17 『おばけの話』
さらさらと涼しい秋の音を聞きながら、畳の上でまったり過ごします。
お姉さまの前にもかかわらず、もはや正座すらしていません。足を崩して半分寝転ぶような体勢です。
半分稽古のはずなのですが、明らかにもう半分の方に寄りかかっています。この場の長であるベンガルお姉さまがそうしろと言うのですから、まあ良いのでしょう。
緊張気味だったシロちゃんも、座布団を枕にしてへにょんとしていします。ぼちぼち油断してくれてるみたいですね。
「ベンガルお姉さまとシロちゃんは、いつ会ったんですか?」
「昨日会ったばかりよ、同期の子から紹介されてね。面倒見てやって欲しいって」
畳にゴロンと寝転んで、自分の腕を枕にして、ベンガルお姉さまのくつろぎっぷりたるや、威風堂々たる有様です。
「その子は猫神様から紹介されたらしくてね、その二人で相談して、私に任せようってことになったらしいわ。本人の意思も確認せずに……」
今にもお昼寝に入りそうと思いつつ見ていると、急に身体を起こして、シロちゃんを手招きしました。
「おいでシロ、耳掃除してあげる」
シロちゃんは身を起こし、戸惑うように耳と尻尾をうようよさせます。
「……お耳、汚れてないから、だいじょうぶです」
恥ずかしそうにペタン。シロちゃんは猫耳を手で隠しました。かわいい。
「んじゃ、ミケ」
「わたし!?」
「どっちでもいいから甘やかしたい気分なのよ。ほら、来なさい」
正座してぽんぽんとふとももを叩くベンガルお姉さま。
何やら気恥ずかしい感じがしましたが、そろそろと四つ足で近寄り、コテンと頭を預けました。
「いい子ねぇ~……たっぷり可愛がってあげる」
「あわわわ……」
優しい手つきで猫耳と頭をナデナデされます。
視線の先でシロちゃんがちょこんと女の子座りして、私とベンガルお姉さまをじっと見ていました。
恥ずかしさで頬が火照る中、猫耳をコチョコチョされます。
「あ、この感触は……ベンガルお姉さまも竹の耳かきですか?」
「そーよー? この山の竹らしいわね。どこに生えてるのか知らないけど」
優しく、しなやかな感触……クロちゃんやペルシャちゃんの練習台になる時は鈦か本べっ甲の耳かきで、竹の耳かきは自分で使うことしかなかったので、他の人に使われるのは新鮮です。
なるほど、こんな感じですか……勉強になります。
「あぁぁ……なるほど、はぁぁ……」
あまりに心地よくて、ほわほわしてしまいます。目の前のシロちゃんがウズウズ、お尻を持ち上げかけていました。
「いーわよ、シロもおいで? ほれほれ」
ベンガルお姉さまが、私の頭の上で手をふりふり、もう片方のふとももをポンポン叩きます。
シロちゃんは大きなお目々を左右にふりふり。恥ずかしそうに頬を染めましたが、私も揃っておいでおいですると、流石に折れたのかヨチヨチと近付いて来ました。
私と屈み合わせになるように、頭をぽてん。
「よーしよーし、二人ともよーしよーし」
揃って頭をナデナデされます。楽しいけど恥ずかしい。
そのままシロちゃんの耳かきが始まったので、私はそろりと身を起こして逃げました。
見下ろすと、シロちゃんが幸せそうな顔で耳かきされています。
「ベンガルお姉さまは……」
「はい、なぁに?」
「ああ、えっと……ベンガルお姉さまに「おもてなし」してもらえるお客さまは、楽しいだろうなって、思って……九魂祭にも参加されるんですか?」
猫鳴館ですれ違うことはあったものの、お話したことはなく、ベンガルお姉さまとは今日が初対面といっても過言ではありません。シロちゃんもまたそうでしょう。
その二人を相手にして、これほど楽な気持ちにさせるのですから、猫娘としての手腕がすごいに違いないと思いました。
しかし、ベンガルお姉さまは困ったように笑いました。
「う~ん……私ってあんまりお客さまのお相手することないのよね」
「え? そうなんですか?」
「うん。女性のお客さまとか、他の猫娘の付き添いならしてるけどね。男の人が苦手なの」
「意外です……色々と」
快活な性格のベンガルお姉さまですから、男の人相手でも物怖じせず「おもてなし」する姿を想像していました。
それに、「お姉さま」でも付き添いのお仕事をすることがあるとは……てっきり、見習い猫娘の仕事だと思っていました。
「ベンガルお姉さまでも、付き添いをすることがあるんですね?」
「神様クラスのお客さまだとねぇ……」
耳かきをふきふきしながら、やや遠くを見るようにして言います。
「建前上、全てのお客さまに貴賎ナシ。猫娘も序列みたいなのはナシ……ってことになってるけど、実際はあるものなのよ……」
「あ、ちょっと聞いたことあります」
見習いや見習い未満といった区分はありますが、一人前になると、それ以上の区分は無く、猫娘は猫神様も含めて横一列に扱われています。
けれど、やはり実力や経験値によって上下関係は築かれるもので、「神様」が現れた時は、上級に当たる猫娘がお相手することになっているそうです。
ベンガルお姉さまが「付き添い」になる時は、そういう場合になのでしょう。
「私はいつまでも中堅止まり。「おもてなし」より、後輩の面倒見る方が好きなの」
耳かきを終えたシロちゃんの頭をポンポン叩き、ベンガルお姉さまは自嘲気味に笑います。
「実際、ほとんどそれしかしてないしね。猫神様も、それを知っててこの子のこと任せて来たんだと思う。ミケのこともね……」
手を伸ばして、私の頭をポンポン、ワシワシ。
そういう形の「一人前」もあるんだと、新たな発見でした。ちょっと気が楽になります。
「九魂祭にも出ないわ。恋愛とか興味ないし、そもそも……」
「そもそも?」
ベンガルお姉さまは言いよどみます。
右へ左へ首を傾げ、口を開いては閉じ、たっぷり考えてから言葉を続けまいた。
「猫鳴館にはね、何人かいるのよ……見た瞬間「とりこ」になっちゃう、おばけみたいな猫娘がね。あの中の一人でも九魂祭に出るってなったら、勝てる気がしないわ……」
「ほへぇ……」
すっとんきょうなお返事をしながら、知っているお姉さまを何人か思い浮かべました。
美人でキラキラしたお方ばかりですが……「おばけ」みたいなお姉さまは思い当たりません。私の知らない方なのでしょう。
「まぁ、あくまで出るならの話ね。性格が変わってるのが多いから、九魂祭には出ないかもしれないわよ? だからミケもシロも、まともにがんばってね! まともに!」
シロちゃんといっしょにばしん、ばしん。強く肩を叩かれます。
「ミケもシロも、どんな猫娘になるのかしら……楽しみにしてるわね」
悪戯っぽく、ベンガルお姉さまは微笑みました。