04 『猫神様』
談話室は広く、大きくは四つのスペースに分かれております。
まずはのれんの掛かっている入口前スペース。
猫娘が行き来できるよう、何も置かれておらず、ただ広いです。
その正面にはテーブルとソファーが置かれており、お茶や軽食を楽しみながら談笑するのに最適なスペースになっています。
入口から左手に数歩歩きますと、一段の段差があり、談話室の半分を占める広々とした畳スペースに上がることができます。壁の一面は本棚(私がよじ登ったやつ)で、漫画、小説、絵本と選り取り見取りです。
隅には座布団が重ねて置かれており、どこにでも座って良し、寝転んで良しと自由な休憩空間です。休日は多くの猫娘が集まって、好きなようにゴロゴロしてます。特に冬場はこたつが出るので、寄ってたかって奪い合いになるとの話です。
お察しの通り、私はあんまり? 全く? 利用したことがありません。
猫娘が集まると、自然となかよしグループで固まり、お喋りに花を咲かせるわけで、そこに入っていく度胸も勇気もあるわけなく……だから私は一人で裏の神社に向かって、井戸を眺めています。
クロちゃんやペルシャちゃんは……普通にみんなとお喋りできてるんだろうな。
「みんな、仲良くしましょう」
その談話室の畳スペースの真ん中で、私たちは猫神様と対面しておりました。
クロちゃんを間に挟んだ順に並んで、それぞれ座布団の上に正座……いえ、ペルシャちゃんだけは足を崩してぺたんこ座りしてます。
私たちの正面には小さな小さな猫神様。あまりにちょこんとしておられるので、座布団の四辺が余って盛り上がっています。
見た目は十歳未満の幼児です。
それでも、「小さくてかわいい!」なんて印象は、全く受けないのでした。
汚れない幼児の姿や顔は、愛らしいを通り越して神々しい。銀色の長い髪は威圧的なほど美しく、神秘的な雰囲気に拍車をかけています。
そして何よりも、声。
小さな身体から放たれるには、あまりにも成熟した声。落ち着いていて、柔らかく、暖かく、一言一言に重みがあり、背筋と尻尾がピンとなる声。
どう言えば良いのか……私の語彙だけで例えるとすれば、思わず「お母さん」と呼んでしまいそうになるような、そんなお声をしておられるのです。
「あなたたちは、仲が悪いんですか?」
その威厳のある声で、愛らしい顔で、猫神様が微笑んで問います。
真っ先に応えたのはクロちゃん。
「いえ、そういうわけじゃないんです!」
「ミケちゃん、ペルシャのコト、キライみたいデース」
「キライって……そういうのじゃ、ないもん……」
斜め下を向いてボソボソ言うのがせいいっぱい。
クロちゃんを挟んだ向こう側で、プイっと首が曲がり、尻尾がパタパタ動きました。どうやらペルシャちゃん、思いっきりフキゲンになってしまったようです。
彼女なりの歓迎を、私が無下にした状況……ということで合ってるでしょうか? でもイキナリあんなことされたら、びっくりして当然なのでは?
私とペルシャちゃんの間で、クロちゃんが「う~んう~ん」と唸ってました。
「二人ともケンカしてるワケじゃないんです。ただ、初対面で事故が……」
それです。正解。
ガンガンに距離をつめてくるペルシャちゃんと、臆病で引っ込み思案の私の相性が最悪だったのです。
初対面はもっと慎重になるべきでした。それなのにペルシャちゃんがどーんと来てしまったから、こうなってしまったのです。
自分にも悪い所があるのに、ひとりでフキゲンになるのは……ちょっと身勝手じゃないのかな?
「ボソボソ、ボソボソ、ミケちゃんの声、聞こえまセーン」
「別になにも言ってないもん……」
「すみません猫神様! 後で私がなんとかしますっ!」
ああ、とうとう……一番悪くないクロちゃんに謝らせてしまった……。
私はどこまでダメな子なんでしょう。
「ミケ」
猫神様に名前を呼ばれ、姿勢を正しました。
「クロ、ペルシャ」
続いて二人も背筋を伸ばします。
猫神様は三人の顔をゆっくりと見て、にっこり笑いました。
「三人とも、かわいい。かわいい。かわいい」
立ち上がって、ポン、ポン、ポン。
私たちの頭にやさしく触れて、猫神様はまた座布団の上に戻り、おもむろに袖の中に手を入れました。
「あなたたちに、渡す物があって来ました。これから必要になるものです」
取り出されたのは、小さくて長細い桐の箱。
畳の上にそっと置き、静かに蓋を開きました。
中に入っていたのは、琴の弦のように細い、棒と呼ぶにも小さすぎる、それ。
「……耳かきだ!」
最初に反応したのはクロちゃんでした。
茶色と尻尾がピンと立って、瞳がキラキラ輝きます。
耳かきは、猫鳴館の猫娘にとって特別な道具です。
お客様に「おもてなし」をするための一番大事な道具。一人前の猫娘と、そうなる予定の猫娘のみが、猫神様から授かるものです。
耳かきは三本入っており、それぞれ色が違いました。
二本はそれぞれキラリと輝き、もう一本は主張することなく、静かに寝ています。
「ひとつひとつ、紹介しますから、三人仲良く、好きなものを選びなさい」
まずは左側の、黒く上品に輝く耳かきを持ち上げ、猫神様が言います。
「これは、本べっ甲の耳かきです。肌触りがとても柔らかく、細く仕上げていますので、やさしく細やかなおもてなしができるでしょう。何より、見た目がとても綺麗です。本べっ甲は、かんざしにも使うものですから」
本べっ甲の耳かきを桐の箱に戻し、次に、真ん中の、銀色に輝く耳かきを持ち上げて言いました。
「これは、鈦の耳かきです。硬く、曲がることがないので、指先の動きがそのまま先端に伝わります。力加減が難しいですが、これほど使い手の意のままになる素材はありません。それに、とても丈夫なので折れません。永く使えることでしょう」
また丁寧に箱に戻し、最後に右側の、特に光ることのない、普通の竹の耳かきを持ち上げました。
「これは……」
「わたし、それがいいです」
割り込んで、そう言ってしまいました。
光り輝く他の二本に比べ、それが私にふさわしいと、見た瞬間に思ったのです。
「それが、わたしに合ってると思います」
クロちゃんもペルシャちゃんも、何も言いませんでした。
それを見ると猫神様は、竹の耳かきを大事に両手に乗せて、私の前に差し出しました。
「それなら、これはミケに。いいですか、ミケ、これは……」
両手で包むように受け取ると、猫神様はそのまま、ぎゅっと私の手を握って、竹の耳かきのことを話してくれました。
それを聞くとなんだか、これでさえ私にはもったいないような、どんどん自信がなくなっていくのを感じました。
だって私は、本当に何も持っていないから。
一人前になって、お客様のお相手をできるなんて、ちっとも思えないのでした。