十話 半銭小僧
第十話です。
2017年の10月頃だったと思います。私の住んでいる田舎町の過疎集落に変な出来事が起こり始めました。
集落には空き家も含め20軒ほどの家があったのですが、ある日の朝、その中の一軒の家の人が新聞をとりに行くと、新聞と共にポストの底に『半銭』という十円玉のような昔の銅貨が一枚入っているのを見つけました。その時、その家の人は、誰かの悪戯だろうと大して気にもしなかったそうですが、その翌日、集落の別の家のポストからも半銭が見つかり、集落の年寄り達の間で「誰がこーたごどやってんだっぺ」と少し話題になりました。
しかし、小さな集落で、近所はみんな顔見知り。誰も心当たりはありませんでした。
さらに翌日、また別の家のポストに半銭が入っていた事でいよいよ集落の年寄り達は気味悪がり、数人の爺さん達が区長さんの家に集まり、その夜8時に消防団と一緒に夜廻りをしたのでした。しかし、夜の集落に不審者などは見つからず、その時点で全部の家のポストの中を確認しても古銭はありませんでした。
しかし、その翌朝、ある一軒の家のポストからまた一枚の半銭が発見されました。
「ゆんべの夜廻りより後の夜中に入れでるってこどが。こら警察に言うしかあんめ。」
その日の夜は年寄りだけでなく、組合(集落)の若い手(30〜50代の男達)と消防団も公民館に集められて寄合い(話し合い)が行われ、結局、警察に言おうかとなったのですが、その中で一軒の家の若い男が「俺が今晩試しに観音様(観音堂)さ泊まって見ててやっぺが?」と言いました。観音堂は集落の入り口に建つ御堂で、反対側に抜ける道は山に続く畦道なので、もし、投げ銭の犯人が外部の者であれば必ずその御堂の前を通るはず。そこで一晩見張っていようという訳です。トシちゃんは市内のコンクリート工場でブロックを作っている屈強な若い手でしたので、集落の人達は見張りをトシちゃんに任せて解散しました。
その夜、深夜2時過ぎに村の『マーちゃん』のスマホが鳴りました。観音堂で見張りをしていたトシちゃんから助けを求める電話でした。
トシちゃんは観音堂の中でチューハイを飲みながら持参した漫画を読んでその時間まで見張りを続けていたそうですが、観音堂の外に人の気配を感じた次の瞬間、御堂の正面の扉に外から閂をかけられてしまって出られなくなってしまったので助けに来てほしいとの連絡でした。
とりあえずマーちゃんは急いで観音堂に向かい、堂の扉にかけられた閂を抜いてトシちゃんを助けて二人で集落に駆け戻ったのですが、深夜の集落は寝静まったままで、外を歩く人の気配など無く、仕方なく二人はそれぞれの家に戻ったのだそうです。
しかし翌朝、集落の一軒の家のポストにまた半銭銅貨が一枚入っていました。
これに年寄り達はますます怯え、不甲斐なさを見せてしまったトシちゃんとマーちゃんは怒って、その日の夕方には集落の何軒かで飼っている全ての飼い犬の首輪を外して放ち、あわよくば犯人に食らい付くように準備を整えたのです。
その夜はトシちゃんも他の若い手も自分の家で寝て、解き放った犬達も吠える事もなく静かな夜だったそうですが、翌朝にまた一軒の家のポストに半銭銅貨が一枚入っていました。
前日の夜にトシちゃんが観音堂の中で確かに『何者か』の気配感じていたし、実際に閂もかけられた。更に半銭も確実に毎晩何処かの家のポストに投げ込まれているので『何者か』がいるのは確かなのに、その『何者か』の正体は多くの犬の警戒力をも掻い潜る。それが一体何なのか、集落の人達は一様に『ソレ』に怯えを感じ始め、その日のうちに年寄り達が隣の地区にある駐在所に押しかけていきました。
しかし、田舎の駐在というものは、その地域内に普通に家族で『暮らしている』ものであって、日勤の勤務時間以外は時間外勤務になるため余程の緊急以外じゃ動かない。消防団も然り、緊急でも巡回でも、出ばった時はその時間を記録して本所に提出して時間給を貰わなければならないので、面倒なので明確な理由がない出動はしたがらない。田舎で消防団なんてやってる人は大概は字が下手なので、『出動理由と記録を書く』という事を異常に嫌がる人も多い。
そうした理由で、警察にも消防にも夜警巡回を断られたため集落の住民達で何とかする事になり、結局またトシちゃんが中心となって組合の若い手らに夜通しで番をして貰う事になったのですが、事態はその日の晩に解決してしまったのです。
その日の昼間、区長さんから電話を受けたトシちゃんは仕事帰りに隣町のコメリに寄って、充電式バッテリーで動く防犯用のセンサーライトを3個買ってきて、自宅の二階の窓から見える集落のメイン通りの3カ所に設置して、夜の間それが光るのを自室の窓から見張っていたんです。さらにそのライトは他の家からも見える位置に置いていたたため、他の何人かの村人達も興味本位で起きて見ていたそうです。
その夜の2時半過ぎ、センサーライト3個が次々と点灯して、トシちゃんを始め4人の暇な宵っ張りの若い手が一斉に家から飛び出して通りを見回すと、黒いカッパを着た子供が集落の入口の観音堂のほうに走って行くのが見え、みんなで一斉にその子供を追いかけて走って行きました。
しかし、その子供の足の速さは異常なほどで、若い男たちが全力で走っても全然誰も追い付けないほどだったそうですが、だいぶ走った先でやっと一人の若い手が追いついて子供のカッパを掴んで引っ張り倒したそうです。
後から追い付いてきたトシちゃんや組合の男たちは、引っ張り倒されて転がって俯せに倒れているカッパ姿の者を見て、「なんだぁ?こんな小っけぇガキがやってだのが?コジ○のガキが?この腐れガキが。」と罵り、倒れている背後から首根っこを掴んで持ち上げたのですが、その顔を見たとき、全員が『うわぁ』と声を上げて尻餅を突いてしまったそうです。
それは、頭の大きさは普通の大人の大きさくらいの50歳くらいの顔の男で、体は幼稚園児よりもっと小さいくらいの大きさしかない変なバランスの人というか、人のような生き物だったそうで、おそらく山仕事の人が置き捨てていった合羽などを拾って着ていたのであろうボロボロの衣類を何枚の重ね着した姿で裸足。しかも、その生き物(後に話しますが、それを人だったと思いたくないので)は、目を見開いて「かうっ、かうっ、かうっ」というオッサンのような太い声で鳴き声をあげて、片手に細いサツマイモを1本握りしめたまま両手両足をバタつかせ始めたのでした。
「あれは絶対人間じゃねがった。絶対なんか違う生きもんだった。」
その場に居合わせた4人の若い手は、そのあまりの異様さに全員でその生き物をボコって、○しました。
誰が最初にやったとか、手加減してた奴がいたとかは言いっこなしです。4人でやりました。
翌朝、その死○を持って区長さんの家を訪ねた4人は、ゆうべの出来事を正直に全て区長さんに話しました。すると区長さんは4人に、その死○を隣の地区に住む兼業農家の神主さんのところに持って行って見せて、事情を説明するようにと言い、4人は言われたとおりにその神主さんの家に行ったそうです。
4人から事情を聞いた神主さんはその生き物の死骸を見て「これは古くからこの土地に住む神の化身の一種だ」とかなんとか言って、4人を祈祷した後に人形供養と同じように神社で供養して燃やしてあげれば大丈夫だと言ってその死○を引き取ってくれたそうです。
その後、この集落では古銭がポストに入ってるというような奇怪な出来事は起こらなくなりましたが、この生き物って本当に妖怪などの類いのものだったのでしょうか。
「かうっ、かうっ」って、『買う、買う』って言っていたんじゃないかって思うと、少し怖いです。
第十話




