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第19話『読め!恐怖のベストセラー!』

 賑やかなサタニズム街をたった一人で閑散とさせるほどの力を持つ売れっ子小説家のダンプリング氏とやらの面を拝むため、レンリエッタとエラフィンは大通りで一番大きな本屋の『ダンブストーン書店』へ向かおうとしていた…

 が…当然ながら閑散としている分、書店の周囲には大量の人々が押し寄せ、我先にダンプリングに会おうと大騒ぎになっていた。

 衛兵は人々を落ち着かせようとしているが、まるで聞かず半ば諦めているかのようだった…


「すごい騒ぎね……外国の飛行船が来た時だってもっと落ち着いてたってのに…」

「まるで引き寄せられてるみたい…なんか気味悪いよ…」

「様子がおかしいのはさて置くとして…これじゃあツラを見る前に日が暮れちまうね。」


 そう言うとエラフィンは背に携えていた杖を手に取り、自分とレンリエッタに何かしらの魔術を唱えた。それから少しばかり背を伸ばして書店付近を確認すると…


「レンリエッタ、私の手を握ったまま離すんじゃないよ?良いね?」

「え?う、うん!何をするの…?」

「ちょっとばかり横入り…じゃなくて、立場を入れ替えてもらうだけさ。」


 エラフィンは手を握るように言うと、レンリエッタは言われた通りに彼女の手を強く握り込んだ。立場を入れ替えるとの事だが…一体何をするのだろうか…

 そんな風に疑問を抱いていると、魔法を使おうとするエラフィンに気付いた衛兵の一人が慌ててやって来た。


「あぁ!コラ!魔法を使うのは…」

「悪いが王宮魔術師特権だ!割り込ませてもらうよ!チェイドー!!」

「うわッ!!?」


 エラフィンが『チェイドー』と呪文を唱えると、次の瞬間レンリエッタは周囲の景色がギューッと捩じれて行くのが分かった。まるで草食ブーツを使っているかのようだった…

 そしてその感覚が一瞬にして終わると……やって来るのは全身を潰される様な圧迫感だ。あっという間に二人は書店入り口に集う人混みの最前線付近に移動していた…


「ぎゃぁああ!!つ、潰れちゃうよぉ~…!」

「うぐぐ…!こいつは思ったよりキツイねえ…ぐふ…」


 二人は四方八方から押し寄せる狂心的な人々の声の中でもみくちゃにされながらも、決して互いに手を離すことなく、固く握り合っていた。

 だがこのままでは二人そろってパニーニになってしまうので、エラフィンはまたしても魔法を唱えた。詠唱は人々の声に掻き消されて上手く聞こえなかったが、どうにかエラフィンは周囲に防御壁を張って人々を押し退ける事に成功した。

 ここまで激しいとは恐ろしい限りだが、最も恐ろしいのは人混みの真ん中でこれほど派手な魔法を使っても、誰も気に留めていなかった点が何よりも奇妙だった…

 人々は熱心な瞳を書店の中に向け、それ以外などまるでどうでも良いかのように振舞っているのだ…


「はぁ…!はぁ…!あ、危なかった…ありがとう先生…」

「全くだよ…それにしてもやっぱり怪しいねぇ……ここまで来ると奴がキナ臭くてたまらないよ」

「キナ臭いってどんな匂いなの?……なんか、あんまり良い匂いはしないけど…」

「怪しいって事さ。催眠魔法で人々を操ってるかと思ったんだけど…そうでもないわね、全く念磁波を感じない…」


 流石のエラフィンもこの状況を疑わずにはいられなかった。あまりにも人々の様子がおかしいので最初は広域催眠魔法を使用しているかと疑ったが、どうにも魔法の影響は感じられない…

 だとしたら直接、相手と対決するまでだ。エラフィンはレンリエッタの手を握ったままバリアで人々を押し退けながら、書店の中へと向かって行った…


 すると、やはり中もヘルド、ヘルド、ヘルドの大盤振る舞いと化していた。広い書店だと聞いていたが、レンリエッタは隣の棚を見る事すら困難を極める状況にまるで蟻の巣穴に突っ込んでいるかのような気分になった。


「ぐぬぎぎぎぃ~…!せまいぃ!!」

「ほうらレンリエッタ!こっちに……おいでッ!!」

「ぶはぁ……はぁ…もう一生分の人を見た気がするよ…」

「もうすぐだよ、へこたれる暇は無いよ!」


 書店の奥に進めば進むほど人々の熱狂度合いは加速している様だった。

 そしてかなり狭い通路を抜ける頃には、ダンプリング氏と思わしき人物とそのファンの声が聞こえて来た…


「わ、わたし!あの小説を読んでから人生が変わりました!あなたのような小説家になりたいです!!」

「うふふふ…きっとなれるわ、想像力は誰にでも備わっているのよ。」

「あぁ…ああ!!わたし一生手洗わない!!このサインも家宝にします!」


 どうやらこの大行列(行列なのか?)の中、数え切れないファンを一人ずつ相手にしているらしい。いよいよ近くなってきた標的にエラフィンは他の人々に構わずバリアで押し退けてレンリエッタと共に最前線へ向かった。

 そしてドカッ!ドスンッ!と人々を押し退け、ようやく二人は例のダンプリング氏と対面した…


「ようやく見つけたよ!アンタがダンプリングだね!!」

「え?えぇ……そうですけど…まさか貴方、人々を押し退けて此処へ?」

「ああそうさ!アンタの面を拝みに来たのさ!……けど、なんというか普通の顔ね…それにババアじゃないとは…」

「先生ってば失礼過ぎ…」


 ついに対面したダンプリング氏の正体は意外にも若い女性だった。波打つような山吹色の髪を肩まで垂らしており、皮膚は人間によく似た膚色をしていて額には曲がった赤い角が二本…そして昆虫のような丸い眼鏡をかけた……如何にもなインドアスタイルをしていた。

 エラフィンは性悪ババアをイメージしていたようだが、期待を裏切られて少々驚いている様子。一方でレンリエッタも勝手におじいさんを想像していたので驚いていた。

 だがそんな二人に対してダンプリングは一言。


「見たいのは顔だけですか?サインはいりませんの?」

「なんだって?サイン?そんなもの!……いや、高く売れるね…一枚もらおうか!」

「(なんでみんな割り込んだ事に対して何も言わないんだろう…)」


 エラフィンがサインを書いてもらっている間、レンリエッタはひたすらに疑問を抱いていた。と言うのもダンプリング本人もそうだが、後ろに並ぶ人々はまるで二人の事を無視するかのように大人しく、割り込んだ事に対する苦情や愚痴を言う事は一切なかった…それどころか一言も発さない姿が本当に不気味だとレンリエッタは感じた。


「そこのお嬢ちゃんもいかが?サイン…欲しいかしら?本を持ってるなら表紙に書いても良いけど?」

「え?自分は大丈夫です……本も読んだこと無いし…」

「………あらそう。それは残念ねぇ…もし機会があったらお読みになってみて…きっと夢中になっちゃうから…」

「へへん!悪いけどこの子はくだらない小説に現を抜かす暇は無くてね、魔法に夢中なのよ!」

「それはそれは…若いのに偉いわねぇ…」


 どこか自慢げに語るエラフィンにレンリエッタは少し顔が赤くなったが、その後は何事も無く彼女と一言二言話すだけで終わった。

 去り際、レンリエッタはダンプリングから言われた「夢中になる」という言葉が頭の中で何度も響いたような気がして、振り返ってみたが……彼女は次のファンにサインを書きながらチラッとこちらを見るだけで何も言わなかった…




「はぁ!ようやく出れたねぇ…それにしても随分と気前の良いヤツだったじゃないか。少し気に行っちまったよ!」

「そうだけど……やっぱり変だよ、みんなおかしくなってる…」

「分かってるさ、あれは明らかに洗脳してるね。けれど私達には効かないし、関係も無いって事で無視に限るね。」

「やっぱり洗脳されてるんだ…良い人そうだったのに…」


 人混みから抜け出したレンリエッタとエラフィン……やはりエラフィンは人々が洗脳されている事に気が付いていたが、自分達には関係ないと言う。

 ここまで大規模な洗脳事件があれば霧籠もしくは王宮魔術師達が事件解決に勤しむ頃合いだろうが、そんな気配など一切ない…衛兵もまるで人々以外を相手にする気など無い様だ。

 レンリエッタは少しガッカリしたような気分でトボトボと歩いた……その様子を見兼ねて、エラフィンは提案をした。


「レンリエッタ、銀行に行く前にアイスでも食べようか?」

「え?アイス?良いけど…」

「好きなのを買ってやるさ、だからそんな落ち込んだ雰囲気出すんじゃないよ」

「うん……そうだよね、うん!アイス食べたい!」


 だがアイスがあれば誰でもハッピーな気分になれる。アイスを前にして絶望する人が居たとすれば、よっぽどの虫歯か視覚過敏だろう。

 レンリエッタはどちらでも無かったので瞬く間にウキウキしてきた。


「アイスと言えばヘーブンズの店一択ね、特にあそこのスパイシーミントは格別さぁ…」

「ミントかぁ…歯磨き粉みたいな味がしそうだけど……うん?」


 レンリエッタはどんなフレーバーのアイスを食べようかと考えながら歩いていると、ふと道の隅に置かれたゴミ箱付近に立つ人影に視線を移した。

 少女だ。レンリエッタよりちょっとだけ年上と言った感じか…なぜわざわざ視線を移したのかと言うと、少しばかり先ほどのダンプリングに似ていたからだった。特に金髪と顔の雰囲気がそっくりだ。

 他人の空似なのだろうが、彼女がそわそわしながら分厚い本を三冊捨てようとしているのを見ると、どうにも無視する事は出来なかった。レンリエッタは1人で喋るエラフィンを先に行かせ、少女へ近付いて話しかけた。


「ねぇ、その本捨てちゃうの?」

「ぇえ!?あ、あの…はい……捨てるんです…こんな本…」

「それダンプリング先生のだよね?勿体ないなぁ…まだ新品なのに…」


 少女が捨てようとしていたのはやっぱりダンプリングの書いた「ヘリー・クッツーシリーズ」の本だった。小説と聞いていたが、随分と立派な本である。

 それはさておき、急に話しかけられた少女はオドオドとし始め、レンリエッタと周囲の景色を交互に見ながら目をキョロキョロと動かした。


「もったいなく…ないよ……でも、そうかな…勿体ないかもしれないけど…私は読みたくない、こんなの…」

「じゃあなんで持ってるの?」

「……それは、その………もういい!あなたにあげる!はいどうぞ!!」

「え?ちょっと…!」

「さよなら!!」


 少女は急にレンリエッタへ本をあげると言い、無理やり突きつけるとその場からダダッと逃げ去ってしまった。

 しばらくレンリエッタはポカーンと口を開けて呆気に取られていたが、本を持つ手がピリピリと震えて来るのに加え、エラフィンが戻って来た事でハッと我に返った。


「なにやってんだい?ゴミ箱漁りとは随分と逞しくなったじゃないか?エ~?」

「ち、違うよ!この本は知らない子からもらったの!今日は紙の日じゃ無いから捨てない方が良いよって伝えようとしたのに…」

「そりゃ随分と怪しいねぇ……でも魔力は感じないし…それにこの本…アイツが書いたものじゃないか!」

「う、うん…」


 エラフィンは本を一冊手に取ると、表紙をジッと見つめてから作者が先ほどのダンプリング氏だと気づいた。このヘリ―クッツーシリーズは書店でもめったに見れない超レア物である、押し付けられたからには受け取る以外の選択肢はない。


「ツイてるねぇ。読むのかい?」

「うーん…まぁ貰ったなら読んでみようかなぁ、でも魔法の本のほうが私は好きかも…」

「はははは!だろうねぇ!さぁ、気を取り直してアイスを食べに行こうじゃないか!」

「はーい!……ぅうう、でもちょっと重いなぁ…」


 斯くしてレンリエッタは偶然にも超人気小説ヘリー・クッツーシリーズの三部作を手に入れた。第一巻の演者の道から第三巻のアバンギャルドな囚人まで読み切るのは時間が掛かりそうだが、少なくとも無料で手に入ったのなら帰ってから読んでみることにした。

 しかし、きっと面白く無いだろう…なんとなくそんな気がしていた…




 その後、エラフィンとレンリエッタは街での用事をいとも簡単に済ませて帰宅した。銀行でちょっとしたひと悶着もあったが、午後も落ち着いた3時頃には戻ってくることが出来た。


「ただいまぁ…」

「お帰りなさいませ。今日は随分とお疲れのようですね…」

「あぁ゛~ホントに疲れたよ…グリス、買ったもんを仕舞っといておくれ。」

「承知しました…おや、お嬢様…本を購入なされたのですか?」

「ううん、これ貰ったの。」


 エラフィンは帰って来るなりソファへ深く座り込み、グリスにポーチを渡してハァーッと深く息を吐いた。

 一方でレンリエッタも分厚い本を三冊も持っていたせいで手が限界を迎えそうになっていたので、ドカンッと重々しく本をテーブルに置くと、表紙をしげしげと眺めた…


「うーん…どういう話なんだろう、これ…」

「読んでみりゃ良いじゃないか。10分も読めたら良い本だね。」

「じゃあちょっとだけ……えーっと…第一章、生き残った子…」


 ちょっとだけでも読んでみようとレンリエッタはページを捲り始めた。

 どうやらタイトル通りヘリーという少年が主人公らしい。両親を事故で亡くし、意地悪な叔父と叔母の家で育てられているらしく………なんだか、妙に親近感を感じる設定だった。

 だが実はヘリーの両親は魔法使いであり、ヘリーも魔法を学ぶために魔法学校へ入学する事になると……読めば読むほど既視感が湧くのはなぜなのだろうか…


「どうだいレンリエッタ?面白いかい?」

「………」

「ま、没頭するのは何に対しても同じだねぇ…」


 レンリエッタは妙な感覚を覚えていた。文は稚拙、設定は既視感があり、物語も矛盾だらけだ……だが、どうだろうか?何かに押されるようにして読む目と捲る手が止まらない…

 無言で本を貪る彼女を見てエラフィンはそんなに面白いのかと呑気に考えながら、しばらくの時間を過ごした。


「お嬢様、お茶はいかがですか?」

「………」

「あ、あの……お嬢様?」

「………」

「後にしておきますね…」


 本の中間部分、飛行杖を利用したご都合ルールなスポーツを行う主人公たちの場面を読んでいるとグリスが茶を淹れようかと聞いて来たが…レンリエッタはただ無言で本を眺めるだけだった。

 あまりの熱中ぶりにグリスも邪魔をしては悪いと考え、そっとその場を離れたが…エラフィンはその様を見て妙に怪しみ始めた…


「レンリエッタ~?随分と夢中じゃないか、そんなに面白いのかい?」

「………」

「今から魔法でチョコレートケーキを作ってみようかと思うんだけど…アンタも食べる?」

「………」

「そうだ、暇だし新しい呪文を教えてやろうじゃないか。それともアンタの知りたがってた糸魔法についても…」

「………」


 エラフィンは何度かレンリエッタへ話しかけたり、興味を誘ってみたりしたがまるで聞く耳を持たない。ただひたすらに死んだような瞳で本を捲り続けている…

 こうなって来ると流石に怪しいを通り越し、本の正体を察したエラフィンだったが…あえて何かするわけでもなく、レンリエッタのするようにさせてみる事にした。


「(やっぱり洗脳の引き金はあの本……だが無理に取り上げると精神崩壊を起こすかもしれないし様子を伺うしかないね…)」


 と言うのも人格を操作するタイプの呪いは発動を阻害すると精神に異常をきたす事が多いので本を取り上げたり、読書を邪魔すると危険なので見守る事しか出来ないのだ。何かするにしても本を全て読ませるしかない…幸いにも洗脳以外に効果は見られないのでひとまずは安心だろう…

 そう考えながらエラフィンはテーブルに置かれた本を手に持ち、ジィ―ッと表紙を眺めた。魔力は一切感じない……だが、それはあくまでも軽く見ただけだ…


「(まさか…この歳で使う羽目になるとはね……鑑定魔法を…)」


 なのでエラフィンは目にギュオンッと魔力を込め、鑑定魔法で本を眺めた……するとムワッと本から嫌な気配が漏れるのが見えて来た…濃い霧のような煙が、どろどろと本から溢れている…

 この気配にはイヤというほど見覚えがあった…魔力に属さず、それに似た効果を持つ呪い…これは【古代悪魔(エルヘルド)】の力に違いない。

(ちなみに鑑定魔法とは脳内の知識を基に目に見えない物を可視化させたり、正体を見破る魔法だ!)


「(エルヘルド…間違いない、奴等の力だ…)」


 エラフィンの記憶では古代悪魔はかなり昔に鳴りを潜めたはずだが、こんなにも堂々と力を振るうとは感心したが、同時に王国側の対応にも疑問を抱いた…堂々な割にはちっとも動かないとは、怠惰の極みではないか。

 それが報道もされず、野放しとは…


「上が何をするか見てみたい気もあったが、こうなると自分で動くしかないね…」

「………」


 弟子のレンリエッタが被害に遭ったのならその師匠であるエラフィンが動くのはごく当然の事である。今すぐにでもダンプリングの下へ向かうのも良いが…もし本の呪いが悪化するとまずいので、まずはレンリエッタの観察をする事に…

 彼女はまだまだ熱心に本を眺めている…その虚無に満ちた顔はどこか恐ろし気であった。




「あの、お嬢様…夕食のご用意が…」

「まぁまぁグリス、邪魔しちゃ悪いじゃないか。」

「邪魔などしていません。夕食を摂らなければ…お嬢様はただでさえ細いと言うのに…」

「まぁちょっと耳を貸しな、アンタに耳があればの話だが…」

「ございますよ、きちんと…」


 数時間後、夕食を知らせにやって来たグリスへエラフィンは本の正体と共にレンリエッタの状態について説明した。読書を邪魔すれば精神を病む可能性が高く、放っておく事しか出来ないのだ。

 だがグリスは納得し切れず、それどころかエラフィンへ怒りを露わにした。


「怪しい本だと知りながらお嬢様に読ませたのですか!?なんて事を!!」

「ちょっと気になっただけさ、レンにも効果があるのか知りたくてね。」

「お嬢様を実験台にするなんて…あなた気は確かなのですか!?」

「そんなに慌てずとも平気さ、明日には何とかするしレンリエッタは必ず元に戻す、約束するよ。」

「………まぁ、ひとまずはエラフィン様を信じますよ…」

「任せなって!(アイツの血を引いてるから洗脳には強いかと思ったんだけどねぇ…こりゃ精神学も教え込む必要があるね…)」


 エラフィンは憤慨するグリスを説得して、今日は見守るようにと言い付けた。レンリエッタは相変わらず本に夢中だが、もうすぐ一巻を読み切ろうとしていた。

 場面で言えば、二つの顔を持つ黒幕が正体を現し、主人公に演者の道を進むように促しているところだ。きっとその後は寮の採点が始まり、エンディングを迎えるだろう…


「それにしても、いただけませんね…エルヘルドの呪いを使うとは…」

「今ドキ、そんな奴等の力を借りるダンプリングも大概だけどねぇ…」


 前述もしたがこれらはエルヘルドと呼ばれる古代悪魔の力がもたらした呪いである。

 エルヘルドというのはエラフィンやグリス、もちろんレンリエッタのような『ヘルド族』における原種のような存在である。現在のヘルド達とは違って歪な姿形をしており、最も重要な点として『契約の力』を持つ。

 契約の力とは彼らにのみ扱えるもので、人間もしくは現在のヘルドと契りを結び、契約者は魔力を渡す見返りとして彼らの力を扱えるようになるのだ。

 おそらくダンプリングはエルヘルドと契約して洗脳魔本を製造しているのだろう。


 ちなみに契約の力自体は現在のヘルド達にも辛うじて残っており、それを利用した魔法こそ【召喚魔法】である……だが召喚魔法についてはまた別の話なので割愛させていただく。


 話を戻すが、現在エルヘルド達の存在自体はかなり希少となっており、また契約の力を扱うには王国側の正式な承認を得る必要がある。もちろん洗脳のような呪いが許可されるはずも無いので、無許可契約に値する…逮捕されれば裁判に掛けられる暇もなく永久監獄行きで二度と日の目を見る事も出来ないだろう…


「とりあえずは様子見だ。レンリエッタに掛かった洗脳が大人しくなるまで私も下手に動けなくてね…呼び覚まし呪文で無理やり解く事も出来なくは無いけど…」

「そんな危険なことは許可できません…もし失敗すればお嬢様は永遠に自我を失ってしまいます…」

「だから今日は刺激しない方が良い。分かったね?」

「…心苦しいですが…承知しました……あぁ、お労しや…お嬢様…」


 二人は干渉せず、見守る事しか出来なかった。

 結局、その晩レンリエッタは広間から動かず、一睡もせずに本を読んだ。第二作の『緻密なヘアー』は悪の魔法使いオジギヴォートの過去に関する話で、第三作の『アバンギャルドな囚人』は両親の死因となったシニマス・フラッグがヘリーと対面するというものだった…


つづく…

今回のワンポイント


【エルヘルドについて】

著:モーガナシア・ヘイルホーン(R.O.W:虚無の魔術師)

『エルヘルドとは我々、ヘルド族の先祖に当たる種族である。その起源は今でも謎に包まれており、我々の先祖ながら多くの事が分かっていない上に彼ら自身もよく分かっていないらしい。だが少なくとも数万年前に起きた【ヴァルハロス】および【君帝戦争】に関与していた可能性は高い。現在のヘルド族との違いは歪で統一性のない姿形、圧倒的に長い寿命、契約の力を持つという点だ。彼らは同一種族ながら似たような姿を持つ者は少なく、我々に近い姿をしていれば獣同然の姿をしている者も居る。寿命は我々ヘルドの600歳を大きく超え、30000歳をも余裕で生きる。そして彼らの事を語る上で欠かせないのが契約である。エルヘルドは人間もしくは現在のヘルドと契約する事で魔力を得て、契約者は彼らの力を扱う事が出来るのだ。エルヘルドの力は姿と同じく統一性が無く、力の根源がどこから来るのかもわかっていない。たとえば他人の心を盗み見る力を与える悪魔が居れば、単に髪を生やす程度の力を与える悪魔…人の寿命を操る力もあれば、そよ風を吹かす力等々…とにかくバラバラである。……何かと謎が多いエルヘルドだが現在ではその数もかなり少なくなっており、大体の者が本に封印されてしまった。彼らが再びこの世界の住人として日の目を見る時は来るのだろうか…。


ちなみに、人間は我々の事を悪魔と呼ぶが、我々の呼ぶ悪魔とは紛れもなくエルヘルド達の事である。』

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