プロローグ
色々難しい言葉も多いですが、頑張って解読してください。
「見て。あの方が“ウワサ”の⋯」
「え、あんな小さな子が⋯?」
「そう。」
「この国の王である “父に捨てられた姫”
⋯雪奈姫よ。」
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大陸から離された大きな島、その島を中心に囲むように列なった小さな島々からなる国、「和国」。
この大きな島の名は「北央帝」、そして中心に位置する首都、「帝都」。
その帝都王族が暮らす屋敷の庭で、1人の少女が刀を手に藁人形にむかって突き出そうとしている。
雪のように白い肌、小さな顔には透きとおる大きな猫目、小枝のように細く小さい身体。黒曜石の如く美しい漆黒の長髪は、風に揺られ花の香りが広がる。
この少女の名はー
花に揺らめく美少女、帝都の姫。
玄武 雪奈。
「父に捨てられた姫」だ。
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「おーい!雪奈ぁー!」
庭の後方にある桜の木の上から、雪奈と同じくらいの年齢の少年が元気よく飛び下りる。
「あれ、結弦。もう視察終わったんだ、お疲れ様。」
結弦、と呼ばれた少年は、元気で明るく、人懐っこい性格をしていた。
汚れた袴、裾が切れた羽織、少年の身体に見合わぬ立派な刀。そして、帝都の安全を守る「帝都兵団」の刻印がついたブローチ。
暁 結弦。
わずか15で帝都兵団の第三番隊隊長を務めるほどの実力をもつ少年だ。
「そういえば、優卯は?」
「優卯は、さっき父上に報告をしに行ってたよ。
最近、魔物の出現が多いらしいから⋯。」
雪奈と結弦のもう1人の幼なじみであり、雪奈の従兄弟にあたる少年。
玄武 優卯。
博識で聡明であり、柔和な性格。
結弦と同じ15で、帝都の政治に携わり、経済面での仕事や地理的な調査など幅広く功績を積んでいっている、帝都には欠かせない人物となっている。
彼は後に、今の帝都王政にとって、そして雪奈たちにとって、影響を与えることとなる。
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「優卯も大変だな⋯。だけど知っているか、雪奈。被害が深刻なのは魔物だけじゃないんだぜ?
最近は人間による事件の被害も多発してるんだ。」
結弦は心底めんどくさそうに話す。
きっと彼の所属する兵団も事件解決に駆り出されているのだろう。
「人間ね⋯。どんな事件があるの?」
雪奈は結弦から都の話を聞くのが好きだ。
姫という立場上、あまり自由に屋敷から出られないため、都のことを知る機会が少ない。
結弦から聞く話は大抵兵団の仕事や事件の話だが、それでも雪奈はいつも興味津々に聞くのだ。
「特に多いのは誘拐事件だな。
性別も家柄も関係なく、ちょうど雪奈くらいの年齢の子たちが誘拐されているんだ。」
「へぇ⋯タチの悪い事件ね。
それで、犯人は?誘拐手口は??」
「そんな一気に聞くなって!
⋯犯人はまだ分かってないが、多分集団じゃないかと兵団は見立てている。
手口は⋯なんと、人間が魔物と手を組んでるみたいな噂が回っていてな。」
結弦は大きなため息をつき、頭を搔く。
「本来ありえねぇ話だが、事件における手際の良さとあまりにも短い犯行時間が、魔物の能力と人間の知能を合わせたら可能になるんだ。
もし本当に手を組んでたら、たまったもんじゃねえよ⋯」
これには結弦も相当参っているようだ。
がっくりとうなだれる結弦の姿を見た雪奈は、少し間を置いたあと
「あの優秀な第三番隊隊長もこんなになるなんて⋯相当手強いみたいね、その犯人。」
と呟いた。
「⋯お前も一応気をつけろよ。
いくら屋敷にいるとはいえ、調子に乗った犯人が何をするかわかんないからよ。」
それは、心配して言った言葉だった。
だが。
「⋯私がいなくなったところで、心配してくれるひとなんていないわ。」
雪奈の口から発せられた言葉は明るいものではなかった。
その言葉を聞いて、結弦は驚きながらも
「何言ってるんだ!心配するに決まっているだろう!
少なくとも俺は⋯俺と優卯は心配するぞ!」
大きな声で言い放った結弦の頬は少し赤く。
だが、真っ直ぐなその言葉は雪奈に届くことはなく。
「ありがとう、結弦。」
その顔は笑っているが、笑っていない。
流石は姫、というところだろうか。
彼女の顔はいつも結弦に見せる花が咲いたような笑顔ではなく、完璧な「姫」として作り上げた笑顔だった。
一陣の風が吹く。
舞った花弁が二人の間を通り抜ける。
「どうせ、父上は私のことなんてーー」
「⋯雪奈?」
「ううん、なんでもない。お話ありがとう。
もう⋯お稽古の時間だから。またね」
抑えていた寂しさが溢れた言葉は誰かに届くこともなく、舞った花弁とともに消えていった。
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結弦と話した次の日。
雪奈は小さな包みを握りしめ、廊下を渡り、少し大きな部屋の前に立った。
「ーー優卯、いる?」
扉を軽く叩き返事を待つと、やがて柔らかい声が返された。
「その声は雪奈かな?いいよ、入りなさい。」
そっと扉を開けると、机に向かっていた声の主はゆっくり振り返る。
「珍しいね、君から来るなんて。それでどうしたんだい、雪奈?」
柔らかな焦げ茶の髪は後ろで緩く留められ、垂れた前髪の隙間から覗く瞳は、見るものがたじろぐほど綺麗に澄んでいる。
「実は、優卯にお願いがあってここまで来たの。
自分でも馬鹿馬鹿しいと思うけど⋯最近妙に嫌な予感がしてね。
⋯もし、私になにかあったとき、それを結弦に渡してもらいたいの。」
雪奈は抱えていた包みを優卯に渡した。
「⋯これは?」
優卯は不思議そうに聞く。
少し間をおいて、雪奈は口を開く。
「昔⋯私が辛いときに結弦が貸してくれたハチマキと、結弦が兵団で稼いだお金でくれた簪よ。
今でもあのときのことを覚えてる。」
「⋯大切なものなんだろう?どうしてこれを渡すんだい?」
優卯の問いに、雪奈は少し戸惑いを見せる。
「何故か分からないけど⋯私に何かあったとき、それだけは返さなくちゃいけないと思って。
さっきも言ったけど、ずっと嫌な予感がするのよね。
何も起こらないに越したことはないけれど⋯
ーーこれ以上は何も、聞かないで。」
雪奈自身、何故返さなきゃいけないか分かっていない。
「そっか。⋯うん、分かったよ。」
こんな雪奈の願いを、優卯は何も言わず承諾した。
「よかった⋯ありがとう、優卯。私に何も起こらなかったら、このことは忘れて。
⋯じゃあ、またね。」
「うん、またね。」
その「またね」が数年後になるとは誰も知らず。
雪奈の「嫌な予感」は的中することとなる。
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さらに二日後の夜。
雪奈は屋敷の書庫から自室へ戻るときだった。
「こんばんは、雪奈姫。」
ーー聞き覚えのない声。こんな時間に?一体誰?
コツコツという靴の音がこちらに近づいてくる。
「一体、何者ーー!!」
意を決して振り返ったそこには、闇夜に溶け込むような黒い外套を纏った男がいた。
そのとき、雪奈は急に身体を抑えられた。
だが、雪奈もただの姫ではない。
すぐさま反応し敵を蹴りあげ、警戒態勢に入る。
「おやおや、勇ましい姫ですねえ。
やはり手っ取り早くこちらの方が良いでしょうか。」
男がパチンと指を鳴らした瞬間、雪奈の身体は全く動かなくなった。
ーーくっ、身体がびくともしない!
これは⋯魔物の能力!?
結弦の話を思い出した。
人間と魔物が手を組んで誘拐事件を起こしている⋯と。
「ふふ、申し遅れました。僕の名は淵上。
僕はあなたの母上の⋯神の器を多く排出する『月の血筋』の一つである凍月の血と、王族である父上の『四神の血族』の一つである玄武の血を引く雪奈姫に興味があるのです。」
ーー『月の血筋』?『四神の血族』?
いったいなんのこと⋯
「混乱しているようですね、説明してあげましょう。
まず『神』について。
生死を齎すもの、時を操るもの、人々に夢を与えるもの、光と影を隔てるもの⋯この世界には様々います。
一般的には知られていないですが、この『神』のシステムは国ごとになりたっていましてね。
ここ和国ではその『神』を輩出する血族を『月の血筋』と呼んでいるのです。」
この男、淵上はニコニコと語り始めた。
雪奈の母の姓は「凍月」と言う。
つまりこの「凍月」が「月の血筋」の一つだと。
だが次の淵上の言葉で、この事件の目的が明らかになる。
「僕はね、雪奈姫。そんな血筋を引く『神の末裔』たちをホンモノの『神』へ目覚めさせる⋯そんな『お手伝い』を行っているんです。」
淵上はニコニコしながら続ける。
「僕は自分の行うことに妥協はしません。
末裔たちを『お手伝い』するため、様々な子供で試してきました。
もちろん全ての『お手伝い』が成功したわけではありません⋯。
末裔たちのありがたい犠牲のもと僕は準備を進めているんです。」
この男の言う『お手伝い』は、想像以上に残酷なもので⋯
「そして次は、あなたの番なんですよ。
王族の血と月の血が混ざった神はどんなものでしょうか。
期待していますよ、
ーー凍月 雪奈さん。」
「い⋯いやあぁぁぁぁ!!誰か!助け⋯」
雪奈の叫びも虚しく、首元に注射器が刺された。
注射器が抜かれたときには、もう彼女の意識は無く。
「またね」の言葉が果たされる日は数年後となる。
和国帝都の姫・雪奈は姿を消した。