13 『ねこぐらし』
数日後、私たち三人いっしょにお休みの日がやってきました。
お稽古もなし。付き添いもなし。見習い未満のお仕事もなし。なんにもしなくて良い日です。
ちょっと前の私は毎日がそうでしたが、今となっては貴重な休日。今日ばかりは好きな場所で好きなことをしようと決めていました。
訪れたのは猫鳴神社。以前と変わらず誰もいません。
チラリと井戸を覗くと、今日は普通の水鏡になっていました。
ニヤケ顔の私が、井戸の底から私を見上げています。
「ミケちゃん……ミぃ~ケちゃ~ん!」
一緒に来たクロちゃんが、後ろからガバーっと抱き付いて来ました。
「ま~た覗き見してる。今日は何が見えるの?」
「私とクロちゃんと……ペルシャちゃん!」
クロちゃんの背中に、ペルシャちゃんがガバーっ。
流石に二人は重たいです。
ぶんぶん身体をよじって逃げました。
「ジャパニーズ、ジンジャー! ペルシャ、ここ知らなかったデス!」
あっちこっちにぴょんぴょん飛び跳ね、指を四角に構えて鳥居や本殿を見るペルシャちゃん。
カメラでパシャパシャやるテンションでしょうか。誰も持ってないのが悔やまれます。
「ペルシャちゃん、病み上がりなんだから、あんまり動いちゃダメだよ?」
「ハーイ、でも、わびさび? ウツクシ、デス!」
心配するクロちゃんに、えせカタコトで返すペルシャちゃん。
どうやら、「キャラ」は続けるようです。
これもペルシャちゃんなりの努力。
否定したり茶々を入れたりするつもりはありません。
でも、私だけが知ってることがある……この状況はちょっと優越感アリで、悪戯心がウズウズしてしまうのでした。
「ミケちゃん、ドーしたデスカ?」
「う~ん? なんでもないデース」
ニヤニヤ見てたのを気付かれたのでしょう、ペルシャちゃんがズイズイ近寄ってきます。
すかさずクロちゃんの後ろに退避!
「なに? 二人とも」
「なんでもないよ? ね? ね?」
「むぅっ! むぅっ!」
クロちゃんを挟んで右へ左へ追いかけっこ。
こっそり人差し指を唇に当て、ペルシャちゃんだけに見せました。
眉を寄せ、ぷっくり顔を返してくるペルシャちゃん。かわいい。
「まあ、仲良くなってくれたなら、ひと安心だよ」
「わきゃぁっ!」
クロちゃんがひょいと身をかわし、私の背中をぽんっと押します。
よろめいた勢いで、ペルシャちゃんに抱擁。
せっかくなので、そのままぎゅぅぅ~~っと抱きしめました。
「ペルシャちゃんだ~い好き!」
「Oh……それはLove? 「まごころ」デス?」
「その通りぃぃ~~」
ちょっと語弊があるかもしれませんが、今はもうそれでいいです。
スベスベのほっぺに頬擦りすると、落ち付けと言わんばかりに背中をぽんぽんされました。
さらに猫耳をふぅ~され、「あひゃん」とその場に膝をつきます。
「ミケちゃんはチョロいなぁ」
くすくす笑ったのはクロちゃん。ふぅ~の方はこっちが犯人っぽいです。
「チョロい、ペルシャ知らないデス」
「う~ん……ま、かわいいって意味かな?」
「ミケちゃん、チョロ~い」
ペルシャちゃんもくすくす笑いながら、ほっぺをむにぃとしてきます。
これは審議……意味が分かっててやっているのでは?
あと、私ってそんなにチョロい?
「ほら、早く立たないと、着物汚れるよ?」
「分かってるぅ……ペルシャちゃんやめてよぉ……あぅぅ……」
「チョロいチョロいデース」
意味深な笑顔のまま、ほっぺむにむにを続けるペルシャちゃん。
これはおそらく、秘密を守れという無言の圧力でしょう。
ヒシヒシと感じたので、「んっ! んっ!」と首を縦に降りました。
伝わったのか、私のほっぺは解放されました。
ようやく立ち上がり、桜の花びらを払い落とします。
見上げると大きな桜の木。
屋根のように広がる枝には、花びらがまだら模様のように残っていました。
「この前の雨で、けっこー散っちゃったね」
「でも、まだ残ってる。それにほら、地面もキレイ」
桜の花びらと白詰草の絨毯に、私たちは立っていました。
今日はちょっと遅めのお花見。
厨房から拝借して来たお弁当が、井戸の側に置かれています。
「まだお昼には早いし……何する?」
「カードゲーム、談話室から持ってきまシタ。頭使うゲーム、好きデス」
「ペルシャちゃん、それはメンコっていうの……残念だけど、頭は使わないよ?」
「この足元じゃ、遊べそうにないな……」
「ザンネン、持ってきた、まちがいデシタ」
「あ、でも被ってる札多いし、裏面一緒だし、ババ抜きとかできるかも?」
「ミケちゃん、これ猫鳴館のお姉さまたちが映ってるメンコだよ?」
「しまった! ババにするお姉さまに失礼な感じに!」
「ババ、知ってます。馬デス。お顔が似てるお姉さま、ババにシマス」
「似てるけどちょっと違うし選んじゃダメぇー!」
とりあえず、井戸の側に御座を広げて、三人座ってきゃっきゃっとおしゃべりしました。
女の子が三人寄らば、それはもう止まりません。
そのうちお腹が空いたので、お弁当をつつきながらまたおしゃべり。
ひらひらと控えめに桜が舞う中、おしゃべりの花は日が暮れるまで咲き乱れました。
しゃべり続けて疲れてきたので、クロちゃんのふとももに頭をぽてん。
すると、クロちゃんがペルシャちゃんのふとももに頭をぽてん。
最後にペルシャちゃんがくすりと笑い、私のふとももに頭をぽてん。
三人で円を描いて寝転んだまま、大笑いました。
それはそれは思いっきり。
生まれてからも、死んでからも、初めてと言い切れるくらい。
ケラケラ。カラカラ。
お腹の底から笑いました。