ファンタジーFX ~SpringFestival~
春も深まり桜の花が見頃を迎えた頃、芽衣子から着信があった。
「今すぐ公園に来なさい。さもないと蹴りを食らわす」
「僕、宿題やってるんだけど」
「私との花見を拒否する理由として、不適切だと思わない?」
「あ、珍しく花見のお誘いなんだ」
「珍しいとは何よ!」
「いや、花より団子派かと」
「私は団子よりハンバーグよ! いいから今すぐ来なさい!! さもないと桜の木に火を付けるわよ!!」
「分かったよ分かったよ」
知り合いから放火犯を出すわけにもいかず、僕は戸締まりをして自転車に乗り、桜の木がある近所の公園へと向かった。芽衣子と二人、子どもの頃からよく遊んだ馴染みある公園だ。
公園に着くと既に花見客で賑わっており、何処を見渡しても人だらけ。しかし芽衣子の姿は何処にも見当たらない。
「違う公園かな……」
──バラララララ……。
「おーっほっほっほっ!」
「この圧の凄い笑い声は」
上空に、金ピカのヘリコプターが飛んでおり、これまた金ピカの拡声器で芽衣子が高らかに笑っていた。
「おーっほっほっほっ!」
芽衣子が笑う度に拡声器から黄金の『おーっ』や『ほっ』『!』がパラパラと飛び、地面に落ちてゆく。花見客はそれに気が付くと我先にとヘリコプターの下へと詰め寄り始めた。
「こっちにも下さい!」
「芽衣子様! こちらにも!」
「芽衣子様!」
まるでカルト教団の主みたいな芽衣子の乗るヘリコプターの周りはあっと言う間に人だらけに。僕の頭の上に『ほっ』が一つ落ちてきたので、慌てて池に向かって投げた。
「俺のだ!」
「芽衣子様の『ほっ』が!」
それを見た何人かが、池へと飛び込んでしまった。
「あ、ごめんなさい。そんなつもりじゃ」
溺れてないか心配で池へと近付く。どうやら胸の辺りまでしか水は無いようで、とりあえず一安心した。
「芽衣子様参上ーっ!!」
ヘリコプターからハシゴで降りてくると、芽衣子は拡声器を池に投げた。当然皆が池へと入ってゆく。
水に濡れた拡声器から金ピカの『▲★』や『#♬♧』が飛び散った。多分ノイズかな?
「何やってるの?」
「ちょっくらコンビニに行ってたのよ!」
「ヘリコプターで?」
「そ! そんなことより花見を始めましょう!」
「でも場所取りも何も……」
「とーぜんしてあるわよ?」
芽衣子がビシッと一番大きな桜の木を指差した。しかしその下には沢山の人が立っており、場所取りをしていた気配は感じなかった。
「ほら、ボサッとしない! さっさと行くわよ!」
「え……?」
腕を引かれ大きな桜の木の下へと向かうと、ブルーシートの周りを、黒服の男達がグルリと取り囲んでいた。
「場所取りご苦労様。もう帰っていいわよ」
黒服の男達が、無言で敬礼をした。
そして芽衣子から帯のしてある札束を一人一つずつ貰って帰っていった。
「場所取り頼んでたの?」
「そ。四隅にコレ置いて?」
芽衣子から金塊を手渡される。
なんだろう。金塊なんて一生で一度すら目にすることないと思っていたのに、慣れちゃってる自分がいる。
「持って行かれないかな?」
「芽衣子様印が入ってるから、持って行っても足が着くわ」
「うわ、ほんとだ……」
金塊には芽衣子の顔が掘られていて、それが全ての面にあった。
「削った所で中にも小さな芽衣子様印の金塊が入ってるからどうしようもないわ」
「酷いマトリョーシカだね……」
ブルーシートを金塊で押さえると、芽衣子はバッグとコンビニ袋を下ろし、中からお菓子とお酒を出し始めた。
「待ってよ、僕達未成年だよね?」
「コンビニついでに法律を変えたわ」
「ついでなんだ……」
スマホで動画サイトを検索すると、臨時ニュースで【臨時国会にて飲酒法の芽衣子様に限り適用外を可決】とやっていて、ちょっとこの国大丈夫かな、と思った。
「アンタはお菓子だけ」
「お酒は大人になってからにしようよ」
「……ヒック」
「もう手遅れだし」
芽衣子はジュースみたいなお酒を一気に飲み、そしてあっと言う間に顔が赤くなってしまった。どうしたらいいんだろう、これ。
「ふへは、今度はこっつのお酒を」
「既に怪しいよ? 止めた方が──」
芽衣子のお酒を取ろうとしたとき、喉元に何やら細い物を突き付けられた。
お祭りの出店でよく売っている、棒に紙が巻き付けてあるペーパーヨーヨーだ。紙がきっちりお札なのは芽衣子仕様なのだろう。
「うっさい。アンタは菓子か金塊でも囓ってなさい」
「はいはい」
もうどうにでもなっちゃえ。
僕は懐かしい駄菓子に手を伸ばした。
芽衣子とよく公園のジャングルジムに上って食べた、スナック菓子だ。
僕の後ろ、ブルーシートがめくれたので振り向くと、金塊が1個消えていた。知らないオバチャンが両手に抱えて逃げるのが見えた。
「ウヒほ、にょれにょれ~もう一稼ぎ」
バッグから金色のノートPCを取り出した芽衣子は、うつろな目でFXを始めた。
「飲酒FXは危険じゃないかなぁ?」
「わたすにさすずするずもいぃ!?」
喉元にペーパーヨーヨーを伸ばされるが、既に何を言っているのかは、さっぱりだ。
仕方なくスナック菓子を食べ続ける。
「うん、思い出した。芽衣子が春祭りでペーパーヨーヨーが欲しくて、でも買って貰えなくて、僕が紙を切って繋げて作ってあげたんだっけ……」
「うほぉー! むぁだむぁだ上がるわぁぁ」
「二人でお菓子を持ち寄って、キャラクターの小さなシートを広げて肩を並べて食べたっけなぁ」
「……うは、は……ふはぁ~あ~……」
「懐かしい味だね……」
「……Zz……これいぞぉは儲からなひわよ……Zzz……」
「あ、寝た」
芽衣子が寝たのでそっとパソコンを覗き込む。
急行直下の折れ線グラフが画面にいくつも現れ、どこまでも真っ直ぐ下がってゆく。
黒塗りのワゴン車が現れ、中から黒服の男達がゾロゾロと現れた。公園内のあらゆる金を回収し始める。
「終わりですか?」
「……」
黒服の一人が無言で頷く。どうやら今回はこの辺で終わりらしい。借金が残らないかだけが心配だ。
「足ります? さっきオバチャンが金塊一つ持っていっちゃいましたけど……」
黒服の男は無言で親指を立ててオバチャンが消えた方へと走っていった。実に頼もしい人だ。
「芽衣子、芽衣子。こんな所で寝たら風邪ひくよ。帰ろう」
スマホのニュースサイトでは【飲酒法、芽衣子様のみ適用外の採決をやり直し、一転否決へ】との見出しが出ていた。
「春と言えどもまだ寒いからね。ブランケット持ってきて正解だったよ」
横になって寝てしまった芽衣子にブランケットをかけてやる。普段うるさい芽衣子も、寝てしまえばとても静かだ。
「芽衣子のFXも、桜の花も、散るのはあっという間だね……」
「……む、ぅむ」
「ただ、寝る前に歯磨きはして欲しかったなぁ」
鞄から新品の歯ブラシを取り出し、芽衣子の歯を磨く。お酒の臭いもするから丁度いいだろう。
「……芽衣子」
「……ぅぅ」
無理矢理歯ブラシを口に入れられ、芽衣子の顔が悩ましくなっていく。
「すきだよ」
「……ぅぅう」
あの時、お菓子と一緒に呑み込んだ想いを、そっと可愛い寝耳に打ち明けた。
読んで頂きましてありがとうございました!!
(*´д`*)