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ねこぐらし。~猫耳娘の転生生活~  作者: CANDY VOICE
第一章【ミケ、成長する】
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07 『必殺!? 猫神様式おもてなし術!(後編)』

 お客様を客室にお通しして、私と猫神様はお茶を汲みに向かいました。


 お食事を用意する厨房は離れた場所にあるのですが、本館の中にも小さな厨房があり、そこでお茶とお茶菓子を用意することができます。お客様をお待たせしないための心配りです。


「あの……先ほどのお客様は、神様……なのでしょうか?」


 お盆の上に湯呑みを置きつつ、ききました。


「お客様はお客様です。何者であろうとも関係ありません」


 棚には小皿に取り分けた和菓子が並んでいます。和菓子作り専門の猫娘が毎朝作って、ここに補充しているのだそうです。


 季節や天気によって品が変わるそうですが、今日は色鮮やかな桜餅でした。


 餡の甘い香りと桜の葉の塩気が鼻孔をくすぐり、お皿に触れただけで、口の中が唾でいっぱいになってしまいます。


「相手によっては、手を抜いた仕事をするのですか?」

「いいえ、ごめんなさい……ちょっと気になっただけです」


 お盆の上に急須、湯呑み、お茶菓子を揃え、客室に戻ります。


 運ぶのはもちろん私の役目です。間違ってもひっくり返さないよう、緊張しながら、猫神様の背中に続きました。


「お茶をお持ちしました。失礼いたします」


 膝ついて襖を開くと、お爺さんは縁側に出て、ぼんやりとお庭を眺めていました。


 猫神様がお相手するお客様ですから、神様に違いないと思っていたのですが……どうにも、そうは見えません。病院に何人もいたような、普通のお爺さんです。


 長身で背中もまっすぐなので、若々しくも見えるのですが、お顔には深い皴がたくさんあって、髪もお髭も眉毛も真っ白です。土色の袴姿をお召しになっていて、お荷物は何も持たれていないようでした。


「僕は……死んだのでしょうか?」


 私たちを振り返り、お爺さんは静かに口を開きました。


「はい。現世でのお役目を、立派に終えられました」


 床に置いたお盆を自ら持ち上げ、猫神様が縁側まで歩いて行きます。私は畳をすって客室に入り、襖を締めました。


 お茶……私が注いでお出しするべきなのかな? ……と思った時にはもう、猫神様が急須に手をかけていました。


 何をしていいのか分かりません。

 とりあえず、襖の前に正座したまま、縁側のお二人を見守ります。


「立派なんかじゃ……ありませんよ、僕は」


 お茶とお茶菓子を見下ろしますが、お爺さんは膝から手を上げませんでした。


「ここは、どういった場所なのでしょうか?」

「猫鳴館でございます。神様や、現世で役目を終えたお方が立ち寄り、ゆっくりとくつろいでゆかれる場所にございます」

「天国でしょうか?」

幽世かくりよ現世うつしよの狭間のような場所です。天国はここより先にございます」

「そうですか……」


 お爺さんが身体を傾げ、両膝をつき手を揃えました。

 猫神様に向けて、深々と、額で床を叩くように頭を下げます。


「ごめんなさい。僕は間違えてここに来たようです」

「お顔をお上げになって下さい。間違いなどございません」

「いいえ、間違いです。こんな素晴らしい場所に、僕なんかが来て良いはずがありません。僕はまっすぐ、地獄へ行くべき人間です」


 猫神様はお爺さんの肩に触れ、頭を抱きしめるようにして、白髪を撫でました。


「間違いなどございません。ここに立ち寄る必要があったから、お客様はここにおられるのです。そして来たからには、「もてなされて」いただきます。良いですね?」

「僕なんかには、もったいない」

「そんなこと、言わないで?」


 猫神様がお爺さんを抱きしめる光景は、幼い孫娘が祖父をあやしているよう。


 それはそれは、奇妙でやさしい光景でした。


 私はただ、少し離れて見ていることしかできません。

 何が起こっているのかすら、分かりません。


 ――とん。


 猫神様が、お爺さんの背中を叩きます。


 ――とん。とん。とん。


 涙を叩き出されるかのように、お爺さんが泣き出します。


「僕は、人生でたくさんの間違いを犯した」

「はい、そうですか」


「女の子をね、幸せにしてあげたかったんだ。でもダメだった。救えなかったよ。二人の孫も守れなかった。下の子は辛い思いをさせて、幼いまま死なせてしまった。上の子には大きな呪いを背負わせてしまった……僕が救ってあげるべきだったのに、何もできなかったんだ」

「はい、辛かったですね」

「無力が罪なら、僕は大罪人だ。地獄へ落ちるべきだ」

「自分を悪く言わないで? あなた様の冥福を祈っている人もいるでしょう?」

「いないよ、ただ一人も」

「では私が祈りましょう」


 ――とん。とん。とん。


 猫神様の手が奏でる音が、心臓まで響いてくるようでした。

 緊張や驚愕で荒ぶっていた心臓が、ゆっくり、おちついていきます。


「私が祈ります。あなたが安らかに眠れますように。魂が救われますように。どのような後悔や遺恨が追いかけて来ようとも、呪いに囚われませんように……あなたが、あなたを許せますように……心より想い、願います」


 猫神様が柔らかく身を捩りました。

 お爺さんは子供のように身を委ね、猫神様の膝枕で横になります。


 縁側には春の日差しが降り注ぎ、暖かく二人を包み混んでいます。


 ――とん。とん。とん。


 猫神様はお爺さんの身体を叩き、やさしく頭を撫でます。

 そして気付いた時には、歌っていました。


 ――ねんねんころりよ、おころりよ。

 ――()()()はよい子だ、ねんねしな。


 ゆっくりと、柔らかく、暖かい歌声が、心地よく、全てを包み込んでいきます。


 傍で聞いている私まで、意識がとろけて、しましそうな、何もかもまどろんで、とろり、とろり、心の小さなモヤモヤが、どんどん小さくなって、こんなに小さいものなら、いっそすべてを、許してしまいそうな、そんなきもちに……きもちいい、きもちいい、歌声でした。


「……ミケ」

「はひっ!?」


 寝落ち寸前で名前を呼ばれ、身を正しました。

 じゅるりと涎を拭いながら顔を上げますと、猫神様が人差し指を唇に当てます。


「しぃ~~……」


 耳を澄ますと、お爺さんの安らかな寝息が聞こえて来ました。

 声を出さず、ペコペコ頭を下げると、くすくす笑われます。


「見ていましたね? これが、お客様を殺すということです」


 あまりに壮絶すぎて、私にはなにひとつ分かりません。


 ですが……「見た」。


 それは大きく、確かなものとなって、私の中に残っていました。

 自然と頭を下げ、「ありがとうございます」と口にしていました。



 何もしていないにもかかわらず、その日はそれで、私のお仕事は終わりました。


 お客様はぐっすりと眠り、夕方に目覚め、引き続き猫神様のおもてなしを受けたそうです。桜餅のお皿も空になっていました。


 夜は付き添わなくてよいのかと申し出ると、「休みなさい」と言われました。


「一度にたくさんやろうとしないこと。物事を上手するコツです。今日はもう十分。明日の朝、お客様をお見送りしますから、早起きできたらおいでなさい?」


 必ず早起きします、と答え、その通りにして、翌朝のお見送りに付き添いました。正確に言えば、昼間に見た光景が物凄すぎて、一睡もできなかったのです。


 私の知らない猫鳴館で、毎日あんなことが起きていたのでしょうか。

 それとも、珍しいことだったのでしょうか。

 なんとなく、前者のような気がしていました。


「お世話になりました。本当に……ありがとうございました」

「とんでもないことでございます。どうぞ胸を張って、行ってらっしゃいませ」


 翌朝、猫鳴館を去ったお爺さんは、昨日より晴れ晴れとしたお顔をしておられました。


「あのお客様は、天国に行かれたのでしょうか?」


 その背中がゆらりと歪んで、遠くの景色と溶け合うまで見送った後、猫神様にききました。


「さて、善人だったならそうでしょう。本当に悪人だったなら、地獄に行くでしょう。私たちには及ばぬことです」

「でも、猫神様は、あのお客様が救われるようにって……」

「はい、そうですよ」


 ちょいちょいと、猫神様が屈むように手招きします。


 顔の高さを合わせると、猫神様は私の両手を取り、じっと目を見て言いました。


「お客様の幸せを想い、願い、お祈りすることが私たちの役目です。ここを訪れた誰もが、苦しみから解き放たれますように。例え現世うつしよに、一人たりとも冥福を祈る者が居なかったとしても、私たちがその役目を担うのです。いいですね、ミケ」


 深く頷き、強く「はい」と答えると、猫神様はさらに言葉を続けました。


「私は、ミケの幸せも祈っていますよ」


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