!!】


 竿はグイッとうなり、針に掛かったロッズルが暴れ出した。

 レンリエッタは負けじとリールを巻き、持って行かれそうな竿を強化した腕で食い止めた。そして一思いに出来るだけの力で竿を持ち上げると、ロッズルが見事に釣り上げられた。

 小ぶりでパチパチとした刺激を放っているが、紛れもなくそれはロッズルそのものである。


「うわぁあ!つ、釣れた…!」

「やったじゃないか!まだ子供だけど釣るなんて大したもんだよ!」

「えへへへ…」

【ピギギギ!!】


 幼ロッズルは竿に吸い込まれると装填していた瓶の中へ閉じ込められてしまった。幼体なのでそれほど騒がず、どうしようも無さそうに内部を駆け回っている…ちょっと可哀想だが、こうしてみると可愛く思えて来た。

 鋭い顔はドブネズミみたいで愛嬌があるし、パチパチした鳴き声は…まるで漏電みたい。


「…なんか、かわいそう…」

「素早く動く事だけが生きがいのロッズルからすれば瓶は死ぬほど苦しい場所だろうね。けれど発電や装具の作成には欠かせないのよ。使い終わったらちゃんと野生に返すし、あんまり気にしなくて良いよ。」

「うーん…そうなのかなぁ……ねぇ、この赤ちゃんロッズル飼っても良い?」

「飼う?ロッズルを?……うーんまぁ…ちゃんとお世話するならね…それと、絶対に家の中で開放しないでね。」

「やったー!ありがとう先生!この子大事に育てるよ!」

『ピリギャギャギャ!』


 釣ったばかりだが愛着が湧いて来たレンリエッタは初めて釣り上げたロッズルを飼育する許可を得た。ロッズルを飼育するのは一般的な事では無いものの、エラフィンはちゃんと世話をして、家の中で放し飼いにしない事を条件に許可してくれた。

 レンリエッタは後で名前を付けるとして、一旦エラフィンのポーチに仕舞ってもらうと、空の瓶をセットしてまた糸を垂らし始めた……コツを掴んだからにはこれ以上ハズレを引く気など無い。


「ふんぐっ…えいッ!!ふぅ、なんだか慣れるとちょっと楽しいかも…」

「海で魚を釣るよりずっと楽しいだろう?なんたって待たなくて良いのが…最高だねッ!」


 その後も二人は次から次へとロッズルを釣り上げた。特にレンリエッタは驚くほどにロッズル釣りが上達して行き、数十分もする頃にはすっかり慣れた手つきでピョイピョイ釣り上げるのでエラフィンも驚くばかりである。

 持って来た瓶はどんどん埋まって行き…


 しばらくしてから気が付けば二人とも互いに最後の瓶を使用していた。周りを飛んでいたロッズルの数も目に見えて減っており、釣り人達も幾人か去って行くのが見えた。


「どうだい、最後の獲物で勝負でもしてみないかい?大きいのを釣った方が勝ちだ。」

「望むところだよ!もしかしたら私…エラフィン先生より上手になってるかもよ?」

「ははーん!調子に乗る所は相変わらずだね!どれ、とびっきりドデカいのを…おっと!あれが良いね!」


 せっかくなので二人は最後の獲物で大きさ比べをしてみる事にした。

 エラフィンは早速、周囲より力強く電撃を纏う個体に狙いを付けると、ピョイッと針を投げた。するといとも簡単に大きく肥えたロッズルが針に掛かり、慣れたようにエラフィンは釣り上げてしまった。


【グバルギャァア!!】

「よーし!こんだけデカけりゃまず負ける事は無いね!へへん、降参するかい?」

「うっまさか!降参なんて!…こうなったらめいっぱい大きいのを見つけなくちゃ…!」


 大きなロッズルを瓶に納め、エラフィンが勝利を確信した笑みを浮かべた。このままでは並みの獲物を捕まえても負けるだけなので、レンリエッタも負けじと大きな個体を探し始めた。

 するとどうだろうか、まさに狙っていたような大きく力強く電撃を纏う個体を発見した。ちょうどエラフィンが釣り上げたのと同じくらいだが、この個体に賭けるしかない。

 レンリエッタは目を凝らし、道筋を見つけると狙い澄ませて竿を握り込んだ……絶対に外してはならない…そう念じて投げたが…


「そーれッ!!うわ、風がッ!……あっ!!しまった!」

「おっと!大外れじゃないか!風の神はアンタに味方しなかった様だね!」

「そんなぁ…!」


 その時、急な突風が吹き込んできたせいでレンリエッタの狙いは大きくズレてしまい、針は何も無い場所へ沈み込んでしまった。せっかく狙っていた獲物もどこかへと飛んで行ってしまったので台無しだ。

 エラフィンはケタケタと笑って勝利を噛みしめている………だが…


「はぁ…負けちゃった………うん?」

「ははははは!……どうかしたのかい?」

「な、なんか…引っ張られ……うわぁあああ!!?」

「レンリエッタ!?」


 突如としてレンリエッタの竿は今までに無いくらいにガクンッと引っ張られ、その瞬間リールに巻かれていた糸が限界まで引き延ばされた。強化している腕を使っても引っ張られてしまう!

 まるで巨大な竜巻そのものに針が掛かった様にレンリエッタは巨大な力を竿に感じている。慌ててエラフィンもレンリエッタの竿を握り、助太刀に入ったがまるで敵わない…


「ひ、引っ張られ…!るぅうう!!」

「な、なんて強さだい…!これは…とんでもない獲物だね!!」

「どうしよう!このままじゃ竿が折れちゃうよ!」

「いや…その前に私達が…持ってかれちまうかもね…!」


 二人は出せるだけの力を振り絞って竿を引っ張るが、まるで意味をなさずにグイグイと杖ごと引っ張られてしまう…このままでは竿が折れるか、あるいは二人ともそろって攫われてしまう…

 レンリエッタは『何とかしないと!』と強く念じた……糸がひとりで動いてくれれば良いのに、糸…糸と言えば糸魔法……レンリエッタは『今ここで糸魔法が使えたら!』と思っていると…


 シュバッ!!


「うわぁあ!!い、糸が!」

「なんだって!?また糸魔法かい!?」


 その瞬間、願いを叶えるようにレンリエッタの指先から緑色に光る糸が現れて釣り糸に絡まりながら伸びて行った。あまりにも急すぎる出来事に二人とも呆気に取られていたが、二つの糸が絡みついた釣り糸は引っ張られる状況から一転…ギギギッとあり得ない程のパワーで巻き上がり始めた。


「何が何だか分からないけど…とにかくこのまま釣り上げるしかない!!」


 レンリエッタはこの力が何なのか全く理解出来なかったが、今はあやかる事しか出来なかった。釣り糸がどんどんリールに巻かれて行き、獲物の引っ張る力がさらに強まっても止まる気配も見せない。

 そのまましばらくギリギリと糸が巻かれ続けると、やがてその獲物は正体を現した…暗雲を水飛沫のように跳ね上げ、黄金色に輝く巨大なそれは…まさに雷で作られた巨大なクジラであった!


「うわぁああ!!で、出たぁー!!」

「なんて大きさ…!まさかこいつは…ライグリオンかい!?」

【ウゴァァァアアアンッ!!】

「ま、まさかこんな大きいのを吸い込むんじゃ…!」


 規格外の大きさにすっかり二人は圧倒されてしまったが、それも束の間…釣り上げたならば吸い込むのがこの釣竿の機能である。

 レンリエッタがまずいと思った瞬間にはもう遅かった。大きな雄たけびを上げながら巨大なロッズル…もといライグリオンはグググッと釣竿へ吸い込まれ始めた。

 今までに無いくらいにギラギラと竿は光り輝き、瓶も激しく光り輝いている…こんな大きさの獲物が入り切るなんて事は…


 ギュポンッ!


「あ、全部収まっちゃった…」

「高い釣竿を持ってきて良かったよ…安物じゃ今頃ドカンよ…」


 なんと驚くことに釣竿は多少危うさを醸し出していたものの、ライグリオン一匹を丸ごと瓶の中へ収めてしまった。エラフィン曰く高級竿だったので上手く行ったらしく、もし並みの製品であれば今頃大爆発を起こしていたらしい……レンリエッタは生まれて初めて心の底から高級品を持ってて良かったと感じた。


「いや!それにしても…凄いじゃないかレンリエッタ!!ライグリオンを釣り上げちまうなんて!」

「糸魔法が無かったら大変な事になってたよ……あれ、消えちゃってるや、糸…」

「この前の件もそうだが…やっぱりアンタは生まれついての天才なんだよ!糸魔法を使うなんてね…!」

「なんだかしょうもない事に使った気分だよ…よりによって釣りなんて…」


 咄嗟の出来事とは言え、レンリエッタは糸魔法を使用して良かったと思う反面損した気分にもなっていた。以前はエルヘルドを捕まえる為に使用したが、今回は釣りである。

 そう思うと情けないというより、しょうもない気分に陥ったが……今はどうでもいいこと、それよりライグリオンは極めて希少な生物なのだ。


「まさかライグリオンが手に入るとはね…こいつはとんでもない価格で売れるんだ、それこそ一匹で大金持ちになれるくらいにね!」

「そうなんだ……でも、なんだか…竜巻の様子が変じゃない?ロッズルたちも元気が無さそうだし…」

「そりゃあね。ライグリオンはロッズルたちの親玉みたいなもんさ。竜巻を維持したり子供に電気を分け与えるからね、居なくなるとすぐに竜巻もロッズルたちも消えちまうよ。」

「えぇ!?そうなの!?」


 ライグリオンはロッズルと竜巻を維持する上で欠かせない存在。なので釣り上げてしまったが為にこの竜巻もあと数十分ほどで完全に分解され、ロッズルたちも消えてしまうらしい。

 それを聞いてレンリエッタは一気に罪悪感に襲われてしまった…自分のせいで罪のないロッズルが死ぬなんて耐えられない…


「ねぇどうしよう!戻したら元に戻るかな!?」

「そりゃ戻ると思うけど…まさかリリースする気かい!?そいつはとんでもない大金になるんだよ!?」

「でも可哀想だよ!この子が居ないとロッズルたちは消えちゃうんでしょ?」

「それでも…あぁ……いや!アンタが釣ったんだ、アンタに決める権利があるよ…」

「なら返すよ、そっちの方がずっと良いもん……ごめんね、先生…」

「いいや、優しさは罪じゃないよ。それに沢山取ったんだ、デカいのを一匹逃がしたくらいじゃ何ともないね!」


 ということで、レンリエッタはせっかく釣り上げたライグリオンを返してやることにした。沢山ロッズルたちを取ってしまったのだから、せめてこの子だけは返すべきだろう。

 レンリエッタが蓋の金具をガコッと開き、竜巻の下部へ投げ捨てるとしばらくしてドカーンッと大きな音を立ててライグリオンが解放された……エラフィンは少し残念そうな顔をしていたが、レンリエッタは勢いを取り戻して行く竜巻を見て、良かったと安心した。


「さぁてと……帰るとするかね!ちょっと寝たらリージャス街でロッズルたちを売り捌くよ!」

「う、うん!…あ、そうだ!ねぇ勝負は私の勝ちで良いよね?だってあんなにデカいのを釣ったんだし…」

「どうかねぇ?あれは厳密にはロッズルじゃ無いし…ま!私の勝ちかもね!」

「あぁー!ずるい!」


 釣りを終えた二人は竜巻を出て帰宅し始めた。風の落ち着いた空はほんのりと明るくなって行き、深夜から早朝へと移り変わり始めている…

 レンリエッタは一度背に浮かぶ竜巻を眺めると、少し微笑んでからまた前を向いて飛んで行った。

 初めての釣りは中々に楽しかったが、次はもうちょっと安全な場所で釣りたいものである。


つづく…

今回のワンポイント:生物解説


【ロッズル】繁殖状況:5(絶滅遠し)

魔属動物界、精霊獣目、デンキイタチ亜科、ロッズル属

『サマーストームなどの竜巻などに生息する雷の精霊。体積の約9割以上が生命電気で構成されており、スライムに近い身体構造を持つという点を見ての通り、生体粘液種から派生した生物である。常に時速3700キロほどで移動しており、これは目でギリギリ追える程度。空中を素早く移動する事で魔力原子の衝突を引き起こし、それによって生まれるエネルギーを主食とする魔力食性を持つ。なおこのエネルギーを主食とするのはこの種を含めて僅か3種ほど。成体の全長はおよそ2メートル弱となり、イタチの様な上半身と魚の様な下半身を持つことから雷獣魚と呼ばれる事もある。この種がどうやって繁殖しているのかは未だ分かっておらず、交配性繁殖説または分裂性繁殖説が有力である。特異な生態故に今も研究が進んでおらず、飼育に関しては比較的容易な部類に入るが好んで飼育される事は殆ど無い。エレキフィッシングの獲物としても知られ、我々の生活においては欠かせない存在なのだが、未だ謎が多く異質な存在なのだ。ちなみに共生関係であるライグリオンはロッズルが突然変異を起こしたもので、早夏の竜巻はこのライグリオンが作り出したものである。』

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