お坊ちゃまとの対決
春うららかな昼下がり。
私は3年ぶりにあの方……こと、
リアン・ロブトリー侯爵令息に会っていた。
両親は早々と「若い2人で仲を深めておいで」と私を売り渡し、現在、春の日差し暖かなロブトリー邸の庭園の一角にて2人っきりのティータイムを行っている。
実は3年……私は彼に振り回されるのが嫌で母のロブトリー邸行きの誘いを理由をつけて断っていた。
時にはお腹が痛くなり、時には発疹ができて(有能メイド、マリエッタに泣いて懇願して発疹のメイクをしてもらった)等などの都合により角が立つことなくのお断りだ。
……何回も来ない事に察する事も出来たと思うのだ。
私がここに来たくなかったのだと!
それを!力一杯無視してのこの婚約劇。
嫌がらせの一環としか思えない。
そんな状況で3年ぶりの再会である。
気まずい意外の何ものでもない。
だが!私は今日マリエッタから、とあるミッションを受けている……間違えること無く完遂する様に!と何度も何度も訓練を受けた。
歯を食いしばり、血の涙を流しそうになりながらも私はあの地獄を生き抜いたのだ!
合格はもらえた……後は自信をもってやりきるのみ!
もう、10分以上沈黙を続けているこのお茶会の口火を私が切ってやる!!
「3年ぶり……でございますね。」
私は震えること無く鈴の音のような軽やかな声を捻り出す。
「昔はよく弟と共に遊びましたよね。昨日の様に思い出しますわ。」
隊長からは相手をよく観察しろと言われた。
うーん…会わない3年でとても綺麗になられて。
社交界に出たら、あまたのご令嬢から黄色い声塗れになるの必須ですね。
観察してるけど、お綺麗になられたって以上の変化がみられません。
仕方ありませんね。
次の作戦にいきますか。
「会わない3年で…とても凛々しくなられて。私見惚れてしまって、最初お声が掛けられませんでしたわ……」
作戦1!成長したお姿を褒める。
正直言いますと、どんなに格好よくなられていても、昔の思い出が邪魔して、ときめいたりしないのですけど?
ぽーかーふぇいす?なる顔で決して悟らせてはならないとの事です。
相手の目を見て首をほんの少し傾けて微笑む!のがポイントなのだとか。
「会わない間も弟からは貴方の事を伺っておりました。剣の腕も素晴らしく、また勉学の方でもご優秀であられると。」
私は隊長の指示通りに微笑みを絶やさずに褒め讃えまくりました。
褒めて観察……褒めて観察……おや?
敵に変化が!お?お耳が真っ赤に……何故?
あ、でもお顔が赤くなったり、お耳が赤くなったらソレは見逃せない変化の1つだと言ってましたね!
隊長、出ましたよ!変化が!
ってかコイツ……話をしたくもない私がこんなにも頑張って話してるのに一言も、声すら発しない……なんなんですかね?
キレて良いですかね?ダメですかね?
おぉん?
…………あーもーいいや。
次の台詞に移りますか。
「私、とても心配ですの……貴方のような素敵な方の婚約者なんて……荷が勝ちすぎると。私では務まらないのではと…私は貴方とは釣り合いませんから……」
うぉおおおぉおお!気持ち悪い!
気持ち悪いです!素敵?どこが!?
嘘八百もいいとこです。
あーこの台詞の練習が本当にキツかったです。
鳥肌との戦いでした。
鳥肌通り越して鳥になるのでは?
と思いましたもん。
こんな事言いたくない!
とマリエッタには何度も言いましたけど、
彼女いわく
「あーゆーお坊ちゃんには最初はしおらしくしとくのがミソなのよ!血反吐吐いても良いから指示通りにしなさい!」
との事でした。
もーね?声音の出し方から顔の俯き加減、
表情の1つにまで指導が入ったんですよ!
ほんと死ぬかと思いました。
……まだ何も言わない……いい加減、あーでもうーでもいいんで何か言ってくれますかね??ブチ切れ案件で良いですか?
というかもう最初から私はブチ切れてるんですけどね!
面倒くさくなってきました。
もう畳み掛けていいかな?
「何も……何も仰ってくださらないのですね……私の事、お話するのも嫌なくらいお嫌いですか?」
私は震える手で、テーブルの上に置かれていた彼の手に触れました。
…これも隊長からの指示です。
あざとい女のテクニックだそうで??
ほんとコレになんの意味が……
……にしても、ウチのマリエッタは凄いですね。
未来予知でも出来るんでしょうか?
「恥ずかしくて何も言えなくなっちゃってすれ違いってルートもあるから。粘り強く、且つ本題をズバっといくのよ!すれ違いジレジレ物語も私的には好物だったけど、リアルでやると焦れったくて殺意しか湧かないし?あと人間そんなにすれ違ったらリカバリーできないから。ヤバいフラグは早めに潰すのが1番よ!」
何を言ってるんだか半分くらい理解できませんでしたが、マリエッタは敵が黙りを決め込む事を予想していました。
黙ったら嫌いかどうかを問いただす事、そして相手を確認して顔に変化があったら、そっと相手の手の先に少しだけ自分の手を重ねて、自分の事を嫌いですか?と尋ねなさいとの事でした。
その際、悲しそうな顔で声で切なさそうに聞くこと!……はぁ〜〜(クソデカため息)
やりましたよ、隊長!
私はここまで言われた事を寸分たがわずに行いましたよ。
で?ここからどうしたらいいんです??
「嫌いな訳ない。そうじゃない……そうじゃないんだ。」
お!初めて言葉が出てきました。
「私は、幼い頃貴女を振り回してばかりだった……」
!?
そうですね!!
え、自覚があったんです??
「嫌がる貴女を連れ回して冒険者ごっこなど……恥ずかしいばかりだ。今ならそれがよく分かるのに、あの当時は全くわからなくて、とにかく一緒にいたかったから、あんな風に連れ回してしまった。……貴女が我が家に遊びに来なくなった3年でようやく気が付いたんだ。私は貴女に嫌われてしまったのだと。」
えっ……大正解ですよ。
よくおわかりで……えー気まずい!
この微かに触れてる手が気まずい!!
この場が気まずい!
逃走したくなってきましたよ!?
「だけど、私は諦めきれなかった。嫌われているとわかっているのに。……年頃になった貴女が……ハリエット伯爵家が貴女の婚約者を探し始めると聞いて、いても立ってもいられなかった。貴女が奪われてしまうと……そう思ったんだ。嫌われているとわかっていても、諦められなかった。どうしても貴女と共にありたかった!」
んんん???え、どーゆーコトです?
「リリーナ・ハリエット嬢、私は貴女に嫌われているのかも知れないと……それが怖くて怯えていた……臆病者だ。今日だって貴女から勇気を貰えないと口も開けなかった。そんな私だが、貴女に対する気持ちだけはこの世界一だと自負している!今はまだ私に気持ちが向かなくてもいい……でもいつか、私と同じ気持ちになって欲しい。……好きだよ、リリーナ。」
えぇええええーーー?!???
どどどどどーゆーことですか?!?
そっと触れていた手に指を絡ませられ、真っ白な頭が更に真っ白になっていきます。
アンリエッタからの演技指導で得たぽーかーふぇいすは何処へやら、顔は絶対に真っ赤になっているし、口からは「あっ……」とか「えっと……」とかしか出てきません。
なっなんとか落ち着かないと!
慌てる私を見て、真剣な顔をしていたリアン様が
「ふふっ慌てた顔も可愛いね、リリ?」
あ、うん。ここから先の記憶があやふやです。