第23話『望郷可視化薬』
王宮魔術師もといROWの会合を終え、一晩ぐっすりと眠ったレンリエッタは朝の日差しで目を覚ますと、すぐに身支度を整えてグリスの居るキッチンへと向かった。まだエラフィンは起きていないが、今日は約束通り新しい呪文を教えてくれるらしいのでワクワクと心が躍ってたまらない気分だ。
杖を手でくるくる回しながら、レンリエッタは楽しそうに『リンゴ畑のワルツ』を口ずさんだ。
「~~♪」
「今朝はいつにも増して上機嫌でございますね、良い事でもありましたか?」
「エラフィン先生に新しい呪文を教えてもらうの!だから嬉しくて!」
「それは楽しみでございますね…私めも魔法を使えればの話ですが…」
「…そう言えばグリスは魔法使えないんだよね…」
「ええ、一族全員レスペルでございます。」
レンリエッタは忘れていたが、グリスは魔法が使えない一族の生まれなのだ。
所謂、石喉と呼ばれるものだ。遺伝性体質のひとつで魔力を司る脳の器官が変形する事で詠唱と発動が不可能となり、魔法が使えないのである。
だがグリス曰く、レスペルは昔より多くなったらしく、現在の割合は4対5でちょっと少ない程度とのこと。それに魔法道具の普及もあってか今はさほど苦労は無いらしい。
「今の時代は残響石もありますのでレスペルも魔法を使う事が出来るのです。私めは道具で充分ですが。」
「そうなんだ…じゃあグリスのお父さんとお母さんも…?」
「母がそうでした。父は……っ…」
グリスは自身の父親について何か語ろうとしたが、言葉を詰まらせてしまった。茶を淹れていた手もピタリと止まり、レンリエッタはその様を見てすぐに話題を逸らした。
誰しも、口にできない事情のひとつやふたつ、あるものなのだ。
「そうだ!今朝はミルクティーが飲みたいな…!」
「…承知しました、ミルクティーでございますね!すぐにご用意いたします!」
「(この家で家族の話題は止めておいた方が良いよね…)」
幸いにもグリスはすぐに手を動かし始めるとミルクティーを拵えてくれた。牛乳から煮出したものではなく、紅茶にミルクを加えたものだ。
レンリエッタは窓から差し込む温かな陽に当たりながら、ゆっくりとした朝の時間を存分に味わった。
ミルクティーに舌鼓を打ちながら、しばしの時間を過ごしていると、やがてエラフィンが現れた。相変わらず朝は弱いらしく、眠そうに目を細めてはヨタヨタとした歩き方をしている。
「ふわぁあぁあ~…朝は眠くてたまらないねぇ…」
「おはよ、先生。」
「あぁはいはい…あぁ、グリス…今朝届いた雑誌は…」
「テーブルの上にございますよ。口では無く目で探してください、エラフィン様。」
「朝は苦手なんだ…そう酷な事を言うんじゃないよ……どれどれ…」
エラフィンは椅子に座ると、細めていた目をガッと開いては週刊誌の語り穴を読み始めた。酷な事だと言う割には、随分と熱心に目を動かすあたり、よっぽど面白いのだろう。
しかしレンリエッタが本を読もうとすれば二人して「まだ早い!」と言って止めてしまうので内容は未だ知れず…
せめてもの抵抗として表紙を盗み見してみれば…ハルカータ社という企業の株価が暴落している事だけが分かった…
「今朝はファッション誌の試用版も届いていましたよ。どうです?」
「いいや、私は興味はないね。」
「でしたらお嬢様、いかがですか?」
「気になるかも、ちょっと見せて。」
だが今朝は運よくファッション誌の試用版も一緒に届いていたらしく、レンリエッタは興味津々で読み始めた。『ケバスナッチ』という名の雑誌だ、表紙には飛行杖を構えた少年少女が載っている。
内容もまぁ面白かった。封水力学的に今後流行るであろう服装から、魔法の流れが良くなると噂される髪型、飛行杖のデコレーション指南まで幅広く載っている。
最後には血液占いと星座占い、そして生後精霊占いと呼ばれるものもあった…
「…ねぇ生後精霊ってなぁに?」
「生まれた時から背に憑いてる…まぁ所謂背後霊の事さ。誰でも生まれた時に鑑定させられるんだ。」
「へぇ~…先生の生後精霊は?」
「双頭のフクロウ…知性と叡智を司る霊さ、私らしいだろう?」
生後精霊というのは、この世に生まれ落ちた時から共にする背後霊の事である。一般的な魔法ではあまり使用されない存在だが、風水や占いなどではよく利用される。
生まれた時に鑑定人、または風水師が決めつけ…見てくれるらしい。実は動物や生き物のみならず、自然にある物なら何でも生後精霊と成り得る。
エラフィンの生後精霊は『双頭のフクロウ』であり、叡智と知性を現す存在だ。グリスのは『赤い空』、苦労と忠誠を現すものだ。
「じゃあ……私にもあるの…?」
「もちろんあるさ。えーっと…なんだったかな……」
「炎の踊り子でございます。」
「お、おどりこ?…なんか、変なの…」
もちろんレンリエッタにも憑いている。『炎の踊り子』というもので、意味は激情と主役……そう聞いてもいまいちピンと来ないが…
「私が教える魔法に生後精霊はあんまり必要無いし、あって無いようなものとでも考えときな。」
「そっかぁ…炎の踊り子……わたし、ダンス苦手なのに…」
「いえいえ、苦手であればこれから上達すれば良いのですよ。習い事にバレエでもいかがです?」
「むりむりむり!大丈夫!バレエなんて…絶対無理だから!」
「それは残念でございますね…」
というわけで、今日も今日とで楽しい朝を過ごしたレンリエッタ。やっぱりここで過ごす毎日ほど充実していて面白い事はない…
その後朝食を済ませ、少しだけゆっくりとした時間を過ごしたレンリエッタはエラフィンと共に広間へ向かい、早速新たな魔法を教えてもらう事になった。ムーキスは初歩的であれど扱えるようになったのだ、自信は充分にある。
「さぁてと、新しい呪文を教えてやろうじゃないか。」
「新しい呪文!次はどんなの?進む呪文?」
「いいや、あれはアンタにゃ難し過ぎる。…まぁ今回教えるのも入門者向けのものさ。そして今後の事も踏まえて、習得しておいて損は無いような呪文よ。」
「もう焦らさないでよ!は、はやく教えてよ…!」
「ふふふ…今回教えるのはピラリカだよ。本に載ってたから知ってるだろう?」
今回教えてもらう呪文は【ピラリカ】。もちろん魔術指南書を読んでいたレンリエッタはその魔法がどんな物かはハッキリと答えられる自信があるし、直ぐに答えてみせた。
「ピラリカ…発火呪文だ!」
「ご名答!火炎魔法の基本中の基本、学校によっちゃぁムーキスよりこっちを先に教えてくれるだろうね」
ピラリカは発火呪文と呼ばれるもので、火炎魔法においては基本とされるものだ。習得難度がかなり低いので魔法学校では最初に習う呪文のひとつでもある。
効果は術者の触媒または身体の部位(主に手のひら)から一瞬だけ炎を噴き出させる。発火呪文とあるように、炎は留まらず、すぐ消えてしまうのだ。
「さっそくお手本を見せてやろうじゃないか。いいかい、詠唱する時のイメージは炎が点く瞬間だよ……ピラリカ!」
エラフィンは手を開いて仰向けにした状態でピラリカを唱えた。すると手の上でボウッと一瞬小さな火が燃え上がり、瞬く間に消えてしまった。
レンリエッタはその様を夢中になって眺め、魔法の不可思議さを改めて思い知らされた。人が炎を発するなど、誰が想像出来ただろうか…
「火が一瞬だけ点いて消えるってのを意識するんだ。あんまり長いと火傷しちまうから気を付けるんだよ。」
「は、はい……えーっと…ピラリカ!」
「魔法は練習あるのみ。ムーキスの時と同じように何度もやるのよ、一回一回力を込めて意識を集中させてね。それと火が出るところは杖でも手のひらでもどっちでも大丈夫よ。」
さっそくレンリエッタは練習を始めた。杖をポケットから取り出し、先ほどの火を思い浮かべながらピラリカと唱えてみれば…まだ何も起きない…
魔法は練習が必須なのだ、正しい言葉とイメージだけでは扱えないのである。
「分かってると思うけど、決して自棄にならないようにね?そういう攻撃魔法は暴発するとタダじゃ済まないよ、良くて火だるま…最悪、焦げカスになっちゃうから。」
「う、うん…絶対自棄にはならないようにするよ…ピラリカ!……ピラリカ!!」
本にも書かれていたが、魔法は詠唱によって効果が左右される。細心の注意を払って唱えれば精密な動作を可能とし、逆に大雑把に唱えると制御し切れなくなってしまう…
本には無言詠唱についても書かれていたが、アレは卓越した魔法使いが長年の修行を経てようやくたどり着ける境地なのでレンリエッタにとっては月よりも遠いものであった。
レンリエッタはその後も特訓を続けた。特訓と言っても、杖をビシッと振るってイメージと共に詠唱するだけだが、決して楽なものではない…なぜか魔法を使う時は疲れやすくなる気がするのだ。
「ピラリカ…!ピラリカ……ピラリカッ!!」
シュゥ…
「あぁ!!で、出来たよ!今、煙が出た!!ちょっとだけ!」
「ああ見てたよ!凄いじゃないか!たったの一時間ちょっとで発動までこじつけるなんて!」
「やったぁ…!ピラリカ、そう遠くないかも!」
一時間と少しが経過した頃、レンリエッタは杖先からほんの数粒の火の粉とわずかな煙を出すことに成功した。たとえ線香花火より儚い火だとしても、自分の力でここまで来たと考えれば嬉しくてたまらない。
レンリエッタはもうピラリカの習得まで、そう遠くないとすら感じ始めている。得意げに杖をくるくる回して、ビシッと格好をつけながら、もう一度詠唱した。
「ピラリカ!!」
「なにやってんだい…」
「えへへ…なんだかこうやって魔法が発動するとカッコイイでしょ?」
「そうかい?子供が浮かれてるようにしか見えないけどね……それに、人に向ける時もそうやって一々ポーズを決めてちゃ隙だらけも良い所じゃないか。」
「ひ、人に向けるなんてそんな…無理だよ…怖いよ…」
レンリエッタは人に向けると考えた瞬間、一気に恐ろしくなった。ピラリカは発火呪文であるが、発火が基で燃え盛る炎は決して一瞬では無いのだ。
もし人に向けて発動すれば、相手は火だるまになってしまう可能性も大いにある。そんなこと…絶対に御免だ。
しかしエラフィンは怯えるレンリエッタへ呆れるように言った。
「なに言ってんだい、私がそれを教えたのは護身のためだよ?」
「ご、護身って…また私に何かやらせるの…?」
「いいや、そうでなくとも自分の身は守れるようになった方が良いだろう?いつでも私が守ってやれるわけでもあるまいし、アンタだって自分から戦う術を持たないと。これから先、出会う魔法使い全員が好意的だとは限らないんだよ。」
たしかにエラフィンの言う通り、レンリエッタが自分で扱える魔法はムーキスのみである。今回ピラリカを教えたのは護身用の為であり、決して便利だからなんて理由ではない。
それにこの国の犯罪者の大半は(エラフィンを含めて)魔法使いだらけだ。魔法は便利で強力だが、その反面悪用されるとこの上ない脅威となる。
「世の中には他者に対して呪いや攻撃魔法を使用する事に全く躊躇しない奴だって居るんだ。生きたまま燃やしたり、切断魔法で真っ二つにしたり…」
「ひ、ひぇえぇ~…」
「だからこそ、そこいらの粗悪な魔法使いにアンタを殺されたくないんだ。」
「分かったよ……どうしてもって言う時は…やるよ、戦うよ…」
レンリエッタはどうしてもという時には他者に魔法を使う事を誓った。
『仲間を守れ、そしてその何倍も己を守れ』という言葉がある。これはかつて、クークラン公国軍の将軍が遺した言葉だ……自分を守れない者には誰を守る力も無いとはよく言ったものである。
「まぁ出来るだけそういう状況を作らないってのが一番賢い手段だけどね…」
「そうだよね…」
会話で中断されたせいか、レンリエッタは少し溜まって来た疲れを癒すために、一旦床へ座り込んだ。春も進んで来たせいか温かくなってきており、少しばかりの汗が額を伝う…
そんな休憩しているレンリエッタを見て、エラフィンは何かを思い出したようにバッと立ち上がった。
「おっと!そう言えば…」
「え?どうかしたの先生?」
「すっかり忘れてたけど、そろそろ望郷薬の効果を確かめてみようかと思ってね!」
「あ!あの薬かぁ…ちょっと前に何日か掛けて作ってた…」
どうやらエラフィンは今になって望郷可視化薬を思い出したらしい。その薬は、ちょっと前にエラフィンが寝ずに何日も掛けて調合したものであり、現在は暗い場所で保管していたのだ。
暗い場所に置くのは半日から一日程度でよいのだが、すっかり忘れていたせいで結構熟成させてしまった…
エラフィンはレンリエッタへ「ちょっと待ってておくれ」と言うと調合室へ向かい、薬瓶を片手に戻って来たと思えば広間を通り過ぎて倉庫へ降りて行き、ガッシャーン!ドーン!!と騒がしく搔き乱す音が聞こえて来た。
もう少しして、埃まみれのエラフィンが再度、何か板状ものをもう片手に持って戻って来た。
「ふぅ!結晶鏡を探すのに手間取っちまったよ。でもこれで準備はOKさ!」
「たしか薬を鏡に垂らして使うんだっけ?」
「そうさ!けど…うーん、ちょっと汚いねぇ……どれ…」
板状の物体は結晶鏡であった。埃を被っているのでただの汚い板切れにしか見えないが、エラフィンが雑に手でパッパッと払うと、綺麗な反射面が見えて来た。
望郷可視化薬はこの結晶鏡に垂らしてから磨いて使用するのだ。すると結晶に思い出したいシーンが浮かぶのだとか…
レンリエッタはワクワクしながらエラフィンの真横へ座ると、鏡を覗き込んだ。当たり前だが写っているのはバカな顔をした少女となんとも渋い顔のお師匠様だった。
「ヘックショイ!!うぅ…ええい、ゼーカソ!」
シュゥウウン!!
エラフィンは手で拭くのに疲れたのか、【ゼーカソ】の呪文を唱えると小さな竜巻を作り出して鏡の汚れを吹き飛ばしてしまった。レンリエッタは散らばった汚れを見て…鏡を覗かなくとも、掃除するグリスの姿が浮かんで来た…
「それで…一体どんな過去を見てやろうかねぇ…」
「覚えている限りで面白いものは?」
「そりゃあたくさんあるよ!でも……うん!アレが良いねぇ…へへ、見てな」
エラフィンは悪い笑顔を浮かべると、懐からハンカチを取り出した。そして瓶をキュポンッと開けてドロリとした紫色のジェルを一滴、二滴…鏡へ垂らすとハンカチでゴシゴシ拭き始めた。
隅から隅へ、薬を浸透させるように塗り込んで行くと……やがて、鏡の中がぐわんぐわんと歪み出して紫色の渦を描き始めた。二人が熱心に鏡を覗き込んでいると、渦が晴れ…ある光景が浮かんで来た……誰かの目線だ。
真っ先に映し出されたのはドクロ顔のヘルドだ。目線の主は彼を見上げ、教室のような場所で立っていた。
『エラフィン君……キミは自分がしでかした事の重大さを分かっているのかね?』
『いいえ、先生…ちっとも重大じゃありませんよ。』
『いいや!キミがやった事は本校でも極めて稀であり、なんとも惨い事なのだぞ!』
どうやら鏡に映し出されていたのは過去のエラフィンの目線らしい。教師と思われるヘルドから説教を受けているが、まるで面白くない…
そう思いながらレンリエッタは無言で眺め続けた。だがエラフィンはもう笑いを漏らしながら堪えている…
『惨いだなんて先生…わたし、クラスメイトを鶏にしちゃっただけですよ』
『たしかに他者を動物に変身させるのは幾度かあった…だが!鶏に変身させた生徒を複製呪文で一億匹に増やすとは何事だ!おかげで大学中が鶏まみではないか!!』
『あははははは!毎日チキン食べ放題ですよ!アハハハハ!!』
ガッシャーン!!
『ぎゃぁぁああ!!に、鶏が来たぞー!!』
次の瞬間、鏡に映し出された教室からガッシャーンと打ち破る様な音が聞こえたかと思えば、瞬く間に少女エラフィンの視界は鶏に埋め尽くされてしまった…
鏡の中のエラフィンが笑うのと同じように、それを眺めるエラフィンも大きく笑った。
「アーッハッハッハッハ!!傑作だねぇ!こりゃ!!アハハハハ!!」
「こ、これ…どうなったの!?鶏はどうしたの!?」
「アハハハハ…はぁ……そうだねぇ…たしか一週間後には効果が切れて増えた分は消えたね…」
「オリジナルの方は…?」
「アイツぁたしか……そうだ!アハ!納屋で卵を温めてたっけ!アハハハハ!!」
軽快に笑うエラフィンとは対照的にレンリエッタはちょっとばかり引いてしまった。彼女のトンチキ具合は生まれつきらしく、これからも治らないだろう…
鶏にされた彼が気の毒だ。
「アハハハハ……さて、今度はレンリエッタ…アンタの番だよ、何か面白いシーンは無いの?」
「えぇ?わたしぃ?…うーん……あ、ひとつだけあるかも…」
「ならそれを思い出しながら鏡を磨くんだ、ハッキリと鮮明にね。」
さて、今度はレンリエッタの番だ。笑える思い出と言えば……ひとつだけあった。
鏡に薬を垂らし、レンリエッタはあの光景を思い出しながらゴシゴシとハンカチで鏡を磨いた。すると先ほどと同じ様にグルグルと渦模様が浮かび上がり…よく見知ったテーラーの光景が映し出された。
まず最初に映ったのは嫌味に笑うメルキンの姿…ムカつく茶髪だ。
『レェ~ン?アンタってば今日も臭いわよ?ホント、一緒に暮らす私の身にもなってほしいわ!』
『う、うるさい…!ほっといてよ…』
「これがアンタの義理の姉さんかい?ムカつくガキだねぇ。」
「うん、メルキンって言うの。嫌いだけど、もう一人よりかは嫌いじゃないよ。」
ある朝の光景だ。メルキンが学校へ行くために階段を降りようとした時、彼女はレンリエッタに文句を言いながら足を降ろそうとした…
すると、よく見ていなかったせいで足を踏み外したメルキンはドッカンガラガラ!と勢いよく階段から転がり、一階のテーラーまで落ちてしまった。レンリエッタは思わず吹き出した。
『うわぁ~ん!!い、いたいよぉ…!』
『なんてこと!メルキン!しっかりして!!大丈夫!?落とされたのかい!?』
「ぶふ!!こ、このシーン好き過ぎて…夢にも見ちゃったんだよね…!」
「アハハハハ!ドジなヤツだねぇ…」
人間の世界で見た数少ない面白い光景だった。もちろんこの後、押されたとメルキンがホラを吹いたせいでレンリエッタは百叩きの刑を受け、部屋へしばらく閉じ込められる羽目になったのだが…その間もこの光景を思い出しては笑いを堪えていたのだ。
少しすると鏡はスーッと元に戻った。
「ははは!面白いもんだろう?何か見たいもんがあれば見せてやるよ、リクエストは無いかい?」
「え?ならぁ……そうだ!修行中のお父さんが見てみたいなぁ…」
「そりゃあ良い考えだ!」
見たいものが無いかリクエストを聞かれたレンリエッタは、ふと修行中の父親を見たくなった。この薬を使えば生きている父を見られるのだ。
もちろんエラフィンは快く欲求に応じてくれた。「何が良いかねぇ…」と少し悩んだが、彼女はすぐに薬を垂らすとまた拭き始めた……一体どんなシーンを見せてくれるのだろうか…
『まったく!盗みとは感心しないね!反省するまでそのままぶら下がっときな!』
『ひぃいい!ご、ごめんなさい先生…もうしませんからー!!』
『駄目だ駄目だ!この前もそう言って…』
「な、なにこれ…」
「アンタの父さんだ。私の倉庫から素材を盗んでね、その罰で逆さ吊りにしてるのさ。」
鏡に映し出されたのはヘルドの少年が泣きながら木に吊るされているものだった。そして小さな角を額から生やし、泣きべそを掻く少年こそが、レンリエッタの父…フォーメン・ヘイルホーンである。
てっきりカッコイイ場面を見せてくれるのかと思っていたので、レンリエッタは少しガッカリしてしまった…
しかしこのシーンを見て分かるように、フォーメンは真面目とは言い難い少年だったらしい。
「アイツには手を焼いたよ、目を離したらすぐに悪さをするんだから…」
「お父さんって…なんかイメージと違うんだね…」
「ガッカリしたかい?けどちゃんとアイツは立派な魔法使いになったさ、もうちょっと見せてあげる」
「うん!もっと見たい!」
エラフィンはさらに続けて色々とシーンを見せてくれた。
『聞いて先生!俺、こんなでっかいモノリスを作ったんだよ!』
『へぇそうかい…そんでそのモノリスはどうしたんだい?』
『あぁえっと……捨てちゃった、いらねぇし。』
フォーメンが初めて物体生成魔法で巨大なモノリスを生成した時のものや…
『見て先生!!立ち乗り出来たよ!ほら!』
『うまいバランス感覚じゃないか。けど気を付け……あぁーッ!!』
『うわぁぁああ!!!』
飛行杖で立ち乗りをして木に突っ込んだ場面…
『俺は光と闇の魔術師!フォーメン・ヘイルホーン!!喰らえッ!ザビム!!』
『的当てに何を本気になってんだい…』
『フッ…また儚い命を散らしてしまったな…』
『……いつかこの光景、望郷薬で見ることになるんだろねぇ…』
何かおかしな欲求に目覚めた青年フォーメンによる的当てゲーム等々…
若くも生き生きとした故人を見るのはなんとも妙な感覚だったが、見れば見るほどレンリエッタは父親の性格を受け継いでいるのが自分でも痛いくらいに分かった。褒めたら調子に乗り、言い訳ばっかりするし、魔法を唱える時に格好つける始末……なんだかんだで親子なのだ。
「最後に…成長した姿を見せてやるよ」
「うんうん!見たい見たい!もうなんかお父さんの人生ぜんぶ見たい気分だよ!」
「ははは!えーっと……」
最後にエラフィンはフォーメンの成長した姿を見せてくれると言い、鏡を磨き始めた。
レンリエッタは一層とわくわくした気持ちで鏡を眺めた。映し出されたのが写真にあるようなスーツを着た父の姿であった………だが、様子がおかしい…
『先生!認めてください!!俺は…』
『いいやダメだ!絶対に認めないよ!アンタは立派な魔術師なんだ!あんな奴のところへ行くなんて…!』
『俺はなりたいんです!お…』
バキッ!!
「あぁ!なんで割っちゃったの…!」
フォーメンが何かになりたいと言いかけた瞬間にエラフィンは怪力で鏡をバキッと二つにへし折ってしまった…もちろん割れればただの鑑に戻り、続きは闇の中…
「これはダメな記憶だ、見ちゃダメだよ。」
「で、でも……」
「悪いがこればっかりは見せられないよ」
「……ごめんなさい…」
レンリエッタが何か聞こうとしても、エラフィンは「ダメ」の一点張りで何も教えてくれなかった。やはり誰しも人に言えない事情のひとつやふたつ、あるものなのだ…
ションボリするレンリエッタへ、エラフィンは何か考えたように口をもごもごとさせると、出来る限り優しい声で伝えた。
「レンリエッタ、どう感じようがアンタの父親は立派な魔術師だったよ。私が育てた弟子の中じゃ一番…なんて決められないけど、それでもフォーメンは凄腕だったよ」
「……うん、ありがとう先生…」
「じゃあ練習を続けようか!火の粉を散らせたんだから、次は火を出さないとね!」
「えぇー!?出来るかなぁ…」
レンリエッタは疑問を心の中にそっと仕舞い込む事にして、ピラリカの練習を続けた。父親に対するイメージは少し崩れたが、それでも憧れは変わらずそのままだったとさ…
つづく…
今回のワンポイント
【レスペルについて】
著:ジャック・ジャック=ワイルド(魔法的歴史学者)
『レスペルとは別名石喉とも呼ばれるもので、遺伝性の体質である。脳の一部(魔法揮発海馬)が変形する事で魔力の流れをコントロールできず、結果として魔法を扱えないのだ。脳の修復や治療などは過去に幾度となく研究されて来たが、現在でも不可能とされている。その境遇故にレスペルは古くから差別、忌避の対象とされており、特に獣人種のビーストヘルド族は元々の非族差別と重なって過酷な境遇を強いられていた。しかし現在ではレスペルの増加と魔法道具の普及により、かつての差別意識は殆ど皆無である。魔法を使わない錬金や調合法なども考案され、彼らは人種としてではなく、個性として受け入れられている。』




