第31話『マクスロッド魔法学校にて』
クリッツという生徒の策略により、危うく獣人用の予防接種を打たれそうになったレンリエッタはどうにか誤解を解かれ、助けに来たエラフィンと共にマクスロッド魔法学校の校長より謝罪を受けることになった。
だがレンリエッタはすっかり魔法学校という場所に心を躍らせ、焦りは何処へやら…周囲をひっきりなしに眺めながらウビィ先生の案内により校長室へと向かった。
「マークスマン校長、その…お連れしました…」
『どうぞ、入ってくれたまえ。』
「さぁお二人とも、どうぞこちらへ…」
「うわぁ…!」
黒檀の重厚な両開きのドアが独りでに開かれ、その奥へと招かれたレンリエッタは部屋へと入るなり周囲を見回した。高そうな家具が並び、左の壁には『教育監視部門最優秀賞』やら『健全魔法学校賞』などの賞状の数々が掛けられ、反対側の壁には歴代の校長と思われる人物たちの写真が並んでいる…
そして部屋の奥、黒檀と大理石のデスクに校長と思われる人物が静かに佇んでいた。その姿を見るなり、エラフィンは声を漏らした。
「おっと……アンタは…」
「どうかされましたかな?」
「いや、気にしないでおくれ…」
「ふーむ…とりあえずお二人とも、こちらへ掛けてくれますかな。」
レンリエッタはエラフィンの顔色が少し変わるのを見て疑問に思ったものの、とりあえずは言われた通り、デスク前に置かれた椅子へエラフィンと共に座りこんだ。木製の座り心地が良い椅子だ…だが少し古いせいかキーキー鳴った。
二人が座ると、ウビィ先生は校長の横へと向かい、彼は静かにしゃべり始めた。
「さて…まずは名を…私はマークスマン・ダックショット…このマクスロッド魔法学校の校長を務めさせてもらっております…」
マークスマン・ダックショットを名乗る校長は白い顎髭が特徴的な年老いた男であった。肌が変な色をしているわけでもなく、角は無く、翼も輪っかも無かったのでレンリエッタは『人間っぽいなぁ』と思っていたが、ローブの中から腕が1本、2本と続いて3本4本と出て来るのを見ればそんな気持ちもすっ飛んでしまった。
しかし落ち着いた喋り方や険しくない表情を見るに良い人そうだとは感じた。少なくともストンハイツ校の香水プンプン校長よりかは遥かに人が良さそうだった。
「そしてこちらが…」
「ウビィ・バコンズと申します…この度は、誠に申し訳ございませんでしたッ!!」
「うわぁ!?や、やめてよ!もう大丈夫だから…」
校長に続いてウビィが名乗ると、彼女は名乗るなりガバッと勢いよく頭を下げて綺麗な土下座を見せつけて来た。
レンリエッタはとっくに焦りやら怒りなど感じていないので、すぐにそれを止めさせた。大の大人が子供に向かって頭を下げるなんて見たくも無いものである。
一方でエラフィンはどこか面白そうにその様を眺めていた。
「でも、私の早とちりで危うく獣人用の薬を…」
「全然怒って無いし、何も無かったし…」
「ウビィ先生、彼女はもう十分に謝罪を受け入れてくれた様ですし、とりあえず顔を上げてください。」
「うぅ…ありがとうございますぅ…」
レンリエッタは情けない声を漏らす彼女を見て『本当に教師なのか?』と疑問を問いかけたくなった。しかしながら情けない姿にどこと無く親近感を覚えてしまうのはなぜなのだろうか…
ともかく、レンリエッタは何事も無ければそれで良いし、エラフィンも同じ意見なのでこれ以上謝罪など必要無かった。
「しかし今回の不手際に関しましては学校全体の責任者として私からも深くお詫びを…」
「う、うん…もう大丈夫だから…ホントに…」
「ふむ……ところで、すっかり名を聞くのを忘れてしまいましたが…?」
「私はレンリエッタです。」
「エラフィン・ファングステンさ。」
「ファングステン…!」
エラフィンの名を聞き、ウビィはハッとしたような顔を浮かべたがすぐに正した。ファングステン家の名は割と有名なのだ。
しかしマークスマン校長の方は…とくに何もリアクションをしなかった。
「うむ、レンリエッタくんにエラフィン殿……失礼を承知ながら、通っている学校についてお聞きしてもよろしいかな?」
「学校ですか?いえ…私、学校には通ってません…」
「ほほう…それはそれは…でしたらエラフィン殿とは師弟関係という事で?」
「ああ、そうさ。私が面倒見てるのよ。」
話を聞き、マークスマンは納得したように頷いた。
すると、どういうわけか横のウビィ先生に対して言った。
「ところでウビィ先生、クラスの方は大丈夫ですかな?そろそろ次の授業が始まる頃かと。」
「あ、あぁ!すみません…すぐに向かいます!」
どうやらもうすぐ次の授業が始まるらしい、彼女が慌ただしく部屋を出てから直ぐに授業を知らせる不気味なチャイムが鳴り響いた。
これで校長室にはエラフィン、レンリエッタ、マークスマンの三人のみ…カチカチと時計が秒を刻む音が響いている……妙に緊迫した雰囲気にレンリエッタが戸惑いを感じていると、先に校長が口を開いた。
「さて…このような場所で再会するとは妙なものですな…エラフィン殿。」
「こちらこそ、風の噂で校長になっていたとは聞いたがまさかこの学校だったとはね…」
「え?ど、どういうこと?先生、知り合いなの?」
突然、見知ったように話し始めた二人に対してレンリエッタは大いに困惑した。口ぶりからして久しい仲の様だが…
困惑するレンリエッタへエラフィンが説明し始めた。
「マークスマンは大学時代の同期さ、そして…まぁ一時期弟子に取ってた事があったのよ。」
「えぇ!?そ、そうなの?」
「同期と言っても…飛び級のエラフィン殿に比べ、私は随分と年上でしたがね…」
どうやらこのマークスマン校長はかつてエラフィンがマイルストン魔術大学に通っていた時代の同期であり、短期間ながらも師弟関係だったらしい。
衝撃の事実にレンリエッタは凍り付いた。しかし、エラフィンが幾人もの魔法使いを育て上げたプロだと考えればそれほどおかしなことではなかった…学校嫌いな師匠の弟子が校長とは妙な話ではあるが。
「しかし…ROWに選ばれたと聞いて以来、すっかり弟子を取らなくなったと思っていましたが…」
「まぁこの子は特別なのさ。ちょっとした事情があってね、一流の魔法使いに育てる事になったんだ。」
「えへへ、育てられてます。」
「なるほど…でしたら、是非とも我が校にレンリエッタくんを入学させては如何ですかな?」
「えぇー!?い、いいの!?」
さらに驚くことに、マークスマン校長は気前よくレンリエッタを入学させてみてはと提案してくれた。魔法学校なんて楽しそうな所へ行けるなら、是が非でも行きたいものだが…もちろんエラフィンの返事はNOだった。
「いいや、悪いがそんな気は無いよ。レンに必要なのは学校の知識じゃ無くて、私の教えなんだ。この子は魔法がからっきしでね、才能はあるんだけど育って来た環境のせいで色々と疎くてね。」
「うぅっ……たしかに…そうかも…」
「ふぅーむ…それは残念ですな……エラフィン殿の弟子であれば是非とも迎え入れたいものですが…」
エラフィンの言う通り、レンリエッタは今まで魔法とは無縁の世界で育って来たのだ。なのでしばしば世間知らずだったり、この世界に馴染めない事がある…
そんな子供が学校でどうなるかなんて想像に容易いものである。レンリエッタは思わずガッカリしてしまったが、せっかく学校に来たのならと、せめてもの思いで校長へ聞いてみた。
「な、なら…せめて見学させてください…ってのは…ダメですか?」
「もちろん、学びを得たい子供を育てるのが本校の規則…だが、授業や生徒達の邪魔だけはしないように。」
「んまぁ、見学くらいなら良いね、行って来なよ。」
「わぁーい!やったー!」
「見学するのならば声量は抑えてもらおう、それとこのよそも…外部員カードを首に掛けないと追い出されるから必ず身に着けるように。良いね?」
「はい!」
というわけで、外部員カードを受け取ったレンリエッタはさっそく学校中を見て回る事にした。その間、エラフィンは校長と色々と話し合うらしい…久しぶりに会ったのなら、そりゃ会話も弾むだろう。
ひとまず校長室から出たレンリエッタは、忘れずにカードを首から掛けると、まずは何処へ行こうかと廊下を見回した。
先ほど、授業があると聞いたが廊下にはまだまだ生徒達が行き交っている…どうやら一度に全ての生徒が授業を受けるわけではないらしい…
「(やっぱりどこもかしこもヘルドばっかり…それも私と同じくらいかちょっと上の子みたいだし…)」
レンリエッタは廊下の至る場所を見回した。
教室の入り口には『幻影学』や『調剤学』などと書かれており、その他には『系列魔法学部:火炎魔法』と書かれている教室もあった。
しかし、驚くことにそれ以外は殆ど変わらなかった。ストンハイツ校に比べれば綺麗なものだが、それでも既視感は拭えない…掲示板に貼り付けられたポスターも人間の世界と同じく『手と角は綺麗にしましょう』だとか『君もロイヤルソルジャーに入ろう!』なんてものだ。
挙句の果てに、如何にもな女子グループすら居た。金持ちの雰囲気を纏ったイロモノ集団であるが、やたら化粧の濃い女子と似たようなものだろう。
彼女等の会話も聞こえて来た。
「ねぇ聞いて、パパったらまた別荘を買おうなんて言うのよ。」
「イェスマ、アロットが居ないと自慢ばっかり」
「なんですって?アンタこそ、いつもよりお喋りなんじゃないかしら?」
「ウヒヒヒヒ…お二人とも、今朝の特ダネ…聞きたくなぁい?」
「嫌よ、アンタの話ってドロドロしてるのばっかじゃない。」
「(ああいうのって、どこにでも居るんだなぁ…)」
やっぱり学校なんて何処も似たようなものなのだろうとレンリエッタは確信した。
それはともかく、レンリエッタはまず近場にあった幻影学部の教室を覗き見してみる事にした。教師は…先ほどのウビィ先生だ。
『良いですか、この原理を応用すれば相手を動物に変えてしまう事だって可能なんですよ。』
『じゃあ先生は一体誰に化かされてるんですか?』
『……ヘリック、後で指導室へ来なさい。』
『えぇー!?そんなぁー!?』
授業風景も極めて特別性に欠けるものだった。黒板があり、その前に教師が居て、机に就く生徒が数人…そんなものだ。
しかし、この学校で教えていることはどれもこれも為になりそうだし、まだまだ知らない事も多く学べそうだ。
レンリエッタは片っ端から授業の様子を扉越しに眺めて回った。
『地層魔法において重要なのは詠唱に比例する密度と…』
『ふぁぁ~…』
地層学というクラスでは初老の男性が教師を務めており、淡々と黒板へ魔法に関する事柄を書き連ねていたが、生徒達はすこぶる暇そうにあくびを掻いていた。
その様子を見てレンリエッタは『このクラスは嫌だなぁ』と考えつつ、次に重力学と書かれた教室の様子を眺めてみた。老婆の教師が皆の前で一人の生徒に魔法を実践してみるように促している…
『さぁレマン、先ほど先生が言ったようにエリアロック魔法を発動してみなさいな。』
『はい先生!よぉーし……エリアロック!コラプシンホウ!!…うわぁあ!?』
『ぎゃぁぁああ!!ブ、ブラックホールだぁ!?』
『ああなんてこと!…モルセド!』
「ひぇぇえ…凄い事になってるなぁ…」
生徒が教室のド真ん中にブラックホールを作り出したので、危うく学校全体が呑み込まれ掛けるも教師の手によって消し去られ、事なきを得た。レンリエッタの知る限りでもかなり危険な授業であったが、それでも見てる分には面白かった。
さて、そんな風にレンリエッタは学校中の教室を見て回った。すると双子の姿もあった、心理学部ではコギアが『客にガラクタを売りつける方法』なるレポートを皆の前で読み上げては罰則を喰らい、機械工学部ではミミクがネジにまつわる情熱を散々に語っており、教師は話の途中でB評価を与えて彼を黙らせていた。
というように、どこの教室を覗いても面白いものだが……やはりと言うべきか、面白いとは言えないような事もあった。
それは、レンリエッタが道に迷い、一旦裏口から外へ出た際に出くわした。
「あーあ、私ってばホント方向音痴……うん?」
「お願い!返して!そのレポートが無いと先生に怒られちゃうの!」
「そんなに欲しいなら取ってみなさいよ!そーれ!そーれ!!」
「アハハハハ!ノロマのパンセには無理でしょうね!」
「(うっ…最悪、どこ行ってもあんなのって居るんだ…)」
率直に言えばいじめの現場だった。
地味な女子生徒がやけにケバい二人の生徒からノートを取り上げられ、からかわれている。このような現場を幾度となく見て来た上に味わって来たレンリエッタはすっかり気分を落としてしまい、それどころか腹が立って来た。
自分は此処へ通えないと言うのに、あのような生徒が居るなんて…ほとんど理不尽な理由だが、それでもレンリエッタが行動するには十分すぎる理由だ。
はしゃぐいじめっ子の後ろへそっと忍び寄ったレンリエッタは、投げられてきたノートを素早くキャッチしてみせた。
「そーれ!……あっ!?ちょ…だ、誰よ!邪魔しないでよね!」
「邪魔って、いじめの邪魔を?」
「はぁ?いじめぇ?私達ただ遊んでただけだじゃない。」
「そうよ、ていうか誰?よそものはおとと行きな!」
当然ながらいじめっ子の片方…黒髪の方はレンリエッタへ突っかかって来て、手に持ったノートを奪おうとやって来たものの…
「それ、返しなさいよ!」
「…ディフェクトス」
「うごッ!?」
寄って来た相手にレンリエッタは静かに杖を引き抜くと、防壁呪文で壁を作り、顔面をドカッと衝突させた。まさかこんな形で役に立つとは思わなかったが、便利なものである。
さらに黒髪が顔を抑えていると奥のもう片方…角縁メガネがやって来たのでレンリエッタは透かさず、またしても杖を向けた。
「クンちゃん!ちょっと!アンタなにすんのよ!」
「さらにディフェクトス!」
「きゃぁ!?うげーッ!?」
「あ、あぁ…」
今度は角縁メガネの足元に小さく防壁を出現させると、彼女は見事に躓いて顔面から転んでしまった。バキッと音がしたので、おそらくメガネは粉々だろう…
「くっ…!アンタよくも…!覚えときなさいよ!いくよメネちゃん!」
「う、うん……待って、メガネの破片が…」
「ムーキス!さっさと行きな!」
「うぅう!よ、よそもののくせにー!!」
レンリエッタは最後に粉々になったメガネをムーキスで直してやると、二人はそそくさにその場から立ち去ってしまった。いじめっ子を相手にするのは少し勇気が必要なのだが、ここ最近は様々な場面に遭遇しているせいかあまり緊張などしなかった。
厄介事が過ぎ、唖然とするいじめられっ子にレンリエッタは手を差し出して立たせると、ノートを返却した。
「ねえ大丈夫?」
「う、うん…ありがとう……えっと…あなたは?」
「私はレンリエッタ、ちょっと訳アリで…見学中だったの。」
「レンリエッタ……あ、私はパパパ…パウンセン、パウンセン・ミキシンズって言うの!み、みんなからはパンセって…呼ばれてるよ…!」
パウンセン・ミキシンズと名乗る少女は昆虫の様な丸眼鏡が特徴的な…なんというか、地味な印象を抱かせる生徒だった。深緑色の髪の毛はクセが凄くてモヤモヤしていたし、額の角はポコッと丸く、口調も落ち着きが無かった。
しかしミキシンズという名に対してレンリエッタは聞きかじった印象を覚えた。
「ミキシンズ…どこかで聞いたような…」
「あぁ…うん、知ってると思うよ…パ、パパが…やってるお店、CWPだから…」
「CWP……あぁ!そうだ!店主の人が話してた!」
「やだ…パパったらまた話してたんだ…」
どうりで聞いた事があったハズだとレンリエッタは思い出した。大手製薬店『CWP』を経営するミキシンズ一家…彼女はその家の娘なのだ。
店主から散々自慢に聞いた本人が目の前に居るとなれば、レンリエッタはもう驚きである。確かに彼の言う通り、見た感じの年齢は同じくらいだった。
しかし、パンセは父親がまた自分の自慢話をしていると知って恥ずかしがっている様だ…
「ごめんね、パパ…ウザいでしょ?」
「う、ううん!そんな事ないよ、それほど…好きって事だと思うよ!」
「そう…なら良いんだけど…」
そう言い、彼女は懐から懐中時計を取り出すと、ハァーッと溜息をついた。
「あーあぁ、すっごい遅刻…先生に怒られちゃう…」
「それは…お気の毒に…でも事情を話せば先生も分かってくれるよ。」
「ううん、私…二人の事は内緒にしてるの…前に色々あって…」
「そうなんだ……なら、怖いね…」
どうやら授業に遅刻している様だ。その割にはちっとも急ぐ気配を見せないあたり、のんびり屋さんの様だが…どういうわけかいじめについてはあまり話したくない模様。
すっかりトボトボと歩いて行く彼女だったが、何かを思いついたのかレンリエッタを見て言った。
「ね、ねぇ!もし作成学に興味あるなら見学に来ない?」
「作成学?えっと……うん、まだ見てないから興味あるかも…」
「なら一緒に来てよ!レンリエッタが一緒なら先生もそんなに怒らないかも!」
「そうかなぁ?」
「きっとそうだよ!さぁ早く行こう!」
「う、うん!」
パンセはレンリエッタへ作成学とやらを見に来ないかと提案した。それが一体どのような授業なのかは想像できないものの、まだ見ていないので興味が湧いたレンリエッタは人助けも含めて行ってみる事にした。
というわけで決まったが早く、走るパンセの後に続くレンリエッタは再び学校の内部へと入ると生徒をかき分け、階段を昇り、二階の教室まで向かって行った。
作成学の教室からは既に生徒や教師の話し声が聞こえる…しかし、それでもパンセは気にせずドアを開けた。
「カベル先生!ごめんなさい!遅れました!!」
「あら?…あぁ、パウンセンさん…姿が見えないので心配しましたよ、授業に遅刻とは少し感心しませんが…」
「あの先生!私、見学をしたい生徒を連れて来たんですけど…大丈夫ですか?」
「え?見学?」
「ど、どうも……レンリエッタです…」
パンセの後ろから、レンリエッタはそっと顔を出して挨拶をした。作成学の教師は茶色い牛の獣人の女性で、あまり恐ろし気は感じられなかった。
もちろん他の生徒達もジロジロと見て来るので顔が赤くなりそうだ…
「あなた制服を着てないようですけど…あぁ、外部員なのですね。でしたら構いませんよ、それに今回の授業は初級コースなのでご一緒しません?」
「良いんですか?ありがとうございます!」
「じゃあレンリエッタ、こっちに来てよ。」
無事に授業の見学どころか、一緒に受ける事すらも許されたレンリエッタはホッと一息ついてパンセと共に大きな机のひとつに就いた。するとどうだろうか、目の前に置かれている物体を嫌でも無視できない…
裁縫道具だ!糸やら布切れなどと一緒に裁縫道具が幾つか机に置かれている。それどころか教室中を見渡せば、ここがどんなにすばらしい場所かひしひしと伝わって来るではないか。
壁に掛けられた魔法陣型のパッチワーク、見た事も無い奇妙な形のミシン、手編みの魔法マフラーの作り方が載ったポスターなど魅力的なものに溢れている。作成学とはまさにレンリエッタが望んでいたような授業だ。
「さて、パウンセンさんが来たのでもう一度授業の内容を振り返りましょう。今日は机の針と糸を使用して、ハンカチの作成とワッペンの縫い付けを行ってもらいます。今回は基本技術なので魔法は使いませんし、使用は禁止ですよ。」
今回の授業は基本的な縫合とワッペンの縫い付けとのこと。黒板には作り方が丁寧に絵柄付きで描かれているものの、もちろんレンリエッタからすれば楽勝である。
しかし、意外にも生徒達は苦戦しているらしい。パウンセンも針の扱いに慣れていないようだ。
チクチクと何度か針で指を痛めていた。
「うっいてて…わたし、針使うのニガテ…レンリエッタはどう?」
「私は全然得意だよ。こうやって……ほら出来た。」
「は、早い!どうやってやったの!?」
「そう言われても…こればっかりは慣れだから…」
苦戦する生徒とは裏腹にレンリエッタは長年の経験を活かし、二枚の布切れをあっという間に一枚のハンカチへ仕立てあげてしまった。パンセも、同じ机の生徒もすっかり目を丸くしてその様を眺めていた。
しかしコツを聞かれたところで答えられないのが惜しいところ…完全に手癖なので説明が難しいのだ。
ハンカチの仕上がり具合には教師のカベル先生もかなり驚いていた。
「ほ、本当にあなたが編んだの…?こんなに美しい縫い目、見た事が無いわ…!」
「えへへへ、褒められちゃった…」
「もしかして針の仕事に詳しかったりする?何か、そういう仕事をしているの?」
「ちょっと前まで仕立て屋で雑用してました、けど今は…趣味の範囲です」
「なるほど…生徒じゃ無いのが惜しいくらいだわ…」
あまりの褒められ様にレンリエッタは誇るよりも照れが勝った。今まで針の具合を褒めてくれたのはグリスとエラフィンと…あとはペンスーンくらいなのだ。
自分の腕には自信を持っていたが、こんなにも関心を買う事など無かった。
「カベル先生があんなに褒めるなんて…レンリエッタ凄いよ!」
「そうかな…嬉しいけど、そこまでじゃ無い気が…」
「そんな事ないよ、きっとレンリエッタなら一気に中級クラスに行けるよ。」
「中級?」
「知らないの?学部には階級があるんだよ。」
レンリエッタはそう聞き、先ほど教師が初級コースと言っていたのを思い出した。パンセ曰くこの学校では学部ごとに初級、中級、上級があるらしい。
魔法学校と言えど此処は街中にある都合上、(ここもかなり大きいが)他校に比べて建物が小さいので一度にたくさんの生徒を相手にできず、ひとつのクラスでも階級分けしているのだ。
普通の生徒はまず、基本の初級クラスから始まるが、レンリエッタのように経験があったり腕が良い生徒はいきなり中級以上から受講する事も出来るのだ。そうすれば各階級に人数が偏る事も無くなる。
それにしても、クラスの階級とはややこしいものである。
「でも私、魔法についてあんまり詳しくないんだ…きっと学校なら落ちこぼれだよ…」
「学校は学ぶところなんだから詳しく無くて普通だよ、私なんて学校入るまでピラリカも使えなかったんだから。」
「そうなんだ…きっと学校に入れたら楽しいんだろうなぁ…」
「こらこら~、おしゃべりしてる暇があったらワッペンを付けてね。パウンセンさんはハンカチ…もうちょっと頑張りましょうか。」
「はぁ~い……はぁ…夏休みまでに作成学の成績、上げなきゃなあ…」
その後もレンリエッタはいつの間にかクラスの一員となって授業を丸々受けてしまった。
ワッペンの縫い付けも先生から大いに褒められ、生徒だったらご褒美を渡しているところだと聞き、少し残念な気持ちにもなった…
しかし、それでも授業は楽しかったし、何より魔術装具技師に対する興味が湧いて来た。もしかしたら自分なら技師になれるかもしれない…
しばらくしてから、レンリエッタは授業を終えて、パンセと共に教室を出た。生徒達からは『誰か知らんがすごい奴』という評価を貰い、教師からは入学と受講を勧められてしまったが良い気分だ。
すっかりパンセとも意気投合し、友人となった。初めて出来た友達だ。
「レンリエッタ、もし良かったら郵便記号教えて欲しいな。」
「住所?良いけど…何に使うの?」
「手紙を書けたら一緒に遊べるでしょ?私、此処に来てからあんまり友達出来なくて……ダメ?」
「もちろん良いよ!私だって何通も書いちゃうよ!」
「ありがとう!じゃあ私の郵便記号も教えるね!」
手紙をやり取り出来るように二人は郵便記号を交換した。郵便記号というのは、住所とはまた違うもので、魔法ポスト用の番号なのだ。
二人が記号を交換し終えると同時に、パンセの下にひとり誰かがやって来た……獣人だ、レンリエッタが此処へ来る原因を作った…たしかクリッツという名の獣人の子であった。
「パンセ―!お昼一緒に……あ…」
「あぁクリッツ!丁度良かった、新しい友達紹介するね!レンリエッタだよ!レンリエッタ、こっちはクリッツ!私の友達!」
「……どうもね。」
「…う、うん……」
「…あれ?二人とも、なんか知ってる間柄?」
知ってるなんてものではない。そうレンリエッタは心の内で叫んだが、過ぎた事だし…さらに言えば授業の見学に加えて友達が出来たと考えればこちらから礼を言いたいくらいだ。
「えっと……とりあえず!パンセと友達同士ならボクとも友達同士だよね!」
「うん、まぁそうなるかも。だから…ま、過去の事は水に流して…ね?」
「いいの?もちろん!じゃあホントに友達同士だね!」
「……よく分かんないけど仲良さそうだしヨシ!」
というわけでレンリエッタはパンセに続いてクリッツという友人を得た。彼?彼女?の事はまだよく分からないが、友達の友達なら二乗で仲良くしておくべきだろう。
少し三人でわいわい話し合っていると、奥からレンリエッタを呼ぶ声が響いた。エラフィンだ。
「レーン!さぁ帰るよ!学校見学は済んだろう!」
「はーい!じゃあ、私…行くね!パンセ、クリッツ…またね!」
「うん!手紙書くから!今度遊ぼうね!」
「もちろんボクともね!」
名残惜しい感情を抱えつつ、レンリエッタは二人に別れを告げてエラフィンの下へと向かった。やはり学校が苦手なのか、彼女は少し居心地が悪そうに早足で出口へ向かい始めた。
外へ出れば相変わらずギンギンに照り付ける太陽が真上から二人を照らした。
「あぁ~、まったく…こんなに暑いと嫌になるねぇ…干乾びないうちにさっさと帰るよ。」
「うん。……ねぇ、先生…その……私、学校に…」
「ダメダメダメ!言っただろう?学校で教える魔法はヘボばっかさ、それにアンタが学校に行ってたんじゃいつ私が魔法を教えれば良いんだい?学費も掛かるしねぇ…」
「そうだよね……ごめん……でも友達と遊ぶのは良いかな?」
「まぁそのくらいは全然いいさ。それに友達が出来て良かったじゃないか。」
「えへへ…うん!」
レンリエッタはエラフィンと共に杖へ跨り、森を目指して飛び始めた。
相変わらずエラフィンは入学を許してくれなかったが、今日は素晴らしく楽しい一日になった。学校に行く事が出来、友人が二人も増え、そして……そして!
「あぁー!!」
「どうしたんだい!?」
「アイス…食べてない…」
「あぁ…すっかり忘れてたよ…私も飛び出してきたもんでね…」
アイスを食べ損ねてしまったのは残念だが、それでも今日は本当に楽しい時間を過ごせた。
レンリエッタはもう、あの二人と遊ぶことを考えてしまい、思わず笑みをこぼした。
つづく…
今回のワンポイント
【クークラン王国立マクスロッド魔法学校】
引用:クークラン王国魔法学校目録(著:ゼヴァイア・ガンギル)
『マクスロッド魔法学校は王国東部のサタニズム街よりやや北に位置する魔法学校である。正式な開校年は現輪歴9年。王国四大魔法学校の一角であり、姉妹校にオバーリング女学園、メイドール魔術アカデミー、バックルバッツ術者学校が存在するが、その中でも唯一通学制度を採用している。街中に建てられており、その影響で他校に比べて規模が小さく限られた学部のみが存在する。受講学部は11部門と少なく、各学部で階級制度が採用されている。なお本校独自の学部は心理学部と機械工学部の2部門のみ。校訓にもある『気軽な学び』徹底しているので生徒の制服はシャツにズボンまたはスカートなっており、脱着自由なバッジタイプが使用されている。学年も無く、生徒たちは年齢に関係なく好きな学部をそれぞれで受講可能。毎年、不定期に姉妹校へ代表生徒を交換留学させる事があり、度々交流が行われているのだ。スポーツ面ではヘクスケットチームの『マックスバドガーズ』が数年に一度全国大会に出場する程度であるが、飛行杖競争においては度々話題になる強豪校である。最後に本校出身の著名人を幾人か紹介する……アドロス・メナレット(ROW:断罪の魔術師)、スーマ・トラウツ(ケインリルレース選手)、イエルダ・マロナスフィティ(物理魔法学者)。』




