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ねこぐらし。~猫耳娘の転生生活~  作者: CANDY VOICE
第一章【ミケ、成長する】
11/39

11 『ペルシャの呪い』

 もちろんお稽古は中断しました。


 とりあえず、部屋にある座布団をありったけ集めてペルシャちゃんに被せ、私は医務室へダッシュ!


 ですが、なんとタイミングの悪いことに無人です。


 部屋に入ることはできるのですが、薬の戸棚には鍵が掛かっていて、担当の猫娘でなければ開くことができません。


 医務室係りの猫娘はどこ?

 私にはさっぱり分かりません。


 この時間、大半の猫娘は猫鳴館のお仕事をしています。

 それでも、全員が全員ではないはず。


「ふんばれミケ!」


 自分で自分を励まし、踵を返しました。


 今日は雨。


 お散歩に出る猫娘もいないでしょうから、誰かいるとしたら、談話室です。


 お休み中の猫娘がいるかもしれない。ある程度、猫娘歴のあるお姉さまなら、医務室係りの居場所も検討がつくでしょう。


 さらに望むなら古株のお姉さま! 長年お勤めのお姉さまなら、医務室係りを兼任している可能性が高いのです。


 バクバク高鳴る心臓を押さえつけながら、走ります。


 急いで走っているから……それもあります。ペルシャちゃんが心配、それもあります。


 でもそれ以上に、ひとりで談話室に入るのが怖い。


 中から話し声がする時は、決して入らないと決めていました。

 だって、私が入ったら気まずい雰囲気にしちゃうから。


 二度とするもんかと決めたこと破るのは、初めてのことでした。


 誰かいたとして、それが古株のお姉さまだったとして、私は話しかけられることができるでしょうか?


 入った途端、言葉が出なくなって、変な目で見られて終わる未来が脳裏を過りました。


 怖さが増して、心臓がさらに高鳴ります。


 でも、怯えてる場合じゃないでしょう!

 火事場の馬鹿力で、弱気を払いのけました。


「すみませんごめんなさい! 手を貸してください!」


 蓬色ののれんを両手で開き、談笑中のお姉さまたちに向けて、叫びました。



 期待が叶い、医務室兼任の古株のお姉さまがいらっしゃったので、その後はテキパキと進みました。


 ペルシャちゃんをお稽古室から医務室に運び、ベッド(足のついた畳式のベッドなところ、さすが猫鳴館だと感心しました)に寝かせて熱を測ったり、着替えさせたり、お薬を飲ませたり、おでこに冷えたタオルを乗せてあげたり。


「疲れが溜まってたんでしょう。寝てれば元気になりますよ」


 と、古株お姉さまが言ったのを聞いて、ようやく息をつきました。


「あなたは……ミケ? よね?」

「はい、そうです」

「ビックリした……別の子かと思った」


 古株のお姉さまが、頭をポンポンしてくださいます。


「前に見た時より、大きくなったわね」

「いいえ、あの……猫神様やみんなのおかげです」


 うやうやしく頭を下げて、引き上げるお姉さまたちを見送りました。


 ペルシャちゃんをひとりにはできないので、私は医務室に残ります。ベッドの横に椅子を持ってきて、ちょこんと控えました。


 相変わらず、ペルシャちゃんの顔が赤いです。色白なので、なお赤く見えます。呼吸も苦しそう。


 お薬も飲んだので、これ以上できることといえば……タオルを交換することくらいでしょうか。桶に水を汲んできて、冷やす準備をしました。


 手の甲を軽く当てると、もうぬるくなっていたので、早速取り替えます。


「いいよ、行って」


 最初は、誰に言われたのか分かりませんでした。


「ありがとう、私は一人で大丈夫。今のお姉さま、お休みっぽいから、上手く言えば稽古つけてくれると思う。いい機会だから、行って」


 パチクリとして、ペルシャちゃんを見下ろします。


「あなたは……ペルシャちゃん? だよね?」

「うん、そう」

「あの、喋り方……」


 おでこの濡れタオルに触れて、ペルシャちゃんは自白するように言いました。


「キャラ」


 はて、「キャラ」? とは?

 つまり、演じていた? わざわざ?

 カタコト日本語の外国人キャラを?


「どうして? キャラ?」 

「だって、分からなかったから……」

「わからなかった?」

「日本人の女の子ばっかりで、どうすればなかよくできるか、とか……」


 ペルシャちゃんは私とは逆方向に瞳を寄せて、ますます顔を赤らめて、はずかしそうに言います。


 なんだ。

 なぁーんだ。

 私といっしょだったんだ。


「…………ぷっ」


 笑いを堪えると、ペルシャちゃんがほっぺを膨らして鋭く睨んできました。

 でも、今はききません。むしろ、かわいい。

 

「なに?」

「かわ、かわわ……かわいいなって……どうして今、やめたの?」

「ここまでされて、「アリガトゴザイマース」だと、なんか……後でモヤモヤすると思ったから。ちゃんと言った」

「…………ぷっ」


 両手で口を押さえ、身体を丸めてプルプルします。

 濡れタオルでペチンと叩かれました。

 ききません。無敵です。


「ほんと、雨の日は、キライ……」


 ペルシャちゃんが遠くを見るようにして、ぽつりと零します。

 

 深く追求しない方が良い言葉だと、直感しました。

 きっとクロのように、最期の日の記憶なのでしょう。


 聞き逃したことにして、別の話題を探します。


「ゆっくり休もう? ペルシャちゃん、がんばりすぎだよ」


 叩きつけられたタオルを桶に浸け、冷やしてペルシャちゃんのおでこに戻しました。


 ペルシャちゃんはしばらく天井を睨んだ後、ひとりで呟くように言います。


「だって、がんばらなきゃ……不安にならない?」

「どうして?」

「何かできなきゃ、必要とされないでしょ?」

「そうなの?」

「必要だと思ってもらうには、何かできなきゃ、ダメなの」

「そんなことないよ」


 ペルシャちゃんが自分のことを話してくれて、心に絡まっていた紐が解けていくような感じがしました。


 そして、今、私がやるべきことが、はっきりと分かりました。


 ペルシャちゃんの手をギュッと握り、逆の手は頬を捕まえて、ちゃんと顔を突き合わせて、目を見て、繰り返し伝えます。


「誰もそんなこと思ってないよ」


 緑色に輝くペルシャちゃんの瞳を見て、夏の通り雨の後の緑を思いました。

 キラキラと力強く輝いて、とってもキレイ。


「一度にたくさんやろうとしない。物事を上手するコツだって、猫神様が言ってた。だから、急いでたくさんやろうとしちゃダメだよ。ひとつずつ、やっていこ?」


 熱いほっぺをふにっとしながら、もう一言付け加えました。


「いっしょだから、だいじょうぶだよ」

「なにが大丈夫なの?」


 パンと音が鳴って、両手と頬に鋭い痛みが走りました。

 何が起こったのか、理解するのに時間がかかりました。


 だって初めてのことだったから。


 いつ死ぬともわからない子供に、わざわざ手を上げる大人はいませんでした。


 そんなか細い生涯で終わった私を、哀れみの目で見て噂をすることはあれど、敵意を向けてくる猫娘はいませんでした。


 両手と頬がジンジン痛くて、目の前には、目尻に涙を溜めて、怒った顔をしたペルシャちゃんがいて、ああ、私ははたかれたのだと、ようやく理解しました。


「ねぇ、ミケちゃんのこと、必要にしてる人って、いる?」


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