12 『想い、願い』
「ねぇ」
繰り返し、問われます。
「ミケちゃんってなにができるの?」
ペルシャちゃんは身体を起こし、鋭い目で私を睨んでいました。
混乱と恐怖で全身が震え、言葉を発することができませんでした。
「私は、必要だって思ってもらえなかったよ? 自分のパパにさえ。がんばって日本語を覚えて、見た目も可愛さを保って、ようやく利用価値のある子だと思ってもらえた。なにかできるようになって、ようやく必要だと思ってもらえた。それまでは居ない子と同じだった。とっても辛かったよ?」
激しい雨が窓を叩きます。
その勢いにつられるかのように、ペルシャちゃんの興奮が昂っていくようでした。今にも、私に飛びかかってきそうな勢いです。
「ここで、何年も居ない子扱いされてて、辛くなかったの?」
そこで体力が尽きたのか、ペルシャちゃんの身体がガクンと折れました。
立ち上がってそれを支え、ゆっくりベッドに寝かせます。私自身も、ようやく落ち着いてきたようです。
再び椅子に座った時には、身体の震えは止まっていました。それに、やけにすっきりとした頭で、言葉を探すことができていました。
「わたしの噂って、そんなに広まってるんだ?」
「一緒に稽古してるって言うと、お姉さま達はだいたい訊いてくる。どんな子なのかって。悪いけど前世の噂も聞いてる」
「うん、ほとんど、なんにもなかったんだけどね」
自嘲気味に笑い、タオルを拾って桶に浸けました。
硬めに絞って、ペルシャちゃんのおでこに乗せます。
「じゃあ、それってわたし、居ない子だと思われてないよね?」
「どうしてそう思うの?」
「やさしい人たちばっかりだから」
間を開けず、はっきりと返しました。
ずっとウジウジとして過ごす間、確かに感じていたことでした。
「わたしを気づかって、放っておいてくれたし。知らないところでそうやって噂して、ずっと心配しててくれた。それって、見守ってくれてたってことなんだと思う」
ペルシャちゃんは目を閉じて、唇をきゅっと結んで私の言葉を聞いていました。
どんなきもちでいるのか、読み取ることはできません。でも、伝えるべきことは、はっきりとわかりましたので、言葉を続けました。
「わたし、必要だと思われてるかは、わからないけど、できることは、あるよ?」
「なに?」
「まごころをつくして、想って、願うこと」
ついこの前、猫神様からもらった言葉、そのままです。でも、もらったものは私のものですから、おすそ分けしてもいいですよね。
「ペルシャちゃんがどうやって生きて、死んだのか、きかないけど……その心が少しでも救われますように。いっしょにいることで、少しでも、きもちが軽くなりますように。私はペルシャちゃんの側いて、そう想って、そう願うことができる」
――とん。とん。
なだめるように金色の髪を撫で、胸の下あたりを優しく叩きます。
猫神様に見せてもらった、そのままでした。
今はまだ、マネることしかできません。
「必要とか、そうじゃないとか、わかんないけど……わたしはペルシャちゃんといっしょにいたいよ?」
「どうして?」
「う~ん、理由はいっぱいあるな……この世界に来てから、自分からお友だちになろうと思った、初めての子だし。かわいいし。がんばり屋さんで尊敬できるし……クロちゃんと三人で遊んだらきっと、ものすごく楽しいんだろうなって、思ってるし……」
――とん。とん。
一定の間隔で、優しさで、手を動かし続けます。
確かクロちゃんが、同時期に猫鳴館に来た、と言っていました。
それなら、まだ一年も経っていないはずです。
少女未満から少女になるまでの数年間。私が猫鳴館からたっぷりもらった優しさを、少しずつ、少しずつ分け与えるように、ペルシャちゃんの胸を叩きます。
――とん。とん。
猫神様のあれは、どんな歌だったか。初めて聞いた歌でした。
よくよく思い出しながら、ゆっくり歌います。
――ねんねん、ころりよ、おころりよ。
――ぼうやは、よい子だ、ねんねしな。
「私、女の子なんだけど……」
「あ、そっか。「ぼうや」って男の子のことだもんね……」
だったら歌詞を変えるべきなんでしょうか?
「う~ん、何かあったいい感じの言葉あったかな……」
「いいわよ、もう……どうでもよくなってきた……」
ペルシャちゃんが薄目を開き、瞳をこちらに向けて、唇を尖らせました。
「叩いてごめん。雨の日は、本当に私……ダメ……」
「明日は晴れるといいね」
――とん。とん。
ペルシャちゃんが再び目を閉じ、安らかに眠り始めるまで、続けました。
次に会う時は、なんて言おうかな。
とりあえず、もうムリしちゃダメだよ、とか?
誰かに叩かれたのは初めてだったから、ちょっと嬉しかったよ、とか?
そんなこと言ったらヘンな子だと思われるかな?
お姫さまみたいにかわいらしい、ペルシャちゃんの寝顔を眺め、ほっと息を吐きました。
窓の外の雨は、弱まり始めていました。
早ければ今夜にはきっとまた、キレイなお月さまが見えそうです。