第五話 バカなっ―――凄い。な、なんて凄いのだろう―――俺の御師匠様は・・・っ///
「―――」
きっと俺は祖父に上から見つめられているのだ。その証こそ、剱氣なのだ。蛇に睨まれた蛙のように俺はピクリともその身体を動かすことができぬ。そう、俺はその祖父の剱氣に気圧されているのだ。
第五話 バカなっ―――凄い。な、なんて凄いのだろう―――俺の御師匠様は・・・っ///
月下の祖父の庵の前庭で、祖父は静かに立ち、俺は片膝を着いて首部を垂れる。
「面を上げよ、健太」
「はッ御師匠様っ」
時間にしてほんの数分だろう。だが、しかし俺には幾星霜の時間に思えたのだ。すぅっと俺は顔を上げれば、御師匠様はその白銀の月下で―――なに・・・っ!?
にぃっ、っと祖父はその口角をすがすがしく吊り上げるのだ。いや、すでに吊り上げていたのだ。
「―――よい、可愛い我が孫の頼みじゃ、儂にはお主の願いは断てぬよ。のう、ケンタよ」
「はッ、有難き幸せにございますっ御師匠様」
気を抜けば身体がぶるぶると震えそうだったのだ。俺はそれをなんとか堪えてみせましょうぞ、御師匠様よ。
俺はふたたび首部を垂れるのだった。
「これ、健太よ。急く出ない」
えっ?
「・・・」
俺はきょとんしてふたたび顔を上げて、その意図を掴もうと祖父の顔を、その表情の隅々まで観遣ったのだ。
「儂がそなたに送る餞別だ。なれば、儂がそなたの相手いたす、そういうことだ」
「―――っ」
俺は、はぁーっと声なき感激の息を漏らしたのだ。
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夜目を利かせながら三日後の、先日祖父に直談判したのとほぼ同じ時刻だ―――。祖父と俺はお互いに二丈ほどの距離を取り、剣客が用いる和装で佇んでいた。なぜかは分からぬ、きっと彼女らは、祖父の剣技をその眼で見つめ、己の力の糧にしたいに違いない。この試合の場に、一之瀬殿とアイナ殿が立会人のように佇んでいるのはきっとその所為よ。俺にも彼女達の意図は解る。もし、俺が彼女達と同じ立場であったならば、そうしている。名高い『剱聖』が刀を揮うのだ。ぜひ観たい。見て、観て覚え、自分の剣技の糧とするのだ。このような『剱聖』が刀を揮う機会など、人生においてそうはないのだから。
「わ、解ってるわよねっケンタ!! 必ずお師匠様に・・・そ、その勝ちなさいよっ!! この私アイナ=イニーフィナが応援してあげてるんだからね・・・っ!!」
「あぁ・・・健太様貴方が負けるなど・・・私は、私は」
「ちょっ、ちょっとハルカっ!! 最初から弱気でどうするのよっ!?」
「し、しかしアイナさん―――」
そう。この祖父と俺との試合の場に、まるで立会人のようにいるのはアイナと春歌殿だ。
「――――――」
アイナ殿、春歌殿―――二人を邪魔だと俺は思わぬ。なれど、たとえ俺がここで斃れようとも俺を止めてくれるなよ。この祖父との試合を、な。
「御師匠様・・・征かせていただきます」
俺は左手を鞘にかけ―――、右手を刀の柄にかけ―――。空に浮かぶ月の光を跳ね返し、白銀に煌めく俺の刀よ。
俺は日之刀を正眼に構えつつ、祖父を見やる。
「ふむ、心は決したようだな、我が孫健太よ」
さぁっと、その月光を跳ね返しながら、祖父も三尺ほどの日之刀を、その鞘より抜いていく。
「はい、御師匠様。俺の心はすでに」
「さすれば、我が弟子よ我が孫健太よ。倒れるでないぞ儂の刀を覚えてゆけ―――」
にぃっと祖父は口角を吊り上げ、己の日之刀を構える。
「・・・??」
なんだあの祖父の構えは・・・。あのような刀の構えを俺は知らぬ。少なくとも、俺が幼き日より続けてきた小剱の剣術にあのような構えはなかったはずだ。
その、祖父が構える刀の構えは『正眼』でも『八相』でもなく、『霞ノ構』を崩したような―――いや違う。あれは霞ノ構でもなく。祖父は両つの腕は交差させずに、右手だけで柄を握り、左手の掌を柄頭に添えているのだ!!
「小剱流裏剱術・・・小剱弥久掌閃刃―――ッ!!」
「―――なッ・・・!!」
裏剱術・・・だとッ!? ば、ばかなっ・・・!! そのようなもの俺は知らぬぞ!!
ダンッ、っと祖父はその場の地を蹴り―――、ビリビリ・・・っとその地を蹴る衝撃は俺の足元にも伝わってきたのだ・・・!! バカなっ―――凄い。な、なんて凄いのだろう―――俺の御師匠様は・・・っ///
「ッ」
くッ・・・祖父の剣技に陶酔している場合ではないのだ!!今まさに祖父は地を蹴り―――ぶわっ、っと祖父は瞬時に加速する!! なれば―――なんとしてでも、御師匠様の刃を―――、
ッツ―――俺が間合いに入った瞬間だ。祖父は右脚を地面にダンッ―――踏ん張りどころ。
「く・・・ッ!!」
右脚に遅れること刹那。祖父の左肘が伸びて―――・・・突き出され・・・。そ、そうか!! あの動きは掌底打ちと同じものだ。疾ッ―――音よりも早く、まるで光の如く祖父の鋩は輝き。
「―――」
『それ』はまるで光り輝く一条の光のようだった―――。ハラハラっと俺の右側の髪の毛が舞い落ちる。俺が瞬時に左に避けなければ、おそらく頤を―――。あのとき祖父は、左の掌で柄頭を圧し出したのだ。そして、最後の右脚の踏ん張りどころ―――それをも越えて祖父は左脚をもう一歩―――、急加速し、俺の目にはそれは光のように疾く見えた。
「・・・実に惜しいのう、健太よ。掌閃刃を避けるとはのう。つぎはお主も儂に打ち込んで参れ、易く寝るでないぞ健太。小剱流裏剣術・・・月相斬三十葬!!」
「くっ御師匠様っ、なれば―――俺も・・・。見様見真似、小剱流裏剣術・・・月相斬三十葬!!」
俺も祖父の繰り出す剣技をこの目で見て、同じものを繰り出し、なんとか見極めてその三十に別れたように視える煌めく白刃に、己の刃も同じようにして、受け止め、また往なし、凌ぐのだ。そう、この剣技こそ月相・・・つまり月齢三十日に由来する小剱の秘の剣技。
「ほう・・・儂の三十葬をいとも容易く凌ぐとはのう。ほほほほっ・・・さすがは我が孫、お主の祖父として、儂は嬉しいぞよ・・・」
にぃっ、っと俺の師匠であり祖父は口角を吊り上げ、その表情を緩ませたのだ。
「何を仰られますか、御師匠様。俺の剣技など御師匠様には児戯にすぎませぬ、一つたりとも御師匠様の間合いに届かなかったゆえ」
「ふむ、言いよるのぅ健太よ、儂の小剱流裏剣術を全て受けきっておいてのう・・・ふははは・・・。さすれば、『あれ』しかあるまいて―――のう? 我が孫健太よ」
御師匠様の眼光が鋭さを増す、だから俺は『それ』を悟った。ここから先はたとえ木刀であっても命取りになるであろう。それは小剱流剣術の秘匿の中の秘匿の剣技なのだ。俺の目の前でにぃっと嗤う愿造祖父曰く―――
「小剱流殲式―――!!」
「小剱流殲式―――!!」
その刹那―――ほぼ同時に御師匠様と俺は日之刀を、それを『殲式』を繰り出すための構で構えたのだった・・・―――。
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