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十六話 幻影の塔

第十六話です。

平成4、5年頃までだったと思う。

下妻市の北の端、騰波ノ江でも北の端の山の中に周囲のクヌギの倍くらいの高さの真っ白な塔が建っていました。地元の年寄り達は『焼却炉の煙突』と言っていましたが、子ども達が『探検』でその塔の根元まで行ってみると、その塔の根元に焼却炉のような建物は無く、地際に鉄の扉があるだけで地面から垂直にニョキッと生えているような、真四角の棒が立っているような3m四方ほどのおかしな塔でした。

おそらく地元の大人たちもその塔が何の目的で誰が建てたのかなど知らず、『煙突だ』と言って知ったか振りをしてとりあえず安心していたのかと思います。

そんな中、昭和の終わり頃に、私の同級生の中に『ヨッちゃん』という奴がいたのですが、ヨッちゃんは生まれつき片目が斜視で、その容姿からいじめに遭っていた男子でした。そんな状況の中、私は優等生ぶって今では本心だったのかどうかも覚えていませんが自分からヨッちゃんに話しかけて『大丈夫だよ、頑張れよ』なんて言っていたエセなクソガキだったのでヨッちゃんからも色々な話を聞いていました。

小学も5年6年頃になるといじめもだいぶ知能犯になってきて、ヨッちゃんもかなり憔悴している様子になってきた中、ある冬の学校帰りにヨッちゃんは飛び降り自殺を考えて学校帰りに家に帰らず、あの白い塔の元へ向かったそうです。

一人、塔の元に辿り着いたヨッちゃんが塔の鉄扉の取っ手を握って回してみると、その扉は鍵などかかっておらず簡単に開いたため、益々決心したヨッちゃんは塔の中に入って行って階段を登って行ったそうです。

塔の中は大人が一人通れるくらいの幅で壁も階段もコンクリートの螺旋階段が果てしなく上まで続いていたそうで、所々壁にレンガ一個分くらいの明かり取りの窓のような穴が空けられているだけで照明器具などは無かったそうです。当然というか、その小窓から虫が侵入していたようで、塔の内部は蜘蛛の巣やらゲジゲジやらの得体の知れない虫だらけだったそうですが、ヨッちゃん曰く『如何にもあの世に続く道を通る試練って感じで別に怖くなかった』とのこと。私は想像しただけで気絶しそうでしたが。

そんな階段を延々と登って行った先というか頂上には広さ半畳ほど、天井の高さのは小学生でも立てないくらい、150cmほどの小さな小部屋があったというか、小部屋しかなかったそうで、その小部屋にもレンガ一個分くらいの小窓が四方に4つ開いていて、覗き込めば四方の景色を見下ろす事が出来たそうです。

しかし、そんな話を聞いたところでこの塔の本来の使用目的というのは全く分かりません。

頂上の小部屋の四方の小窓はおそらく正確に東西南北を向いて開けられていたそうで、一カ所からは真正面に筑波山が見え、その反対側の窓からは関城に続く丘陵が見えたそうです。ただ、それらの小窓はヨッちゃんの顔の半分ほどの幅しかなかったそうで、そこから飛び降りるというような事も出来ず、ヨッちゃんはただ『あーあ』と思ってその小部屋に胡坐をかいてしばらく項垂れて時を過ごしたそうです。

すると、ほんの数分も経たないうちに急に陽が陰って暗くなったような気がして、ヨッちゃんは立ち上がって何気なく南側の窓(筑波山が見える窓の右側の窓)から外を見てみると、南の空が既に半分ほど真っ黒な雷雲のような雲に覆われているのが見えたそうです。

この日は既に11月も半ば過ぎ。ヨッちゃんも、この季節に雷雲など有り得ないので時雨雲だろうと思ったそうで、それほど驚きもせず、ただこのまま帰る気も起きなかったためまた胡坐をかいて座って何もせずにいたそうです。

すると案の定すぐに大粒の雨が塔の石壁に当たるシャリシャリとした音が聞こえ始め、やがて小窓から白く細かい水しぶきと共に冷たい冷気が小部屋に流れ込んで来た事で、外の雨が勢いを増していく様が五感で感じ取れるほどになっていったそうです。

そんな激しい時雨はしばらく経っても一向に勢いが納まらず、あまりの激しい雨音はまるで揺れが始まる前の地震の音のように聞こえてきて、流石にヨッちゃんも怖いと感じ、膝で立って小窓から外の様子を見てみたそうです。

すると、空から真っ黒な雲がもう手の届きそうなくらい、まるで黒い天井のように降りてきており、目の前は真っ白になるくらいもの凄い雨。さらに眼下に何かうごめいているのが見えて目を凝らすと小窓の下数メートルまで茶色い水が迫ってきていて波打っていたそうです。

咄嗟に『ヤバい』と思ったヨッちゃんは塔から脱出しようと急いで立ち上がって階段を駆け下りたのですが、螺旋階段を一周もしないうちに階段の先が水面になっていて、さらにその水面が目に見えて迫り上がってきていたそうです。

それを見たヨッちゃんは更に怖くなって階段を駆け上がって小部屋まで戻り、とりあえず手を合わせて『神さま、ごめんなさい。南無阿弥陀仏、ごめんなさい。』と繰り返し繰り返し言い続けたそうです。

やがてその声は絶叫のように無心に叫び続けているうちにヨッちゃんの自身は最早自分の声しか聞こえなくなっており、しばらく経つと周囲からは何の音もしていない事に気が付いたそうです。

ヨッちゃんは懺悔の叫びをやめ、恐る恐る小窓から外を見てみると、外は鮮やかな夕暮れだったため暗くはなっていたものの、雨が降ったような跡は無い乾いた冬の景色が見えたそうです。

その後、ヨッちゃんはすぐに塔から降りて乾いた田舎道を通って家に帰ったそうです。

第十六話でした。

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