五話 タニシ
第五話です。
平成初期の頃の話。
まだ近所の農業用水路がコンクリになっておらず、用水堀の淵には黒いマルチビニールが張ってありました。
初夏の頃、小学校の帰り道。夕立の雷雲が迫って来ると、その湿度によって用水路の水中に潜んでいたタニシが一斉に淵のビニールを這い上がって来ました。私たち悪童はその期を待ち構えていて、学校の校門横にあった駄菓子屋で買ったプラスチック製のパチンコをランドセルから取り出して、用水堀のビニールに這い上がって来たタニシを片っ端から毟り取って、殻に戻って丸くなったタニシを次から次へとパチンコで弾いて舗装道路に打ちつけて砕いたり水の張った田んぼに撃って銃弾のような水しぶきを見て燥いだりしてする道草を楽しんでいました。
そんな遊びに夢中になっていると、何処からともなく、まるで四方八方から聞こえて来るように寺の鐘の音が響いてきました。近くに鐘のある寺など無く、鐘の音自体、実際に聴いたのはその時が始めてでした。
周囲を見れば空は既に半分くらい真っ暗な雷雲に覆われていたので、急になんだか怖くなって逃げるように走って家に戻ったのですが、家に着くと玄関先に編み笠を被った和装の坊さんが立っていて、母親がその坊さんに皿に乗せたおにぎり2つを施しているところでした。
私は、その光景を避けるように勝手口から家の中に入って、奥座敷に座ったのですが、そこに坊さんの接待を終えた母親が戻ってきて私を叱りました。
『タニシを殺すと雷神様が仕返しに来てそのウチに雷落とすんだ。おめぇ今何やってきた。坊さんが鎮めてくんなかったら今頃このウチ燃えてたど。』
あれだけ迫って来ていた雷雲が、30分も経たないうちに引き返して青空が広がっていました。
タニシの引力って何なんだ?雷神様って何?あの坊さんって何?おにぎり2つで雷雲って消せるの?
いろんな謎を残したまま十年ほど前に両親は他界しました。
第五話